第二四話 死肉人形（フレッシュゴーレム）
「……悠人さん」
私たちは汲沢組の応接室に案内されて……そこで組長を待っているところだったが。私の感覚に少し引っかかるところがあって、口を開くことにした。
「ああ、空気が違うな。どうもアタリのようだ」
悠人さんが出されたお茶には手をつけず……お茶の匂いを確認して、少し嫌そうな顔をしている。私もこのお茶には何かが含まれている、と感じて手をつけていない。扉の外で動く音がする……全くこういう手合いはどの世界にもたくさんいるもんだな。
「灯ちゃんは刀持って来ていないだろ？ 俺が前に……」
「大丈夫です、私素手でも戦えますから」
私はゆっくりとソファから立ち上がると、久々の格闘戦の準備を開始する。前世でも剣を落とした、持っていないことを想定した格闘戦の練習をしていたことがある。剣を持っていない時は役に立たない、なんて戦士ではいざという時に簡単に命を落としてしまう……だから必死になって訓練をしたものなのだ。
私の前世の仲間に武神とまで称された女性格闘家であるシルヴィ・ヴィレント・ヒョウドー……この名前を思い出すと胸が締め付けられるような不思議な想いを感じるが、彼女とともに師匠から一通りの武術は習っている。
『ノエル兄もこれで武神流の黒帯クラスにはなったわね、でも免許皆伝は……まだ先ね』
『免許皆伝ってお前でも出せるもんなの？』
『そりゃあ、私が認めればね……でもまだまだ出さないわよ』
今はもうシルヴィの顔ははっきりと思い出せないが、ノエルは彼女に対して特別な感情を抱いていたようで、記憶を思い出すととても切ない感情が沸き起こる……い、いや今はいけない、今は目の前の状況をどう乗り越えるかを考えるんだ。
扉がゆっくりと開き……強面の男性が姿を現す。
「おっと、ここから出すわけにはいかねえんだ。命令でな」
バキバキと指を鳴らしながらこちらに向かってくる強面……狙いは女性である私か。この場合、悠人さんにいきなり突っかからないのは正しい行動だが。それは私が普通の女性だったらの話だ。
強面が私の肩を掴もうとしたその瞬間、私はその腕を軽く掴んで引きつけ、足を払って床に叩きつける。
「武神流……竜落！」
私は思い切り叩きつけようとしてこの強面が普通の人間だったことを思い出し、力を緩める。
頭から床に叩きつけられた強面が泡を吹いて地面へと倒れ伏す……危ない危ない、本気で床に叩きつけたらぐしゃぐしゃに潰れたミンチが一つ出来上がるところだった……。
その様子を見ていた通路にいた組員たちが大声を上げながら、どっと部屋へとなだれ込んでくるが……入り口はひとつしかないので多少渋滞しているような光景が広がっている。
「……この人たちはまだ人間ですね。手加減が必要かな？」
「灯ちゃん、殺しちゃダメだぜ！ あくまでも調査だからな！」
私はその言葉に頷くと、迫り来る組員をかわしながら、速射砲のような掌底で的確に顎を撃ち抜いていく。この技は前世の格闘戦武術、武神流のえーと……そうそう竜爪って言ったっけかな、掌底の握りが竜の掌に似てるからそんな名前がついたんだとか。
私が本気で繰り出すと顎だけでなくて頭ごと簡単に吹き飛んでしまうので、相当に抑えた力で出しているのだけどね……この世界でも骨法という武術があって掌底で相手に攻撃する技がある、と聞いた時は似たような武術があるのだなと驚いたものだ。
最後の一人に回し蹴り……武神流竜尾を決めて昏倒させると、私は辺りの確認を始める。床に倒れてる組員はまだ人間だが、このビルに流れ始めた瘴気が、明らかに人間ではないものが存在していることを感じさせる。
「ぐふふ……墨田よりもそっちの姉ちゃんの方が骨がありそうだな」
少し体が大きい……はっきり言えば肥満体の中年男性がのそり、と姿を現す。ツン、と鼻につくこの匂い……これは先日の病院でも嗅いだ腐ったような肉の匂いだ。でも不死者とは少し違う、なんていうか腐敗臭の程度がまだマシというか。
「……汲沢組長……ですよね？」
顔見知りのはずの悠人さんが訝しげな顔で中年男性……汲沢組長を見つめている。組沢組長の顔は、どことなく出来の悪い作りもののような光沢と、奇妙なくらいの表情の無さがあり明らかに違和感を感じる外見だった。
「この人は不死者？ ……だけど、何か違う気が……」
「さすがだなあ、あの若造が女には気をつけろ、と言っていたがお前は異世界の関係者か何かか？」
汲沢組長が私へニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら……特にねっとりと私の体のラインを舐め回すように見てからまるで人形の笑みのような、機械的な笑顔を浮かべる。
あの若造？ その若造とは誰のことなのだろうか？ アンブロシオという男性はそんなに若いのだろうか？
「……なんのことですかね？」
内心、その遠慮のない人形のようなエロい視線に辟易しながら距離を取る。
私の勘でしかないけど組長に触れられたら、ヤバい雰囲気がぷんぷんしていて迂闊に手を出す気になれないのだ。
どうするか迷っていると、汲沢組長が私に向けた手のひらが怪しく光る……お、おい、この世界の人間止めてるぞこの人。
「なら屈服させて、俺好みの衣装を着せてたっぷり可愛がってからゆっくり聞かせてやらあっ！」
汲沢組長の光る手から、高出力の赤い光……光線のようなものが照射される。光線はソファを切り裂いて私たちに迫る。
「遠慮しますっ！」
ステップで迫る光線を躱しながら私は一気に距離を詰めると、体を回転させて武神流竜尾を組長へと叩き込む。普通の人間なら昏倒するレベルの衝撃を加えたはずだったが……。
凄まじく硬いものに足が当たったという感触があり、視線を組長へと向けると私の『竜尾』は彼の太い腕に阻まれており、一瞬遅れて足に鈍い痛みが走る。
「……つぁッ！ これは……」
私は蹈鞴を踏んで痺れる足をさすりながら後退する。
そんな私を見つつ組長が笑いながら、顔の皮膚を自らの手でベリベリと剥がしていく……そこには口以外に目や鼻などもない、いわゆるのっぺらぼうな素顔がのぞいていた。
作り物だとは思っていたが、ここまではっきりと目の前の人物が人間ではないとわかると動揺してしまう……。
「この体はなあ、あの若造が作った死肉人形なんだよ、脳以外はな」
死肉人形……やはりそうだったか。
前世の知識から死肉人形の情報を思い出していく……魔道人形というと大体が石、木材、鉄、希少金属、ついでに骨などで作るケースが多いのだが、趣味の悪い魔術師は人間の肉体を使って制作することがある。
作家メアリー・シェリーの作った小説に登場してくる人造人間の話を聞いたとき、私は前世の死肉人形を連想した。
この魔道人形のめんどくさいところは、魔術によって肉体が超強化されていて物理攻撃がほとんど効かない、という点だ。崩壊していく肉体を保持するために保管魔法をかけられているのだが、その魔法の影響で物理攻撃で殴っても大したダメージにならないという副作用を持っている。
正直言えば戦士にとってはめちゃくちゃ面倒な敵、と考えていただければ良い。
しかしそれとは別で脳が死肉人形に入って動かしている……？ そんなことできるのか？ という疑問が湧く。つまり、異世界の魔法とこの世界の現代技術が組み合わされて使用されているということだろうか？
現代の技術と異世界の魔法を融合した魔改造技術が存在するとしたら……とんでもない文明が出来上がりそうな気がする。
「はっはっは！ この死肉人形の肉体はすげえぜ！ 銃弾すら効かないんだからな！」
組長が口を大きく開けて笑う。そうか口の中になんらかの発声機関を仕込んでいてスピーカーのように音声を発信している、ということか。目が必要ないのは魔法で視覚を作って直接脳へと視覚情報を送っている、のだな。
「オラァあっ！ ……いだぁああっ！」
悠人さんが隙を突くような格好で組長に一気に接近すると、拳を組長の顔面へと叩き込む。が、あまりの硬さに悠人さんが拳を痛めたようで、苦痛の表情で慌てて後退する。
「な、なんだ、鉄板を殴ってるような感触だぞ、こいつ」
「悠人さん、気をつけてください。おそらく物理攻撃は効果が薄いです」
私は悠人さんに指示を送る。この場合悠人さんの発火能力が切り札になるが、組長を動かない状態に留め置かなければいけない。
「死ねえっ！」
組長の両手から光線がほとばしる。この光線も手に仕込まれた宝石に充填されている魔法の一種だろう。残念ながら私の記憶にはこんな魔法は存在していなかったが、何かしらの技術革命でも起きたのだろう。宝石に魔法を充填する技術自体は私が生きていたときにもあったので、その応用か。
迫り来る光線を掻い潜りながら、私は組長へと接近戦を仕掛ける。
武神流の技術はミカガミ流剣術ほど修めているわけではないのだが、それでも武神からの免許皆伝レベルまでは到達していた。
私は竜爪を連撃で繰り出し、手のひらの光線を撃たせないように立ち回る。肘打ちである竜腕を比較的硬さの薄い組長の腹などに叩き込みつつ、暴風のような超接近戦を演じていく。
組長は太った体の割に動きが早く、私の攻撃に完全についてこられるわけではないが、反撃を繰り出している……が、やはり格闘素人、突きや蹴りは速度が遅く私が目で見てからでも対処できるレベル……つまりほぼ一方的に私が滅多撃ちにしている状態だ。
「この……ちょこまかと！ だが、お前は次第に息が上がってきているなぁっ！」
「はぁっ、はぁっ！」
ただ私の打撃はあまり効果が出ておらず、少しずつ私の息が上がっていく。なんせこちとら生身の肉体、呼吸もすれば疲れもするのだ。対して組長は死肉人形の肉体のおかげか、呼吸や疲労の心配がなく攻撃を繰り出せる……長期戦になると完全に不利だ。
私の息が上がりつつあるのを見た組長は口を歪ませて、再び攻撃に転じる。
組長が不用意に拳を突き出したのを見て、私は咄嗟にその腕をつかんで引きつけ……同時に足払いで一気に体制を崩させると、硬い地面に向かって投げ落とす。
「武神流……竜落！」
轟音とともに床へと肩までめり込み、身動きの取れなくなった組長が足をばたつかせるが、その隙を見逃さずに悠人さんの発火能力が組長を炎に包む。
「も、燃えている……ッ！ やめろぉぉぉ！」
組長が肉の焦げる嫌な臭いと共に、パチパチと音を立てて炎に包まれていく。死肉人形は物理攻撃には圧倒的に強いが……魔法攻撃などに弱く、魔術師相手だとほぼ完封されたりすることが多かったな。
「ま、痛みはないでしょうけど……動けなくなったらお話聞かせてくださいね」
_(:3 」∠)_ フランケンシュタインって最近映画とかないですねえ、そういや
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