第二〇五話 黒竜(ブラックドラゴン) 〇八
『な、なんだ……? あの空飛ぶ鉄の塊のような音……?』
夜の闇を切り裂くように甲高いジェットエンジン音がこちらへと近づいてくるのが聞こえてくる、四條さん? もしかしてあの強化外骨格を使って?
ルドフィクスが驚いたように辺りをキョロキョロと見始める……少しだけ拘束が緩むが、まだ抜け出せるほどじゃない。
竜は私を拘束したまま翼を羽ばたかせてかなりの高さへと舞い上がっているので、そのまま落ちたらタダでは済まなさそうだな……もう少し待たなければ。
私は赤黒い視界が次第に元に戻ってくるのを感じつつインカムに小声で話しかける。
「し……四條さ……ん」
『……! こっちか! あ、あの灰色の……な、なんだあれは?』
「もうすぐ射程圏内に……灰色の幻影のミサイルポッドで一斉射撃して竜を怯ませますのでそのタイミングで飛び降りてください」
甲高い音が西側から近づいてくるのに気がついたのかルドフィクスが翼を羽ばたかせて、その場で方向を変える……海の上をまるでミサイルが海面スレスレを飛行しているかのように、波飛沫を立てながら灰色の機体が背中からジェットエンジンの炎を吐き出しながら、凄まじい速度で一気に突進してくるのが見える。
やはりあのシルエットは開発部にあった強化外骨格……灰色の幻影って名前だったの? 確かに背中にデルタ翼とか小型のジェットエンジンが搭載されてたけどあんな速度で飛べるの? あっけに取られてその光景を見ていると。インカムに四條さんの声が聞こえる。
「……一斉射撃プログラム起動、目標捕捉開始……」
『近づかせるか! 撃ち落としてやる!』
ルドフィクスが接近してくる四條さん、いや灰色の幻影へ向かって火球を連続で打ち出す……高速で飛来する火球を難なく軌道を変化させながらギリギリで躱していく。
海面で爆発する火球は灰色の幻影を全く捉えることが出来ないが、爆発の余波なのか飛翔する灰色の幻影は想定していたルートでは接近できずに大きく迂回をしながらこちらへと向かってきている。なんて機動能力……インカムに四條さんの悪態のような独り言が入る。
「……偏差撃ちもできない蜥蜴風情が……ッ! 目標捕捉完了」
『早すぎる……! これがこの世界の……!』
そのまま灰色の幻影は海面スレスレの位置から一気にフル加速を開始する……轟くような甲高いジェット音を上げながら一気に上昇を始め、海面に大きな水飛沫が巻き起こる。
デルタ翼に備え付けられている重量強化点に備え付けられたミサイルポッドの射出口が開いているのが見える……そこには一箇所あたり一二発の対空ミサイルが装備されている、と台東さんが自慢げに話してたっけ。
比較的直線的な軌道になったことに気がついたのか、ルドフィクスがそれを見て口の端を歪ませ、一気に火球を連射し始める。それに気がついた私は思わず悲鳴をあげてしまう。
「四條さんッ! 狙われている!」
『くたばれ! 大空を汚す汚物めがッ! 大空はこの世界においても我が一族のものだ!』
「……盾展開開始」
数十発の火球がまっすぐ向かってくる灰色の幻影へと迫る……だが四條さんは速度を全く落とすことなく左腕に装着された盾を前面へと展開する。
盾の防護機能が働いたのか、それまでは比較的小型に見える形状だった盾が回転するように大きさを変化させ、火球の衝突を受け止め……そしてそれに伴う爆発を受けて何度も体勢を崩しそうになっても、意に介さないように一気に突っ切ってくる。
火球の威力すら決定的な効果がないと分かったのかルドフィクスが慌ててその場を離れようと翼を羽ばたかせ始めるが、もう遅い。
『馬鹿なーーーッ!』
「……一斉射撃開始」
四條さんの声と同時に、灰色の幻影のミサイルポッドから対空ミサイルが一気に射出される……まるで無造作にばら撒かれるような軌道で、一気に白い排煙の軌跡を残しながらルドフィクスの腕や脚……翼にミサイルが直撃して爆発していく。
見た目はめちゃくちゃ派手だけど、ミサイル一発一発の威力はそれほど高くないようで、その攻撃だけではルドフィクスの体をバラバラに破壊するようなものではないらしい。
竜の悲鳴に似た咆哮が上がり衝撃と振動、そしていきなり拘束が解かれた私は空中に投げ出されてしまい、慌てて両手や両足をばたつかせるも、私は空を飛ぶ能力などないので……そのまま落下していく。
「うわあああっ!」
「大丈夫、私が受け止めます」
落下していく私の近くへ灰色の幻影が一気に接近してくる……強化腕を伸ばしてそっと私を受け止めると、一気にその場からの離脱を開始する。
私たちの背後でルドフィクスがズタボロになって落下しつつも、紅血がその巨体を包み込む様子が見えており、その様子を確認している四條さんが軽く舌打ちをしている。
だめだ、あれではまだ復活するだろう……私は四條さん止めを合わせると彼女は黙って頷くと何かを操作して、ミサイルポッドを廃棄する。
「これで速度を上げられます……地上戦でカタをつけましょう、新居さん私が援護します」
『……あー、そろそろ海中から引き上げてほしいのだが……』
全て破壊するものの気の抜けたような声が響く……あんた一体どこにいるの!? 文句を言いたくなった私だが、あの強烈な攻撃で刀を取り落とさないというのも腕力的に難しかったのは事実だ。
それにしたって竜の一撃は強烈すぎた……一時的な戦闘不能状態、私の全身はガタガタだし、血もまだ止まっていない気がする、ちょっと寒い。
それでも……私には勝つために必要な仲間、いや友達が一緒にいるのだから、勝てるはずだ。
『まあ、それはそうとだ。お前が呼び出さねば我はここから動けぬ、錆はしないがちょっと魚に突かれておってな……お願いだから早く我を呼び出して、マジで』
あ、はいはいはい、ちょっと待ってね〜。四條さんの操縦する灰色の幻影は私を抱えたまま地面へと降り立つ。
よく見ると盾はボロボロになっているし、機体各部についてしまっている火球の爆発による傷と、煤の跡が痛々しい……だが四條さんは黙って右手に装着されている巨大な大砲のような装置を展開し始める。
「開発部の話であればこの爆炎砲は有効な攻撃方法になるだろう、とのことでした。いつもと同じです、私が遠距離で援護します、新居さんは接近戦でカタをつけてください」
「……分かった、相手を油断させるために私はギリギリまで刀を出さないので……接近するまでは相手の注意を引きつけて」
「わかりました……これ終わったら、一緒にパフェ食べにいきましょうね」
その時四條さんが不意に見せた笑顔に私の胸がドキリと鳴る……な、なんて可愛い顔しちゃうのこの人……頬が熱くなる気がして思わず首を振って気を取り直す。
少し離れた位置まで移動すると、四條さんと灰色の幻影が再び大空へと舞い上がる……その巻き起こる風を受けながら、私は再び全身の筋肉に力を入れ直す。
痛みは我慢できるし、私の心はまだ折れていない、地上で待っている私の元へと完全に復活したルドフィクスが怒りを顔に滲ませて、着地の衝撃で辺りを揺らしながら降り立つ。
『オンナアアアアッ! コろス、オ前らは絶タイにコロす!』
ああ、なんか知性的な喋り方から感情的な方へ振れ幅が大きいな……私が逃げずに目の前に立っているのを見てルドフィクスは大きく口を開いてダラダラと涎を垂らしながら威嚇を始め、一気に襲いかかってこようと走り出す。
まさに動物的な行動……だがその横っ腹にとんでもない勢いで、もう既に火球というには大きすぎるレベルの……爆炎の塊が叩きつけられ、大爆発を起こし竜は再び悲鳴を上げて地面へと倒れ伏す。
『グギャアアアアアッ!』
「……爆炎砲、命中……機器損傷発生……」
四條さんの声がインカムで聞こえる……な、何これ……馬鹿みたいな威力じゃない。あっけに取られた私はその様子をポカンと口を開けて見てしまうが……なんてあぶねーもん作ってんだよ開発部!
だがこれは好機! 私はそのままゆっくりとルドフィクスへと駆け出す……地面に倒れてもがいていたルドフィクスが再び紅血の回復能力で一気に回復して立ちあがろうとしているが、既に赤く怒りに燃えた彼の目には知性の色を感じない。
『グオオオオオオオオオオオオアッ!』
ルドフィクスは空に向かって大きく吠えると、敵を探すわけでもなくあたり構わず火球を吐き出していく……無差別破壊か……既に周りで動くものがあればそこへ向かってやたらめったら攻撃するだけの怪物へと堕ちている。
私はそのまま一気に速度を上げていく……さあ、出番よ全て破壊するもの、私の愛刀よ!
『……もっと早く呼び出してもよかろうよ……まあ良い、心得た』
私が全力でルドフィクスへと走りながら虚空に手を伸ばす。まるで空間から染み出すように全て破壊するものの柄が現れる……私は片手でそれを握ると、一気に空間を切り裂くように引き抜いた。
全身に力がみなぎっていく、まるでそれまで受けた傷がなかったかのように軽やかに私の体が動く……少し体を沈み込ませるように溜めると、私は目の前の竜に向けて大きく跳躍した。
「ミカガミ流……絶技、無尽ッ!」
その瞬間に私の姿一瞬だけブレるような動きを見せると、ルドフィクスの周囲に複数の私が出現する……同時に私はあらゆる方向から竜の巨体を切り裂いていく。
そして次の瞬間、交差するように私がルドフィクスの背後へと降り立った瞬間、怪物の巨体が一瞬で切り刻まれ、あらゆる体の部位が地面へと落下してグシャリ、と嫌な音と血飛沫をあげて崩壊していく。
悲鳴すらあげる間も無く、ルドフィクスが絶命する……いや絶命していく、まだ彼の目は驚愕と恐怖と怒りに包まれたままこちらを見ているが、次第にその命の炎が消えていく。
『……紅血もここまでの損傷は復活させられまい……』
細切れになった体を復活させようと、一気に触手のように広がろうとする紅血がルドフィクスの体から幾重にも伸びるが……その再生能力の限界を超えている損傷なのか、必死に体を繋ぎ合わせようと蠢くも繋ぎ合わせた端からボロボロと崩れ落ちていく。
うわ、キモ……私がその様子を見ていると、紅血がまるで悲鳴のような甲高い不気味すぎる泣き声を上げて、ブルブルと震えながら自然と炎に包まれていく。
「お、終わり……?」
「みたいですね……」
私の隣に四條さんと灰色の幻影が降り立つ……右手に備え付けた爆炎砲はその威力を支えきれなかったかのように砲身に大きな亀裂と破断が起きている。各部のモーターもおかしな音を立てており、満身創痍と言っても良いかもしれない。
私は軽く彼女へと頭を下げる……彼女がいなければ私は多分死んでいた、だから彼女に助けられたことで私は今日も生き延びることができたのだから。
そんな私のお辞儀を見て、少し照れくさそうな顔の四條さんが少し微笑を浮かべる……遠くから私たちを呼ぶ声が聞こえて、私と四條さんはその声の方向へと視線を向けると、海の上に江戸川さんたちが潜航艇のハッチから顔を覗かせて手を振っているのが見える。
私と四條さんは顔を見合わせて軽く笑うと並んで歩き始めた。
「帰りましょっか……お腹すいた〜、パフェ食べたい!」
_(:3 」∠)_ 書きたいように書くとやっぱ文字数増えるな……
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