第一八二話 紛い物(イミテーション)
『先日東京のタマ地区にある山林で起きた火災による被害は……』
『火災の前に巨大な花が目撃されており、事件と関係しているのではないかと……』
『最近世界では不可思議な事件が勃発しており、降魔被害による死傷者数は増加の一途を……』
『本日のニューヨーク株式市場は大荒れで、軒並み株価が下落傾向にあり、それを受けて日本の株式市場も……』
『降魔被害対応法案が可決されました、被害に遭われた方のために政府によるセーフティネットが……』
日本だけでなく世界経済は混乱をきたしている……本来であれば各国共同で対応を、という声明が出てもおかしくないところだが、結果的には各国政府と共同でKoRの各支部がどうにか対応を行なっている状況だ。
現在のところ、降魔被害が発生している国は先進国とそれに準ずる中堅国家に多く、独力での対応が難しい場所においてはそれほど頻発しているわけではない。
だが、まるで病巣のようにじわじわと日常を侵食している状況には変わりがない……また、この世界の犯罪組織が魔王側に接触しているというのが次第に明るみに出始めている。
このままではいけない、と各国のKoR支部では特殊能力を持つ人間の捜索や、登用も急がれてはいるが……特殊な能力を持つ人間の存在自体が希少であることから遅々として進んでいない。
ここにきて人類はようやく真実を……異世界からの侵略を目の当たりにし、日常が次第に壊れつつあることを認識し始めたのだ。
だが多くの人は戦う術を持たない……それ故に民間組織であるKoRへの負担は増大の一途を辿っている。
「エツィオ先生が急なお仕事の関係で本国に戻られることになったそうでして、これから英語の授業は〜……」
本来であればエツィオさんが担当していた英語の授業、今彼はここにいない。混沌の森に志狼さんと共に入った後、失踪したままになっている。
ただKoRJによってこの高校に無理に赴任した手前、八王子さんや青山さんが高校側に説明を行い、エツィオさんは本国に戻った、と嘘の説明がなされている。
「あかりん残念だね、何か先生からお話は聞いているの?」
「ううん、先生も相当忙しかったみたいで何も聞いていないよ」
ミカちゃんの問いかけに誤魔化すような笑顔で応える私……でも私もエツィオさんの状況は全くわからない。志狼さんも当時の状況を教えてくれたが、私と戦う前のララインサルと遭遇し、そのまま彼を連れ去った。その後は彼を探して森の中を彷徨ったが、見つからず私と合流したとだけ伝えられている。
『未帰還者……エツィオ・ビアンキ、生死不明』
現在彼に関しての情報はこれだけ……私も心配だが、混沌の森が焼失したあとにも、エツィオさんの持ち物や遺体は発見されていないから、おそらくどこかにいるのだろうとは思うけど……。
少しだけ胸の奥が痛い……私にとってもお兄さん、いやお姉さんか? そんな存在になりつつあったエツィオさんがいないという喪失感はかなりのものだ。
前世でも友人や知り合いを戦闘で無くすというのは起きていたことなので、心のどこかで仕方ない、と冷静に考えている自分と、それであっても近しい人間がいなくなるという悲しさが私の心に同居しており、どう自分の中で決着をつけていいのか本当に分からないのだ。
少しだけ表情が暗い私を見て、ミカちゃんは何となく空気を察してそれ以上は話しかけてこなくなった。他のクラスメイトも似たようなものだ……エツィオさんが私に目をかけていた、というか仲が良かったのは知っているので、何となくそんな雰囲気を醸し出されてしまっている。
いや、そんなんじゃねーから。むしろ私彼のことどうとも思ってねーから!
そう大声で言いたい気分だが、そんなことを言っても仲が良かった事実は変えられないし、一部の女子生徒からは『新居さんはエツィオ先生の情婦だったのでは?』『体で成績をかおうとしたビッチ』とか、『むしろエツィオ先生は新居さんに支配されて可哀そうな人だったのでは?』みたいな謎の憶測が流れていたことを最近知った。何もしてないのに……やっぱり彼は距離感がおかしかったんだよ、ど畜生。
それはさておき……背教者という降魔の中に生まれた対抗組織が出現している……状況が混沌としており、志狼さんと先輩が彼らから以前より接触があり、情報を提供してもらっていたと報告した際の日本支部の混乱といったらなかった。
ようやく最初の混乱からはマシになったものの、リヒターのように元々友好的な異邦者と違い、それまで人類を攻撃していたものすらも背教者の可能性が出てきており、彼らからも軽く接触が起きているという。
現状では背教者に対する攻撃は許可されていないものの、背教者自体が緩い組織ということもあって状況によって人類を攻撃するものなどもおり、この辺りの混乱はおさまりそうにない。
そして私の隣の席で、すごく不機嫌そうな空気を出している四條さん……彼女は背教者と一緒に行動していた先輩と森の中で遭遇し拘束され、森の炎上前に何とか拘束を解いて撤退したらしい……数日後に病院で顔を合わせた四條さんは恐ろしく不機嫌な顔で、私の両手をしっかりと握るとこう話した。
『私は背教者のせいで焼け死ぬところでした、新居さん……青梅さんは裏切り者です、裏切り者は明日にも殺しましょう』
その場に先輩がいなかったため、状況を確認してからとは宥めたものの、四條さんは先輩に対して強い不信感を覚えたらしく、任務で彼と同行することを拒否している。
彼女は任務で人を選ぶことはなかった、でも敵とみなした人間がいなかっただけのようで、四條さんがここまで感情的というか、攻撃的になっているのは珍しいと八王子さんも話していた。
そして……私のメッセージでの問いかけに先輩は『理解してくれ』という一言だけしかかえって来ていないため、私も困惑している。
私は青い空を見つめてため息をつく……周りの男子生徒の一部が窓の外をぼうっと見ている私に視線を送って来ている。前に比べれば四條さんやミカちゃんなどのクラスの美少女への視線は増えたのだろう。
前世と同じ空、どこまでも青くそして白い雲が広がる空を見つめて私は改めて今の状況が恐ろしく複雑かつ、混沌としていることに改めて辟易する。
「先生今どこにいるの……みんな心配してるよ……、それと先輩ももう心配させないでほしいな……」
「リョウセイ、揉め事は収まった?」
女淫魔のオレーシャは妖艶な笑みを目の前の椅子に座る青梅 涼生へと向けつつ、彼に書類を手渡す。青梅はその書類に目を通しながら、ため息をついてオレーシャに軽く首を振って否定の意思を伝える。
今青梅とオレーシャは、リヒター立ち合いのもと背教者との交渉の席についている……リヒターは赤い眼を輝かせながら、油断なくオレーシャに注意を払いつつ、手元に置いてあるカップから紅茶を啜る。
「あの時、四條さんを拘束したのはやりすぎだった……KoRJでも背教者に対する不信感があるからね」
「でも仕方ないじゃない、あの時あのお嬢ちゃんは貴方の言うことなど聞く耳を持たなかったわ、私は貴方の安全のためにそうするしかなかったのよ」
オレーシャが豊満な胸の谷間からシガレットケースを取り出すと金箔を巻いた紙巻きの煙草を取り出し、口に咥えて笑うと、指先に火を灯して軽く蒸す。
リヒターはその様子を見ながら、カタカタと軽く音を立てて青梅から資料を受け取ると軽く目を通していく……背教者は魔王から離反した降魔の一団であり戦闘能力は高いものの数が少ない。
それ故にKoRJの助力を必要としている、と言うのがオレーシャの主張だ……リヒターも広義的な意味で行けば背教者にあたるのかもしれないが、この女淫魔はあまり信用できないのだがな、と内心考える。
リヒターは書類に不備がないことを確認すると、オレーシャに向かって問いかける。
「書類はまあ理解した、オレーシャ……お前はなぜ魔王を裏切るのだ?」
「この世界、確かに魅力的ではあるけどね……でも私たちには少し住みにくいわ。そもそも私たちの姿格好はあまりに異質よ。そんな存在がこの先ずっと人類と共同生活など送れるかしら?」
オレーシャは軽く煙を燻らせながら、笑顔のままリヒターの問いへと答えていく……まあそれは確かにそうなのだが、とリヒターは少しだけ顎に手を当てる。
彼自身の姿も、KoRJ内に篭っているからこそ許されるのであって、一般社会に溶け込むことなどできない。新居 灯やKoRJの職員は彼のことを信用し、また信頼をしてくれているが、それでもビルの外に出るには色々な面倒がつきまとう。
「リヒター、貴方も同じではなくて? 見た目が明らかに怪物のそれじゃない、ここでは生き辛いのではない?」
「まあ、そうだな。だがこの姿だからこそ剣聖と会うことができたのだ、とも言える。私は別にこの世界を離れようとは思っておらんが、望郷の念というやつは理解しているつもりだ」
オレーシャの多少挑発的な物言いに青梅が少し表情を変えたが、リヒターは動揺ひとつなくカタカタと笑うような仕草で答えていく。
この女淫魔は少しクスクスと笑うと、再び煙草を燻らせている……性格はやはり気に食わんな、だが背教者も交渉を行えるメンバーが少ないのだろう。普通の交渉の場に一番向いていない女を送り込むとはな……。
「ま、手に入れたはずの煉獄の花の苗が紛い物だってわかった以上、私たちに選択肢はないわ。悔しいけれど貴方たちの力が必要なの」
オレーシャたちが危険を顧みずに青梅と共に混沌の森に入った理由は、世界をつなぐ煉獄の花の苗を入手することだった。
だが、事前に用意されていたのか入手した苗は偽物であり目的は達成できなかったのだ。これほど屈辱的なことはない……リヒターは魔王の行動に少しだけ違和感を覚えている。
わざわざ偽物を用意するような小細工をする人物ではない……ララインサルならやりそうだが、新居が倒している。ということは誰か別の配下がそれを行なったということだろうな。
リヒターは青梅の肩に軽く手を置いてから、カタカタと小刻みに揺れながら赤い目を輝かせる。
「青梅、書類に問題はない。あとはお前とオレーシャの間のわだかまりを解消しろ……私はそこまで関与できん、いいな?」
_(:3 」∠)_ やっぱ同盟関係は書類交わすよね、という実に社会人的な発想にて……
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