第一六八話 競り合い(コンペティション)
「はああああっ!」
「おおおおおっ!」
私と立川さんの剣戟が続く……刀と刀がぶつかるたびに火花を散らし、両腕が痺れそうな位の衝撃を感じながら、私と立川さんはお互いに衝突を繰り返している。
技のキレはお互い互角に近い……腕力では私の方が少しだけ上回っている気もするが、それを跳ね返すくらい彼女はしなやかに衝撃を受け流している。
予想以上に彼女の力量が高い。いや高すぎる……騎兵刀もとい聖剣ベランの能力をうまく使いこなしているのか、それともよほど前世のリディヤさんよりも剣との相性が良いのか。
『あー、我はお前との相性はそれほど良く無いなーと思ってるぞ、なんていうの? 性格の不一致?』
こ、この破壊の魔剣様はギリギリの攻防を繰り返している時に余計なことを……あーあー、私だって性格の不一致なんぞ感じてるわボケェ! 絶対全部終わったら海にぶち込んでやる!
私は怒りのままに刀を叩きつけるように振るう……少しラフだが、立川さんの予想を裏切るような動きだったようで、彼女はなんとか力任せの攻撃を受け流すと、少しだけ私と距離を取る。
「思ってたよりも……力が強い……」
少しだけ肩で息をしながら私はこめかみに流れる汗を片手で拭う……全て破壊するものの茶々は余計だったものの、実際立川さんとの立ち合いには余裕なんて全然感じられない。
太刀風を感じるたびに生きた心地がしないし、私も彼女の服もところどころに切り傷ができており、直撃は避けてるものの本当に紙一重の攻防であることがわかる。
『前世のリディヤ・ラーベはノエルとの力量差が大きかったが、今のお前と立川 藤乃にはそれほど差がない。勝負を決めるとすれば諦めない心の強さと、ほんの少しの勇気、そして運だ』
「まずは……一手打つッ!」
立川さんが騎兵刀の刀身に軽く手のひらを添えて撫で上げるような動作を行う……前にも見せた雷爪とかいう技か? 前回と同じく刀身には紫電がまとわりつき、バリバリと音を立てる。
そのまま騎兵刀を横に構え直す……な、なんだ? 私と彼女の間には少しだけ距離が開いている。
「リュンクス流……跳爪ッ!」
横薙ぎに振るった騎兵刀に纏った紫電が、まるで紫色の刃の如く打ち出される。こ、これは空蝉と同じ遠距離攻撃か。
私は横っ飛びに回避行動をとり前転しながら刀を構え直すが、紫電の刃はそれまで私のいた地面を抉るように通過していきそのまま減衰し消失して行った。
「遠距離攻撃まで……」
私は紫電が抉った地面を見ながら、驚きを隠せない……能力的には私と本当にあまり変わらない気がする。これでこちらが対処不可能な攻撃など出された日にはどうなるだろうか?
ゾッとする気分で私は立川さんに改めて向き直る……彼女は当たらなかった攻撃に少しだけ悔しさの滲む表情を浮かべているが、何度か騎兵刀を振るうと、再び構え直す。
「大丈夫、補正できる……」
『灯! くるぞ!』
ボソリと呟くと彼女は電光石火の勢いで私との距離を詰め、コンパクトな振りの斬撃を繰り出す。私は片手で攻撃を受け流すと、空いている左手を使って竜爪を立川さんの顔面へと叩き込む。確かな衝撃と手応え……いや、私の竜爪は彼女の掌に阻まれて命中していない。
前回私はゼロ距離からのカウンター攻撃を彼女に見せている。それに対する対応策なども組み立てをおこなってきた、ということなのだろう。
「やってくれる……」
「あなたが刀を振り回すだけじゃないってのは、聞いているし体験しているわ」
立川さんはそのまま私の竜爪を受け止めていた手で私の腕を思い切り引き込む。まずい、このまま体勢を崩されたら……咄嗟に私は彼女の脚に自分の足を絡めるように引っ掛けて、自分の体重を使って崩しにかかる。
立川さんは足での崩しを堪えるために、私の腕を掴んでいた手を離すと、まるで猫がすり抜けるかのように体を回転させて私の背中に蹴りを叩き込んでくる。
「ふぎゃっ!!」
立川さんの蹴りは狙った背中ではなく、私のお尻にそのままクリーンヒット……全力の蹴りではないものの、私は情けない悲鳴をあげて前転で転がるように再び彼女から距離を取る。
あたた……お尻に蹴りを入れられるとは……片手で自分のお尻を押さえなが顔を顰めて立ち上がるが、厄介だな……彼女の方が超接近戦での体術には分がある気がする。
脚での崩しは前世でノエルがシルヴィさんに習って、ある程度洗練された技の一つなのだけど、それをあんなにしなやかな動きで返してくるとは。
『あそこまでしなやかな動きを体得しているとは……前世の記憶があるとはいえ並大抵の努力ではないぞ』
わかる、私も練習と実戦を何度も繰り返して前世の技のキレを取り戻していっているが、それはもう並大抵の努力などというものでは言い表せないのだ。
最初はまるでうまく技が繰り出せなくて、何度も剣士なんかやめてしまおうかと思ったくらいまるで再現ができない。本当にコツコツ努力をして今の状態まで戻しているのだから。立川さんも相当に影での努力を欠かしていない、というのは理解できる。
立川さんは騎兵刀を何度か振るうと、再び顔の前に刀身を立てて身構える。
「……良い目よ新居さん、でも私にも負けられない理由がある、だからここで剣聖の伝説を終わらせましょう」
「フハハハハッ! 銀色の獣人よ! 楽しいなあ!」
鬼貞の右拳が狛江の頬をとらえる……が彼も同時に鬼貞の頬へと拳を叩き込んでおり、二人は脳を痺れさせるような凄まじい衝撃を受けて蹈鞴を踏んで少しだけ後退して、同じような体勢で震える足に力を込めて倒れないように踏ん張る。
先ほどから似たような攻撃を繰り出し、相打ちを繰り返し続けている……なんとか倒れずに踏ん張っているが、一瞬一瞬の記憶がぶっ飛んでいる。
何度目かわからなくなっている……いつからこうしているのか、だんだんあやふやな気分になっている。だがここで倒れるわけにはいかない、狛江は普段の彼であれば絶対に出さないような声で吠える。
「う……うがあああああっ!」
狛江が無我夢中で繰り出す渾身の右ストレート……鬼貞もまるで防御など考えていないかのように、それに対して右拳を打ち返す。
何度目かのクロスカウンター……お互い口の端から血を流しながら、数歩後退しそしてまた思い出したように前に出てがっぷり四つに構える。
今度は力比べ……メリメリと全身の筋肉が軋むのを感じながら、だが一歩でも引いたら押し切られると本能で理解しているのか一歩も弾こうとしない二人。
咄嗟に鬼貞の顔面に頭突きを食らわせる狛江……額を叩きつけられた鬼貞の顔面から赤い血が霧のように撒き散らされる。が、鬼貞は意に介さずに軽く額で狛江の顔を小突くように浮かせると、お返しとばかりに狛江に全力の頭突きを敢行する。
今後は狛江の顔から血が霧のように軽く散るが、狛江は歯を食いしばりながら両腕の筋力で鬼貞をじわじわと押し下げていく。
「ああああああっ!」
「な、なんと……このワシが……うがああああっ」
鬼貞はなんとか押し返そうと踏ん張るも、獣化した狛江の膂力は凄まじかった。メリメリと音を立てて鬼貞の両腕の筋肉が悲鳴をあげていく。
鬼貞はこれ以上組み合うと危ないと判断したのか、咄嗟に狛江の胸へと前蹴りを叩き込み、無理やり距離を取ると悔しそうに狛江の顔を見つめる。
「ハハッ……第一ラウンドは僕の勝利だね……」
狛江は獰猛な笑みを見せつつ手で軽く顔を拭うが、手には汗と血が混ざり合ったドロッとした液体が付着したのを見て、少しだけ顔を顰める。
鬼貞も軽く折れ曲がった鼻を指で元に戻すと、ぼたぼたと垂れている血を拭い、地面へと払って捨てて身構える。どうやら体術か何かの心得があるのだろう。
狛江は自分の体の回復具合を計算していく……血はすぐに止まる。散々殴り合いで揺らされた脳へのダメージも回復しつつある……まだ耳鳴りと少しだけ視界に歪みを感じるが、これは獣人の回復能力があれば時間はかかるが回復できる。
筋肉の繊維がところどころ断裂している……無理な姿勢で力を出しすぎただけで、これも回復が可能だ。相手はどうだろうか? 獣人ほどではないが、肉体の修復機能が備わっているように思える。
じっと自分を見る狛江の視線に気がついたのか、鬼貞はぐふふと笑って口を開く。
「……お主と同様、ワシも身体の回復が可能だ。お主ほどではないがな。獣人とは凄まじいものだ、ワシの知っている犬神ともまた違うな」
「そうですね、僕らは肉体組織全てが人間とは違う生物になっています。元が人間であっても全く違う生命体として生きていると考えてもらって構いません」
狛江は折れた奥歯をペッと地面へと吐き出すが、歯が抜けた歯茎からは既に新しい牙が生えてきているのを感じる。獣人の生命活動は凄まじい。
四肢欠損も時間さえあれば修復できるだけの生命力を持っている……だが、心臓や脳を破壊されてしまうと修復ができなくなる……この辺りの詳しい原理はわかっていないが、ともかく獣人は心臓を狙うこと、とKoRJでは訓練の際に教えているのだ。
それを知っているのかそうではないかわからないが、鬼貞は笑みを浮かべたまま狛江へと語りかける。
「……だが我らと同じで頭を破壊されればそう簡単に元には戻れぬであろう」
_(:3 」∠)_ 案外ガチ殴り合いを好む狛江さん
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