第二四二話 堕ちた勇者(フォールンヒーロー) 〇四
「ミカガミ流……絶技、叢霞ーッ!」
「な、なんだ……こりゃぁ……?」
私は全身全霊で叢霞を放つ……アンブロシオの肩から腹部を袈裟斬りに、そして返す刀で鍛えられた肉体をバツの字状に切り裂く……ドバッ、と彼の肉体から赤い血が噴き出し、数歩よろけるように後退したアンブロシオは胸を押さえて手についた血をみて驚いた表情を見せる。
私は全て破壊するものを振り抜いた姿勢のまま、立っていられなくなり膝をつくがそれでもなんとか意識を保って彼の次の行動を見据え、気を抜いたら倒れそうな自分を奮い立たせる。
絶技叢霞……防御不能の連続斬りであり、ちょうど縦横で斬撃を放つと十字の形になることから十字斬りとも呼ばれ、今回のように斜めに袈裟斬りの形で放つこともできるミカガミ流絶技に当たる技だ。
超高速斬撃、という技はミカガミ流に多く存在しているが、叢霞のような特性……防御不能にまで昇華したものは少ない。
この技の威力はなかなかに凄まじく、巨大な巨人なども一撃で切り裂くこともできるし、あまりやらないが城門を破壊するという裏技的な使い方をノエルがしたこともあるようだけど、まあこれはイレギュラーだな。
「……あんた勇者のくせにゲスいのよ!」
「ぐ……馬鹿な……体が維持できないだと? 馬鹿な……私の治癒魔法が……」
アンブロシオはなんとか回復させようと治療魔法をかけるが、すでに寸断されつつある肉体の損傷を塞ぐことが難しく、必死に魔法をかけ直しているがその度に肉体が裂けて血が噴き出していくのが見える。
はっきり言えば治療魔法も万能じゃない、肉体の損傷が大きい場合は復活させるのに大きな魔素、そしてそれを維持し続けるための集中が必要だが、今のアンブロシオには後者が欠けている。
私は黙ったまま、一歩一歩ゆっくりと彼へと歩み寄る……それを見て焦ったような顔で何度も魔法をかけ直すが、その度にブチブチと音を立てて肉体がちぎれそうになっているのがわかる。
「……馬鹿な……この私が一撃で……嘘だァ! この世界を、手に入れなければ……!」
必死に私から距離を取ろうとするアンブロシオはガクガクと膝を揺らしながらも、なんとか煉獄の花の雌蕊の方へと逃げていく。
だがそのまま逃すわけにはいかない……私は軽く拳を握りしめると、逃げようとしているアンブロシオ……それまでのクールな印象は吹き飛んで、慌ててなんとか距離を取ろうとしているだけの単なるおじさん、としか見えなくなってきたのだが、彼へと歩み寄る。
ちょっと怖いと思ってたけど、もはやそんな気分は吹き飛んだな……大きく息を吐き出すと、思い切り拳を振りかぶり、全身のバネを大きく使ってアンブロシオに叩きつけた。
「ぶっ飛べクソ野郎ッ! お前にこの世界をやるのは勿体無いんだよ!」
「うぎゃあああっ! ノエルウウウウッ!」
ドゴッ! という鈍い音と共に私が放った渾身のストレートがアンブロシオの顔面にぶち当たり彼は、大きく吹き飛ばされる……そして肉体の一部だけが大きく宙を飛び、雌蕊の放つ光の柱の中へと消えていく……残された肉体の一部が血飛沫を上げて地面へと倒れ痙攣しているのが見える。
私は鋭く痛むお腹の傷を押さえながら、肩で息をしつつアンブロシオが消えていった光の柱を見つめる……この煉獄の花の異世界との接続は消えていないはず……この混沌の花を破壊する必要がある、だが痛みが激しく私は少し咳き込み動きを止める。
「……ゲホッ、ゲホッ……全て破壊するもので斬れば……」
『……灯、何かがおかしいぞ、少し待つのだ』
その言葉に従い、私は改めてその光の柱を改めて注視する……なんだ? それまで気がつかなかったが光の柱が放つ輝きが大きくなっている気がする。
そしてその光の柱が周りの空気を吸い込むように周りにあったものを音を立てて引きこんでいく……ちぎれたアンブロシオの体が次々と柱の中へと引き込まれていくと、少し間を置いて強く柱が輝く……その輝きはまるで魔素が荒れ狂う嵐のような感じがしており、私はその異変に思わず歩みを止めてしまう。
「な、なに……?! すっごい嫌な予感がする!」
『……これは……』
あまりの輝きに手を翳して直視をしないようにしていたが、その光の中で何かが蠢いている影が見える……私はハッとしてその光の柱の中にある影を凝視する……それは不気味な蛇のように柱の中でのたうつ何かだ。
突然、煉獄の花の雌蕊から伸びる光の柱が消え去り、辺りが暗闇に包まれる……そして次の瞬間、爆発的な光と共に混沌の花の雌蕊自体が自壊を始める……うわ、わ……これまずいんじゃないの!? 空を見るとそれまで鏡のように写っていた異世界の風景も空から消え去り、満点の星空が広がるだけになっている。
大きな振動と共に煉獄の花が生き物のように震え始めたのを見て、私は痛むお腹を抑えながら必死にその場から離れるために一目散に走り始める。
「まずいまずいまずい……! 逃げなきゃ……」
「……ノエエエエエエル!」
突然中空に声が響く……私はその声に驚いて、その声の方向へと顔を向けると、そこにはまるで空間に大きな亀裂のようなものが走っているのが見える……そしてそこから、不気味に血塗られた巨大な手が現れる。
なんだ……?! 空間を割って何か現れ出でようとしているのか?! 私が片手で全て破壊するものを構えてその空間の裂け目へと切っ先を向ける。
「この声は……アンブロシオ……いや、キリアンか!」
「痛いよぉ……痛いんだヨォ……ふざけるな、お前如きに俺が殺せるものか……」
ずるり、と裂け目から見慣れた顔が姿を現す……それはアンブロシオの顔ではなく、前世のノエルの仲間だった時代のキリアンの顔……だがその大きさはまるで巨人のサイズであり、視線はどこを見ているかわからないくらい出鱈目な方向を向いており、イケメンだった彼からは想像もできないくらい残念な印象になっているが。
そしてその顔が裂け目から出てくると、その横から別の頭……アンブロシオの顔もずるずると音を立てながら裂け目より姿を見せる。
「我は魔王アンブロシオ……死ぬことはない……新居 灯……お前をくらって……」
キリアンの顔と、アンブロシオの顔……裂け目から二つの首がつながっている巨大な人間の体が姿を現していく。
それは冗談のような醜悪な外見だった……巨大な人間の体に別々の二つの頭が生えているのだ……そして肉体が裂け目より姿を現していくと同時に、それが巨人のように大きいだけではなく、大きな蛇のように細く長い胴体が伸びた異形となって姿を現していく。
右手には巨人サイズとなった聖剣光もたらすものに酷似した剣が握られており、左手には巨大な見たこともない禍々しいデザインの斧を持っている。
それは巨大な蛇……そして二つの頭を持ち、人間の上半身から蛇のような細い胴体の生えた不気味な怪物の姿だ。
「な、なにこれ……無茶苦茶キモいんですけど!」
『魔王の本性……か? それにしては随分醜悪な……』
「ウヒハハハハハッ! ノエル……お前を犯してやるぞ……クハハハ! お前を殺して世界を俺のものに!」
「私はお前を殺して、殺して、ころ、こ……世界を救う……世界をすく……殺してやる!」
裂け目からその巨大な姿を現した魔王はケタケタと狂ったような笑い声を上げながら、支離滅裂な言葉を放っており、理知的だったはずの魔王の姿はそこにはない。
私は大きく振動する煉獄の花の上で、再び全て破壊するものを構えてアンブロシオ……いやキリアンか? ともかく異形の怪物へと向き直る。
「……なんで急にこんな……」
「ヒハハハッ!」
「……ッ! 螺旋!」
私が困惑していると怪物は右手に持った剣を私に向かって振るう……恐ろしく速度はないが、轟音をあげて迫る剣を受けるか避けるかで一瞬迷い、私は螺旋で受け流すことを選択する。
巨大な剣を全て破壊するものを回転させるように受け流す……手に凄まじい衝撃を感じつつ、勢いの方向をうまくずらすことに成功すると、魔王の斬撃は私の背後へとすっ飛んでいく。
あ、あぶね……巨人の渾身の一撃でも私はこの技で受け流すことができると自負しているが、ここまで重いとは……私はすぐに全て破壊するものを構え直すと、魔王の次なる攻撃に備える。
『気をつけろ、あの剣……大きさが全然違うが光もたらすものそのものだ』
「どういうこと……? あんな大きさじゃなかったじゃない」
『我が所有者に応じて姿が変わるのと同じだ、我々のような超絶レベルの剣は所有者の希望や望むものに合わせて形状や大きさを変えるのは基本中の基本……今も我はノエルの愛用したサイズに変わっているだろう? これが真の姿、というわけでもないし、本質的にはこの長さであることに意味はないのだ』
そうか、私が見た並行世界のノエル、そして私自身はさまざまな形状の全て破壊するものを所有していた、おそらく気が付かなかっただけでその中には人間よりもはるかに大きな体躯の存在などもいたのだろう。
それ故に今目の前に異形の姿を見せている魔王アンブロシオの持つ光もたらすものも姿を変えているのだろう……では、左手の禍々しいデザインの斧は……あれも光もたらすものってことか?! 私は驚きのあまりに思わず間抜けなことを叫んでしまう。
「魔王だけ聖剣二本ってめちゃくちゃズルくない!?」
_(:3 」∠)_ 魔王なのに聖剣で二本持ちとかめっちゃズルい!(主観
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