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【完結】前世は剣聖の俺が、もしお嬢様に転生したのならば。  作者: 自転車和尚
堕ちた勇者(フォールンヒーロー)編

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第一八一話 路地裏の傍観者(バイスタンダー)

『この世界は危機に瀕している』


 一夜の恐怖が扉を開いた、それまで平和だった世界を陰から侵食していた存在。

 それが姿を現した……その姿に人は恐れ慄き、涙し、そして互いにその責任がどちらにあるのか擦りつけ合った。

 だが解決策は見出せず、人々は臭いものに蓋をする感覚で他人へと任せ、日々の暮らしの中へと戻っていった。

 その裏で、大切な人を亡くした者達の涙があることを、世界は忘れていた。


『この世界は危機に瀕している』


 暗闇の中から現れた怪異、異形、怪物……姿形を見るまでは現実とは思えないその存在。

 日常からほんの少し外れた場所で、暗い路地裏、ふと振り返る曲がり角、鬱蒼と茂る森のなかで、それらが蠢く混沌の塊のように、人々を侵食していった。

 世界は変わりつつある……だがしかし多くの人は平和というフィルターの中に溺れ、現実を見れないまま争う人々を罵り、嘲笑し、そして責任をなすりつける。


『この世界は危機に瀕している』


 異形の存在が明らかとなり、世界の危機が現実となろうとも、人々の生活は変わることはない。

 異なる世界とこの世界の距離が近くなり、そして薄暗い暗闇の中に誰かの視線を感じても……人々は気のせいだと誤魔化して生活を続けている。

 でも……私はその世界を守ると宣言した。これから魔王と呼ばれる存在へと絶望的な戦いを挑むのだ、それが英雄と呼ばれたものの責務であるからだ。


 だから……私はこの世界でもずっと戦っている。




「トシくん……な、なんで……トシくん……」

 東京のとある路地裏……暗く陰鬱な場所において、一人の女性が目の前で起きている状況に体を震わせている。女性の名前は星川いずみ。東京のIT企業に勤務する会社員だ。

 数ヶ月前にそれまで付き合っていた恋人が彼女に何も告げずに失踪してしまい、悲しみに暮れていた彼女に優しく声をかけてくれたトシくんと付き合うようになったのはほんの1ヶ月ほど前。


 いつものように外食をした後、この路地裏で軽い戯れに興じていただけなのに……どうしてこんなことに。

 新しい彼氏となったトシくんは彼女の目の前で巨大な獅子のような怪物によって貪り食われており、時折彼の足や腕がピクピクと痙攣しているが、おそらくもう彼の命はないのだろう。

 あまりの光景に胃が逆流しそうな気分に陥り、思わず口を両手で抑える……何だこれは、これは現実なのか?


「……アルコールを飲んでいたな? 少しだけ匂いがきつい……」

 獅子はトシくんの肩から肉を食いちぎりながら、少し不満そうな顔で口を開いた。

 こいつは単なる獅子ではない……その顔はまるで皺がれた老人のように、人に酷似した外見だが口には鋭い牙が見えている。そしてその背には巨大な蝙蝠の羽が生えており、尻尾は巨大な蠍のものと酷似している。

 こんな化け物が……確かにあの恐怖の夜(テラーナイト)と呼ばれたオダイバの事件以降、不可思議な失踪者や日本各地で怪異による事件事故が増えていると聞いたことがある。

「こ、こんなの……現実じゃないわ……どうしてこんなことが……」


「……この世界は狙われているんです。だからこんな場所に来てはいけませんよ」

 いきなり背後から声をかけられて、驚いて振り向くとそこには黒髪を靡かせ、紺色のブレザーとスカートに身を包んだ女性……いや女子高校生が立っている。女子高校生は手に日本刀を持っており、いずみの先にいる巨大な獅子の化け物を見ているが……いずみは女子高校生の姿を見て少しだけ驚く。彼女は怪我をしているのか、包帯をあちこちに巻いており、それほど顔色も良くない。

 怪我をしている? こんなに美しい顔をしているのに、まるでテレビで映し出される傭兵たちのような、そんな強い目の光を持っている……そして、それ以上に彼女をどこかで見た気がして、いずみは軽い頭痛に襲われる。


「……ど、どこで、どこで見たの……? 私の中にぼんやりとした記憶がある……」

 黒髪は艶やかに夜風に靡いている……白い肌も、少しきつめの顔つきも日本人そのものだ。だが、それ以上に恐ろしくスタイルが良い。

 胸も大きく、腰は締まりきっておりスカートからのぞく白い素足も滑らかだ……何だか嫉妬したくなる気持ちを感じつついずみはどこかでこの女子高生を見たような気がして、再び刺すような頭痛を感じてうずくまる。

 そんな彼女を優しく気遣うように、女子高生は軽く肩を叩くといずみの前へと出て彼女を庇うように怪物へと立ち塞がる。


人を喰うもの(マンティコア)……まあまあの雑魚だけど、私の糧になってもらうわよ」

 その女子高校生は日本刀を鞘から引き抜くと、動かないトシくんを投げ捨てて威嚇する人を喰うもの(マンティコア)へと刀を突きつける。

 女子高校生を見て人を喰うもの(マンティコア)がまるで怯えるような仕草で、ズズズと後ろへと後退りをしながら、威嚇を続けている。その姿はまるで喧嘩に負けそうな猫が怯え、逃げ出そうとする仕草にとても似ている。

剣聖(ソードマスター)……! どうしてこんな場所に……聞いていない、聞いていないぞ!」


「この辺で派手に人を襲いすぎたわね……諦めなさい」

 女子高校生は人を喰うもの(マンティコア)に刀を振るって踊りかかるが、怪物は翼を羽ばたかせて路地裏から逃走しようとしてふわりと浮き上がり、その斬撃を間一髪でかわす。

 舌打ちをした女子高生が耳元にあるインカムに何らかの連絡を入れた……次の瞬間、いきなり人を喰うもの(マンティコア)の翼が爆発する……少し遅れて銃声が響くと、血を撒き散らしながら怪物は路地裏の地面へと叩きつけられる。

「な……なんだ?! ワシの羽が……もげただと!?」


「狙撃してもらったのよ、仲間にね」

 地面でもがく人を喰うもの(マンティコア)にゆっくりと歩み寄る女子高生……おおきな咆哮とともに蠍のような太く鋭い棘を持った尻尾がまるで蛇のように鋭く女子高生へと迫る。

 危ない! いずみはまるで目の前で起きているのが現実ではないように、少しふわふわとした感覚でその様子を見ているが、声が出ないまま彼女へと手を伸ばす。

 次の瞬間、女子高生はまるでその尻尾の攻撃を予測していたかのように、片手で軽く下から掌底で小突く……そのままの勢いで彼女の頭上を飛び越えた尻尾が路地裏の壁へと突き刺さり轟音を上げる。


「……人を喰うもの(マンティコア)は大体こればっかりね、貴方は上位個体じゃないから仕方ないのかもだけど……」

 呆れたような顔で壁を見ている女子高生……必殺の一撃を防がれて、驚愕の表情を浮かべる人を喰うもの(マンティコア)……まるで現実味のない光景だが、いずみはふと思い出した。

 前にも似たようなことが起きていた……そのときは蛇のような化け物が……頭痛が激しくなる、そのとき彼女は誰に助けられたのだ? マーくんはどうしていなくなったのだ?


「ったく……こんなところでダラダラしている場合じゃないのに……あ、逃げるな!」

 女子高生が軽く刀を振るう……まるでチーズでも切るかのような滑らかな動作の後、人を喰うもの(マンティコア)の尻尾が切り裂かれ、血液を噴き出しながらのたうつ。

 軽い悲鳴をあげて怪物は何とかその場を逃げ出そうとして、必死に威嚇をしながら腰でも抜けているのか、足を引きずりながら路地裏の奥へと移動していく。


「すいません、こちらにいてもらえますか? KoRJの人たちが来ますので……」

 女子高生は申し訳なさそうにいずみへと苦笑しながら話しかける……いずみはその顔を見て、黙って頷くしかない。大丈夫だと思ったのか女子高生はその怪物を追いかけて、逃げていこうとする路地裏の奥へと歩いていく。

 まるで歴戦の戦士のような、そんな後ろ姿を見ながら恐怖と、混乱と、そして狂気がいずみの顔に引き攣った笑みを浮かべさせている。


「……何なの……これは一体なんなの……」

 体の震えは止まらない……背中に冷たい汗と、目からは涙がとどめなく滴り落ちる。コツ、コツと路地の入り口から音がする。ぐしゃぐしゃに濡れた顔でその方向を見ると、今度は別の制服を着た女子高生が、その体には大きすぎるくらいの狙撃銃(ライフル)を担いで歩いてくる。

 別の女子高生は無表情のまま、いずみへと歩み寄ると彼女へと話しかける。

「すいません……刀を持った女子高生、この辺りで見ませんでした?」




「ったく……逃げ出すとは予想外ね……」

 私、新居 灯はKoRJの任務についてこの路地裏へとやってきていた。付近ではこのところ数人の失踪事件と、明らかに被害者であろうと思われる骨などが見つかっており、急遽出動要請があったのだ。そういえばさっきの女性、どこかで見た気がするな……私は地面に落ちている血痕を辿りながら、人を喰うもの(マンティコア)を追いかける。


『あー、人を喰うもの(マンティコア)如き、さっさと黙って斬り殺せばよかったのだ。格好をつけて余裕ぶるからこんなことに……』


 全て破壊するもの(グランブレイカー)のぼやくような声が聞こえる……この声は私にしか聞こえていないと言っても、何度も話しかけられるとそれなりに煩いわけで、少し黙っててくれないかな。

 前世のノエル・ノーランドも契約者となった愛剣……いや愛刀である全て破壊するもの(グランブレイカー)、独立した意志を持ち、今の私に足りない知識や、技術などを補完してくれる良いやつなのだ。


『いやあ、それほどでもないぞ。我は破壊の魔剣であるからな、お前のように少し足りないやつには教えがいがあるのだ』


 あー、はいはい……こう言うのがなければ相棒って言っても良いんだけどさ。私は少しだけ呆れて全て破壊するもの(グランブレイカー)を眼前に持ってきてジト目で見つめる。

 そんな私の視線を感じているのか、全て破壊するもの(グランブレイカー)はそのまま黙ってしまう。さて、そんなことよりもこの路地裏は何だか厄介だ。


「ダンジョンみたいな気分ね……しかも上方向もあるっていう」

 魔法も使えない下位の人を喰うもの(マンティコア)のくせに少し頭が回るようだ。方向は分かりにくいが、怪物の殺気は感じる……いつくるだろうか? 私は刀を鞘へと収めて身構えると軽く息を吐く。

 ミカガミ流……剣聖(ソードマスター)としての前世の私……ノエル・ノーランドの使った技であり、異世界では最強とまで謳われた剣術、その使い手として私はこの世界に存在している。


「ガァアアアアアッ!」

 まるで野生の獣が音もなく忍び寄り、獲物の喉笛を噛みちぎろうとするように……人を喰うもの(マンティコア)は頭上から一気に襲いかかってきた。

 でも残念、本気で襲うなら声を上げちゃダメよね……奇襲なんだし。私は刀の柄へと軽く手を当てたまま、電光石火の早業で技を繰り出す。

「ミカガミ流……閃光(センコウ)


 解き放たれた超高速の斬撃が人を喰うもの(マンティコア)の肉体を真っ二つに切り裂く……怪物はおそらく切り捨てられたことすら気がつかないままに絶命しただろう。

 ドーン! と大きな音を立てて人を喰うもの(マンティコア)の引き裂かれた肉体が地面へと叩きつけられる。ぐしゃぐしゃと音を立てながら、肉体から飛び散った血液が辺りへと散乱する。

 そして私は怪物の血液を思い切り頭から被った状態となり真っ赤に染まる……思い切り格好つけて刀を振り切ったままの私は、自分の間抜けさに少しだけ呆然としながらそのまま膝をつく。


『うわ……お前身を躱しながら斬らないとダメだろ……』


 う、うん……今ちょっと失敗したなって自分でも思ったんだ……。血液でぐしゃぐしゃに濡れた髪の毛を軽くかき上げてから、刀に付着した血を振るって落とし鞘へと収める。

 すぐにお風呂……お風呂入ろ……全身がぬるっとした血液の感触で気持ち悪いし、なんかめちゃくちゃ生臭いというか、鉄臭いというか……動かない人を喰うもの(マンティコア)の死体を眺めながら、インカムへと軽く声をかける。


「……終わりました……お風呂を、お風呂をお願いします……」

_(:3 」∠)_ 今日から第四章開始です、今後ともよろしくお願いします〜


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