第一七九話 煉獄の花(ヴルトゥーム) 〇七
「か、変わらないって……どういうことよ! その剣をどうやって手に入れたの?」
「……姿や声が変わっても、お前は剣聖ということだよ、新居 灯さん」
私の叫びに、アンブロシオは光もたらすものを軽く振るって、ロイド眼鏡を軽く直す。眼鏡の奥の赤い目が軽く輝く……ゾクリと一瞬背中に凄まじい寒気が走り私は咄嗟に全て破壊するものを引き抜くと、咄嗟に振り抜いた。
ガキャーン! という凄まじい音を立てて、私の腕に凄まじい衝撃が生まれる……これは魔法か何かか? いや……この感触は衝撃波のようなものを飛ばしてきたのを私が斬ったのか。想像以上に強い衝撃で数歩私は蹈鞴を踏んで後退する。
「くっ……危なかった……!」
「……勘がいいな、ぼうっとしているようだったので、君が寝てしまう前に目を覚ましてもらわないと」
アンブロシオは我慢できないというふうに口元を抑える。ララインサルの不快さとは別で、彼の所作は洗練されていて、こちらを嘲笑する意図はないようだが、それでもイラっとする仕草だ。
手が痺れている……獣人が放つ咆哮の衝撃に勝るとも劣らない威力だ。それを人睨みで実現する。やはり魔王ということなのだろうか?
それにしても……随分と余裕のある表情で私たちを見て笑顔を浮かべている……気に食わない。
「ふざけんな、ここであなたを斬って世界を元に戻してやる!」
私はふらきつつ駆け出すと、彼に向かって刀を振るう……だが強い疲労と体の痛みから普段のような速度が出ず、自分でも驚くくらいひどく鈍間な斬撃で斬りかかってしまう。
その攻撃を片手で構えた光もたらすもので難なく受け止めると、アンブロシオは力で一気に私を押し返す……く、くそ……疲れてなければ……こんなみっともないことには。
なんとか私は押し返そうと踏ん張るが、その時気がついた……魔王は私がギリギリ踏ん張れる程度に手加減した力で私を押していると。な、舐めやがって……私は必死に争うが、腕に上手く力が入らない、ララインサルとの戦いでもう体力も気力も限界まで追い込まれているのだ。
剣士としてのプライドに傷がついたように感じて私は、悔しさから少しだけ目に涙が浮かぶ……こんな、こんな屈辱感を味わうなんて、ふざけるなッ! その時アンブロシオがそっと私だけに聞こえるように囁いた。
「お前は随分可愛くなったな……お前のそんな顔を見れるなんて、俺はこの世界に来た甲斐があったよノエル」
「え? な……今なんて……」
その言葉に私はびくりと体を震わせる……ノエル? アンブロシオの口から私をノエルって……目の前にいるこの魔王アンブロシオは、まさか……いや姿は全然彼には似てないぞ? 似ているとしたら……金髪で赤い目だというところだろうか? こんなに血色の悪い顔じゃなかったはずだし……私が驚きで目を見開いているとアンブロシオは私の目を見つめながら、ニヤリと笑う。
「力が抜けているぞ、どうしたどうした。争って見せろ剣聖……」
「ぐ……魔王……」
ニヤニヤと笑うアンブロシオ……本当にキリアンなのか? いや顔が違いすぎる……動揺が迷いを呼び、迷いが更なる動揺を産んでいる。私はこめかみに流れる冷たい汗の感覚を覚えながら、必死に押し返す。
全く動かない……恐ろしいまでに力が強い? いや違う。アンブロシオはそんな私の必死に抵抗を楽しむかのように手加減した力比べを続けている……くそっ、くそっ……なんて情けない。私はこんな屈辱感を味わうために今ここにいるんじゃないのに。
「お前は本当に可愛いな……我が手で愛でたいと思わせる、そんな表情も唆るな」
「これでもくらえ!! 貫通ッ!」
志狼さんの咆哮から放たれる衝撃波がアンブロシオに襲い掛かる……だが彼は笑ったまま片手でその衝撃波を受け止める。
まさか片手で?! 衝撃波はその勢いを失って霧散するが、それを見て志狼さんも流石に驚いた表情を見せる。アンブロシオは驚いた表情の私に顔を向けると、本当に嬉しそうな顔で笑う。
「仲間も素晴らしい、だがまだ私の命には届かない……だから、今は引くのが正解だったな」
「ふ、ふざけるな……私は絶対に引……がっ……」
アンブロシオはぎらりと赤い目を輝かせると、衝撃波を防御した腕を振るって力比べで動けない私の腹部に掌底を叩き込む。
無防備にその掌底を食らった私は、我慢しきれずに血を吐いて数メートル吹き飛ばされるが、なんとか勢いを殺してその場に立ち止まる。
何度か咳き込んだ後、私は我慢しきれずに吐瀉物に混じった血を吐き出す……腹筋がミシミシと強い痛みを発している。軽く口元を拭うがベッタリと血が袖口についたのを見て、ダメージが深刻なものになってきているのに気がつき、痛みでうずくまってしまう。く、くそ……こ、こんなところで……。
「う……うげっ……ゲホッ……こ、こんな……」
「単純なことだ、お前はララインサルを倒した。だがそれ以上にダメージを抱えている……今のお前で俺は殺せない」
アンブロシオは光もたらすものを振るうと、再びロイド眼鏡を軽く治すような仕草をした後、隙をついて突進してきた志狼さんの拳を難なく片手で受け止める……、ズドン! という音が鳴り響くが、魔王は全く微動だにせず……むしろ拳を繰り出した志狼さんの顔が苦痛に歪む。
「ば、馬鹿な……僕の拳が……」
「いい攻撃だ、だが今は彼女と話をしているのだ、邪魔をしてくれるな狼獣人」
アンブロシオが手首を軽く捻るとまるで子供をあやすかのように、志狼さんの巨体が宙に舞い、そのまま花弁へと叩きつけられる……轟音と振動が花弁自体を大きく揺らす。
次の瞬間、まるで瞬間移動のように私の前へと姿を現した魔王は、うずくまる私の頬にそっとその手を添え、優しく微笑む。くそ……なんなんだ、幾ら何でも無茶苦茶すぎる……これほどまでに差があるとは思っても見なかった。
私は彼を見上げて睨みつけるが、その視線にも全く動揺することもなくそっと頬に添えた手を離すと彼は私に語りかける。
「ではお前に問う……よくぞ我が配下を退けてここまできた、俺の仲間になれば世界の半分をくれてやろう……我配下となるか剣聖よ」
「ば、馬鹿にしてるの? ……世界の半分なんて欲しいわけないじゃ……」
だがそこまで答えて、私はあることに気がついて驚きのあまり目を見開く……この少し人をおちょくるような下らないジョークを平気で口にできるような人間は他にはいない。
前世でのノエルとキリアンの記憶が一気に脳内へと溢れ出す……笑顔でお互いの背中を守る光景や、散々な目にあって命からがら迷宮から逃げ出したり、シルヴィを交えて祝杯をあげている光景など、走馬灯のように私の脳裏に再生されていく。
風貌が全く変わってしまっているが、よく見ると彼の目に宿る強い光は、キリアンに似ていると言われれば似ているのかもしれない。本当にキリアンなのか……驚く私の顔を見てアンブロシオは満足そうに笑うと、私の首筋に光もたらすものを突きつけて問いかける。
「お前の答えを聞こう……なあ? 友よ。私と共に世界を支配するチャンスだ」
「新居さん! 何してるんだ、そのままでは……!」
志狼さんの焦るような声が聞こえるが、私はまるで現実感のない目の前の光景に、思考能力が完全に失われている。私はどうしたらいいのか、自分でもわからずに只々アンブロシオの目を見つめている。
一筋だけ私の瞳から涙がこぼれ落ちる……友達、そうキリアンは前世で友達だったんだ……最後まで私、いやノエルと共にあって、冒険をずっとしていたんだ。友人が求めるのであれば私は……。
『馬鹿な、お前が魔王を倒さねば……お前の家族や友人が死ぬぞ! 惑わされるな!』
全て破壊するものの声が響く……家族? 友達……? 私の友達って目の前にいる……魔王さ……い、いや違う。私の前世であるノエル・ノーランドはもう死んだのだ。
私はその死の瞬間を何度も見ている、そして恐怖よりも彼はやりきったという満足感の中で死を迎えたのだ。私の中に溶けてしまい、最近はずっとその存在を感じさせない彼がもし今の私を見たらどう思うだろうか? 彼は言っていたじゃないか。
『君が自分の足で歩いてほしい。日本人、新居 灯という女性の人生を、そして君自身の手で世界を救うんだ』
そうだ……私は、もうノエル・ノーランドではない。私は今を生きていて、彼は過去の存在でしかないのだ。目の前にいる男はキリアンかもしれない、でも今は私が住む、私の家族や友人が住んでいるこの世界を崩壊させる邪悪な魔王なのだ。だから私は彼に勝たなくてはいけない。
私は首筋に突きつけられた光もたらすものを手の甲でそっと押しやる。軽く皮膚が切れて血が流れ出すが……私はそのまま意に介せずにアンブロシオへと押しやると、彼に答える。
「いらないわ」
「……なんだと?」
私の返答が気に入らなかったのか、アンブロシオは少しだけ眉を顰めて私の顔を改めて見つめる……ああ、不満があるときにそういう目でノエルを見ていたよね、記憶がそう言っている。
懐かしいというか、悲しい気持ちで私の心の中はグチャグチャになっている……でも私はこの世界で幸せに生きているし、この世界を守るために戦ってきたんだ。だから……最後まで戦わなければいけない。私は黙って立ち上がると、刀をアンブロシオに突きつけて宣言する。
「いらないって言ってんだよ! 私は新居 灯……この世界を守るために、この世界の日本人として生まれた……ミカガミ流最後の剣聖……魔王を倒す者だ!」
_(:3 」∠)_ 魔王様の正体ようやく明言……という、んで魔王様の強いとこ見てみたい感
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