第一七四話 煉獄の花(ヴルトゥーム) 〇二
「死ね! しね! シネ! 死ねえッ!」
私は熱に浮かされたように、怒りのままに刀を振るう……先ほどからララインサルを一〇回は切り伏せている……泥人形を拳で破壊し、刀で切り刻み……相手の反撃すら意に介さず、私は熱狂のままに暴れ回っている。
なんだ? 私の中に残された理性が今の私の体を憎悪が包み込んでいることに違和感を覚えている……泥人形を破壊し、その感触に酔い、まるで狂戦士のように荒れ狂う。
狂乱に酔いしれる私の顔にはいつしか笑みが浮かぶ、凶暴な本性を剥き出しにすることがどれだけ心地よいのか、興奮と狂気が私を支配している……目の前に立っているあの闇妖精族もそんな私に斬られても、拳を叩きつけられてもその度に泥と化して笑いながら私の前に立ち塞がる。
いいだろう、どこまでも私を馬鹿にしやがって……お前は絶対殺す、殺して殺して殺して殺し尽くして……。
『……灯! 怒りを鎮めろ! 毒を盛られている!』
ふと、全て破壊するものの声が響く……そんなこと言われてもわかんないよ……私は目の前のあいつを殺すまで止まらないんだ、楽しいのだ。
でもこれって私じゃない気がする……そう思った瞬間に、ずっと遠くで私を見つめている自分の存在に気がつき私は今何をしているのか本気で混乱する。
私何をしているんだ?! どうしてこんな……私じゃなくなっているんだ?
『気がついたか。お前の体内に入った熱狂毒がお前の意識を殺意で塗りつぶしている、このままいくとお前は肉体が動く限り戦い続け、やがて死に至る』
えっ、なにそれ超怖い……それって異世界でもあった毒だっけ? ぼおっとする頭で前世の知識を思い出していく。熱狂毒……思い出した、前世にあった毒の一つであまりに危険なのでノエルの時代には禁制品に指定されていた劇薬だ。
この薬効は接種した対象の心のバランスを大きく崩し、殺意で塗りつぶすという特性を持っている。別名狂戦士の魂だったっけ。
開発されたのはかなり古く、古代の戦争などではよく使われた麻薬の一つとして知られている。製法も簡単で大量に作り出せたことから兵士に接種させて、戦争では死を恐れぬ狂戦士を量産した悪魔の薬だ。
一度この毒に冒されると、肉体が滅びるまでひたすらに動く標的を攻撃し続け、効果が続く限り切り刻まれても、腕を失っても戦い、頭か心臓を潰すまで動き続ける……まあそれでも肉体は戦おうと動くらしいのだが。
服用者の正常な判断能力を失わせるため、戦争では味方に襲いかかる中毒者が激増し、使い勝手が悪すぎるという理由から禁制品として指定された過去がある、だったかな。
『……よろしい、まずは体の主導権を取り戻すんだ。大丈夫、キッカケさえあれば、お前は元に戻れるはずだ』
だがそんな言葉とは裏腹に私の体は相変わらずララインサルの作り出した泥人形へと攻撃を仕掛けている……相手の反撃などお構いなしに攻撃を仕掛けているため、体のところどころに傷ができ始めている。
最初の攻撃で怪我をした腕からも血が滴っている状況だ……痛みはそのまま熱狂毒が怒りへと変換して……そ、そうかだから最初に毒を付着させた一撃を食らわせたのか。
わざわざお母様の顔まで使って……! 怒りが再び私の意識を混濁させ始める……熱狂毒に当てられたコントロールし難い怒りが正常な私の意識すら飲み込もうとする。
『コントロールしろ、怒りに飲まれるな!』
再び意識が混濁しかけた私に向かって、全て破壊するものが声をかけたことでなんとか意識だけは冷静さを取り戻す。
猛烈な勢いで私の内面が荒れ狂っている……そんな炎のような憎悪をどこか遠くの出来事のようにも感じながら、私は必死に体の主導権を取り戻すためにじっと心を見つめている。
『熱狂毒はあくまでも怒りや憎悪を増すもの、今のお前なら難なく自分自身を取り戻せる。自分を信じよ、そして怒りを抑え込むのだ』
強い憎悪と、支離滅裂な叫び声が聞こえる……私はその憎悪に荒れ狂う自分自身の心……まるで血の海のようなその泥濘の中へと足を踏み入れる。
返してもらうわ、私自身を……泥濘に身を投じると、凄まじいまでの憎悪、燃え盛る憎しみが私を包み込む。熱い……焼け付くような痛みを感じながら私はその中へと身を投じていく。
「憎い……ニクイ……イィィィ!」
そっとその憤怒の感情に身を晒していく……焦げつくような、焼き尽くされるような炎の中にいるような感覚。でも私の頭は冷静に、冷たく……そして自分自身を客観的に見つめているようなそんな気分になる。
気がつくと私の目の前に怒りで顔を歪ませる自分自身が立っている……大丈夫、私はあなたを受け入れるから……暴れようとする自分自身を抱きしめるように腕の中へと招き入れる。
『そうだ、自分自身を受け入れろ。頭は冷静に、心は熱く……もう一度自分自身をコントロールし直すのだ』
「殺す、コロス! ころ……す?」
次第に自分自身の視界が赤から普段の色へと戻っていく……ふうっと息を吐くと、私は泥人形を叩き切る自分の手を止めて、ララインサルや泥人形から少し距離を取るように跳ぶ。
取り戻した……私自身の体のコントロールを、熱狂毒から……私は地面へと着地すると、油断なく刀を構え直す。いきなり正気に戻った私を見てララインサルが驚いたように、口笛を吹いた。
「……すごいな、熱狂毒に冒されながら正気に戻ってきた人間を初めてみたよ、でもかなり疲れてるね」
「はあっ……はぁっ……」
私は肩で大きく息をしながらなんとか息を整えようとする……それまで熱狂毒の熱狂に溺れて肉体の限界を超えてまで暴れ回ったのだ、正気に戻ったところで体の疲労が一気に押し寄せてくる。全身にどっと汗が噴き出すような感覚を感じる……腕が重い、足が痛い、身体中に痛みが走る。刀を持つ腕すら震える……でもここで引き下がることはできない、私は震える腕で刀を構えてララインサルと対峙する。
「でも、十分時間は稼げたさ。見てみなよ煉獄の花を」
ララインサルは彼の背後に聳え立つ巨大な煉獄の花を指差す……それまで半開きだった蕾がゆっくりと開こうとしている。
それまでも感じていた異様な雰囲気、そして煉獄の花から膨大な量の魔素がこの世界へと溶け出している。
完全に開くまではまだ時間がかかるだろうが……今現時点で漏れ出す魔素の量は膨大であり、この世界に顕現する怪異に恐るべき力をもたらすだろう。
「そ、そんな……煉獄の花が……!」
「クフフフッ! いやあ君は幸運だよ、こんな特等席でこの世界の理が塗り替えられる瞬間を見れるんだ。僕ならポップコーンと炭酸飲料を用意してこの宴を楽しむね」
ララインサルは泥の中からポップコーンを模した物体と、炭酸飲料に見立てたストロー付きカップを取り出してはぐしゃりと潰して咲う。
再び彼が腕を振るうと、汚泥より数十体の泥人形が姿を現し、私に向かって呻き声を上げながら襲いかかってくる。私は疲労でうまく動かない体に鞭を打って、刀を振るう。
「くっ……ミカガミ流……紫雲英ッ!」
私の連撃が泥人形を破壊していく……ある程度の数を減らしたところで、私は笑みを浮かべるララインサルへと踊りかかり、その首を跳ね飛ばす……いや跳ね飛ばしたはずだったが、その体は泥のように崩れ去ると、少し離れた場所に泥が隆起し、新しいララインサルが出現する。
「無駄だって、君は僕の手品すら理解できていないじゃないか……君のやっていることは無駄なんだよ」
「く、くそっ……どうして斬れない……」
焦りで私の心に焦燥感が募る……泥人形による攻撃を躱し、受け流し……反撃をしながらララインサルへと接近し、再び叩き斬るが、先ほどと同様に切ったはずのララインサルの体が泥へと戻り、別の場所へと新しい彼が現れる。
再びララインサルが腕を振るうと泥人形が際限無く隆起し、私は必死に相手を叩き切り続けるが、疲労感だけが増していく。
『……これは……そうか、なんて単純な……それ故に厄介なことを』
全て破壊するものの感心したような呟きが心に響く。もしかしてあいつの手品ってのがわかったのかしら、ちょっと契約者である私に教えなさいよ。
だが、その返答待つことすらできないくらい泥人形と、それに混じって魔法を打ち出すララインサルの攻撃は激しい。私は必死に攻撃を防御しながらなんとか一定の距離を作っていく。
『……チョロすぎるね、これは……アマラもテオーデリヒも愚かだな……こんなに弱い相手に負けるなんて』
ララインサルは勝利を確信している。確かに剣聖は圧倒的に強い、そして諦めることを知らない……でも自分の手品を理解できず、焦って攻撃を繰り返すだけの愚かな女だ。
いくら泥人形を破壊されようとも、この身を斬っても自分は倒せない、剣士ではそう簡単に倒せない理由があるのだ。
「エンディングはもう近いよ剣聖……世界の終わりというエンディングがね」
_(:3 」∠)_ バーサーカー灯ちゃん(でも性格的にあんまり違和感がない
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