第二一八話 不死者(アンデッド)
『先日、繁華街の路地裏にて現場から見つかった白骨化した遺体の身元が判明せず、警察では行方不明者との照合をおこなっている模様です……』
『現場付近に残された痕跡などを警察が調査したところ、降魔被害の可能性が高く、今後の捜査についてはKoRJへと引き継がれるとの見方を発表……』
『……都心の繁華街で起きたこの不可解な事件との因果関係を調査してい……』
『いやー、こんな場所で起きるなんて怖いっすよねー……白骨化した死体だなんて、早くなんとかしてほし……』
モニターに映し出されている地上波の報道番組を見ながら、私と心葉ちゃんは無言で目の前にある紅茶の入ったカップを手に取って軽く啜る。
部長室の雰囲気は暗い……報道番組で現場で見つかった遺体、その身元が私たちには知らされたからだ。
不死の王リヒターは結界の調査で現場に赴き、職員と共に調査にあたっていたところ、見慣れない容姿をしたスーツの男性と話をすると言って、その場に留まったと報告が上がってきている。
「……灯さん……大丈夫ですか?」
「……大丈夫、間違いかもしれないから……大丈夫」
私は彼女の言葉に軽くカップを取り落としそうになってしまい慌てて持ち直すが、そんな私を見た心葉ちゃんはそっと私の肩に頭をもたれ掛ると、ほんの少しだけ下を向いて何かを堪えるように小刻みに震えている。
心葉ちゃんもリヒターに何度も治療をしてもらい、いろいろな悩みを聞いてもらったりと接点が多かったと話していたし、底抜けに明るい彼に何度も助けられていたのだ。
私はそっと彼女の細い肩を片手で抱き寄せる……我慢しろ、私まで感傷に浸っていたら彼に怒られてしまう。私は口を固く結んで黙っていることにした。
「待たせたね、青梅君も入ってくれ」
八王子さんと少し暗い顔をした先輩が部屋へと入ってくる……先輩は私たちを見て、何かを言おうとしてそれでも何も言葉にできなかったのか、軽く首を振ってから黙って目の前のソファーへと腰を下ろす。
私と目があった先輩は少し頭をガリガリと掻いた後に、軽く頭をさげる……私も何も言わずに頭を下げると、その様子を見守っていた八王子さんが話し始めた。
「ニュースは見ているか?」
「白骨死体が路地裏で見つかったって……」
「……その死体ってリヒターさんなんですか? いくらなんでも……」
私と先輩が同時に喋り始めるが、その言葉を聞いてすぐに八王子さんは黙って頷いた……つまり、路地裏にあった死体というか、リヒターはスーツ姿の男に倒されたというのは事実のようだ。
しかし……リヒターを相手に普通に戦って勝てるような存在って、それこそ魔王くらいしかいないんじゃないか? と思うのだ。
「辛いだろうが、モニターを見てくれ」
モニターに映し出された映像には路地裏の壁にもたれかかって一見寝ているようにも見えるリヒターの姿だ……最近お気に入りのように着ていた白衣はあちこちが引き裂かれており激しい戦闘が行われたのだな、と思える。
そして、普段は赤い光が爛々と輝いていた眼窩は空洞のままになっており、命の火が消えてしまっているのだな、と感じる完全な死体がそこにはある。
「警察からの連絡で、KoRJの職員が現場へと赴きリヒター本人の死体であることを確認している。白骨化しているにもかかわらず、彼の関節はつながっているしな、警察によると普通の死体では考えられない保存状態、だそうだ」
「……リヒター……」
心葉ちゃんが驚いたような表情でその映像を見ている……万事無表情な彼女としてはかなり珍しい、さっきまで相当にショックだったのか震えていたし仲間が死んだ、というのはそれでなくても強い感情を呼び起こしてしまうものなのだろう。
かくいう私ですら、軽く手が震えている……KoRJにリヒターを引き入れたのは本人の希望があったとはいえ結果的に私が交渉してるわけだし、星幽迷宮で私が戦う意志を失った時に、奮い立たせてくれたのは彼だ。
『弱音を吐くな、死ぬまで戦え、恐怖に抗い、最後まで勝利を諦めるな……異世界で俺が戦ってきた剣士は絶対に最後まで諦めなかった……黙って剣を取れ、そしてこの世界を救え』
あの時の言葉は忘れられない……普段冷静なリヒターがあそこまで声を荒げたのは、あの時だけだった。それでもあの時の言葉が私を再び立ち上がらせるきっかけになった。
それがなかったら、新居 灯という女性は戦うことをやめてしまったかもしれない……その場合は、この世界はどうなっていただろうか?
『お前の中にいるもう一人のお前にも』
そして彼はこうも話していた……その時は私はそれどころではなかったのだけど、今思い返してみたら彼は私のなかに本物の剣聖の魂が眠っていることを知っていたのではないか? と思う。
それでも彼はずっと友人として付き合ってくれていた……困った時や私の無理な願いなどもちゃんと聞いてくれたし、ちょっと前にパフェを無理やり食べさせたけど、あの時の支払いなんやかんやで彼がやってくれたんだよね。
「……奢ってもらったお返し出来てない……」
まだあの時のお返しできてないんだ……そのうちお返しすればいいって思ってたんだけど、そういうことに気がついた時にはその人はいなくなってしまうことがこの世界においても起きている。
前世は散々そんな別れを経験してきているのに、私はリヒターがいなくなるまですっかり忘れていたのだから、愚かだと思う、馬鹿だよ私、リヒターはあんなに優しかったのに。
「リヒターを倒した相手はわかっているんですか?」
先輩が八王子さんに尋ねると、彼は手元の端末を操作するとモニターに、防犯カメラで撮影したのであろう映像を表示させる。
路地裏から表通りへと移動する地点を撮影した映像が流れ始める……路地裏から出てきた人物は私の予想通り、少し乱れた金色の髪を手で撫で付けながら歩いている仕立ての良いスーツを着こなした東欧貴族風の容姿をした男性。
魔王アンブロシオ……この世界を侵略する降魔の首魁にして最強の存在……そして私の前世であるノエル・ノーランドの友人にして、異世界を救った勇者。
映像の中のアンブロシオは本当に自然に周りの人間の中へと溶け込んでいる……この国にも日本人以外の人種は多いからな……街の中であったところで、判別できるかどうかわからないかもしれない。それでもこの映像はアンブロシオという存在を写した映像である。
「おそらくこの人物だろう……新居君はわかっているよな?」
「魔王アンブロシオ……敵の首魁ですね。私も会ったことがあります」
私は八王子さんの言葉に応じて口を開く……その言葉に心葉ちゃんと、先輩が少しだけ身を固くする。敵の首魁……つまりはこの男さえ倒して仕舞えば人類の勝利なのだから。
八王子さんは私の答えに軽く頷く、KoRJでもアンブロシオの危険性、そして強さについてはある程度理解をしているはずだ、リヒターは私を除けばKoRJが有する最強の戦力の一つでもあり、魔王を倒すためには不可欠な人材の一人でもあったのだから。私は拳を握りしめると、独り言を呟く。
「リヒター……敵は取るわ……アンブロシオは私が絶対に倒す……八王子さん私が彼の敵をうちます!」
「あ、そうなの? お前がやってくれるなら安心だな、いやあ心配だったがこれで研究に没頭できるな」
恐ろしく能天気な声が部屋に響く……拳を握ったまま私は声の方向、入り口に顔を向けるがそこには竜牙兵が頭を掻きながら立っている。
は? 私は聞き覚えのある声にその場で拳を握りしめたまま固まる……竜牙兵? リヒターの最高傑作だと話していたその超高性能型竜牙兵はまるで関西の芸人のような仕草をしながらソファーへと腰を下ろす。
「いやー、もう大変だったんだ……体壊されちゃうしさ、魔王は容赦しないし……本当に死んだかと思ったぞ」
「……は? え? 何?」
私がその場で固まっていると、竜牙兵が固まったままの私を見て、口元に軽く手を当てて私に向かって指を指すとまるでめちゃくちゃ馬鹿にしたような動きでカタカタと揺れる。
その揺れ方で私は目の前の竜牙兵のなかに、懐かしい友人の姿があることに気がついた……よ、よかった普通にしていれば死ぬような人ではないと思っていたが、なんらかの形でセーフティネットを用意していたということか……我慢できなくなり私の視界が揺れていく、あ、だめだ泣いちゃう……。
だが、リヒターはそんな私の顔を見て、おや? という仕草をした後思い切りカタカタと揺れながら口を開いた。
「んー? まさか私が死んだと思ってたとか? これが本当の不死者なんちゃってー」
「リヒター……それ以上は……」
八王子さんが困ったように私とリヒターを交互に見ており、先輩は頭を抱えており、心葉ちゃんも何が起きているのかわからないかのように呆然とした顔で竜牙兵を見ている。
さっきまでの悲しい雰囲気を返して……あまりに軽い感じで軽口をたたくリヒターを前に、私の頬が一気に熱くなっていく……シリアスだと思ったのにこれかよ! 私は虚空から全て破壊するものを引き抜くと、リヒターの前に突きつける。
「こいつ殺して私も死にます、みんな止めないで下さいね、不死者のくせに生意気なんだよクソが!」
「おお、殺せるものなら殺して見せろ剣聖! また泣かしちゃうぞ、フーハハハハ!」
「お、おま……おーし、わかった本当にぶっ殺してやる! そこに座れえ! 私の気持ちを返せ、この馬鹿野郎!」
「あ、新居くん落ち着いてくれ、こんなところで刀を振り回しちゃいかん」
私がブチ切れて刀を振り回し、先輩が心葉ちゃんをガードしている……竜牙兵の姿をしているリヒターはカタカタと揺れている。八王子さんはあわあわ、と口を押さえてオロオロしているだけだ。
そんな私たちを見て、ポカンと口を開けていた心葉ちゃんが耐えきれなかったのか笑い始め、釣られて先輩も口を押さえて笑い始めた。
「……性格悪いですよリヒター……でも、生きていてよかった……ね、灯ちゃん」
_(:3 」∠)_ これだけ引っ張っておいてリヒターがなんで生きてるのかは次回に持ち越し
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