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【完結】前世は剣聖の俺が、もしお嬢様に転生したのならば。  作者: 自転車和尚
堕ちた勇者(フォールンヒーロー)編

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第一九六話 秘めたる姫金魚草(リナリア)

「くそっ……まさかあんな隠し技があるとは……」


 八家 仙右衛門が包帯を巻いた姿で、どかっと腰を下ろしてお椀に注いだ濁酒(どぶろく)を呷る……妖刀(あやかしがたな)の化身のくせに、怪我をした後は人間と同じように治療をするのだな、と変な意味で感心しながら荒れ気味の八家を眺めるエツィオ・ビアンキは手に持った湯呑みからお茶を飲んでいる。

「あの動きは前にはなかったな……いや正確に言うのであれば、テオーデリヒを倒した時の技、あれの動きに近いかもしれない……だが、あれほどの自在に使いこなしているとは想像ができなかった。」


「あの年齢であれだけの剣術を使いこなす……見た目以上に経験値が高いぞ。年相応の実力ではない」

 八家は苦々しげな表情を浮かべて、痛む背中を気にするように肩へと手を当てている。途中まではまともに戦えていた。あの加速……あれがなければ互角以上に戦えたに違いない。

 さらに影抜き、古武術などで存在する防御をすり抜ける斬撃……普通の武芸者が行うそれは、刀が接触する寸前に軌道をずらしてあたかも刀をすり抜けるように行うものであるが、八家の影抜きは文字通り()()()()()()()()()を繰り出せる。

「影抜きを避ける剣士など見たことがない……私の油断もあったろうが、認識を改めなければいけないようだ……」


「戦意があるのは結構ですね、次はよろしくお願いしますよ八家さん」

 エツィオはニコリと笑うと、湯呑みを目の前の卓上へと置いて軽く膝の埃を払うと立ち上がる。八家はまだ戦う気だろう……ならここで腰を折るような言動は控えるべきだな、放っておいてやらねば彼の矜持を傷つけるかもしれないな……入り口へと向かうエツィオに向かって八家が話しかける。

「あの少女、殺さずに無力化するのは至難の業だ、正直いえば暗殺してしまった方がいい」


「殺すのはよろしくないね……魔王様もそれはお望みではない」

 出て行こうとしたエツィオが歩みを止め、殺気を放ち始めたことでムフッ……と少しだけ以前より元気のない八家の笑い声が響く。

 エツィオが振り向いて八家を見ると、彼は黙って煙草に火をつけると軽く紫煙を燻らせながら立ち上がり、神棚の前に飾ってあった刀剣を掴むと、一度神棚へと一礼をしたのち、エツィオへと放って渡す。

「手入れは完了した、素晴らしい刀だ……大事にしてあげてくれ」


琶蘭(ベラン)か……使えるようになったのか?」

 八家は黙って頷く……その刀は、立川 藤乃やリュンクス流剣術に伝わる聖剣琶蘭(ベラン)……先日、リュンクス流の剣士である立川は戦闘に敗北し、死亡したのだがこの聖剣はその場に残されたままになっており、撤退中のエツィオが発見してこれを回収した。

 これは適切な持ち主へと渡すべきだろう……最後の隠し球だ、それは魔王にすら知らせていない本当の意味での隠し球、いつかエツィオが望みを叶えるときに必要な手駒になるはず。

「問題ない、戦闘のダメージなども調べたが綺麗なものだよ」


「そうか、であれば受け取っておこう、それと気を昂らせて失礼した……」

 エツィオは琶蘭(ベラン)を受け取ると、恭しく頭を下げる……少しだけ感情的になりすぎた、八家の言葉は正しいのだ。既にエツィオ自身でも新居 灯を殺さずに捉えることなど難しい状況であることは理解している。

 それでもなお、魂が彼女を求めているのだ……彼女を手に入れて我がモノとせよと、そして彼女と自分の愛の結晶を作り、その肉体を捧げよと。


『私の入る肉体が欲しいの……その肉体はノエルの魂を継ぐことのできた肉体が望ましい……だからあの少女を手に入れて、あなたが望むまま愛してあげて、生まれた子供は私がもらうのよ』


 エリーゼ・ストローヴ……異世界最強の大魔道(ソーサレス)……一人で世界を滅ぼすことも可能であった彼女の望みは、愛する男の魂と共にあることだけ。

 報われなかった愛を、この世界で手に入れる……それだけが彼女の望みなのだから……エツィオは胸に手を当ててそっと呟く。

「わかってるよエリーゼ、私は君を助けるよ……僕だけが君を助けることができるのだから……」




「お、見送りに来てくれんのか、ありがたいなぁ」

 数日後……東京駅、新幹線のホームにて四條さんと私は、大阪に戻る高槻さんの見送りに来ていた。元々東京に長期滞在する訳ではなく、仕事が終わったらすぐに戻ろうとしていた、と彼は話していたものの途中で私が出動と相なったために予定を大幅に遅らせての帰省となったわけだ。

「……そもそも新居さんがリヒター以外に告げずに戦いに行くから悪いんですよ」


「う、ごもっとも……」

 四條さんの苦言に私は流石に何も言えなくなる……リヒターが色々誤魔化してくれたが、本来であれば武器の持ち出しや戦闘を行うのはKoRJの許可が必要だ。

 当たり前だけど……往来で日本刀振り回したら、民間人である私は逮捕されてしまうし、四條さんは銃を打つことすらできない。政府との取り決めで超法規的活動が許可されているとはいえ、許可はその都度行われるものであり、自由にKoRJが活動できる訳でもないのだから。


「ほんまやで、逮捕されてもおかしないのを八王子さんが庇うてくれたんやろ? 感謝しときなはれ」

 高槻さんが真面目な顔で私に苦言を呈しているが……本当にごもっとも……何も言えないな、この辺は。私が高槻さんとの模擬戦で集中力を高めていなかったとして、あの強敵の技に対抗しえたのであろうか? と言うのは数日経過した今ですら思っている。

「その……すいません、あと高槻さんには大変お世話になりました」


「なんのことだい? 俺は感謝されるようなことしてへんよ。それと心葉、お使いを頼まれてくれるか?」

 高槻さんは笑顔で手を振ると、四條さんに弁当や飲み物を購入するように託けている……少し嫌そうな顔をしていた四條さんだったが、黙ってお金を受け取ると近くの売店へと走っていく。高槻さんはそれを見送ると、急に真面目な顔になって私に話しかけてきた。

「そらそうと……次は勝てるんか?」


 次……つまり八家さんとの再戦において私は彼に勝てるのか? という問い。

 正直言えば、闇討ちでもされない限り私は負ける気はしてないし、負けるつもりもない……ただ、それは一対一での戦いにおいてのみであり、複数人での戦闘となった場合はわからないと言うのが本音だ。

 現世において私は基本集団戦をほぼ経験しないままきている……降魔(デーモン)との戦いにおいても複数人が入り乱れる戦いはあまり想定していなかったりもする。

「わからないですね……なりふり構わずにこられたら……」


「そうやろうな。そやさかい君はもう少し警戒心を持った方がええで、本気で殺しにかかってくる相手はなりふり構わへんで襲いかかってくる。人を巻き込もうが、それによって誰が死のうが関係あらへんのや」

 高槻さんは少しだけ心配そうな顔になる……彼自身も昔ヤンチャをしていて、その時にとある団体に半殺し、というはほぼ殺される寸前まで追い込まれたことがあるのだという。

 元々は高槻さんが気まぐれに喧嘩をふっかけたことが発端なのだそうだが、それでもまさか相手がそこまで追い込まれている、また追い込んでくるとは思わなかったのだという。

 そして、その場面でたまたま高槻さんを助けたのが……悠人さん、大阪支部支部長代理である墨田 悠人が仕事の関係でその場に居合わせたのだという。

「あれがなかったらほんまに死んどったで。そやさかい頭上がらへんし、俺は彼を信頼してる。一番怖いのは死に物狂いになって襲いかかってくるやつだってその時知ったで」


「……死兵ってやつですかね?」

 前世の記憶にもある死兵、つまり死を覚悟した兵士による特攻に近いかな。敗北を目の前にした軍隊による最後の突撃……数回ノエルの記憶でも存在しているが、死に物狂いで暴れ回る戦士を目の当たりにする恐怖というのは、記憶に中であっても空恐ろしくなる気分だ。

 八家さんは次は確実に殺す気で襲いかかってくるだろう……彼自身に死という概念があるのかどうかわからないものの、おそらく最後まで殺し合うことになるのだろうな。


「そうやな、今回取り逃したこと君の命取りにならへんこと祈るで」

 私の肩をそっと叩くと、不満げな顔でこちらに戻ってくる四條さんへと笑顔を向ける高槻さん。四條さんの手にはレジ袋が握られており少し色々なものが詰め込まれているような気がする。

 黙ったまま高槻さんへレジ袋を渡した四條さんが別の袋を取り出すと、そこから炭酸飲料を二つ出して一本を私へと手渡す。

「お弁当にビール二本、それとお水も買うといた、高槻さん飲み過ぎちゃつまらんじゃよ」


「おお、気ぃ利くなあ……でその炭酸飲料は俺の金で買うたのか?」

「当たり前、お願いをした可愛い後輩にこのくらいはもらわにゃあね」


「薄給の職員に辛い仕打ちやな……とほほ」

 高槻さんは四條さんに嘘泣きを見せているが、彼女は無表情で炭酸飲料を飲んでそっぽを向いている……この二人やはり仲がいいな。二人の様子を見ていて少しだけ面白くなってしまい、笑顔のまま私は高槻さんへと軽く頭を下げる。

 そうだ、彼がいう通り次は八家さんと戦う時は確実に殺し合いになる……それを改めて言葉にして伝えてくれた彼にはありがたいと思わないといけないだろう。

「高槻さん、本当にお世話になりました」


「ええのええの、可愛い後輩には死んでほしないしな。それと青梅くんにも怒られてまうさかいね」

 ニカッと笑うと彼は手を振って、ほな! と言いながら発車時刻の迫ってきた新幹線の中へと入っていく……先輩に怒られるってなんだよ? とは思うけど大阪出張で仲良くなったって言ってたしな。

 ホームからゆっくりと新幹線が進みだす……大阪まで二時間くらいだったかな、私も機会があれば大阪に行ってそちらの支部の人と交流したいもんだな。四條さんと私はそのまま窓から手を振る高槻さんが乗る新幹線がホームを離れるまでその場で見送りながら、私は四條さんに思ったことを伝える。

「いい人だったね、あれほど後輩思いの先輩っていないよね」


「そうですね……普段は気のいい人なんですけど、とにかく不潔なお店に行きたがるのが本当に理解できないです……」

_(:3 」∠)_ 花言葉を文字ってサブタイトルつけた。花言葉なんか全然知らなくて、そういう意味なのねというのを今更知る


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