第一九話 狼獣人(ウェアウルフ)
「とは言ったものの……さてどうするかな……」
狛江 アーネスト 志狼は博物館の一階フロアで少し困っていた。目の前には呪屍人が二メートル近い巨軀でこちらの様子を伺っている。狛江の身長は公称一七〇センチメートル……まあ実は一六九センチメートルしかない。
プロフィール上の一センチメートル程度のサバ読みは問題にならないだろうが、三〇センチメートル近い身長差は接近戦においては途轍もなく不利だろう。
「初仕事でいきなりこれはねえ……人使い荒いね日本支部は」
狛江は精神を集中させて、自らの奥にある魂へと触れる……心臓が一度大きく鼓動すると、仮初の姿が変化していく。
体を震わせながら、全身に銀色の毛が生え揃い、頭は狼の頭部に似た形状へと変化し、メリメリと全身の筋肉が盛り上がり、手や足は鋭い爪を持つ力強い腕へと変化していく。
その神々しさすら感じる異形の姿を見て、呪屍人がたじろいだ様に後退する。
「フゥゥトゥプムス……エィスイティジィ……フィスプ……」
「あ、僕日本語か英語しかわからないんだよね、ごめんね」
もともと日本に住んでいた狛江は、高校生の時にイギリスへと両親の仕事の都合で住むことになり……現地でとある降魔事件に巻き込まれた時に自身の能力に気がついた。
両親は狛江が獲得した能力には気が付かなかったが、事件後異様な髪の色と目の色へと変化した息子に驚き……病気ではないのか? と医療機関へと相談を持ちかけた。
そこからKoRGBへ連絡が入り……イギリス支部はすぐに狛江の能力を特定し、即日スカウトすることとなった。
『狼獣人』
先日新居とペアを組んだ青梅を追い詰めた、虎獣人と同じ獣人化能力。それが狛江の武器だ。通常の狼獣人は黒や茶色など自然界に存在する狼と同じ色をしているのだが、狛江は特殊な個体……銀狼へと変化することができる。
この個体は今まで存在していなかったため、半分実験体のような扱いを受けた時期もあったが、KoRGBの仕事で抜群の戦績を上げていた彼は両親が都合で帰国することになり、日本に帰りたいと思っていた彼はこの帰国に合わせてKoRJへの移籍を希望し、日本へと帰国したのだ。
ただ、彼と両親の仲は決して良好ではない……それは彼の異様な外見によるものだった。
「ではでは、日本初仕事で君を倒してしまおう、っと!」
狛江は床を大きく蹴ると、呪屍人が反応できないレベルのスピードで一気に距離を詰め……頭に鋭い爪の一撃を見舞う……が灯が対峙する呪屍人と同じように、攻撃が表面で音を立てて滑り、狛江は呪屍人の肩を蹴って、後方へと着地する。
「ほー、荒野の魔女みたいな魔法が使えるのか、驚いたな」
「アィフフォピス……ジィスドムフ!」
呪屍人は狛江へと体を向けると素手で襲いかかる、剛腕が避ける狛江を捉えられず、床へと食い込み大きくヒビを入れる。
パワーはかなりあるな……動きは自分ほどではないけど、と狛江は冷静に相手の情報を観察していく。その時上層階でも戦闘が起きているらしく、建物全体に地響きのような音が鳴り響く。
どうやらあの綺麗な女子高生……新居さんは他の個体と戦闘をしているようだ。
「初仕事で女の子に情けないところは見せられないね、じゃあいくぞ!」
狛江は榛色の目を輝かせて、大きな咆哮をあげた。その声に呪屍人が一瞬たじろぐ……彼の咆哮はいくつかの効果を載せることができる……今回使ったのは呪縛だ。人間なら丸一日何もできないくらいの効果を発揮するが、こういった特殊攻撃への耐性も高いのだろう。呪屍人はかなり動きが緩慢になっているが、動いている。
一気に距離を詰めて、背中側に回ると無理矢理呪屍人の顔を掴んで捻じ曲げていく。
魔法で攻撃が当たらないとはいえ、普通に触れることができる……これはKoRGBにいたときに、荒野の魔女から教えてもらった知識だ。
『結界とは言っても攻撃……斬撃や射撃対象を認識して防ぐものなので、直接掴まれると弱いのよね……』
『そうなの? じゃあ僕が触れようと思えば君に触れられるってこと?』
『だからって触れちゃダメよ? 仕事中なんだから……あとでね』
荒野の魔女の美しい顔が脳裏に浮かぶ……どうして君は居なくなったのだろう。少しだけ狛江の目に悲しい光が宿るが、すぐにその気持ちを切り替えて猛る魂に身を任せるように力を込める。
メリメリと音を立てて、乾燥した肉体が立てる破砕音とともに呪屍人の首が捩じ切れる。
狛江は頭を投げ捨てるとそのまま四肢を破壊していく……破壊衝動のままに爪で、牙で呪屍人の体をバラバラにすると、呪屍人は流石に動かなくなる。
「おっと、久々なんでやりすぎたかな」
まだピクピク動いてはいるものの、ほとんどバラバラに破壊され、引き裂かれた呪屍人を見てまずは一体を破壊したことを理解する。
情報では三体いたはずだが、ここには一体しかいないようだ……すると二階の新居さんが危ないかもしれないな。狛江はすぐに一階の捜索もほどほどに入り口へと向かう、新居 灯の援護をするのだ。
「はぁっ……はぁっ……」
今私は……結構ピンチだった。呪屍人が使う切断の魔法に戦闘服が切り刻まれ、身体中が傷だらけだ。乙女の柔肌に何てことしてくれてんだ! と思うものの、相手にしてみれば殺すことなく嬲るのが目的なのだから仕方ないかもしれない。刻まれた戦闘服からお気に入りの白い下着と白い肌、そしてそこに刻まれた傷から流れる血が見えている……このまま行くと完全に剥かれてしまうのでそれは避けたいところだ。
さらに切断が効果的と見るや、この呪屍人は完全にアウトレンジでの攻撃に終始するようになってしまった。
いや、正直に言えばミカガミ流には絶技『空蝉』……アウトレンジの敵に対して衝撃波を飛ばす技があるのだが、私がこの空蝉を撃とうとすると切断が飛んできて、私が防御して空蝉を撃とうとすると切断が飛んできてというのを何度か繰り返している。
いわゆる格闘ゲームで言うところの硬直時間を狙われているような状態だ。
今の私が空蝉を放つには、力の溜めが必要なので、そこを狙い撃たれている状況なのだ。明らかにこの呪屍人はミカガミ流の対処法をわかっている気がする。
「フィプディヒス……ドロフィプテリオモストレヌ……レセソフィイェールストクスィロ」
呪屍人がニタニタと笑い……また理解できない言葉で話してくる。
ええい、どうせロクでもない欲望丸出しの卑猥な言葉でも投げかけてるんだろう、こいつの顔はそんな下心丸出しの顔だ。
このエロゲスドグサレ乾燥坊主が! そんなことばっかり考えてるから、死んだ後に呪屍人なんかになるんだ。
打開策を考えるも、あの防御結界を打ち破るには……超強力な技が必要だ。
私の体型では一〇〇パーセントの威力を出せない技もあって……それを活かすにはノエルの力が必要なのかもしれない。私がそう考えると、心の奥底に潜んでいた猛る魂の脈動が起きる。
ーードクン。
心の奥底へと手を伸ばし……獰猛に猛る魂に触れていく……私のか細い体が、全身の筋肉がメリメリと軋み音を上げていく。私から俺へ魂が塗りかわるような、背筋を貫くような快感を伴うが、それと同時にか細い体が悲鳴をあげている。
「クフッ……萎びた屍体が随分と調子に乗って……」
俺の顔に獰猛な笑みが自然と溢れる……俺は刀を鞘にしまい、閃光の構えをとり限界まで前傾姿勢をとる。
俺の雰囲気が一気に変わり不気味なくらいの殺気を放つようになったのを感じたのか、呪屍人が少し困惑するが……傷だらけの俺を見て、まだ優位と見ているのか切断を発動しようとする。
そうそう、脳みそまで乾燥してるヤツの思考はそんなものだろうな。俺が取る一手は決まっている……そのか弱い防御結界を切り裂いて、乾燥し切ったその体を日本刀で切り裂くだけ。
「ミカガミ流、閃光」
一瞬で間合いを詰めた俺の、まさに閃光のような一撃が呪屍人を捉える。
あまりに呆気なく防御結界を通り抜けて、日本刀は呪屍人の左腕を切り飛ばす……手には全く抵抗を感じない。剣聖ノエルの超絶技巧が防御結界を無効化した。
彼は切り落とされた自分の左腕をポカンとした顔で見つめている。それまで何度も斬りつけられても結界を超えることがなかった斬撃がたった一撃で変わったことが、乾燥しきった脳みそでは理解できない。
「クフフッ……分からないか? 灯の言葉で表現するなら、レベルを上げて物理で切り裂いたんだ」
そのまま返す刀で斬撃を右脚に叩き込むと、まるでバターを切るかのように、すんなりと呪屍人の足が斬り飛ばされ、驚いた顔のまま呪屍人は呆然とした表情で尻餅をつく。さらに三撃目で首を叩き落とすと、俺はそのまま体に何度も日本刀を突き刺す。
俺は相手が動けなくなるまで執拗に、笑顔を浮かべたまま何度も何度も日本刀を突き刺す。ああ、実にいい気分だ。
呪屍人が完全に動かなくなったのを確認すると、足で頭をスイカでも割るかのように叩き潰し、俺は深くため息をつく。
「しかし……呪屍人を持ち込んだのはどこの何奴なんだ……」
まあいい、当面の危機は去ったと判断して、二度、三度……冷静に、深呼吸をして新居 灯の魂へと心を塗り替えていく。
便利なようにも見えるが、ノエルと新居 灯の身体能力、回復能力には大きな差がある。当分休まないと回復できないだろうな。
私はもう一度深く深呼吸をすると、目をゆっくりと開ける。
「あうっ……」
私は……その瞬間、全身に鋭い痛みが走る。久々の全力で身体に負荷がかかってしまったのと、切断の切り傷の痛みが一気に襲いかかってきて私は痛みに身を震わせる……。
「全身がい、痛い……早く撤収しないと……」
私が痛みに身を震わせたその瞬間を狙って、背後から包帯だらけの太い腕が伸びる……私は驚いて身を翻そうとするものの、全身に走る痛みで反応が遅れてしまい……その包帯だらけの新たな呪屍人は難なく私の首を両手でがっちりと締め上げる。
私は首を締め上げる腕をなんとか振り解こうと、必死に抵抗するが……あまりに強い腕力に首の骨を折られる危険を感じて、両手でその包帯だらけの手を握ってしまい、武器を取り落としてしまう。
音を立てて日本刀が地面へと落下し、私は唯一の攻撃手段を失った。
「えっ……? あ、ぐうッ……し、しまった……」
_(:3 」∠)_ 硬直狙うの必須だよねー
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