第二話 究極(アルティメット)乳神様
ニムグリフ暦五〇一九年、アルネリア大陸で発生したヴァシュテポーの戦いにて。
「いたぞ! 奴だ! 手加減するな!」
「倒したものには金貨一〇〇〇枚、そして土地が与えられるぞ!」
戦場に立つ俺は魔剣グランブレイカーを構え、ニヤリと笑って声の方向を見る。俺を倒して金貨一〇〇〇枚は安すぎると思うな。土地は魅力的だろうさ。周りを見渡しても名のありそうな騎士や戦士はいない。雑兵ばかりだ。数だけが多い。雑兵をいくら集めたところで俺には勝てない、敵将はもう少し俺のことを勉強した方が良い。
「俺を……剣聖をお前らが倒す? やって見せろよォ!」
俺は雑兵に向かって魔剣グランブレイカーをひと薙ぎすると、剣から衝撃波が打ち出され次々と敵兵を両断していく。悲鳴と血飛沫、そして吹き飛んでいく敵兵の体。この程度の雑兵では……近づくことすらできまい。
「これぞミカガミ流絶技、空蝉ッ!」
「ば、化け物だ!」
「あんなのに勝てるかよ!」
「助けてくれえぇッ!」
「新居さん」
敵の兵士たちが逃げていく。他愛もない、その程度の戦士しかここにはいないということか。鼻で笑うと俺は次の獲物を探し始める。その先に一人の男が見える。何度も互いに死闘を繰り広げたあの男。
俺と剣聖という座を最後まで争った最強の剣士……そして俺と戦うためだけに魔道へと身を堕とした忌むべき敵……。
「やはりきたか……俺とお前、どちらかが倒れるまでは終わらんらしいな剣聖……」
「新居さん?」
「そうだな……さあ、殺し合おうぜ! 我が宿命のライバルよ!」
「新居さん!」
ああ、誰だよ俺に意味わからない名前を言うやつ。
無粋だ、実に無粋だ。後でぶち殺してやる、覚えておけ! この剣聖たる俺がそんな名前なわけがないだろう!
第一誰だよ新居って。そう、グレートに最強な剣聖である俺の名前は……新居 灯、一七歳の都内の高校に通う女子高生だ。
——え?
えっと……新居 灯? 俺の名前?
「新居さん、起きてください!」
え? 俺の名前……だったっけ? 急速に意識が覚醒していく……懐かしい戦場の風景が遠くに、俺のライバルがずっと遠くへ。どうして俺……私の戦場が遠くなっていくの? どうして……どうして奪うの? 私の戦場を返して……。まだ戦いたいの! 私は! 戦いがしたいの!
私が目を開けると、目の前には先生……そう、歴史の授業を教えている松 雪子先生が鬼の形相で立っていた。えっと……これはどんな状況でしたっけ?
「新居さん、授業中に寝るなんて随分とお疲れのようですね。名家のお嬢様とはいえ、授業中に寝るなんてはしたないですよ」
「も、申し訳ありません……」
慌てて立ち上がり、頭を下げる。私は日本人女性の平均より背が高い……先日の身体測定で一七二センチメートルって計測されてたな。一五五センチメートル程度しかない松先生、通称「歴史松」よりもはるかに高い場所から見下ろす格好になり、歴史松はたじろぐ。
周りの生徒は男女問わず少し苦笑気味だ。それでも散々絞られて、流石にしょげて席に座ると、隣の席にいる友人、昭島 美香子が私にハンカチを渡す。
「あかりん、少し涎出てるよ。これで拭いて」
「ありがと、ミカちゃん」
「完璧超人みたいなあかりんでも授業中寝ちゃうんだね、ちょっとだけ安心したぁ」
「そこ! 私語は禁止ですよ!」
「はーい、すいませーん」
そうだった……今私がいる場所は都立青葉根高等学園。都立高校としては偏差値が高く、進学校としても有名な都内の名門高校だ。私は去年この学校へと入学した。偏差値は高いと言われたが、それまで新居財閥のお嬢様として、英才教育を受け続けてきた私にとってはそれほど難しいものではなかった。
前世でも私は文武両道、剣聖に考古学者という実に食い合わせの悪い職業を兼務していた。冒険者として名を馳せ、各地を旅する際にその国独特の文化、風俗、歴史などを学ぶ機会があり、そこから考古学者としての道も並走することになったのだ。剣術を極めるために学ぶことと、考古学者として知識を学ぶことは同じベクトルに属していた、と今でも考えている。
前世、私は世界最強の剣聖だった。いや俺は剣聖だった、と言うべきだろうか? 前世の名前はノエル・ノーランド、死んだ時は三〇歳程度だったかな、栗色の髪に青い目をした剣士のおじ様だった。
私は東方の剣術であるミカガミ流という剣術を駆使して、他を圧倒する超絶戦闘能力を発揮……勇者キリアン・ウォーターズの友人として、そして勇者パーティの仲間として竜やら巨人やら、はたまた魔王まで様々な敵と戦い、そのほとんどに勝利した。
そして、最後の戦いで死亡し……この新居 灯という日本人女性へと転生した、所謂転生者だと思う。
中学生時代に友人が読んでいたライトノベルを読ませてもらって正直驚いた。異世界転生、ライトノベルではこの世界から私が住んでいたようなファンタジー世界へと転生していく物語。
『私の前世が異世界の住人で、私は現世の人間として転生している……?』
読ませてもらったあと、強いショックを受けて一週間ほど高熱が出て起き上がれなかった。私はなぜここにいるのか、子供の頃からずっと疑問だった。私の前世は男性……そしてライトノベルにあるような世界に住んでいた記憶、という驚愕の事実。意識のすり合わせ……まあ納得するまで時間がかかったのだ。
そしてこの体が女性、という事実も余計に自分を混乱させた。前世では女性は口説くもの、愛を交わす相手、そして言い方は悪いが一時の快楽を与えてくれる存在だった。
前世は自分で言うのもなんだけど、かなりのイケメンだったため、めちゃくちゃモテた。言い寄ってくる女性の数は数知れず、複数人と熱い一夜を過ごしたこともある。今世の価値観だと少しケバかった記憶もあるが、まあ自分が女性として生きているという実感が最初のうちはあまりなかった。
授業が終わり、考え事をしたくて洗面台へと向かう。学校備え付けの洗面台で手を洗い、ふと目の前にある鏡を見る。
そこには現世の私が映っている。夜の闇を凝縮したように黒く輝く長い髪。そしてこの日本においても十分に美しい、彫刻のような端正な容姿……キツめの印象があるものの、街を歩けば男性だけでなく女性も振り返ってしまう。
人によっては女神とすら称するであろうそんな美貌。細く滑らかな首筋、鏡では全てが映らないものの、高校生としてはとても大きな胸。
「正直、美人すぎるな……東洋人というのも差し引いても、前世でお会いしたかった、か?」
ふとそんな独り言が口から出てしまう……馬鹿みたいな発言に自分で恥ずかしくなって赤面する。
何を言っているんだ私は、馬鹿みたいじゃない……なぜか鏡を見て赤くなっている私を見て、他の生徒が何してるんだ?という顔で訝しげにこちらを見る。
いかんいかん、これでは自分の美貌に酔っているナルシストではないか。周りの目が気になり、咳払いをして気を取り直すと私は洗面台を離れる。
今世での違和感はもう一つある。この世界は魔素が極端に少ない。ないわけではないが、前世の世界から考えると圧倒的に少ない。そのため、魔法を使う人間というのは周りでは見ない。いや……いないわけではないのだが、それは機会を見て話そう。
人間の身体能力も圧倒的に低い。前世の俺は剣を振るえば地面を割り、そして高い壁を跳躍して登ることすら可能だった。というか周りもそんな感じだった。
この世界の人間は大半がそんなことできない。ゲームやアニメではそういう超人的な行動をするキャラクターが描かれているが、出来ない事に対する憧れを表現しているのだろうか?と考えている。
ところが、私は前世とほぼ同じ身体能力を有していた。子供の頃はそれでも制限されていたが、体が成長していくに従って、次第に能力が解放されていった。全力を出すとこの体は悲鳴をあげてしまうので、かなり制限をしているのだが。
うっかり公園の鉄棒を飴細工のように曲げたことがあり、それを見ていた他の子供からつけられたあだ名が『東ローランドメスゴリラ』だったのは笑えない過去だ。ゴリラじゃ鉄棒はあんなに曲がらねえ、それとこんなに可愛くねえだろとも思ったんだが。
教室に戻り、私は自分の席に座る。私は窓際の席なので、青い空が見える。ああ、世界が違っても空はずーっと同じだな。違うのは空には飛行機が飛んでいたり、宣伝用の飛行船が飛んでいたり……。前世では竜が飛んでいたなーとか、ボケーっと考え事をしている。
昨日の夜、仕事で遅くなったので正直眠いのだ。学校の授業は退屈だ……眠すぎる。
物憂げに空を見上げる灯、さらさらと風に揺られる長い黒髪。彫刻のように整った美貌を見て、教室にいた男子たちが皆その美しさに息を呑む。同じ学年にこれほどまでに美しい女性はいない。あまり表情を変えることがなく、それでいて笑った時に見せる少女のようなあどけなさ、豊満な胸、細めの腰、すらっと長く伸びた脚。
誰がつけたのか『学園の女神』『青葉根の最高神』『究極乳神様』。
それが青葉根高等学園のアイドル、新居 灯という人物だった。
_(:3 」∠)_ 乳神様が本当にいたら信徒になるね、絶対ッ!(断言
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