第一九一話 妖刀(カースソード)
「夜遅くになんだい……私は一人煙草を楽しんでいるのだけど」
一人の中年男性が古めかしい古民家の軒先で、月夜を見上げながら煙草の火を燻らせている。この山奥に人が来ることは珍しい……普段は野山を駆ける獣くらいしかこの場所を訪れないはずが、とても華やかな花のような匂いが辺りに漂う。
軒先に座る男性は時代がかった着流した着物を着ており、まるでその姿だけを見たものがいれば侍が生きていた時代の光景に見えるかもしれない。
だがそれと対照的に口に咥えた煙草は現代のものであり、彼の容姿も非常に整ったものだ……まるで磨き抜かれた刀剣のような鋭い目つきをしている。
肉体も細身だが恐ろしく鍛え抜かれており、見る人によっては彼が歴戦の戦士であることは疑いようもない。
「……こんばんわ……八家さん、いい月夜ですね」
まるで闇の中から染み出すように金色の美しい髪に、整った容姿……そして白を基調とした仕立ての良いスーツとマントを羽織った男性が音もなく現れる……KoRを裏切り魔王の手先となった世界最強の魔法使いエツィオ・ビアンキその人である。
少しだけ暗い光を宿した目と、そして少しだけ軽薄そうな笑みが彼の顔には浮かんでいる……彼を軽く見た男性がふん、と鼻を鳴らして煙草の灰を軽く地面へと落とすと、月夜を再び見上げる。
「ああ、代わりの方でしたか、エツィオ殿……良い月夜ですね」
「お土産を持ってきました……お好きでしたよね?」
エツィオは笑顔を浮かべたまま、その男性にマントの下から取り出した酒瓶を取り出すと彼へと差し出す……それに気がついた男性はムフッ! と奇妙な笑い声をあげると酒瓶を受け取り、興味深そうにその酒瓶を眺めている。
濁酒……米と麹を併せて発酵させた古来より伝わるシンプルな酒だ。男性はふむ、と満足そうな声を漏らすと、ゆっくりと立ち上がって荒れ気味な室内を音もなく歩くと、棚から二つの木でできたお椀を取り出し、再び軒先へと戻って座ると、濁酒をお椀へと軽く注ぎ、エツィオの前に差し出す。
「……魔王様のご命令ですか?」
「はい、八家さんの腕を借りたいと……」
男性がお椀から濁酒を軽く煽るように飲むのを見てから、エツィオも差し出されたお椀から中身を啜るように飲むが、とても粗野な印象のあるこのお酒を彼は好きにはなれないなと考えた。
中年男性の名前は八家 仙右衛門……この古めかしい名前には理由がある。彼は以前復活した怪異、鬼や鴉天狗のような日本古来の怪異の一人である。
「私の力……戦いと考えていいですか?」
「そうです、妖刀の化身である貴方にうってつけのお仕事だそうですよ」
妖刀……それは日本古来より伝わる逸話のある刀、古くは松平家に恐れられた村正の伝説など枚挙に遑がない。アンブロシオによって伝承が蘇った際に、彼自身も再びこの世界へと顕現した。
だが、先の戦いでは彼には召集がかからず結果的に暇を持て余した八家は山奥に篭って、一人悠々自適な生活を楽しんでいたところなのだ。
元々、復活した後は呼び出すまでは好きなようにやってくれて構わないと言われていたので、本当に好きなように修行を続けていたが、そろそろ飽きた頃でもある。
「ララインサル殿が亡くなり、手駒が減ったということですか……思えばあの御仁は生きるには少々純粋でした」
八家が少し遠い目をしながら月夜にお椀を掲げる……ララインサルは思うところはあれど、顕現に必要なことや、今住んでいる庵も用意してくれた恩人でもある。その死は……残念だ。
そういえば彼は女性剣士を彼は連れていたが……と、エツィオを見ると、彼は黙って首を振る。そうか……見どころもあった女性だったが命を落としたということか。
再びお椀に軽く濁酒を注ぐと、月夜にもう一度掲げる……一度死合って見たかった、剣士として最上の存在であったと思うのだ。
「あの剣士の魂に安らぎを、そして安らかに眠り給え」
八家が軽く黙祷を捧げつつ、お椀に残った濁酒を飲み干すと、どかどかと奥の間へと歩いていく。ララインサルが用意をしてくれた現代にふさわしき服装……箪笥を開けて中にあった服へと着替える。
それは仕立ての良い黒いスーツで、彼ほど整った容姿と立派な体格のために偉丈夫に見える……着替え終わり、必要そうな持ち物をしまい込むと、八家は軒先で座って苦手な濁酒を啜るエツィオの前へと姿を現す。
まるでマフィアの用心棒のような出立だが、十分に現代風の格好をした八家を見て満足そうにエツィオは頷いた。
「では東京へ……貴方の血をたぎらせる素晴らしい剣士との戦いをご用意いたします……」
「視線を感じる……殺気は感じないのに……」
ミカちゃんと別れて家路についている私の感覚に、刺すような視線を感じ相手に気が付かれないように、人気のない公園の方へと移動している。
なんだろう? 値踏みするような、それでいてこちらを殺そうとするような意志は感じない不思議な視線だ。わざと遠回りしながら公園へと到着する。
この公園は時間帯によっては全然人が立ち寄らない場所でもあり、こういう時には開けていることもあって使いやすいのよね。
「……気がついていたか……」
公園の中で突然歩みを止めた私へ唐突に声がかけられる……物陰から黒いスーツ姿の中年男性が姿を見せるが、誰だ? 知らない人だぞ?
私は油断なく距離を測りながら、鞄を地面へと置いてその男性の外見を確認していく……私よりはるかに年上に見える、三〇代から四〇代くらいだろうか? 目がとても鋭く意志の強そうな顔をしている。全体的に整った顔立ちだが、髪は後ろで無造作に縛っており、無骨な印象だな。
体つきは……恐ろしく鍛えられている、歴戦の傭兵とか戦士とか……そういう印象を感じる男性だ。
「どなたですか? 私家に帰って夕食の準備しなきゃいけないんですけど」
「……八家 仙右衛門と申します。とある方に依頼を受けてね、君の命を奪いにきたんですよ」
八家と名乗る男性は、薄く笑う……その笑みは戦士というよりは、殺しを得意としている暗殺者のような、冷たい笑みだ。初めて聞く名前だ……八家さん、ね。
あまりに無造作に私との距離をゆっくりと詰めてくる八家さんに手を出して、近寄るなと仕草で警告を送る。そんな私の仕草に、ふむ……と顎に手を当てながらその場で立ち止まる八家さんだが、私はそこで初めて彼が武器らしいものを一つも持っていないのに気が付く……どういうことだ?
「命を狙われるような悪いことなんかしてませんよ?」
「君があまりに綺麗だから、狙われるんじゃないかな?」
あらやだ、綺麗ですって……しかし随分お世辞含めて会話の上手い暗殺者だ。私は軽く指を鳴らすように解すと、軽く構えをとる。
『相手の出方がわからん、お前は戦闘服も着ておらんからな……危なくなったら虚空より我を抜け』
全て破壊するものの声が響く……見たところ格闘系を得意としているのか、八家さんの手には何も握られていない。
彼は薄く笑みを浮かべたまま、無造作に私との距離をいきなり縮めた……早いっ!! それまであった数メートルを一瞬で詰めた八家さんは、やはり無造作に腕を横に振る。
凄まじい殺気を感じて私は咄嗟に膝をついて体勢を低くし、その横薙ぎの腕を回避する。次の瞬間、私の数メートル後ろにあった木が横薙ぎに切り裂かれて音を立てながら地面へと倒れていった。
「な……何これ……」
咄嗟に避けたから避けれたが、下手に受けようとしたら腕ごと切り裂かれた可能性を感じて背中に寒気が走る。必殺の一撃を避けられたと理解した八家さんは軽く口笛を吹くと、追撃を避けるために後ろへとステップして私の攻撃範囲外へと距離を取る。
「この一撃を避けたのは……魔王様だけだったがな、素晴らしい」
どっと背中に溢れる汗……やばいやばい……こいつとんでもない達人だ。そして先ほどまで気が付かなかったが彼の手にいつの間にか日本刀が握られている。
その日本刀はどこか怪しげで剣呑とした雰囲気を持った、不気味すぎる日本刀だ……そう、何万人もの人の血を吸ったような、そういう武器に似た雰囲気が漂っている。
「いつの間に日本刀を……それとあなた何者なんです?」
「名前は名乗ったがね……私は君らのいうところの怪異、妖刀の八家 仙右衛門だ」
妖刀? 怪異ということは、つまりあの刀が本体ということか……つまりは人を斬りまくった刀が意志を持って動いているとでも? 混乱する頭で次の一手を考える。私も武器が必要……咄嗟に虚空へと右腕を伸ばそうとするが、私の反応速度よりも早く八家さんの峰打ちが私の右腕へとめり込む。
「う、あ……っ……」
「抜かせんよ? 虚空より刀を抜く……獣王殿との戦いは見せてもらった」
へし折れはしなかったが、凄まじい痛みが私の右腕に響いている……痛む腕を抑えながら私は彼との距離を取ろうとする……が、まとわりつくように彼は私とほぼ同じ速度で密着し、刀を振るう。
ギリギリで避けながら必死に離れようとする私と、それに匹敵する速度で追撃を加えてくる八家さん……立川さんと違って、感情による揺らぎがないのか息も切らさずに刀を振るっている。
「ちょ、ちょっと! 女性にモテないですよ、そういうの!」
「そうかな? 私はせっかちなんでね……美しい君の肌に血の華を咲かせたくてたまらんよ」
帰宅途中だったから、スカートの中スパッツ履いてなくて下着だけなんだよなあ……でもやらなきゃ死んでしまう! 私はスカートが捲り上がるのも気にせずに無理やりな体勢で蹴りを見舞う……その蹴りを手に持つ日本刀で受けると、ふわりと距離を取るように後ろへと飛び退る。
少しだけ息がつけるな……ふうっと息をついた私を見て、八家さんはムフフ、と独特な笑い声をあげて顎をさする。
「ふむ……決めた、日と場所を変えて立ち会わぬか?」
「……今殺さないんですか?」
私は腕を押さえたまま、八家さんに言葉を返す。手練れだ……一挙手一投足にほぼ無駄がない。大体剣士というと感情の振れ幅などもあって、技量の差はあれど時折無駄な動きや迷いが出るため全ての攻撃が必殺の一撃にはなりにくい。
だが八家さんは元々妖刀ということもあるのか、一撃一撃が真っ直ぐに私の命へと迫る迫力がある。素手では絶対に勝てない……刀を持って互角、もしくは私の方が打ち負けるか、それくらいの差しかないように思える。
「君は刀を持った時の方が強いのだろう? であれば武士としては、それを見なければいかん。しかし君は戦闘用の格好ではない、そうだな?」
う、私の動きに多少躊躇の意識があったのを見透かしてたのか……ほんの少しだけ羞恥心が出たのか、どちらにせよ心の動きを読まれた、ということだろう。
私は少し間を置いてから軽く頷く……それを見て八家さんはムフフ、と再び笑うと手を振って刀を何処かへとしまい、そのまま背を向けて歩き出す。
「時と場所、後程お送りする……完全武装でこられたし」
_(:3 」∠)_ 妖刀の擬人化話はやりたかった……個人的には濁酒は全然飲まないのですが、そのうち買ってこようっと……
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