第一七一話 転換点(ターニングポイント)
「リュンクス流……流爪ッ!」
まさに夜空を流れる流星のように、立川さんの斬撃が私に向かって迫る。美しい軌道だ、あまりに流麗な剣術に一瞬見惚れてしまって回避が遅れる。
だが、体に染み付いた剣士としての本能が思考とは別に刀を振るってその斬撃を受け流し、そのまま体を回転させて横薙ぎのカウンターを叩き込む。
次の瞬間、ガキッ! という鈍い音を立てて立川さんの騎兵刀が私の斬撃を受け止めている。受け流しの勢いを使って刀を回転させて受けたのか……さっきからずっとこういったことの繰り返しだ。
おそらくだけど攻撃だけなら私のミカガミ流の技は彼女よりも鋭い、だが彼女のリュンクス流の技が容易に彼女の体に刀を触れさせることを許していない。
『防御が巧みだな……さすがリュンクス流』
再び彼女が騎兵刀を振るってまるで舞うような動作で私に向かって斬撃を見舞う……私はその軌道を目で見ながら初撃を躱し、次の斬撃を刀で受け止める。
カキイィン! という甲高い金属音が鳴り響き腕にズシリとした衝撃が伝わる……立川さんはこの攻撃に相当な自信を持っていたのだろう、目に驚きの色がありありと見える。
「目で追ってるのに……これまで読んで……いッ!」
私は立川さんに向かって無造作に片手を伸ばす……あまりに無造作な行動だったために彼女はその手を振り払うことができず、私は彼女の制服の一部を掴むとそのまま自分の近くへと引き寄せて、一気に足を払って彼女の少し華奢な体を空中に浮かせる。
そのまま後頭部を地面へと叩きつけて押さえ込めば……! 次の瞬間、驚くくらいの優雅さで立川さんは空中で猫のように体をしならせ、無防備になった私の側頭部に蹴りを叩き込んできた。
「うがあ……ッ!」
頭に強い衝撃を受けて思わず彼女を離してしまい、衝撃の勢いを殺すために横へと軽く逃げるが、足が軽くもつれて私は体勢を崩す。視界に火花が散ったようにチカチカしているが、大丈夫これはすぐに治る。
だが立川さんも両手で地面を叩くように跳ね飛び、私から数メートル近くジャンプで距離を取って体勢を整える。
体術で組み伏せるのも無理か……というより前世にいたシルヴィさんと戦ってるかのような恐ろしいまでの運動能力だ、決して私も運動能力が低いわけでもないのに、それをギリギリのラインで超えてくる。
「……ったく……なんでこんなに運動神経が……」
すぐ近くで四條さんと社家間さんが交戦をしている音が聞こえる……ズンッという体の芯に響くような爆発音なども聞こえる。向こうは向こうで苦労してそうだ、社家間さんはかなり強い、いやめちゃくちゃ強い。
ただ、彼の強さは接近戦での強さではない気がする……立川さんが近距離のスペシャリストだとすると、社家間さんは中・遠距離のスペシャリストだという気がする、勘だけどね。
インカムに四條さんの声が聞こえる……爆発音や銃撃の音なども入ってしまっているが、彼女は私に小声で提案をしてきた。その提案を聞いて私は少しだけ驚く……まさかこういう提案が彼女から出てくるとは思わず表情を変えてしまいそうになるが、そこはなんとか意識して我慢する。
「……わかりました、タイミング合わせます」
「何をごちゃごちゃと……!」
立川さんが刀を振るうが、私は刀でその攻撃を受け流しつつ防御に徹する。無理に反撃をせずに一定の距離を置きつつ私はジリジリと後退していく。
前世のノエルもそうだったけど、私もどちらかというと前に出てどうにか局面を打開するタイプの剣士だ。受身に回ってもあまり持ち味は出ない、と思っている。
だが……局面を打開するには一人の力だけではどうにもならないことの方が多い。前世の記憶でもノエル一人が頑張ってもどうにもならず、キリアンやシルヴィさん達仲間と協力してどうにかするというケースも多々存在している。
そして……立川さんの能力は私の想像を少しだけ上回っている。だが、社家間さんと同時に攻撃されていたら私といえどもどうにもならなかったかも知れないけど、四條さんという戦力を引き剥がすために個別に交戦を行ったのは、戦力の集中という意味では悪手だ。
さらに彼女達は私と四條さんのようにインカムなどの連絡手段を持っていない、多分……今まで会話を交わしているような素振りは見えなかったし、その傾向もない。
「なっ……! 煙幕?!」
私の背後から数発のスモークグレネードが不意に投げ込まれる。咄嗟に立川さんが騎兵刀を振って弾き返すが、空中で炸裂したグレネードからピンク色の煙が吹き出し私の姿を隠していく。
完全に姿を隠した私はその煙の中、それまで立川さんと相対していた方向とは全く逆の、それまで四條さんが社家間さんと交戦していた場所へと駆け出す。
「新居さん……お願いします」
「任せて! 四條さんも気をつけて!」
煙の中私と四條さんはお互いをすり抜けるように位置を変えて、一気に煙の中を全速力で駆け抜けていく。先ほども考えていたが、私は前に出た時に良さが出るタイプの剣士だ。
そして戦いとは相手と相性の良い駒をぶつけるのがセオリー……私と立川さんは剣士としてほぼ能力が互角に近く、四條さんと社家間さんはお互い有効打をぶつけ合うには相性が悪い。
「我が羽は敵を穿つ、かくて敵を滅するなり!」
煙幕が薄くなってきている……そろそろ社家間さんに接触する頃だろう。前に強い気配、そして視界にぼんやりと影があるのがわかる……そしてその影はなんらかの形でこちらに向かって攻撃を繰り出そうとしているのがわかる。
ま、視界がほぼゼロなのだからそこを狙い撃ちするのは戦闘の基本だろう……四條さんがこの場にいたら身を隠すしか選択肢がなかったかも知れないが。
私は走りながら刀を軽く振るうと、一瞬だけ足を沈み込ませて足の筋肉を使って煙幕の中から一気に高速移動した。
「ミカガミ流……朧月!」
社家間はスモークグレネードを使って自らの姿を隠す四條を追いかけるが、前方から迫ってくる足音に気がついた。視界が悪いが迫ってきているのは新居 灯だろう、少しだけ音が重い。
今四條を無理に追いかけても接近戦のスペシャリストである新居 灯と煙の中で交戦することになる……それは避けなければいけない選択肢だ。
社家間は接近戦がそれほど得意ではない、というよりも普通の人間よりは腕っ節も強く、技量もあるのだがそれは一般人と比べての話であって、剣士相手に大立ち回りを演じるようなものではないからだ。
「この場合は、煙を出てくる際を狙い打つ……」
社家間はその場で立ち止まると、羽を取り出すと身構える。彼の妖術は風を使役することができる。
以前……新居 灯を押さえつけたのも風を使ってした方向へと押し付けた。羽を飛ばしたのも銃弾の勢いを殺したのも全て風を使っており、彼自身がその技の洗練度でいえば、一族でも指折りの実力者なのだ。
彼の放つ羽は、鋼鉄の盾すらも貫くことが可能であり、直撃すれば人の体に大穴が開くくらいの攻撃力となる。
「我が羽は敵を穿つ、かくて敵を滅するなり!」
社家間の放った羽が一直線に煙幕の中に見えている影へと迫る……超自然の怪異に近い社家間であれば多少の視界の悪さなど苦にもならないのだが、新居 灯は人間だ。
あくまでも剣士は接近戦のスペシャリストであり、このように距離の少し離れた場所に陣取っている遠距離攻撃を主とする相手とは相性がいいとは言い難い。
目の良い剣士は特にそうだが、経験上目に頼っている剣士ほど暗闇や、視界の悪さに弱いことも多いのだ。
「ここで確実に殺す……な、なにっ!」
煙幕に映っていた影が羽に貫かれる前に突如掻き消える。羽は煙幕を貫き、勢いを失って地面へと落ちていくが、そこに新居 灯の姿はない。
社家間の目が驚きに見開かれる、なぜそこにいない? なぜ姿が消えた? 最初からこちらにきていなかったのか? いやそんなことはない。気配はきちんとこちらへ向かってきた、だから消えるなどとはあり得ない。驚き辺りを見回す社家間の予想に反して、真後ろから強い衝撃と聞き覚えのある女性の声が響く。
「……こっちです、社家間さん……」
「ぐぁあああああっ!」
私の刀がまるで反応できていなかった社家間さんの背中を切り裂く。手に彼の肉体を切り裂いた感触が伝わる……ミカガミ流朧月、私もよく使うが相手の視界から一気に死角へと高速移動し、反撃不能な一撃を見舞う技だ。
ノエルの記憶の中で、この技を受けることができたのは、後ろに目がついている化け物と魔王だけだ。視界が広い怪物ならまあわかるのだけど、魔王はどうやってこの技を受けたのかいまだによくわかっていない。
とはいえ、社家間さんはある程度視界が広いようだったが、さすがに真後ろまではわからなかったらしい……彼は金剛杖を使ってなんとか倒れることを防ぐが、背中に叩きつけた私の一撃は彼の片翼を切り裂き、深手を追わせることに成功した、そして私はこのまま一気に押し切るための技が存在している。
「ミカガミ流……隼鷹ッ!」
ここは森の中だ……私が足場とする木や枝がそこら中に存在している。私は深傷を負い、肩で息をしている社家間さんへと一気に襲い掛かる。
一つの目標に対して超高速の全方位攻撃を繰り出す技……私の斬撃が社家間さんを切り裂いていく。
全身にあらゆる方向からの斬撃を叩き込み、切り裂き、血飛沫を巻き上げる社家間さんへと斬撃を叩き込む。
「……や、やってくれる……さすが、さすがだ……」
立ったまま全身を切り裂かれた社家間さんの前に、技を解いた私が着地する。彼の目がぎろり、と私を見ると嘴の端が笑うように歪む。全身から血を吹き出しつつ、彼はどう、と地面へと倒れ伏した。
だが社家間さんはまだ生きていた……全身を震わせながらなんとか立ちあがろうともがくが、すでに四肢に力が入らないようでそのまま崩れ落ちる。
放っておいても、多分助からない……それくらいの手応えは感じている。私は軽く一礼すると、そのまま地面に倒れた社家間さんを放置して、それまで自分がいた方向へと走り出す。
「四條さん……今行くわ!」
_(:3 」∠)_ 妖術=ウイッチクラフトってやってますが、呪術とかともちょっと違うイメージです
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