第一七二話 花霞(フラワーヘイズ)
「……藤乃、作戦は理解したか?」
「ええ、私が剣聖を、社家間さんが強化人間を……それでいいですよ」
社家間さんが戦いに臨む前に簡単に説明を行う。私が剣を使うこともあって、剣聖を相手して足止めする。
四條さんは銃器を使う、現実的な話をするのであれば銃器には弾が必要であり、彼女の射撃は恐ろしく正確な上射撃速度も常人のレベルではない、とはいえ所有している弾丸には限りがあり長期戦を嫌がると思ったからだ。
社家間が四條の残弾数を限界まで削るまで時間を稼ぐ、新居さんが接近戦で倒せれば倒した後に社家間と合流、数の優位を作る。四條さんを倒せれば背後から新居さんへと攻撃し、確実に仕留める。
鬼貞……貞ちゃんはララインサルの作戦に必要だということで持っていかれたので、三人で一気に襲い掛かるという作戦が取れない以上良い作戦だと思った……というよりそれ以外選択肢がない。
こういう時に限ってララインサルは私たちの邪魔をしている……ムカつくやつだ。前に蘭ちゃんに話した通り、あいつは平気な顔で蟻の巣に接着剤を入れたり、野良猫にタバコを押し付けてしまえるような、そんな嫌なやつなのだ。
貞ちゃんがいたら確実にあの二人を殺せるはずだ……私は貞ちゃんの能力を理解している、そして彼がとても優しいことも。
あんなに怖い顔をしているのに、心は優しく野良猫に餌付けをしていたことを私は知っている。猫に懐かれているのを私に見られてものすごく困った顔をしていたのを私は知っている。
戦いに負けて凹んでいた私に優しい言葉をかけてくれたことを私は知っている……昔私に告ってきた男子よりも、昔バイトでセクハラしてきた店長なんかよりも、貞ちゃんはずっと男らしくて素敵な存在だってことを私は知っている。
——ここに貞ちゃんがいれば……私は剣聖を確実に倒せる見込みがあったんだ。
「……目標補足、射撃開始」
「くそっ……こんなことしてる場合じゃ……」
四條 心葉の超正確な射撃が私へと迫る。騎兵刀を振るって迫る銃弾を切り裂くが、四條は木陰を移動しながら身を隠し、こちらをその場に釘付けにするような、連続射撃を繰り返している。
誤算だ……新居さんを隠すような煙幕、そしてそこから飛び出してきた四條さんの射撃に今私は動くことができていない、接近すればおそらく私の方が強い。
だが……私はあまりに正確に打ち込まれる銃弾の雨の前に身動きひとつすることができない、騎兵刀いや聖剣ベランを振るう度に火花と衝撃が走る。
「そろそろ弾切れじゃないの? さっさと諦めて退場しなさいな!」
急所目掛けて飛んでくる銃弾は至極読みやすい……というよりこの攻撃は私が銃弾を弾けることを前提に放たれている、つまりは足止めを目的とした攻撃だ。
殺意を感じないわけではないので、攻撃を弾かねばならないという実にウザいやり方だ……四條さんとお茶をしたときに、つかみどころのない子だなとは思ってたけど、こういうことができる子なのだな。
「……立川さんこそ、剣を締まってください。お茶をした仲ですから、これ以上は私も辛いです」
「その割には急所狙いじゃない!」
銃弾を弾き返すと、私はその一瞬の間隙を縫って的を絞らせないようにジグザグに高速移動していく……私が移動するたびに地面に銃弾が食い込んでいく。
私の移動能力に四條さんの射撃は当たらない……それは剣聖も同じだろうけど、私は移動しながら聖剣ベランの剣の腹へと手を添える。
「リュンクス流……雷爪ッ!」
紫電が走る聖剣ベランを構えて突進するが、まるで今生命の危機にある自分に興味がないかのような表情で、私をじっと見つめる四條さん。どうして……そうしてそんな顔ができる。
命の危機を感じたときに人間が浮かべる表情ではとても思えない、こういう仕事を始めて私は人に言えないような、汚れ仕事を数回こなしている。
前世の経験もあり、正直言えば人を斬ることに痛痒を感じているわけではないが、それでも絶望を感じた人間の表情というのは理解しているつもりだ。
だが、四條さんは元々無表情ということもあるけど……今現在私に斬りかかられている状況で浮かべていい表情をしていない……なぜだ?! 不意に私は背中に凄まじいまでの寒気を感じて、聖剣ベランを振るってその斬撃を防御するとそこには見慣れた、新居 灯の姿があった。
『やりおるわ……咄嗟に防御を考えるなど、普通はできないものだが……』
私の斬撃を紫電の走る騎兵刀で咄嗟に受け止める立川さんを見て、素直に全て破壊するものがその腕前を賞賛する。
そうだね……私もこのタイミングで防御できるほど、自分に自信がない。でも彼女はやってのけた……私は全速力で刀を振り抜いた勢いのまま、四條さんの前へと着地する。
立川さんは私の姿を見て騎兵刀を構え直して大きく吼える。
「新居……アカリィッ!」
「……立川さん、私もう一度お茶したかった……大蛇剣の型、花霞」
私の斜め袈裟斬りが立川さんに迫る……彼女はほんの一瞬、時間にしてコンマ数秒防御をするか避けるかで迷ったらしい。そのほんの一瞬の迷いが私の袈裟斬りを防御するという行動に走らせた。立川さんが袈裟斬りを防御した次の瞬間、ほぼ同時に返しの横斬撃が立川さんの身体を捉える。
花霞……大蛇剣の型に属する二連撃技だ。ミカガミ流の斬撃は相手を中心として八通りの方向と一つの突きというのが決まっている、いわゆる剣の型だ。
この技はその型に沿った斬撃を超高速で二回繰り出す……普通の剣士であれば訳がわからないうちに絶命するであろう攻撃だが、ある一定の水準に達した剣士であれば回避が可能なレベル……絶対に防げないという技ではないため、絶技には相当しないと言われる。
だが、この技の真骨頂は相手に九つの斬撃の二回攻撃、袈裟斬りと突き、袈裟斬りから返し、横凪から逆袈裟斬りなど三六通りの防御を強制する点にある。
初見でこの攻撃を避けることはほぼ不可能だ、さらに二回の斬撃はほぼ同時に直撃する。一瞬でこの三六通りの防御を構築するには……使い手を超える速度が必要となる。ま、対処法はあるんだが今はそれを説明するようなものでもないか。
まるでスローモーションのように立川さんの腹部から血が噴き出す……手応えはあった。彼女の目が驚きで見開かれる……聖剣ベランを取り落とし、自分の腹部につけられた斬撃の後を信じられないといった顔で確かめる。
どろり……と大量の血液が彼女の指の隙間から流れ出し、立川さんは膝を折ってその場に座り込む……身体を震わせながら、まるで今この状況が信じられないという顔で私を見上げた彼女の目に、恐怖の色が浮かんでいる。
『……止めを与えた方が……苦しむよりは良いだろう?』
わかってる……わかってるけど……私はそっと彼女の首筋に刀を当てるが、手が震える。今ここで同年代の彼女を斬った、そして彼女は次第に死につつある。
殺すのか? もしかしたら友達になれたかもしれない女性だぞ? 私は殺すのか?その迷いが……私に刀を振るうことを躊躇わせている。
立川さんは口から血をコポコポと吹き出しながらお腹を抑えて呟く……地面に彼女の腹部から流れる血が広がっている。
躊躇う間にも彼女は新居息を吐きながら、どうと仰向けに地面へと倒れて苦しむ……その間も私はずっと動くことができていない。ふと立川さんが私を見て……苦笑した。
「……なんて顔してんの……こんな場所で泣かないでよ」
その言葉に私は頬に流れる涙に気がついた……そうか、私彼女を斬ったことが悲しいのか。でも斬らねば殺されていたかもしれない。
もしかしたら彼女と友達になって、隣に立ってもらって敵と戦う未来もあったかもしれない。それでも……彼女と私が敵として殺し合わなければいけなかった、それが現実。
『……剣士の決着はどちらかの死だ。ノエルもその命題には悩んでおったぞ……』
「私……ごめんなさい……立川さん……」
手が震える……動けなくなっている私の肩へ四條さんが手を添える。彼女は無表情ではあるが、それでもその手には少しだけ震えというか、力が篭っている気がする。彼女も、立川さんを殺したくはなかったのだろうな。
私は、そっと彼女の胸へと鋒を当てる……手が震える……そんな私を見て四條さんも私の刀に手を添える。ハッとして彼女を見ると、四條さんは黙って頷いた。
罪を共に背負う……彼女の目はそう言っているように思えた……立川さんが荒い息を吐きながらも、ふっと笑うと目を閉じた。
「……ごめんなさい……」
私は立川さんの目を閉じ、聖剣ベランを胸の上に置いて彼女の手をそっと剣へと添える。命が無くなった肉体とはいえ、このまま放置するのはどうか、と思ってはいるのだが今はどうしようもない。
四條さんが背中に背負っているバックパックから迷彩柄の布を取り出すと、立川さんの亡骸にそっとかけると彼女の頬へと優しく手を添える。
「このまま放置するのは、私もどうかと思うので……」
「……何?!」
その時、山全体が大きく揺れた……山頂を見ると、不気味すぎる色合いの巨大な花のような、そんな物体が空へと向かって光を放っている。
小刻みな揺れと、そして私の目にもわかるほどの魔素……驚くくらいの強大な魔力が放出されていく様を見て、私と四條さんはお互い顔を見合わせて頷く。
あれは……いや、あそこにララインサルがいる。私は少しだけ立川さんの亡骸を見つめた後、すぐに自分のやるべきことを優先するためにその場から走り出す。
「止めなきゃ……あれを止めなければ……世界が終わる……四條さん、森を焼却して! 私は原因を潰すわ!」
_(:3 」∠)_ 久々にパターン計算してて、あれ??ってなってた
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