第一八八話 もっと向こうへ(プルス・ウルトラ)
「あ、あれ? 急に体が……これならッ!」
「……思ったよりも抵抗力が強いのか……厄介な」
私の体から、花粉の効果が消えたのか急激足が動くようになってくる……迫りくる蔦を私は刀で防御していく。
どうやら咄嗟に息を止めて花粉をできるだけ吸い込まないようにしたのがよかったのか、花粉による影響の効果時間は想像よりもはるかに短い……どうやらあの花粉は運動能力を限界まで引き下げる効果があったようだが、切れてしまえば私はまた前のように速度で相手を圧倒できるに違いない。
それを見て囁く者が花粉の効果が切れたと判断したのか、再び胴体側を持ち上げる……花粉攻撃か!
囁く者の胴体が地面へと沈み込むような動作をすると、まるで粉塵を巻き上げるように、紫色に輝く花粉が一気に噴出される。
「いけない……これを吸ったら……」
私は一気に後ろへと飛びすさり、距離をとって花粉攻撃を受けない位置まで下がる。そんな私の動きを見て囁く者が蔦を一気に伸ばしてきた。
飛んでくる蔦を刀で切り落として私は防御に徹する……切り落とした蔦は地面へと落ちるとすぐに乾涸びてしまうが、切り裂いた傷口からすぐに新しい蔦が生えてくるのが見える。
蔦自体は痛覚などはないだろうし、そもそも胴体にすらそう言った感覚があるかどうかすらわからない。
「ちょこまかと……諦めて花粉まみれになれば楽なのに……!」
囁く者が舌打ちと共に次々と蔦を打ち出す……速度は恐ろしく早いが私の動体視力なら避けれない速度でもない……少し余裕を持って避けていく。
避け切れそうにない軌道の蔦だけを刀で切り落とし、私はじわじわと距離を詰めていく……ふと、くらっと目眩のようなものを感じて、一瞬反応が遅れる。
「な、なに……急に……」
「ウフフフ……蔦を避けた、花粉を吸わない……それだけじゃないのよ」
その言葉にハッとして私は切り裂いた蔦が地面へと落ちていくのを見る……切り裂いた蔦の残骸は、地面へと落ちると同時に煙のようなものを発して乾涸びていく。その煙の色は、淡い紫色……その瞬間、私の心臓が凄まじい痛みと共にドクン、と跳ね上がる。
鋭い痛みに私は体を震わせてその場に膝をつく……なんだこれは……こめかみに汗が流れる……これはまるで心臓を鷲掴みされたような、途轍もなく強い痛みだ。
「これは……ぐ……うううっ……あぐあッ!」
「樹液の一部に花粉を溶解しておいたの……気がつかない程度に微量の毒が呼吸を通じて溜まるようになるのよ……あなたは確かに剣聖、とても強いけど……まだまだね」
囁く者がくすくす笑いながら、痛みで動きの鈍くなった私に容赦なく鞭のように蔦をしならせて叩きつけてくる。震える手でなんとか刀を握ると私は防御に専念するが、心臓を締め付けるような痛みに私の防御が次第に崩れていく。防ぎ切れない攻撃が私の体に鞭のように叩きつけられる……痛みで視界が歪む。
『思っていたよりも戦闘巧者だな……ふむ……体はまだ動くだろう?』
全て破壊するものの感心するような声が響く。い、いや感心してる場合じゃなくて契約者がピンチですよ! このまま行くと契約者がやられちゃいますよー! そんな焦りも彼にとってはあまり意味がない感情らしく、少し冷静な声で指摘を入れてくる。
『……もう少しよく攻撃を見るのだ、お前は我の契約者だぞ。あのような枯れ草如きにどうにかなると思っておらん……それと、痛覚をもう少し思考から切り離すのだ』
よく見る……そういえば私の記憶の中のノエルも、その師匠もよく見る、という言葉を使っていたっけ……その言葉をノエルは本能的に理解して、多面的に視覚情報を脳内で処理しているとかなんとか説明していたが。このまま黙っていてもジリ貧だ……やるしかない。私は体に感じる痛みを感じつつも視覚に全神経を集中させていく。
『そうだ、お前は我の契約者……剣聖、そしてこの世界で最強の戦士なのだ。自覚を持て、お前が本気で戦ったなら、お前に敵うものは何者もいないと知るのだ!!』
その言葉と同期するように、私の体が自然に動き出す……視界の端から端までまるで立体的に情報をとらえるように私は一気に迫り来る蔦をぎりぎりで避けていく。急に動きの変わった私を見て囁く者が驚いた表情を見せるが、すぐに蔦を打ち出していく速度を上げていく。
もっと、もっとだ! 私は体を冒している毒素すら感覚から切り離されて、まるで羽が生えたかのように軽く、素早く移動している。服を掠めるように振り回される蔦をぎりぎりで避け、軽く受け流していく私を見て、次第に囁く者の表情が焦りに転じていく。
「き、急に動きが……なんなんだお前は!」
私の動きについてこれないのか、蔦が次第に全然違う場所へと直撃するようになっていく……いや、蔦が攻撃しているのは一瞬前に私が立っていた場所。つまり私の残像を囁く者は攻撃しているのだ。
そうか……ノエルが無尽を放つ際に彼が見ていた視界はこれに近いのかもしれない、一気に私は囁く者との距離を詰めていく。
「こ、この小娘が……ちょこまかと……」
目の前まで迫ったとき、囁く者が少しだけ笑みを浮かべる……花粉……私は数本の蔦を叩き切った後、花粉が噴射される瞬きをするような一瞬の間に、一気に距離を取る場所まで回避する。
地面への着地と同時に、囁く者の体から花粉が噴射されるが既に私はその場所にはいない。花粉攻撃が間に合わない、と理解したのか彼女の顔が怒りに歪む。
「……遅いわね、よく見るって大事」
私は刀を軽く振って刀身についた樹液を払う。地面へと付着すると淡い黄色の煙となって蒸発していく……これも何かの効果があるのか? 吸い込まないように軽く払うと私は再び突進するために姿勢を低く保つ。
切り裂かれた蔦の断面から新しい蔦が再生していく……本体を攻撃しないとダメか。
地面を蹴り飛ばして私が一気に距離を詰める……弾丸のように直進した私に向かって蔦の攻撃が迫るが、その全てが私の後ろの地面へと直撃していく。
「ミカガミ流……彗星ッ!」
走りながら刀を一度回転させると刺突を繰り出す構えへと転じた私は、そのままの勢いで片手突きを繰り出す……囁く者が咄嗟に回避行動をとるが間に合わない、片手突きが彼女の胴体部分、球根のような部分へと叩き込まれる。
刀に感じる何か硬いものへと衝突する感触、だが突進の勢いと私の技量が怪物の硬い肉体を簡単に引き裂き、貫いていく。
「うぐぁあああっ!」
緑色の体液、いや樹液を吹き出しながら囁く者の胴体部分の左半分が千切れ飛ぶ。苦痛を感じているのか怪物の顔が歪む。
だが胴体部分に大量に生えている蔦が……しなる鞭のような動きを見せながら私に向かって振り下ろされる……まるでスローモーションのようにその攻撃が見えているが、私は体を軽く沈み込ませるように足に力を込める。次の瞬間、地面ごと抉りとるかのような囁く者の攻撃が地面を強打し土煙を巻き上げる。
「……やったか?! い、いや……どこへ……」
パラパラと巻き上げられた石や砂が舞い落ちる中、口の端を吊り上げる囁く者……だが複数の蔦に押しつぶされたはずの私が地面にはいない。
慌てて周囲を確認するが剣聖がいない……焦りと恐怖が怪物の表情を固くしている。軽く地面を蹴るような音が辺りから聞こえる、しかし姿を視認できない……囁く者は恐怖であらぬ方向へと蔦を振り回して攻撃するが、何もかもが外れていく。
「くそおっ! 小娘があああっ!」
『……そろそろ決着をつけよ、灯。この世界の言葉で言うぞ、さらに向こうへと進むのだ!』
その言葉と同時に、私は既に空中に身を躍らせて囁く者の上空から一気に刀を下に構えて高速落下する……怪物の脳天から全て破壊するものを突き刺し、そのままの勢いで真っ二つに切り裂いた。
地面へと降り立った私を、二つに分かれてしまった顔で驚いたように見ている囁く者……そしてそのまま左右に分かれたまま地面へと崩れ落ちていく。
「ば、化け物……お前の方が化け物……だ……」
「……少しだけ、わかった気がする……こんな光景を見ているのね、ノエルたちは……」
肩で息をしながらもなんとか敵を倒した私は刀を軽く振るって鞘へと収めると、立っていられずにその場に座り込んで大きく息を吐く。
全身にどっと汗が噴き出す、一気に力を出し切った私の体は痛みと疲労で震えている……数分間、たった数分間だけだったがこれまでとは違う光景を見れた気がする、満足感というか少しだけ自分がレベルアップしたような気分になって、少しだけ笑みが溢れてしまう。
「……お疲れ、援護にきたけど必要なかったかな?」
「え、あ……せ、先輩……きゃっ」
ポンと肩を叩かれて驚いて振り返ると先輩が笑顔で立っている。あ、え? そ、そうかバックアップは先輩だったんだっけ……私はすぐに立ち上がると、先輩に軽く頭をさげるが、疲労困憊となった私はすぐに足が震えて、ふらついてしまう。思っていたよりもずっと疲れ切ってる……地面に手をつこうとした私をがっしりとした腕が支える。
「だ、大丈夫かい? 疲れているみたいだから僕が連れていくよ」
「え? ちょ……そ、そんな……悪いですよ……」
大丈夫と先輩は私に笑い、そっと手を回して私を背中に優しく背負うと、思っていたよりもしっかりとした足取りで公園の出口へと歩き出す。
は、恥ずかしい……だが体が疲労でいうことを聞かない、私は彼の背中にそっと頬を当てて身を任せる。少しだけ先輩がモゾモゾと動いたような気がするけど、多分バランスが悪かったんだろう。
「なんかすいません……もう少しすれば歩けると思うので……」
「い、いや……大丈夫だよ、今日は君一人で片付いたみたいだし、これくらいはさせてくれ」
先輩はなんだか口ごもりつつも、前を見たまま歩いていく……いつも先輩の顔しか見てなかったけど、この背中……私が思っているよりもずっと大きくて逞しいな。手のひらをそっと彼の背中に添えると、大きく先輩が身を震わせ、立ち止まる。急に立ち止まったのが不自然な感じがしたので私は思わず彼に声をかける。
「どうかしました?」
「……い、いや……いい匂いだなって……それとその……いや、なんでもないよ」
先輩の耳が少し赤い……なんかかわいいな……私はそのまま彼の背中に身を任せ、軽く腕を巻き付ける。ほんの少し先輩が何度か独り言を呟いていたが、すぐにまた歩き出す。
疲労と軽い揺れが私の思考を鈍らせていく……ああ、心地よい……軽くあくびをしてから私はふと気がついた。
「もしかして……私重いですか?」
「大丈夫、灯ちゃん体重が軽いから……問題ないよ」
その言葉に先輩は再び立ち止まると首を振って違う、と伝えてくる。そ、そっか……ならいいか……再び先輩が歩き出すと睡魔が再び襲ってくる。先輩が何事かを喋っているが、すでに疲労でぼうっとしている私は彼が何を喋っているのかよくわかっていない。
でもありがたいな……こうやって守ってもらえるなんて、いくら強くあろうとしてもどこかでこうやって守ってもらうのは幸せなことなのだ。
お礼を言わないと……私は睡魔でだんだん視界が暗くなる中、なんとか口を開く。
「ありがとう先輩……私大好きですよ……先輩の優しいとこ……」
_(:3 」∠)_ 書き溜めができない! ちょっと焦りながら執筆続けてます……
「面白かった」
「続きが気になる」
「今後どうなるの?」
と思っていただけたなら
下にある☆☆☆☆☆から作品へのご評価をお願いいたします。
面白かったら星五つ、つまらなかったら星一つで、正直な感想で大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒応援の程よろしくお願いします。











