第二四一話 堕ちた勇者(フォールンヒーロー) 〇三
「……ぐ……治癒……まさか見えないとはな……」
「治癒魔法……か」
アンブロシオの言葉と同時に彼の手のひらが軽く光り、背中についたはずの傷が消滅していく、前世の仲間だったアナも使用していた治癒魔法、キリアンも彼女から教えてもらった神聖魔法を使いこなしていたんだっけ。
しかし手応えは十分あったにもかかわらず、魔法一つで傷がなかったことに! というのはすごくズルいぞ! 私なんか大怪我したら手術したり、リヒターのスッゲー中途半端な治癒魔法しか使ってもらえないのに。
「いやいや、驚いた……ミカガミ流の技に一瞬で背後を取る技があるとは聞いていたけど、ちゃんと使いこなしているとは……」
「尻尾巻いて自分の世界に帰るなら今のうちよ?」
私が全て破壊するものの切っ先をアンブロシオに向けると、彼は片手で顔を覆うように笑い出す……なんだ? 何がおかしいんだ?
ひとしきり笑いを堪えるように震えていたが、その震えが止まるとアンブロシオが顔を上げる……その表情にはそれまでも浮かんでいた笑みがまだ浮かんでおり、私を赤い目でじっと見つめる。
「尻尾巻いて帰れ、とは随分だな……そもそもお前はまだ勝っていないではないか」
ま、そりゃそうか……とりあえず一撃入れた、ってだけだもんな。私はその言葉には何も答えずに、一気に前へと出る……今押し込まないとなんかヤバい気がずっとしているからだ。
一気に向かってくる私を見て再び光もたらすものを構え直したアンブロシオは私の予想に反して、前に出てきた。なんだと……だが考える余裕はそれほどない、私は一気に技を繰り出すべく全て破壊するものを振るう。
「ミカガミ流……泡沫ッ!」
私の泡沫……以前は片手で繰り出していたけど、全て破壊するもののサイズが大きくなってしまったため両手を使って振るうようになっているが、ほぼノーモーションの横斬撃は回避自体が恐ろしく難しいはずだ。
だが、アンブロシオは片手で持った光もたらすものを使ってその超高速の斬撃を受け止める……甲高い金属音が鳴り響き、異世界最高の性能を持つ二本の剣が衝突し火花を散らす。
「泡沫はノエルがよく使っていたからね、これはわかるよ」
「くっ……なら……鳳蝶ッ!」
私は刀を引くように体を回転させると、下から切り上げる。鳳蝶は下段から上段に向かって振り抜く技だが、これも単体で出すよりかは技の中に組み込む形もノエルは得意だったっけな。
その鳳蝶もアンブロシオは余裕の表情でロイド眼鏡を片手で直しながら身をひくように回避する……私はそのまま距離を取るように後ろへとステップしつつ、背中に回していた鞘を腰の金具へと差し替え、全て破壊するものを納刀し着地する。
「……クフフ、いいね。流れるような動きだ、ノエルよりも繊細で素早いな」
「ミカガミ流……閃光ッ!」
鞘の中で加速させた全て破壊するものを一気に振り抜く……ミカガミ流といえば閃光、閃光といえばミカガミ流、とは言い過ぎかもしれないがともかく私も前世のノエルもこの技には絶対的な信頼を置いているのだ。
アンブロシオの反応が遅い……私の斬撃が彼の首筋へと迫る……ここで倒すッ! だが彼は私を見て少し残念そうな目をしていた。
「そんなチンケな技で、俺の死を……期待したのか? 新居 灯……」
口元を歪めたかと思うと、凄まじい速度、抜き打ちをするかのような敏捷さでアンブロシオが光もたらすもので私の斬撃を受け止める。
その動きはまるで私が今使った閃光のような軌道をとっている……なんだ? これは構えや居合抜きではないにもかかわらず閃光と同じ技?!
「な……これって閃光?! なんであんたが!」
「ご名答……ただ僕の技は君ほど攻撃に振っていない、僕なりの解釈を合わせた閃光・改といったところか……」
両者の閃光がぶつかり、火花と激しい衝突音が響く……だが大きく私の全て破壊するものが弾かれ、私は柄から手を離さないものの、衝撃の大きさから構えを崩してしまう。
なんだと……私の閃光が? ノエルから受け継いだ技の中でもこれだけは私も自信を持って振るっていた……絶対的に私が信じる技の一つ、それを片手で?!
驚愕に目を見開いたまま、私は動揺から無防備な体勢をアンブロシオに曝け出す……ま、まずい、剣を引き戻して防御を……私の視線が弾かれた全て破壊するものへと向いてしまった次の瞬間。
「……え?」
まるで豆腐でも貫くように鋭いものが戦闘服を突き破り、腹部に熱い焼け焦げた鉄のようなものが突き刺さる感覚と、少し遅れて凄まじい痛みが加わる……視線を動かして自分の腹部を見ると、そこに突き刺さった光もたらすものが見える……そしてアンブロシオの歪んだ笑みと赤い眼が……私は痛みに呻き声をあげそうになるが、喉の奥から熱いものが迫り上がってくるのを感じて軽く咳き込む……。
ずるり、と光もたらすものが引き抜かれ、私はその場に片膝をつきながら手で傷口を押さえて呻く。
「う、あああ……げふっ……う……」
「ダメじゃないか僕を見ていなければ……」
アンブロシオが光もたらすものに付着した私の血を指先で絡め取って、舌で舐めとる……私はなんとか立ち上がるが、膝が震える……どろり、と腹部から足にかけて血が流れ出している感覚を感じる。
まずい、まずい……痛みに歪む私の表情を見て、アンブロシオが抜く手も見せずに私の頬に掌底を叩き込む……この攻撃は見えなかった……痛みで視界が狭まっているのか、私はそのまま吹き飛ばされて数メートル先の地面に倒れ伏す。
「あああ……こ、こんな……」
立ちあがろうとして視界の隅にぼたぼたと垂れる真っ赤な血が入り、私は急に背筋が寒くなるのを感じた……怖い? まさか……今まで降魔と戦っていた時ですらそこまで怖いと思ったことはないのに……目の前で歪んだ笑みを見せている魔王のことが怖い?
腕が震える……泣きたくなるような気持ちを抑えて必死に立ち上がろうと前を向いた瞬間、視界一杯に革の靴が見える……アンブロシオが容赦無く私へと蹴りを叩き込む。
「ひうっ……!」
「クハハ……いい声で鳴くじゃないか、なあノエル!」
そのまま地面へと這いつくばった私に向かって猛烈な勢いで蹴りを叩き込む始めるアンブロシオ……私はなんとか顔とお腹の傷を庇おうとして防御するが、彼は狂気に歪んだ笑顔を浮かべながら私にを蹴り続ける。
衝撃を受けた傷口から血が流れ、その度に気が遠くなりそうな痛みを感じて私は悶絶をしている、頭や背中もアンブロシオの容赦ない蹴りで強い痛みを発している。
彼は私の肩に足を乗せるとそのまま踏みにじるような格好で力を加えてくる、私は目に涙を溜めながら必死に防御を続ける。
「い、いやああ……痛い……痛いよ……」
「ああ、お前のそんな悲鳴が聞けるなんて、僕は幸せだ……もっといい声で鳴き喚け、もっとだ、もっと悲鳴を上げろノエル! 絶望と苦痛の悲鳴を聞かせておくれ、その声がこの世界の鎮魂歌になるだろう」
容赦なく私に向かって蹴りを叩き込んだアンブロシオは興奮で息を切らせながらも、宙に舞う血と必死に防御を行なっている私の苦痛に歪む顔を見て満足そうに舌なめずりをしている。
牙を剥き出しにして笑うアンブロシオが私の腹部を思い切り蹴り上げ、私はさらに数メートルなすすべなく飛ばされ、地面に倒れたまま悶絶する……苦痛で私の思考が鈍っている。
次の瞬間、アンブロシオは笑顔を浮かべたまま私の髪の毛を乱暴に引っ張り、無理やり顔を上げさせると顎を掴んで空を見上げさせる。
「い、痛いッ! や、やめ……やめて……」
「空を見ろよ、ノエルゥ……もう滅びの時間は近いぞ? 光の柱を見るんだァ……私が異世界で育成したものたちがもうすぐやってくる……クハハハッ! お前はその光景を見ながら俺に平伏すんだァ!」
私の頬を興奮した顔のまま舌でベロリと舐めるアンブロシオ……その歪んだ笑顔と、興奮したような息遣いに強烈な不快感を覚えるが体が動かない。
震える私を見て彼は満足そうな笑みを浮かべると、次の私の肢体を観察するように上から下へと眺めていく……そしてある一点を見直すと笑みを浮かべた。
アンブロシオはそのまま私の胸を無造作に掴むと、軽く揉みしだくようにその大きさと感触を確かめ、下卑た笑みを浮かべて私の反応を見ている……悔しさと怒りで私の顔が紅潮する。
「や、やめ……」
「ああ? 随分と恥ずかしがってるじゃないか、グフッ!」
なんとか反撃を……私はなんとか拳を握りしめると思いきり油断しまくっている彼の顔面に叩き込む……それと同時に無理やり髪の毛を掴むアンブロシオの手を払って、距離を取る。
息を整え、口元を軽く拭うと口の端から血が滴っていたのか、袖口に赤いものがつく……内臓に傷が入ってるのか? あんまり長く戦うと不味そうだな……私は軽く腕を振るい、取り落としてしまっていた全て破壊するものを呼び出して再び握り直し、息を軽く整える。
「はあっ……はあっ……このゲス野郎……勇者のくせにどこまで……」
「ヒハハハハッ! お前はこの世界の人間になって脆くなったなぁ? いや女に転生したからか? お前は黙って僕に殺されればいいんだヨォ!」
アンブロシオが流れ出た鼻血を指で軽く拭うと、恐ろしく大雑把な動きで剣を振るう……勝ったと思ったのだろう、痛めつけて、屈辱を感じさせて、反撃も大したことがない、とタカを括ったのか。
だが私はこの局面において急速に頭の芯が冷えていくような、凄まじい集中力を感じている……まるで全ての動きが遅くなったかのように、時間の流れが遅く感じる。
「……何ッ?」
前を向いた私の表情が恐ろしく引き締まっていることに気がついたのか、アンブロシオの表情が消える……だが体はそううまく軌道修正できない、彼の斬撃は恐ろしく粗雑でわかりやすいもの……つまりはボクシングなどで言われるテレフォンパンチ、軌道や動きなどがわかりやすい一撃だった。
私は本当にギリギリ、紙一重の距離でその攻撃を避けると、何千、何百、何万という数を前世の体にそして、時間があればずっと反復練習を行なってきた動きそのままに、刀を振るった。
「ミガガミ流……絶技、叢霞」
_(:3 」∠)_ 勇者ってこんなんだっけ!? と書きながら悩むw
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