第二一〇話 楯籠(バリケード)
——僕の望みはなんだろうか?
ライブが始まる直前になってもまだ、あの時に聞こえた声に対する答えが出せていない。あの時練習中に倒れた僕は、病院で目を覚ました。
ベッドの上でも少し心に聞こえた声の意味をずっと考えている……僕の望み……自分の才能を信じて成功すること、それが一番の望みだと思っていたのだけど、どうやらそうではない、と違和感を感じている。
人並みに欲がある……他人が持っているものが欲しくなったりもする、食べることも飲むことも大好きだ……普通の人間ならそう言うものだろうと思うのだけど。
「雅空〜、体調大丈夫か? また倒れたりするとツアーが中止になっちゃうからな、気をつけてくれよ」
プロデューサーが心配そうな顔で僕を見ている……苦笑いを浮かべながら僕は大丈夫、と答えるがあの時に倒れたのが不思議なくらい気力も、体力もみなぎっている気がする。
まるで体の奥底から力が湧き出ているような……そんな不思議な感覚を感じて僕は隠れて何度か手を握ったり話したりして感覚を確かめる。
「……なんだろう? こんな感覚初めてだな……」
「……そういやさー、昔動画投稿サイトでforsetiってやついたじゃん、あいつ全然動画投稿しなくなったよなあ」
「ああ、なんか噂レベルだけどあいつ死んだって流れてるぜ、変死体で見つかったとか」
ユニットのギターとベース担当が他愛もない会話をしている……forsetiの投稿動画は僕も見た……怪物を倒す女性の姿が写っていて、数回投稿をしただけでその後は途絶えちゃったんだよな。
投稿された当時はバズってみんなSNSでその話ばかりをしていたのだけど、その後にオダイバの事件が発覚して目の前で起きていることが現実だったってみんな知ってしまったからな。
あの動画を見た後に、僕は街で一度だけその動画に出ていたかもしれない長い髪を靡かせた少女を見た気がしている……恐ろしく美しい少女だった。
夜の闇を凝縮したかのような滑らかな黒い髪、紺色のブレザーに身を包んで、楽しそうな顔で隣にいた別の少女と会話をしながら歩いていた。
その時はまさかな、と思っていたが投稿サイトにあった動画をあらためて見た時、僕は確信した……おそらく彼女だ、と。直感的なものでしかないが、なんとなくそう思った。
「それを知ってどうしたいんだろうね……? 僕は……」
あの日を境に何か世界が変わってしまった、と言うのは僕にもわかる、それでも今までの生活は変わらずなんとなく遠い場所で何かが起きているのかもしれない、と思い続けていた。
それでも毎日のようにニュースでは降魔被害と呼ばれる事件が多発している……行方不明者も増えているのか、ニュースでも取り上げられることも多くなっている気がする。
「そろそろ時間ですー!」
会場の担当者から声がかかる……心臓が高鳴っている気がする、何かが違う……ずっと考えていた、何が望みなのか……僕の望みはなんだったのか?
楽屋を出て廊下を歩きながら僕の心は高鳴る……ライブ前の高揚感だけではない、僕自身が望んでいた答えが見つかったような気がするからだ。
通路の先からはライブを楽しみに待っているファンたちの歓声が聞こえる……ああ、もうすぐライブが始まってしまうね。
『……決まったようだね……』
ライブという体験を通じて僕は、皆を支配したい、ファン、みんなの時間をその時だけは僕だけのものにしたい。音楽を通じて僕はずっとそう思っていたのかもしれない……。
ああ、そうだそうに違いない……熱に浮かされたような感覚のまま僕はステージへと向かう……誰も気がついていなかったが、その時の僕の目はまるであの象徴のように虹色の虹彩を帯びていた。
『では君に力を……そして僕にも見返りを、君は今から僕の契約者だ』
「あ、あれ? なんでこんな時間にKoRJから電話が……もしもし?」
夜Word of the Underworldの楽曲をスマートフォンで再生しながら勉強をしていた私の元に電話がかかってくる……。今いいところなのに……勉強はそれなりにしか進んでないのは正直なところだが、明日は楽しみにしていたライブなのだから仕方がないじゃないか。
なんだろう、まさか明日とか仕事とか言わないよな……戦々恐々としながら通話をタップする。
「あ、繋がった……部長灯ちゃんですよ。ちょっと待ってね」
「あ、はい……なんかあったんですか?」
私の問いには答えずにオペレーターさんが部長ってことは八王子さんに電話を繋ごうとしている……せっかくのプライベートなのになあ。
少し不機嫌なまま電話の向こうでバタバタと動く音が聞こえたかと思うと、慌てた様子の八王子さんが声をかけてくる。
「新居くん、すまない……急で申し訳ないのだけど、今から迎えに行ってもいいか? 降魔被害だ」
「え? ちょ、ちょっとそれ困るんですが……お父様になんていえばいいんですか!」
「私も話すが……適当に誤魔化してくれ」
「誤魔化してくれ……って、そんなの無理に決まってるじゃないですか! 第一いつも無茶苦茶すぎますよ」
「緊急事態だ、ライブハウスに入っていたお客全てが人質になっている……四條君と君に頼むしかないんだ。迎えは寄越してある、では後で」
そこまで話すと電話が唐突に切れる……もう! なんなのライブハウス? ちょっと待て……迎えは寄越したって言ってるけど、家にKoRJの人来ちゃうの?! 風呂上がりで髪をタオルで巻いている上にちょっっと乱れたパジャマ姿で椅子に座っていた私は慌てて着替えを取り出すと、ダッシュで洗面台へと走っていく。
慌ててバタバタ動いている私を見て、リビングでのんびりテレビを見ていたお父様が緊張感のない声で話しかけてくる。
「灯? どうしたの?」
「KoRJから呼び出しが掛かってるから行ってくる……遅くなるから戸締りだけよろしくお願いします」
私の返答にお父様は少し驚いた顔をしていたが、手元にあった自分のスマートフォンが振動したのを見て、軽く目を通してからため息をついて電話を始めている。
おそらく八王子さんと話を始めたのだろう……以前私が大怪我をして入院したりした後に、八王子さんとお父様は直接連絡をするために電話番号を交換したと聞いている。
それまではお父様から八王子さんについては未成年を連れ回す悪の部長、という印象を持っていたそうだったが実際に話をしてみると話のわかるいいやつ、という転換が行われたようで、たまに飲みに行っているのだと話していた。
それ故に時には八王子さんへと直電が行われるようになって、結果的には私のやっているバイトはお父様も公認、と言うことになった。
多分配慮もあって連絡が入ったのだろうな……洗面台に到着した私はドライヤーで必死に髪を乾かし始める……せ、せっかく念入りに綺麗に洗って……明日の朝ももう一度お風呂で洗おうと思っていたのになあ。
しかも、明日の備えて寝ようと思ってたのに! 第一休日なんだぞ、今日は……私がざっと髪の毛を乾かし終わり、私服姿で鞄や財布などを持って再びリビングに降りてくると、お父様が少し寂しそうな顔で私に再び声をかけてきた。
「灯、朱雀君とは少し話したよ、後でもう一度彼には文句を言うとして……遅くならないうちに帰ってきなさい」
「……すいません、行ってまいります」
私は息を切らせながら玄関へと向かい、靴……あまり使ってないウォーキングシューズを取り出して履き直すと、手首に巻いたスマートウォッチを確認する。
夜九時半……同級生には門限すらある子がいるというのに……こんな時間から外出するのはあまり経験がなかったりもする。私が玄関を出て目の前の道路へと出ると、タイミング良く青山さんが運転するリムジンが到着し、ドアが自動で開かれる。
「新居さん、すいません……乗ってください」
「こんばんは……灯さんもですか」
「心葉ちゃん、こんばんは……何があったんだろうね?」
KoRJに到着し、戦闘服に着替えて完全装備となった私が部長室へと入ると、そこには同じように呼び出されて装備を抱えた四條さんがソファーに座ったまま私に軽く頭を下げる。
私は彼女の隣へと腰を下ろすが、いつものようにあまり変わらない表情ながら少し不安そうな目をしている心葉ちゃんと何があったんだろう? と目を合わせる。
そこへバタバタと音がして扉を少し乱暴に開けて、八王子さんとリヒターが入ってきた。
「久しぶりだな新居、四條……体は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、おかげで体調もいいですし」
「……まあ、普通です……」
リヒターがカタカタと音を立てながら、赤い目を輝かせているが相変わらず不気味だなあ……とはいえ慣れているので、私は普通に笑顔で挨拶を返すが、心葉ちゃんは少し躊躇いがちに彼へ挨拶を返している。
だがリヒターは顎に手を当ててふむ、と答えるとそのまま私たちの向かいのソファーへと腰を下ろす……相変わらず白衣がイマイチ似合わないな……。
八王子さんが手元の端末を操作してモニターへと画像を写す……その光景を見て私は思わず立ち上がってしまった。
「え?! ここって……」
「今から一時間ほど前、都内にあるライブハウスにおいて立て篭もり事件が発生した。ライブハウスに観客を盾に立て篭もっている犯人がいるそうで、警察から応援要請が出た」
そのライブハウスはWord of the Underworldのライブが予定されていた場所で、明日私とミカちゃん、心葉ちゃんが待ち合わせを予定していた場所でもあるのだ。
しかし、解せない……事件となれば警察に優先順位が発生し、KoRJは参加することはほぼないからだ。基本的に降魔被害以外の事件ではわたしたちが出る事は少ない。でも、要請が来たと言うことは……私の顔を見てリヒターが続けて話し始める。
「ライブハウスの観客は突入しようした警官を排除した、その時の様子を退避してきた警察官によると、まるで熱に浮かされたような独り言を呟きながら襲いかかってきたらしい」
少し手ブレをした写真がモニターに表示されているが、確かにそこに写っている人はまるで何かに操られているかのような、目が虹色の光を帯びて不気味すぎるくらいの感情が欠落した表情を浮かべているのがわかる。
前世の記憶を探るが、確かに表情は魔法や特殊な薬品などを使って操られている人間の顔に近いかな……私の顔を見て、リヒターが一度頷いて続ける。
「これに似た状態を私は知っている……異世界において虹色大蛇を信奉している信者たちが使う毒に冒されると、このように虹彩が虹色に輝く」
「虹色大蛇……」
前世の記憶にもその言葉について心当たりがある。小神に属する虹色の鱗を持った大蛇だ……支配や魅了といった精神に影響を与える逸話を多く残した神獣でもある。
信奉者には暗殺者や、盗賊といった裏家業の者も多く、表立って行動するとあまりいい顔をされなかった、とかだったかな……神獣自身は邪神などではないのだけどね。
「おそらくだが、ライブハウスにいる誰か、もしくは侵入した降魔がこの毒を使って人を操っているのだろう……それゆえ降魔被害と判断した」
「……今日ライブありましたよね? 全員いるんですか? ……そのWor様も……」
四條さんの言葉に八王子さんとリヒターが同時に頷く……つまり、Wor様含めて救出しなければいけない人がたくさんいると言うことか。
基本的には私と心葉ちゃんは戦闘能力には自信があるのだけど、人を救出するとかは専門外なんだよな。ちょっと困って答えに窮していると、八王子さんが再び口を開く。
「降魔被害と対応は変わらない……敵を発見次第倒す、それによって人質を解放する……すまないがこの任務、君たちにお願いしたい」
_(:3 」∠)_ 次回ライブハウス突入w とはいえ小型のライブハウスか武道館くらいしかいったことないので、構造がイマイチわからん(裏で調べてる
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