第一七五話 煉獄の花(ヴルトゥーム) 〇三
『汚泥を操るだと……?! なんて下賎な魔法を操るのだ、族長の息子は……!』
僕の記憶にある一族の侮蔑の言葉と、蔑みの目。闇妖精族の中でも、最も古く混沌の森を守護する守護者の一族における、第一二九代目族長の息子として生まれ……幼い頃から次世代の族長候補として育てられてきた。
『魔力は強いが……あの性格では一族を守ることはできないのではないか?』
泥をうまく操る……一族の記録にない特殊な魔法の記憶を持って生まれた僕は、幼い頃から他人と関わるのが苦手だった。
子供の頃の記憶は、一人で泥を動かして人形を作って、作って……壊しては作る、飽きずに続けることで一日が過ぎていく、そんな毎日だった。
内向的な僕をみて、一族の老人たちは呆れかえる……人前に出ることが好きではなかった僕は、皆の前に出されるとうまく喋ることができなくなるのだ。
『だが、一族を守るのは弁舌ではない……その資質以外何者でもない、お前はお前にしか与えられなかったその力を大事にしなさい……』
優しく微笑む両親は、そんな一族の侮蔑の目から僕を守っていてくれた。長い年月、僕はひたすらに自分の『汚泥を操る魔法』をひたすらに磨き上げることに集中していた。同い年の友人などいない、僕を見ると石を投げつけてくるものさえいるのだ。
でも一心不乱に魔法を磨き上げる僕には関係なかった……他人の姿に似せて組み上げることも、その泥を使ってヒトガタを作り出し自由に動かせるようになるまでそんなに時間はかからなかった。
夢中になってこの魔法の深淵を覗こうと、毎日研鑽に励んでいた……おそらく、誰も知らないうちに僕は森の中で最も強力な魔力を操る存在へと変化していった。
『毎日泥と戯れ、泥を使って何かをしている……あれは変わり者だ、近寄ってはいけない』
汚泥のララインサル……混沌の森にいる間は、僕に与えられた侮蔑の称号。でも一族が気がついた時には僕は歴代の族長よりも遥かに強い魔力と、そして誰にも使いこなせない『汚泥を操る魔法』を組み上げた唯一の存在となった。
だが、僕はずっと一族との確執を抱えていた……魔力が強くても、魔法を操る能力が高くても、それは他人との距離を縮めることはできなかったからだ。
自分に力があると確信したのは、そんな時期……僕は森の外縁部で一人でいる時に人間たち……奴隷商人の一団にみつかり捕まってしまった。
彼らからすれば不気味な褐色の肌を保つ闇妖精族は、高値で売れると思ったのだろう。だが僕は……普通の闇妖精族ではなかった。
汚泥の中に彼らを生きたまま沈めることに成功した僕は、この自分だけの魔法が本当に特別で、誰にも負けない力であると気がついた。
人間を恐れるように暮らす闇妖精族……でも僕は圧倒的に強い能力を持っている。それが理解できた時、それまで僕を馬鹿にし続けてきた連中との距離を本格的に置きたい、森を出たいと考えるようになった。
そんな時……一人の少女、いや本人は大人の女性だと名乗ったが、大魔道と名乗る杖に乗った魔法使いが森を訪ねてきた。
彼女は大切な人間を蘇らせたいと願い、族長へと死者の魂を呼び戻す方法について訪ねた。そんな魔法なんか存在しないのに……無駄なことをしていると思った。だから僕はいつものように外縁部で自分の魔法の研鑽に励んで、時折様子を見に戻るだけの生活をしていた。
だが一部の欲に駆られた闇妖精族たちが彼女へと近づき、弁舌を持って彼女を誘導し……まるで自分達が魂を蘇らせることができるような口ぶりで、彼女に囁きそして森の中心に眠らせている一族の守る混沌の種子を手に入れようとした……高値で売れると思ったのか、そうではないのかもうわからない。
大魔道は意図せずに悪事へと加担してしまった……その悪事が露呈した際に、族長たちは彼女へと太古の呪いをかけた、苦痛と後悔とそして永遠に望みを叶えられない魂への呪いを。
その後の記憶は少し曖昧だ、森は大魔道の怒りに呼応したかのように一晩で焼き尽くされ、人が焼き尽くされ、まるでそこにはなにもなかったかのような、焼け焦げた荒地が広がるのみ。
僕は外縁部にいたため他の一族のような目には合わなかった。でも気になって中心地へと赴くと、そこには焼け焦げた骨や死体と共に混沌の種子と、冬眠する煉獄の花の球根を手に入れ、僕は滅んだ森を去った。
『汚泥のララインサル……絶望と孤独の先になにを見ている? 私は魔王……そう、魔王アンブロシオ。お前の主人となるものだ』
長い年月僕は一人で過ごしていた……気が向くままに人から奪い、女を犯し、相手を殺す。人から見れば無法者でしかなかっただろう。そんな僕の元に、一人の男性が訪ねてきたことで僕の運命が変わった。
魔王? おとぎ話の中に出てきた魔物の王……馬鹿な、大真面目な顔で魔王とか名乗るなよ……僕は嘲笑し、徹底的に笑い、馬鹿にし襲いかかった。
でもアンブロシオは……想像ができないレベルで強かった……僕は震え、泣きながら彼に許しを乞うた、そんなことは初めてだった。彼は、許してくれた……それどころか優しく抱きしめて、僕の生まれの不幸を泣いてくれた。そこからずっと彼と僕は話をした、この世界に満ちる欺瞞と暴力、絶望について。
彼はいう、『この世界は滅びる……だから救うのだ』と。
彼はいう、『私はお前たち全員を救いたい、なぜなら私の息子のようなものだから』と。
彼はいう、『皆を導き、安住の地へと誘う。慈愛の心をもって』と。
僕は彼の一番の部下となった……彼のためなら死ねる、死んでもいい。彼の慈愛の心に包まれて、僕は彼のために働くと誓った。この世界に来るときも、僕は彼のために危険を顧みずに最初にやってきた。
そして彼の敵を全て滅ぼすと誓ったのだ、目の前にいる邪魔な剣聖を殺して彼を助けるのだ、彼のために。
僕は彼に心酔している……初めてできた僕の忠誠を捧げるお方、そして僕の命を捧げる対象。
目の前に立っている剣聖は僕の能力を理解していない。以前リヒターが僕の能力をわけ知り顔で説明していたが、あれは僕の能力を半分も理解していない。
能力を知られたら危ないとわかっているから、あえて誤った情報を流した結果だ……欺瞞と混乱、それが僕の強さを支えている。
『やつの本体は今見えているものではないのだ……あくまでも仮初の体を動かして、やつは別の場所に存在している』
半分だけ正解……確かにリヒターの言う通り最初から泥人形を本体のように動かすケースもある、対処の難しい多人数を相手にするときはそうすることもあるだろう。
今見えている僕の姿はれっきとした本体だ。僕の防御能力は、刹那の瞬間……約一秒程度の間に泥人形と自分を入れ替えることができる。
そのためには視界に攻撃側を捉える必要がある、意識外からの攻撃には対処が難しいが、今現在四條 心葉は周囲には存在していない、森を焼こうと躍起になっている。
単純な手品だ、だが戦闘ではこういう一見単純なトリックが安全に身を守る……それが一人で生きていた僕の学んだこと。
複雑で重厚なカラクリは見た目は派手だが、労力の割に崩壊した時にどうにもならないことが多い。そうやって複雑怪奇な機構を作り出そうとして失敗をしている者をたくさん見た。
大魔道を騙そうとした森の連中もそうだ、もっと単純に力押しで手に入れようと思えば手に入ったはずなのに。不確定要素による外的要因を使おうとしたから、うまくいかないんだ。
熱狂毒を使って狂乱の海に沈めたのも、相手を疲労させるだけではなく攻撃方法を限定するため……視界に入れ続けていたことでいくら僕を斬っても徒労に終わらせた。
あの女の技で警戒しなければいけないのはただ一つ……あの超高速連続攻撃のみ。
「……クフフ……シンプルに君を殺すよ剣聖。カラクリを暴けないまま死んでいけ」
『おそらくだが、目の前のララインサル、あれはれっきとした本体だ。だが魔法で入れ替える速度が常人のそれではない……もはや神業と言っても良い』
全て破壊するものが彼の能力を説明する。本体から泥人形へとすり替えるトリック……しかもそれを一秒程度の間に行なっていることなどを説明していく。
どのタイミングでそれをおこなっているのかはわからないが、視界に入っている攻撃を選別して、その攻撃を受ける瞬間までに入れ替えているのだという。
確かに私の攻撃は目で見てからでも対処はできるはずだ、だって剣士である私たちはそれをおこなっているのだから。しかし、そう考えると恐ろしく厄介だ、視界に入らずに攻撃をするというのはかなり難しい。
朧月だって見られてから一秒くらいは刀で斬りつけるまでに時間あるだろうし、その間、もしくはその前に本体を入れ替えたら結局斬ったところで徒労に終わる。
『だが……お前にはあるではないか一瞬で相手を切り捨てることのできる技……無尽が』
で、でもそれを成立させるには一人では……私は困惑する。確かに無尽であれば一瞬で相手を切り捨てることが可能だ、でもそのためにはまず一回入れ替えをさせなければいけない。そして入れ替え後の本体に対して無尽を叩き込むしかないのだ。
一人でやるには……二回連続で無尽を繰り出すしかなく、それは今の私には負担が大きい、第一こんなに疲れ切った体で無尽を二回も出せないぞ……。
『大丈夫だ、お前にはあいつにはないものがある……それはお前にとって大事な仲間だ』
_(:3 」∠)_ 努力は結果を裏切らない、が個人的なテーマなので敵もちゃんと努力する話にしたかった
「面白かった」
「続きが気になる」
「今後どうなるの?」
と思っていただけたなら
下にある☆☆☆☆☆から作品へのご評価をお願いいたします。
面白かったら星五つ、つまらなかったら星一つで、正直な感想で大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒応援の程よろしくお願いします。











