第二二一話 望楼(ウォッチタワー)の戦い 〇一
「……きたか、まずはこの画面に映っているものを見てくれ……過去事例にないものだ」
私と心葉ちゃんが八王子さんの部屋へと入ると、八王子さんとリヒター、そして先輩が既に部屋にいて、私たちを待っている状況だった。
私たちがソファーへと座るとのを見てから、彼は端末を操作してモニター上へと新しい映像を映し出す。山の中に不気味な蠢く巨大な物体が建っている画像だ。
なんだこれ……夜の闇の中にあってなお、生物のようでもありだが建造物のようにも見える不気味な黒い塔のようなものだ。
次に八王子さんが端末を操作すると、ライブ映像が映し出される……ヘリコプターから撮影しているようだが、その黒い塔のようなもの……それはぬらぬらと怪しく輝く表面と、まるで樹木のように枝のように触手を伸ばした恐ろしく大きな物体が映し出される。
「当初この付近では動物の変死体が見つかるようになってね、調査が行われていたんだ……ところが先ほどいきなりこの物体がハコネの山に四本聳え立った。現在はこの物体を観察しているところだ」
「これ……動いている……? 生物なんですかね」
生きているようで時折不気味に震えたり、身を捩らせるような動きをしているが幹に当たる部分を見て愕然とする……そこには巨大な口が何個も生えており、その口から見える歯と、紫色の舌がずるりと動いているのが見えるのだ。
冒涜的だな……幹からは足にすら見える太い根のような器官が伸びており地面へとしっかりと根付いているのがわかる……なんだこれ……私が顎に手を当てて過去の記憶を掘り返していると、白衣姿のリヒターが口を開いた。
「新居も知らんか……これは望楼だ」
「望楼? 名称はともかく生物っぽいですけどね」
「それはそうだ、この望楼は生きている……周囲の生気を食って成長する混沌の防衛施設、こんなものまで用意してくるとはアンブロシオは本気も本気だぞ」
混沌……前世の記憶を掘り返していくと、異世界の歴史の中で混沌という単語は多く記述があった……不定形であり、不安定でもあり、不浄でもある泥濘のようなもの、という記述が多い。
汚染された何か、とか理解のできない何か、というのは混沌と断定されることすらある……だが、その存在自体は周囲を汚染するくらいで、元凶となる核を破壊してしまえば不安定故に消滅しやすいはずだ。まあ私のミカガミ流ならぶった斬ることも可能だろうな。
「煉獄の花……あれを持ち出してきた段階で気がつくべきだった。軍勢を送り込むだけじゃない、アンブロシオが持つ本当の目的は神話の完成だ」
「神話の完成? それと望楼がなんの関係が……」
「元の世界の話をしよう……あの世界は長い時を魔王、つまり今この世界に来ているアンブロシオの支配下にある。本来であれば世界は天秤が揺れるように光と闇のバランスが保たれている」
うん、それはキリアンが勇者だった時になんとなく理解していた……魔王に滅ぼされかけている時にその世代の勇者が生まれ、そして人類、亜人類を代表して戦うと言われている。
キリアン自身はそれまで平凡な青年だった、冒険に憧れていたが決して強い能力を持っていたわけでもない、本当に優しくて勇気のある男性だったのだ。
それが一夜にして勇者へと生まれ変わり、世界を救うために偉業を成した……その仲間であったことはノエルだけでなく私自身の心に深く誇りとして刻まれている。
「だが、アンブロシオ……元々勇者であった彼は、ある日を境に魔王として世界を支配するための戦いを起こした。私は彼の友人として、魔王へと堕ちていくアンブロシオ……いや本当の名前はキリアン・ウォーターズという男性だったが、彼の近くで支え続けた……」
リヒターがとても懐かしそうな顔で、赤い目を瞬かせる……それは古い記憶なのだろう。私、いやノエルが死んだ後の記憶、既に私はその歴史を知ることができない。だが、歴史はそのまま進み、なんらかの原因があってキリアンは闇へと堕ちたということか。
私はリヒターの話を聞きながら、ずっとアンブロシオの慈愛に満ちた目を思い出している……あれは友人を見るような目だったのかもしれないな。
「この世界をどうやって知ったのか、それは彼しか分からない。だが彼は異世界の軍勢をこの世界へと送り込むことを決めた、実際にこの世界の人類は肉体的には恐ろしく脆弱だ。私たちはすぐにカタがつくと思っていた。だがこの世界の人々の科学と技術力は恐ろしく高く、我々は予想外の抵抗に苦しめられた……」
リヒターの物言いに少し先輩が眉を顰める……まあそうだな、この世界の人間弱っちーんですなんて言われて腹が立たないわけがないな。
だが、過去の人類が異世界からの侵略を防いだことで誤算が生じたのだろう……結果的に今の今まで異世界の魔王はこの世界への侵略に半分だけ成功し、半分は失敗していると言うのが現実なのだ。
私の視線に気がついたのか、先輩がほんの少しだけ私の目をじっと見た後に、黙って頷くとリヒターに続けてくれ、と言わんばかりに手を軽くひらひらと振る。
「煉獄の花の逸話は異世界でも有名だ、神話時代において名も無き神が異世界へと逃げ込み、混沌の軍勢を煉獄の花経由で送り込んで、世界を滅ぼそうとしたことがあった。始まりの英雄の物語だ」
始まりの英雄は勇者として名も無き神を打ち倒し、世界を救った……それどころか神から奪い取った力の一部を人へと与えたとされており、人類はこの英雄の子孫だ、と異世界の人は信じている。それ故に人類、亜人類もそうだが異世界の人は恐ろしく肉体的に強いのかもしれない。
煉獄の花は世界を繋ぐ、そして当初アンブロシオは異世界の軍勢をこちらへと送り込むために……あれ? これってもしかして。
「混沌の軍勢を送り込む装置である煉獄の花……その故事に準えた侵略……そして望楼……混沌の森……」
「そうだ、アンブロシオは異世界の伝説の再現を狙っている……神の本当の目的は、世界の融合そしてそれによる再統合……古き神話の完成、名も無き神の復活……」
リヒターがそこまで話した段階でけたたましいアラーム音が鳴り響き、その場にいる全員が驚いて映像に映る望楼へと目を移す……画面の中で四本の不気味な黒い塔が大きく震え、恐ろしい咆哮を上げる。
それはまるで何かを賛美するかのように、まるで歌のようにも聞こえる不思議な旋律だ……そしてその画面の向こう、湖の中心に私たちにも見覚えのある巨大な物体が隆起して行く。
不気味すぎる色合いの茎と巨大な葉が幾重にも張ったその巨大で禍々しい植物が再び私たちの前に姿を表した。
「煉獄の花!」
「ちょうど中心点に煉獄の花を配置してるな……そして詠う防壁か」
リヒターの言葉と同時に映像の中で巨大な蕾を持った植物が水中から立ち上がっていく……まるで四本の望楼に守護される城塞のようにも思える。
不気味すぎる雰囲気に先輩と心葉ちゃんは黙ったままモニターを見つめている……そりゃそうだろう、私ですら目の前の光景が現実のものと思えないのだから。
この世界の常識に毒された? いや……この世界だからこそだ、平和で安心できる国、複数の国での諍いや戦争は起きているが全体で見た時にこの世界は……基本的には平和なのだ、少し前まで、は。
その時扉が開かれ、私たちは一斉に入口を見るとそこには懐かしい顔の男性が立っている……銀色の髪に榛色の瞳をした人懐っこい笑顔を浮かべた男性、狛江・アーネスト・志狼その人だ。一斉に注目された彼は少し気恥ずかしそうな表情を浮かべて、頰を掻いて苦笑いを浮かべる。
「いやいや……日本に立ち寄ったらこんなことに巻き込まれるとはねえ……久しぶりみんな……僕も混ぜてもらっていいかな?」
「神の偉業を準える……それに意味があるのさ。神話を再現するということは、その神様に近づくことでもある。この世界で言うと神の子が磔にあった三日後に復活するね。それを復活祭で祝うことに意味があるように、異世界においてもその神の行動、目的、伝説を準えることには意味があるんだ」
「あ、私神様信じてないんで……そう言うのやめてもらっていいですか? 急にそういう方向になるとモテませんよ?」
エツィオが傍で騎兵刀の手入れをしながらつっけんどんに突き放す……彼はめちゃくちゃ渋い顔をしながら、立川の顔を見るが彼女は完全にそう言うのNG的な空気を醸し出しており、エツィオとしては引き下がるしかない。
だが立川が、全く日本人って奴はよ! と言いたげなエツィオの胸元に銀色の十字架を見つけて、興味深そうな表情に変わる。
「……信じてるんですか? それ」
「一応僕は敬虔な信徒だよ……異世界の記憶があって魂はそちら側としても、この世界に生きた記憶と経験がある。だから信仰するのはこの世界の神さ」
胸元の銀色の十字架をそっと握って軽く十字を切るエツィオを見て、不思議そうな顔で彼の顔を見つめる立川……立川 藤乃自身は日本人にありがちな無宗教、クリスマスでお祝いをし、正月は初詣に向かい神社仏閣へとお参りをする人間だ。
だから彼女からすると外国人であるエツィオが十字を切る行動をとることに不思議な感覚を覚えている……しかも前世の記憶はあってそれは異世界の人間だと言うのだから。
「エツィオさん、複雑ですね……私にはとてもじゃないけど前世の記憶をずっと大事にする自信はありませんよ、今でも私はずっと苦しいです」
エツィオはそんな立川の顔を見てそっと微笑む……彼自身もすごく苦しいと思っていた時期があるし、複雑怪奇な思考回路をしていると自分自身自覚はあるのだ。
そんな中望楼がまるで詠うような咆哮を上げ始める……始まった、防衛施設としての望楼は詠うことによりその中心点にある存在を防衛する。
咆哮はまるで讃美歌のように朗々と重厚に何かの意味を持って詠いあげられる……その中心点である湖の中からその声に呼応するかのように煉獄の花が姿を現す。
詠う防壁の起動により煉獄の花はこの結界内では育成を進められる……脆弱すぎる煉獄の花は、瘴気を必要とするが結界内は混沌の力に満ちている。
しかも望楼自身が自律的な防衛機構を備えており、防衛側が有利に戦える土壌があるのだ。エツィオは立川に防衛につくように促す……ここからは時間をどれだけ稼げるのか、それが勝負を分ける。
世界滅亡の危機まで……あと数時間、魔王との約束……そして自分の元へと辿り着くであろう愛する剣聖の姿を思い描いて彼は軽薄そうな笑みを浮かべて咲う。
「……さあ、私の戦いが始まるわ……エリーゼのために、いやそれだけでなく私は彼女を手に入れる」
_(:3 」∠)_ 戦闘シーンに入れませんでした……正直すまんかった……
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