第一六二話 混沌の侵食(イロージョン)
「……で、情報源からの話によると、敵は混沌の森とかいうのを復活させようとしてるらしい。既に復活は始まっていて……現時点では東京都下にあたる山間の村などが侵食されていて、その一帯は封鎖がなされている」
現在KoRJの会議室には私と四條さん、説明役の志狼さんだけでなく、八王子さん、エツィオさん、リヒターが座って彼の説明を受けている。
志狼さんはモニターに不思議な植物を移して説明をしている。情報源とかいう相手から受け取ったサンプルと、現在侵食の始まっている地域に自生した植物の映像が流れている。
とてもではないがまともな植物には見えない……不気味な色合いとまるで生き物のように蠢いており、ケースの中に白い霧のようなものを絶えず噴射している。
「この植物は特殊な瘴気を絶えず噴出している……生命力に欠ける生物は次第に変質していくんだ。実験を見てくれ」
彼が端末を操作すると、別の映像が流れ出す。実験用のハムスターがその植物を封じている空間へと侵入する……最初は普通に動いていたハムスターだが、次第に動きがおかしくなっていき……突然何かに苦しんでいるかのようにひっくり返る。
何度か痙攣をしていたハムスターの体が不気味に膨れ上がり、体の皮膚を突き破って触手のようなものを伸ばしていく。小動物とは思えないくらいの眼光でカメラを睨み付けると変異したハムスターは、凶暴性が増したようにカメラに向かって何度も襲い掛かろうとする。
ホラー映画などではよくあるシーンだが、現実に起きているとあまりに現実感のない光景に私たちは唖然としてモニターを見ている。
「このように生命として弱い生き物は変異し、凶暴性を増す。情報では大型犬くらいのサイズまでは危ないと話していたな。人間にはなかなか作用をしにくいようだけど……それでも死体となってしまえばどうなるかわからないね」
志狼さんはため息をつくと、別のデータを表示させる。そこには混沌の森について、KoRJの調査班が現時点の情報をもとに作り上げたデータの数々だった。
森自体は当初数キロ圏内を一気に侵食するが、それ以降については侵食速度を落とすらしく、現時点ではその一帯以外には被害が出ていないということ。
ただそれ以降の新色の速度がどれだけになるかがわからず、現在調査を続けているがそれ以上の情報は存在していないこと。
「現時点では以上だね。僕らはこの森の侵食を止めるために、ララインサルを倒さなきゃいけない。僕はそう言われてる……」
「……そう言われてるって……」
私のツッコミに志狼さんは苦笑いを浮かべる……でもまあ、そう言われているってことは確証はないわけだ。
ララインサルを倒して果たしてこの森の侵食が止まるのかってのは保証がないので、徒労に終わることもあるだろうし。うーん……直接戦闘を行う人と、研究などにより瘴気自体を無毒化する二つに分けたほうがいい気がする。戦闘は私やエツィオさんで問題ないと思うけど、リヒターは研究の方に留まってもらったほうがいいだろうか? そうすると志狼さんは戦闘部隊かな?
「……混沌の森は特殊な胞子を散布することで発生する、胞子の稼働と維持は魔法によって行われているはずなので、ララインサルを倒せばそれ以上の拡散は止まるはずだ」
リヒターがカタカタと骨を鳴らしながら話し始める……そうか、彼は異世界から来ているからそういった知識も存在しているのだったな。
エツィオさんも少し何かを考えているかのように難しい顔をしており、あまり周りの話は聞いていないようだったが、とりあえず今はリヒターと色々話を決めないといけないのだろう。
「実際のところ、この森は異世界に多く発生しているんですか?」
「……古い時代に大半が絶滅させられた、と聞いている。伝説に謳われた勇者の仲間の一人が、当時最大の混沌の森を……闇妖精族の聖地を焼き払ったとな」
リヒターは昔を思い返すかのように、顎に手を当てながら話すが、その古い時代というのはいつぐらいの話なのだろうか?
伝説に謳われた勇者というのは誰なんだろうな……前世の世界の記憶はもうずっと遠い昔の話のようではあるが、私にとってはちょっと前の記憶にしか考えられないしね。八王子さんが端末を操作しながらリヒターへと訪ねる。
「リヒター、その後どうなったんだ? 大半が絶滅ということは残っていたということか?」
「私が生まれるずっと前の話らしいが、当時の大魔道と称された魔法使いと闇妖精族の間で抗争になって、大魔道が炎の魔法で一体を焼き払ったんだとか、闇妖精族は聖地を失ってしまい、それから流浪の旅に出ていると伝えられているな……その際に元となる胞子を保管して持ち出したのかもしれない」
ふむ……ノエルが生きていた頃は闇妖精族というのは密林の中に隠れて住んでいて、古い時代より人との関わりを絶っていたと言われてた。
魔王との戦争時も彼らはどちらにも組せず、排他的な生活を続けていたと思ったけど……どうやらノエルの死後に色々変わったのだろうな。
魔王を倒した平和な世界では争いは起こらないわけではない、むしろ外敵が無くなった後は内部の揉め事が起きやすく、内戦や小競り合いというのが増えていくのだろう。
「大魔道は死者の完全復活についての手立てを探していたとも言われているな、混沌の森に滞在して闇妖精族の知識を学ぼうとしていたそうだが、彼らは大魔道を信用しなかったそうだ。それで大魔道へと太古の呪いをかけてしまい、怒りを買ったと伝えられてる」
ほー、ほー……リヒターの話を聞いて、この手の滅亡原因は結構珍しくないと思った。太古から伝わる何か、を探そうとして冒険者が死の呪いをかけられたり、悪魔に支配されたりって案外メジャーなトラブルなんだよな。
ノエルは若かりし頃に似たような呪いをかけられて、冒険を通じて呪いを解くことに成功した記憶がある。まあ、その呪いというのも大したものではなかったようなのだが、本人は相当に焦っていたようだし。
「……ごめん、昨日飲みすぎて気分悪い……先に続けてて」
突然エツィオさんが少し口を抑えた青い顔で椅子から立ち上がると、少しふらつきながら部屋を出ていく……大丈夫なのか? 私も含めてだが、ある程度戦闘を行うメンバーは節制をしており、日常の病気や怪我などはほとんど発生しない。
ほとんど、というのもイレギュラーというのはいつでも発生するもので、絶対ではないからなんだけど……今回のように飲みすぎて、というのはかなり珍しい言い訳に聞こえる……でも益山さんとよろしくやってるんだろうから、なんか同情できないな、うん。扉が閉まると、私は再びモニターへと目を向ける。
「……僕の記憶にある出来事か?」
鏡に映る自分を見ながら、エツィオは鏡に映る自分へと話しかけている……彼の目に映る自分は、いつもの端正なイケメンの顔ではなく、造形は細かく見えていないが、人形のように微笑む金髪の少女の姿だ。少女は鏡の前に立つエツィオに優しく微笑むと、頷く。
『……思い出したの? 今更じゃない。それに過去の出来事よ』
僕の記憶というよりは、君の記憶だな……この手で怯える闇妖精族の女子供を焼き払い、殺していったのか……エツィオは心の中でその光景をまるで昨日の出来事のように思い返している。
心が憎悪に塗りつぶされそうになり、胸を押さえて荒い息を吐き、鏡に映る今の自分とは似ても似つかない少女の姿を見つめている。
『あいつら、約束を破ったのよ。死者の復活についての知識を教えるとかいって……だから私は全て滅ぼしたの』
クスクス笑いながら少女はエツィオに手を伸ばす……その目は恐ろしいまでの憎悪によって彩られ、笑みは可憐な印象よりも遥かに歪んでいる。
恐ろしい……心の奥底にこんな怪物が住み着いているなんて……でも、記憶を掘り返していくと少女が闇妖精族を皆殺しにした理由もわからなくもないのだ。
屈辱と怒り、そして愛するものを失った悲しみをまるでゴミのような扱いで袖にされた……それは本当に許せなかったのだろう。
『この世界に混沌の森が存在しているのであれば、焼き払いなさい。それと怖気付いていないで早く手に入れるのよ、あの女を』
少女は笑みを浮かべたまま、鏡を飛び出してエツィオを優しくその腕の中へと迎え入れる。ああ、そうか……この少女は僕と同じく恋と愛情に飢えているのか。
一人の少女の顔が脳裏に浮かぶ……黒髪で強くて……それはまるで少女が恋焦がれ、罪なき命を滅ぼしてまでももう一度出逢いたいと思う男性の印象にとても似ている気がする。
だから、手に入れたい……早く新居 灯を僕のものへ、私だけの、私が愛でるために、私が支配するために手に入れなければ……。
『あれは絶対に私の欲しいもの、欲しいの、だってあれは※※※だもの……昔はあの女に取られていたけど、絶対に私が手に入れられるわ、あの女はもういないから……』
彼女の心を支配して、僕だけのものに……でもどうしてそう思っているんだ? だって僕は彼女を好ましいとは思っていても、支配したいだなんて……。
そこで自分の思考が歪められていることに気が付き、エツィオは鏡を思いきり殴りつける……甲高い音を立ててひび割れた鏡の向こうに、歪んだ笑みを浮かべる少女の姿が見え隠れしたかと思ったが、すぐにその姿はエツィオ・ビアンキの顔へと変化する。血だらけになった手を押さえながら、エツィオは歯を食いしばる……。
「だめだ……僕の人生を前世に縛らせるものか……僕は絶対に認めないぞ……」
_(:3 」∠)_ そういやこの森で死んだら遊○からの物体Xになるかどうか決めてなかったw
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