第二一三話 妖刀散華(ブルーミング)
「お前には伝えておくことがある……忠告と言っても良い」
八家さんがゴロリ、と自らの体を地面へと横たえ天井を見ながら話し始める……死にかけている割にはかなり流暢な喋り方だ。よく見ると彼の傷口からはすでに血が流れておらず、むしろひび割れが肉体に広がっている。刀の化身だけあって死は崩壊ということか。
私は黙って彼のそばへと横座りで腰を下ろす。ちゃんと聞いてあげるのも剣士の役目かと思ったからだ。軽く体の傷跡を見つめる私を見て、八家さんは苦笑いのような笑みを浮かべる。
「ああ、血はあくまでも受肉した時におまけでついてくるものでな……流血はあまり私にとっては意味がない」
なんだその便利な体は! 私なんか怪我した後は高熱も出るし、めちゃくちゃ痛いし、正直言ってもう戦うのやめよっかな! って思うくらい辛いんだぞ。
リヒターの使う治癒魔法も万能じゃないし、かけてもらった後は恐ろしく体が怠くなるからな……肉体の治癒力を上げる代償として体力を根こそぎ奪い取るって話だ。
血が出過ぎたら私は確実に死ぬし、致命傷を受けずに今までやってきてるのは奇跡に近いって言われてんのに……流血があまり意味がないってズルくないですか! だがそんな私の中の葛藤は声に出さず、私は彼へと問い返す。
「……忠告ですか?」
「琶蘭……あの美しい刀……」
その言葉に私の表情が曇る……立川さんのことを嫌でも思い出してしまうからだ。できれば思い出したくないと考えているけど、彼女を切ってとどめを刺した感触はそう忘れられるものではない。
突き立てた刀から、彼女の肉体の感触……心臓を貫いた後の彼女の小刻みな震えとその後の沈黙……それはアマラさんと同じく、私自身の罪でしかないのだから。
「私はあれを復活させた……どこで使われるかわからん、だが荒野の魔法使いへと渡した」
「……今なんて? 荒野の魔法使い?」
聞き間違い……じゃないよな? エツィオさんの別名……そして世界最強の魔法使いの称号『荒野の魔法使い』。
アマラさんが荒野の魔女と名乗ったように、エツィオさんも荒野の魔法使いと名乗っている。だから彼以外にその称号を名乗るものは今の所、世界には存在していない。
私の肩が震える……視界が揺れる、私は目に一杯の涙を溜めるもののなんとか堪える……少しだけ間を置いて、八家さんが続きを話し始める。
「荒野の魔法使いは危険だ、絶対に信用するな……あれは別の意味で狂ってる……」
「ちょ……なんでエツィオさんが狂って……そんなわけ!」
私が八家さんの胸ぐらをぐい、と掴んだ瞬間まるで砂鉄のように彼の体がボロボロと崩れ落ちる……八家さんが苦笑と共に手を持ち上げようとするが、その持ち上げた腕すらボロボロに崩れていく。
慌てて私は彼の体を元に戻せないか、無駄な努力と分かっていても必死に繋ぎ止めようとするが、次々と体が崩壊していく……止められないと悟ったのか、彼はふうっと軽く息を吐くと、私に向かってなんとか声を紡ぐ。
「時間だな……楽しかったぞ。刀は刀で死ぬべき……女性であってもお前は素晴らしい剣士だ」
「待って! 死なないで! 私の疑問が解消できていない!」
そのまま八家さんはまるで砂のように一気に崩壊していく……ちょっと本当に待ってくれ! 私はこんな中途半端で断片的な情報で何を忠告されてるんだ!
指の間をすり抜けるように、彼の体が砂となって流れていく……私は悔しさというか焦燥感から思わず地面を何度か殴りつけてしまう。ギリリと歯軋りをしながら私は地面に向かって叫んでしまう……。
「バカああああっ! もっとちゃんと伝えろ! わかんねーよ!」
『無駄だ、もう死んでいる……いや崩壊している、といった方が良いか』
「こんな中途半端な……謎かけと変わらないじゃない!」
全て破壊するものの声が無常に響く……私がいくら叫ぼうとも、八家さんだった砂の塊は何も答えない。全然わかんねーよ! 何考えてんだこの刀の化身!! 思わず蹴り飛ばしたくなる気持ちを抑えて私は何度か八家さんだった砂の塊を持ち上げては落とす。だが砂の塊は私には何も答えない……勝手に死ぬなよバカ! あっさり崩壊しやがって……。
虚しい……とにかく八家さんがエツィオさんと会ったということに関しては事実のようだ、ついでに琶蘭を渡していると、相手は誰かわからないが剣士に渡したのだろう。
だが私は少しだけホッとした気分だ……彼が生きているなら、いつか会えるかもしれないから、そしてもしかしたら再び彼が私の友人として、いや仲間として一緒に戦ってくれるかもしれないから。
「エツィオさん、ああ見えて抜けてるからなあ……心配だわ……」
そっと胸に手を当てほんの少しだけ暖かい気分を感じて私は大きくため息をつく……もう、エツィオさん生きてるならすぐに私とかみんなの前に姿を表せばいいのに。
でも八家さんの言葉に多少の不安を感じる……狂っている、それは彼自身が狂っているということだろうか? それ故に私たちの前に現れないとか?
そのあたりに多少の不安は覚えつつも、私は任務のことを考えて、再びこのライブハウス……いやもう既に異空間だが、その中を歩き始める。
「私が責任を持ってみんなを助けないと……」
私が目の前にある扉を開けると、そこには前へと繋がっている細い通路が続いている……こういう領域を構築するのもそれなりに魔素を消費すると思うのだけど、その辺りはどうなっているんだろうなあ。
疑問を持ちつつも私はその通路を歩いていく……体にリズミカルな振動を感じているが、どこかで何かを演奏しているのだろうか?
まるでドラムの音のような振動に私は違和感を覚えつつ、通路を歩いていく……。
「……大丈夫、エツィオさん優しいし……きっと大丈夫だから……」
「……ぶえくしっ! 風邪かな? 全く……」
エツィオは少しだけ彼のイメージを壊すようなくしゃみをすると、誰にも見られていないかどうか辺りを確認する……だが、右を見たときに立川 藤乃がにへら、と笑っているのを見て思わず目を逸らしてしまう。
一番見られたくない女性に見られた気がする……再び彼女の方を見ると、立川は笑顔のまま上目遣いでエツィオへと話しかけてきた。
「イケメンが台無しですわねえ……」
「君、性格悪いって言われないか?」
エツィオは目を逸らしたまま、通路を歩いていく……立川がニヤニヤと笑いながら、彼の後をついて歩いていく。二人が歩いているのは新居 灯がいるライブハウスとは全く別の場所。
既にアンブロシオがライブハウスの仕込みを終えており、今は都内の別の場所へと移っている。アンブロシオの命令に従い、仕込みをひたすらに行っているものの、なかなか終わりは見えていない。
いつまでこういった地味な作業が続くのか……今まではたくさんの協力者がいたのだけど、今はかなり少ない。自分達も駆り出されてこういった仕事を続けているといつ終わるのか? と多少は不安になるものなのだ。
「私は性格は良いって言われてるけどね……悪いのは荒野の魔法使いの性格の方よ」
「随分冷た言いかただ……灯ちゃんはそんなこと言わなかったぞ」
「なら慰めてもらいなさい、膝枕でもしてもらったらどう? 僕ちゃん寂しいんですって」
「本当に性格悪いな君は……」
エツィオは首を振ってやれやれ、といった表情で歩いているが、立川の言葉に怒りを表すようなことはない……ここまででも立川のおかげで色々な戦闘が恐ろしく楽になっているから。
新居 灯に倒された、とはいっても立川の戦闘能力は恐ろしく高い……八家のように使い勝手の悪い人間よりもよほど忠誠心に溢れている。
エツィオは立川に再び視線を送る……その視線に気がついたのか立川が少しだけ訝しげるような表情を浮かべて彼を見返す。
「どうしたの? もしかして私が可愛いから見ちゃってる?」
「……僕にとってはそれほど可愛いとは思えないよ」
その答えに頬を膨らませて抗議の意思を表す立川だが、エツィオも別に彼女が美しくないとは思っていない……ただそれほど興味の湧く対象ではないというだけで。
いかん、今の返答は少し女性に対する対応としては失礼すぎたな……軽く首を振ってから、軽く立川へと頭を下げた。
「……ごめん、言いすぎた」
「気にしてませんよ、彼女ほどの女性はそういないでしょうし……」
立川は新居 灯の顔を思い返す……美しさと、強さ、そして奇妙なくらいに感じるお人好しな一面なども……思い返せば思い返すほど不思議な少女なのだから。
生き返った後、どうしても聞きたくてエツィオへと何度も理由や、目的を問いただしてきた……ララインサルと違ってエツィオは比較的マシな性格をしていると思う。
「……魂が」
「はい?」
「魂が求めているんだ、彼女を、その中にある猛々しい魂を。僕の前世がその魂を手に入れろ、と囁く」
「……エツィオさんの前世がねえ……」
魂? まるで彼女の外見には興味がないとでも言いたげだな……立川はエツィオの顔をもう一度見つめるが、そこに嘘はないように思える。
だとしたら……立川がずっと苦しんでいた前世の記憶……それと同じように彼自身にも苦しまなければいけない何か、があるのかもしれないな、つまりは私と彼は同類……お仲間同士という事か。
少しだけ考えると立川は、優しく笑うとエツィオの手をそっと取って軽く握る……いきなり手を握られたエツィオが驚いたように彼女の顔を見るが、立川はニコリと微笑むと彼に語りかけた。
この男性はララインサルより本当にマシ……むしろずっと上司としては信頼できる、だから今は彼を助けたい。
「……私、もう少し頑張りますね。エツィオさん、新居さんを手に入れるために頑張るんでしょ? だから私……もう少しお付き合いしますよ」
_(:3 」∠)_ タイトルはちょっと名付けを悩んだのですが、一旦これで!
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