第二二九話 望楼(ウォッチタワー)の戦い 〇九
「んー? 本当にお前エリーゼなのか?」
俺の目から見ても少し違和感のある目の前の思念体、どこまでも憎悪と邪悪をこれでもかと詰め込んだような印象のあるその黒いモヤに浮かぶエリーゼは、俺の知っている彼女のものとは少し違うもののように感じる。
記憶の中にあるエリーゼの笑顔や、怒ってる顔、そして少し歯に噛むように恥ずかしがる顔が思い浮かぶ……あいつのことを愛していない、愛する対象ではないと思っていても彼女は俺にとって大事な仲間、友人なのだ。
「……お前はもっと優しい顔をしてただろ……お前はもっといいやつだったろ、そんな顔をするのはお前らしくないぞ、俺の知ってるエリーゼはもっと綺麗な顔をしてただろ」
「嘘だ! お前はいつもあの女のことばかり……その体もそうだ、そいつは私を見ないであんなに弱い男を慕っている……お前が私を大事になんて思うものか!」
「……思ってなかったらもう殺してる。俺はお前を殺したいなんて思ってないし、大事じゃないなんて言わない。でも俺はお前を愛せなかった、それを引きずっているのであればそれは謝るよ」
「嘘だ、嘘だ、嘘だ! 私がお前のことを好きだったのに、愛していたのにお前はずっと真面目に受け取らなかった! 私はずっとお前のことをだけを思って……死ぬまでずっと……お前を生き返らせるために……私は……」
憎しみが彼女の周りにあるモヤをまるで烈火のように焚き付けていく……普通の人間ならこの思念だけで気絶してしまうレベルの圧力を感じる。
彼女の言葉から推察するに、エリーゼは俺のために死ぬ寸前まで俺を生き返らせるための努力を続けたってことか……俺はその言葉にひどく動揺する。
チクリと俺の心が少し痛む……まさか俺が死んだ後にそこまで思い詰めてしまうなんて、それまでのエリーゼの性格からは信じられなかったからだ。どちらかというと、彼女はサバサバした性格という印象だったし、もう少し割り切って動ける女性だと思ってたからだ
「エリーゼ……な、なあ……」
「来るな! 来るな! お前に今更優しくされたって……もう遅いのに!」
灯の姿のままだが仕方ない、俺は既に死んでいるし魂だけがかろうじて生き残っているだけなのだから……俺は全て破壊するものを地面へと突き刺すと、武器を持たない状態でエリーゼへと歩み寄り手を伸ばす。
無防備な俺を見て、憎悪に歪む表情を浮かべたエリーゼが俺を睨みつけると、彼女を囲む黒い怨念の炎は俺に向かってその炎を伸ばす……俺の、いや灯の頬にその伸びる炎が掠める……鋭い痛みとジクジクとした鈍痛が交互に襲うが、殺意をそこまで感じない……彼女もそれなりに動揺しているようだ。
「エリーゼ……いいから話を聞け。俺たちはもう死んでいる、未練を次の世代に引きずるのは良くないんだ」
「ノエル……私は……」
エリーゼは俺の行動に相当に動揺している……前世では絶対に俺が彼女を抱き寄せる、などはしたことがない。というか傍に抱えて敵から逃げたり、担いで持っていったりしたことはあるし、彼女の希望で背負ったりしたことはあるが真正面から抱きしめる、という好意を示す行動はとったことないんだよな。
そのまま俺はそっと彼女を包み込むように抱きしめると、震える彼女へと優しく話しかけていく。
「エリーゼ、もうやめよう。俺たちは既に死んだんだ……俺たちが彼らの気持ちを踏み躙ることは許されないはずだ……もう自由にしてあげてくれ」
「ノエル……私……もう……どうしたらいいのか……」
その言葉を受けて、どちらの意思かわからないが、俺のことを強く抱きしめるエリーゼ……ポタポタと彼女の両目から涙がこぼれ落ちていく。
その格好のまま数分、嗚咽だけが辺りに響き、俺はじっとエリーゼの昂る心が収まるようにそのまま黙って待ち続ける……少し周りを見てみるが、彼女を包む憎悪の炎はかなり収まってきているのがわかる。
もう一手押さないとな……俺は少しだけ屈むと、彼女の耳元に口を寄せるとそっと囁く。
「……彼を解放してくれ、お前の怒りで彼は苦しんでいる。もう俺たちの時間は終わったんだ……全部終わって生まれ変わることができたら、今度こそ俺はもう一度お前に会いにいくよ、その時には俺はお前を……」
「ダメよ……今愛しなさい」
「な……うぐあああああっ!」
メリメリ、と俺の全身を締め付けるようにエリーゼの両腕に力が込められる……なんだこの腕力、エリーゼの生前の非力さを俺が引きずっていたってことか?
エリーゼは不気味すぎるくらいに歪んだ笑顔を浮かべると、俺を締めつけ始める……全身が軋むような凄まじい圧力で俺の、いや灯の体が悲鳴をあげる。
この体は前世のそれよりかなり脆い……ダメージの蓄積で完全に動けなくなることだってあり得る、このまま締め付けられているとまずいんだ。
「や、やめろ……こんなことをしても俺は……エリーゼ!」
「捕まエタあぁ……今からたクサん愛してアゲるワぁ……ノエルが私を忘れラレないくらイ、タくさン気持ちヨクシてあげるカらアァ……」
それまで優しかったはずのエリーゼの顔が狂気に近いそれを浮かべて笑う……囁くために顔を寄せていた俺の耳を、そのどす黒く変色した舌で舐めまわし始める……。
うわ、キモ……強い拒否感を覚えて俺は、体を震わせる。心の中で灯が悲鳴をあげている気がする……肉体の主導権は俺にあっても彼女は既に意識を取り戻しているし、そりゃあ気持ち悪いよな……正直俺も気持ち悪い。
もはや目の前のエリーゼは、俺が知っているエリーゼではないのか……だが俺の呼びかけに応えて反応はしてたのに、どういうことなんだ? それだけ負の意識が強すぎるということか……。
「やめろ! この体は女性だ……第一お前もその思念体では俺を愛するなんて……げっ!」
「何言ってるの……私もちゃんと用意してるわよ……依代をね」
まるで意志のない表情で、俺の後ろにエツィオ・ビアンキがまるで操り人形のように立ち上がる……まずい、剣聖おじさん……いや可憐な美少女高校生の貞操の危機ではないか。
俺は押さえつけようとしているエリーゼの腕を引き剥がしにかかる……確かに恐ろしく強いが、この体の持っている潜在能力をフルに発揮すれば……むむむ……。
力を込めて締め付けを強化しようとするエリーゼの腕を次第に浮き上がらせていく……。
「く、こいつ……まだこんな力を……エツィオ! 早くこいつをなんとかしなさい!」
「い、嫌だ……僕は……はい、今すぐに……」
「ちょ、そ……そこは! どこ掴んで……きゃああああっ!」
命令を受けたエツィオは当初かなり抵抗をしていたが、すぐに無表情になると俺の体をモニュっと掴む……が、その掴んでいる場所はダメだろ!
灯の一番大きな部分、胸を両手で掴んでしまう格好になってしまい、心の中の灯が悲鳴をあげて怒り狂ったかと思うと、俺の意志とは別に勝手に体が動きだす。
それまでなかなか振り解けなかったエリーゼの腕を凄まじい腕力で振り解くと、思い切りエツィオの頬に平手打ちを……灯のパワーだと洒落にならないレベルの威力だが、それを叩きつける。
俺の意思とは無関係の体本来の持ち主である灯が怒りのまま絶叫する。
「ふざけんな誰が触って良いって言った! 益山さんに言いつけるぞ、このエロ教師ッ!」
「き、貴様……! し、しまった……」
一瞬エリーゼの気が削がれ空白の時間が巻き起こるのを俺は見逃さなかった、すぐに体のコントロールを取り戻すと俺は緩くなっていた拘束から身を翻すように後ろへと回転しながら飛び退る。
平手打ちを食らったエツィオは意識を失って、フラフラと千鳥足のようにふらついたかと思うと、その場でひっくり返って気絶してしまう……あーあ、こりゃ当分起きることはないな。
羞恥心から怒りが収まらない様子の灯だが、今は少し待て……と心で呼びかける、お前のおかげで俺は窮地を脱することができた、ありがとうな。
俺は黙って地面に突き刺さったままの全て破壊するものを引き抜くと、切っ先を彼女の姿をした何か、へと向ける。
「さて、エリーゼ……いやエリーゼのダメな部分を凝縮した残り滓、かな? 覚悟はいいか?」
「く、う……ノエル! あなた私を殺せるの? 仲間だった私を!」
「……愚問だ、俺は俺の仲間や愛するものに危害を与える相手を許さない、それを忘れたか?」
俺はそのまま前に出る……そろそろ灯に体を受け渡さないといけない、できればキリアンと対峙するまでなんとか力を残したいと思っていたが……エリーゼをどうにかするまでが限界か。
何度か大刀を振るうように突進すると、俺は黒いモヤでなんとか防御を行おうとするエリーゼへと技を放った。
すまねえ、本当はお前を斬るなんてことはしたくない、それがエリーゼの顔をした何か、であってもだ……だがこの体の持ち主である灯に危害を加えるお前を許さない。
「ミカガミ流、絶技……朧霞ッ!」
「ま、まって……私を……ぶぎゃっ!」
俺はエリーゼに向かって全力で全て破壊するものを振り抜く……絶技朧霞は花霞と同系統の技の一つで、絶技に相当する超高速十字斬りだ。
花霞がほぼ同時に二連撃を着弾させる技だとすれば、朧霞は完全なる同時着弾の斬撃を縦横の十字の形で斬りつけることができる。それ故に朧霞は防御すら貫き通す無尽と並び立つ絶技として知られている。
「……お前は俺を怒らせた、だから仲間であっても斬る」
俺の朧霞は彼女を確実に切り裂いた……防御しようとした黒い炎ごと、十字の形で切り裂いた跡が残っている。
エリーゼの頭頂部から股下まで、そして胴体が切り裂かれ血液ではなく、黒く濁った炎が噴き出していく……だがエリーゼはその憎しみに満ちた顔を次第に穏やかなものへと変化させていく。
両目からボロボロと涙を流しながら、口元に微笑みをたたえた表情を浮かべて、炎を噴き出しながら俺にそっと手を差し伸べる。
「……ありが……と……ノエル……私、あなたのこと……あ……い……し」
全ての言葉を喋り終える間も無く、エリーゼの負の意識を具現化したその何か、が黒い炎の中に消えていく。ふと、俺の頬に冷たいものを感じて手を当てると、俺が涙を流している。
手でそっと涙を拭うが、俺の気持ちよりも強く灯の意識が悲しみを覚えている……ありがとう。俺のわがままを聞いてくれて。
本当はお前に任せるつもりだったけど、どうしても俺がやらないといけないって思ったんだ。
「エリーゼ……ぐうっ……!」
だがそこで、俺の体に猛烈な激痛が走る……時間切れも時間切れ……今まではこんなに長時間顕現したことはない、魂の輪郭が揺らぎ、灯ではなく俺の魂そのものに痛みを感じさせている。
意識が飛び始める……視界が回っている、そして暗闇に落ちていこうとする中、俺はなんとか全て破壊するものに縋り付くように体を支えようとするが、手も足も力がまるで入らない。
視界が暗くなり、それまでよりもずっと遠くへと押し込められるような感覚を感じつつ俺は奈落の中へと落ちていく。
『……すまない灯、最後の戦いに助力できそうにない。だが君ならできるはずだ……自らを信じよ、ミカガミ流剣聖よ』
_(:3 」∠)_ なんとなく十文字霞斬りを再現したかった……書いてみると恐ろしく難しい
「面白かった」
「続きが気になる」
「今後どうなるの?」
と思っていただけたなら
下にある☆☆☆☆☆から作品へのご評価をお願いいたします。
面白かったら星五つ、つまらなかったら星一つで、正直な感想で大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒応援の程よろしくお願いします。











