第二一四話 精神攻撃（マインドアタック）
「失礼しまーす……う……」
大きめの扉を開けて中へと入った私の鼻に強い魔素と不気味な香りを感じて思わず手で鼻を抑える……、あまりに醜悪で嫌な匂い。
私が入った目の前の空間には、多くの人が倒れている……生きているかどうかすら既にわからないが、時折呻き声のようなものが聞こえてくるのでおそらくまだ生きている。
ならこの空間を破壊すればこの人たちだけでも助けることはできるかもしれない……だが、全て破壊するものがかなり深刻そうな声色で私へと話しかけてきた。
『想像より最悪だな……こいつは……まずいぞ』
私もそう思う……ヤバすぎる気配がステージの方から感じられる……虹色に輝く大きな何か、が重そうな音を立てて動いている。
その虹色の鱗を持つ巨大な化け物は心地よさそうに、無表情の男性がかき鳴らす音楽に身を揺らしている……Ｗｏｒｄ ｏｆ ｔｈｅ Ｕｎｄｅｒｗｏｒｌｄの代表曲だな……随分と現代音楽に慣れ切った降魔だことで。
そしてその巨体は一〇メートル近い巨大な大蛇の姿をしていて、前世の神話にも書かれていた恐るべき神の使いそのものの見た目をしている。
私が入り口の扉を閉めた音で、そのな獣がゆっくりと私の方へと顔を向ける……そこで私の表情が思い切り固まった。
「え？ 嘘……あなたはWor様……？」
その鱗に包まれた大蛇……虹色大蛇の頭部はWor様の顔にそっくりだったからだ……人頭の大蛇、それが目の前にいる怪物の姿だ……日本における神の一種に宇賀神という人頭蛇身の神が存在しているがそれ非常に酷似しているだろうか？
元の顔がかなり小顔の男性だったので、今の大きさはまるでシュールな人形のようにも見えてしまうが、紛れもなく生きた本人の顔に間違いない。
Wor様の顔をした大蛇はをじっと見つめてから優しく笑うと口を開く……まるで何かが後ろで喋っているかのような複数の音に聞こえる声で私へと話しかけてきた。
「「……こんばんは……僕の音楽を聴きにきたかな？」」
『依代を使って顕現したな……虹色大蛇そのものではないが、それに近しいぞ』
全て破壊するものの警告が飛ぶが、私は目の前にいるWor様の顔をした何か、に目を奪われている。
なんだかここにいちゃいけない気がしてきている……扉を開けて外に出て、チケット受付を待たなきゃいけないんだって、そんな気持ちにされている。
チケット受付が終わったら、Wor様が歌を歌ってくれる……私応援しないといけないから……ずっと音楽が好きだったから、彼のいうことを聞かなきゃいけないんだって思ってるんだ。
『灯？ ……全く世話が焼ける……』
次の瞬間、頭に強い衝撃を受けて私は凄まじい頭痛を感じて頭を軽く押さえる……混乱していた思考が一気にクリアになっていく。今私何考えてた？ 急に気持ちが落ち着かなくなって、Wor様をずっと見てて、この場所にいたくないって思ってた？ つーかメチャクチャ頭痛いんだけど！！
『精神操作の支配下にあった……でわかるか？』
ああ、そういうことか……で全て破壊するものが私にショックを与えて元に戻した、と。それにしては随分手荒いやり方じゃない……まだ頭痛が治らない。
ジリジリと鈍く痛む頭を押さえて私は腰の刀を引き抜いて目の前の大蛇へと向ける、その行動を見てWor様の顔がニヤリと邪悪に歪む。
『もう既に人間ではないな……虹色大蛇と同等の化け物だと思って戦え、精神操作は心配するな、我が引き戻す』
「そ、そりゃありがたいけど……ふぎゃあっ！」
その度にこの頭痛を味わうのか……私は少しげんなりした気分で彼の言葉を聞いているが、再びバシン！ と強い衝撃を受けて思わず悲鳴をあげる。
また攻撃されたのか……長引かせると私の心がもたない気がする、早く片付けなきゃ……私は一気に大蛇へと飛びかかる、先手必勝……いやこの場合は私は先に攻撃されてるからこの表現は間違っているか。
だが思っていたよりも素早く体をくねらせてステージから移動し、斬撃を交わした化け物は少し離れた場所で戦闘体制を取り直す。
「「……僕の歌で楽しんでよ、美しいお嬢様」」
精神操作が私の動きを止めると理解したのか、虹色大蛇はニヤリと笑みを浮かべると、再び目に見えない精神攻撃を仕掛けてくる。
連続した精神攻撃を全て破壊するものが無理やり無効化するたびに私の頭に耐え難い苦痛と衝撃が襲いかかってくる。
「ふ、ふぎゃ……あうっ……ちょ……あぅん！ ま、待て……みぎゃっ！！」
『お前の潰れた蛙のような悲鳴は聞くに耐えんな……』
「だ、誰が好きこの……ぎゃん！ 痛い、痛いってこ……ふぎゃあっ！」
なんだこの連続攻撃は、マジで嫌がらせか？！ ズキズキと痛む頭を抱えながら、私はひどく間抜けな悲鳴をあげながらずるずると後退する。
まるで頭の中で火薬を炸裂させているかのような、そんな痛みは外傷と違って我慢すればいいというレベルの話ではない、まさに直接頭の中に何かを叩き込まれて、それを針で刺して割っているようなそんな痛みなのだ。
だがこれだけやっても私が戦闘意欲を失っておらず武器を握ったままという事実に、虹色大蛇の表情に焦りのような色が見え隠れしてくる。
「「どうして……？ お客さんが僕の歌を聞いてくれない……」」
「Wor様！ 私はあな……ぎゃあんっ！ 歌大好きで、みぎゃーっ！ これはちょっとないと思いまぎゃーっ！ 」
私の思いを伝えたいと思いつつ、悲鳴と共に必死に話しかけるが、多分何言ってるのかわからないかもしれないな、うん。
だがここまで耐え切っている……半分は全て破壊するもののおかげだが、私の元々持っている抵抗力がなければそう易々と精神攻撃が解除できるわけじゃない。
普通の人間であれば最初の段階で思考能力を失って外にいた人たちのようにぼーっと立っているだけになるだろう、そして虹色大蛇の操り人形として意のままにされるだけだ。
「「……どうして聞いてくれないの？ そんなに聞くに耐えない歌かな？」」
「聞いてますよ毎にゃぎゃー！！！ 私あなたの歌大好きでうきゃーっ！」
私の必死の言葉もあまり伝わっていないようで、ひたすらに私は頭痛と戦い続ける……なんだこの戦いは、刀を振るわせろチクショー!!
私の切なる願いをよそに、虹色大蛇は凄まじい強度の精神攻撃を叩きつけてくる……周りから見たら派手ではない、恐ろしく地味な戦いが今ここで行われている。
私は頭を抑えてもがき苦しむだけ……虹色大蛇は私を睨みつけたりしているだけ……なんて、なんて地味な戦いなんだ！
『だが相手の攻撃は潰すことができている……耐えろ、これはどちらかが音を上げるまで粘る戦いだ』
一番私に向いていない戦いじゃないか！ ノエルだって向いているとは思わないぞ、こんな地味な戦い！ だがだんだん私の本来持っている抵抗力が、慣れを感じ始めている。
慣れとは恐ろしいものだ……私の体と思考はこの凄まじい痛みを慣れてきている。次第に痛みが意識の外へと追いやられていく。
剣聖は単なる称号だけの話じゃない、その肉体、精神において他に比類するものがいない剣士のことをそう称している。
支配しようと攻撃をぶつけても、次第に私が次第に目の輝きを取り戻しつつあることに、精神攻撃を撃っている虹色大蛇は気がついたかもしれない。
それでもなお、攻撃を緩めることができないのはそれを止めると私に斬られるとわかっているからだろう。だが、私の悲鳴は次第におとなしくなってきている……それは私自身がとてもシンプルで、最も原始的な思考をし始めているから……敵を斬る、そして敵を殺す、命を奪い取り、恐怖を与える。
「ミカガミ流……竜巻」
「「……見え、な……うぎゃああっ！」」
私がそれまでいた場所から一瞬で虹色大蛇の目の前へと姿を現し、横凪の斬撃を繰り出すが、私の移動を視認できなかった化け物は防御すらできず、鱗を引き裂かれて血飛沫と共に悲鳴をあげる。
浅いな……まだ彼の顔を見て、私の心の中にどうしても拭いきれない情けのような感情が残っている……大好きな音楽を作る人を切りたくないという感情か？ それともこれはワガママか？
「……でも敵だから、私斬るわ……」
「「人間のくせに！ しねええっ！」」
そのまま化け物の鱗に刀を突き立てる……鱗を貫き、赤い血が噴き出すが私は次の瞬間に一気に少し離れた場所へと移動している。それまでいた場所に、虹色大蛇が尻尾を振るうがその凄まじく重く鋭い一撃は空を切る。
攻撃が間に合わないとわかった化け物は、私に向かって先ほどまで有効だった精神攻撃を放つが、私はそれまでと違い、頭痛に苦しむような仕草は見せることはない。
攻撃が通用しないとわかった虹色大蛇……いやWor様の顔が驚愕の表情を浮かべる……。
「「……な、なんでこの世界の人間が僕の攻撃を……効かないなんてあり得ない！」」
「……効いてますよ、実際今私めちゃくちゃ頭割れそうに痛いですし……でも慣れましたから、もう通用しませんよ？」
_(:3 」∠)_ 作品史上最高に地味な戦いが今……幕を上げる！
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