第一六話 国立博物館(ナショナルミュージアム)
『エジプトから発掘された木乃伊展』
国立博物館の入り口に掲示された横断幕に書かれたイベントが開催されている。
『砂漠で発掘された新しい木乃伊が日本で初公開!』
『まるで生きているかのような保存状態の三体の木乃伊が見れる!』
宣伝文句が横断幕に書かれている。だがしかし博物館に入っていく見学者の数はまばらだ。
それはそうだろう、新しい木乃伊が展示されている、と書かれていても有名な古代王家の墓から発掘されたものではなく、最近住宅地の工事中にたまたま見つかったというだけのものだ。
保存状態が良い、とはいえ同時に発掘されたものには財宝のようなものはあまり多く無く、盗掘にあった後のものと想定されている。そのため、博物館の企画担当者ですらため息をつきたくなるくらいの……寂しい入場者数だった。
博物館の入り口に一人のフードを被った男が歩いてきた。
男はチケット売り場で、暇を持て余してやる気がなさそうに爪の手入れを始める受付の女性に話しかける。
「大人一枚お願いします〜」
「……一二〇〇円です」
お金を受け取ると女性は男の方を見ずにチケットを放ってよこす。男は黙ってチケットを受け取ると、ゆっくりと博物館の中へと歩いていく。
男は、フード付きのパーカーを目深に被っており口元しか見えていない。パーカーは量販店で買えるような安目のもので、ジーンズとスニーカーもそれほど高価なものに見えない。手をフードに伸ばして少し頭を掻く。覗いた手は日本人のものではない……日焼けというよりは褐色をさらに濃く煮詰めたような色をしている。
暇そうな初老の警備員が男に気が付くが、最近は国際結婚でミックスルーツの子供も多い、多分この男性もそうなのだろうなと考え直し、不審者ではないと判断して見送っていく。
そんな弛緩した警備員の様子を見て、薄く笑うと男はゆっくりと博物館の奥へと進んでいく。
砂漠から見つかった生活雑貨や、いくつかの財宝が展示されている。掲示されている説明には様式としてはかなり古く、古代エジプトの時代に作られた、と書かれているが……それを見た男がクスリと笑う。
「へえ、案外この世界の学者は間抜けなんだな……エジプトなんて国では作っていないのに」
小声だったために他の見学者には聞こえていない。男は軽くあたりを見渡すと、地図を見ながら目当ての場所へと辿り着く。
男は目的の場所に置かれている展示物を見て、クスリと笑う。
木製の棺に収められた木乃伊は、身長が二メートル近い巨軀だった。その木乃伊が三体並べられている。X線調査でも詰め物などはされておらず、巨人症を患った兄弟の木乃伊なのではないか? と説明板には記載されている。
その記載を見て再び男が失笑するが、その様子に周りの入場者たちは気がつかない。
「さて……今夜から始めようか。ずっと動かないのも飽きただろう?」
男がフードを軽く持ち上げると、明らかにこの世のものではない深い緑色……翠玉のような眼が覗く。その眼が不気味に輝くと……木乃伊の眼窩がピクリと動く。まるで機械人形が起動するかのように、次々と眼窩に赤い光が一瞬灯り……すぐに消えていく。他の見学者達は異変に気がついていない。
男はフードを再び目深に被ると、博物館を足早に立ち去っていく。警備員はその後ろ姿を見送りながら、再び欠伸を始めた。
男は博物館から出ると、入り口に向き直ってボソリと呟きながら咲う。
「では……早速今夜からよろしくね。みんなの働きを楽しみにしているよ」
「ミカちゃん……急で悪いんだけど私ショートケーキが食べたいよぅ……」
私とミカちゃんは、青葉根高等学園の教室でお昼ご飯のお弁当を一緒に食べていた。
先日のお仕事前に江戸川さんに飲ませてもらった紅茶や茶葉を少し分けてもらった私は、最近自分でいれる紅茶というやつにどハマりしていた。
お父様の通販用アカウントをお借りして世界各国の紅茶を買い入れて、毎日のように違う紅茶を入れて夜な夜な楽しむ、そんな紅茶好き女子へと変貌していたのだ。
そして、紅茶にはケーキ! そう、私の本命はケーキを食べることなのだ。チーズケーキにモンブラン、チョコレートケーキにショートケーキ……毎日ターくんに頼んで違うお店のケーキを買ってきてもらっては、晩御飯の後に満面の笑みでケーキを食す……そんな密かな楽しみが最近の日課だ。
弁当を食べていてふと……ケーキを食べたくなってきてしまった私はミカちゃんにわがままを言ってみたのだ。
「え? あかりんまだお昼だよ!? それにケーキなんかお昼にならないでしょ?」
「そうだよねえ……それでもお弁当の後に食べたいんだよねえ……」
しょんぼりした顔で弁当をつつく私……決してこの弁当が美味しくないというわけではない。
だってこの弁当は私が自分で作っていて、毎朝確かな満足感を感じるレベルで美味しいのだから。
前世では基本的に焼く! 煮る! とりあえず生! という実に野生的な食生活を送ってきた私だが、現世では一人前の女性らしくお母様から花嫁修行の一環として料理の基礎から応用まで叩き込まれている。
いや、花嫁になりたいわけじゃないんだけど、女性らしく生きてほしいという親の気持ちを無碍にするわけにはいかないのと、『いやー無理っすね、だって私前世が男性なんだもん』とか口に出してしまったら即病院送りになるだろうという判断から大人しく従っているのが実情なのだけど。
ところがこの料理というやつは実に前世の学者としての活動に近しいものがあり、研究意欲をそそられる行動だということに気がついてしまった。レシピ通りに作成するというのもアリだとは思うのだけど、アレンジを加えてオリジナルな味を追求したり、ちょっとその日の体調に合わせた献立を考えることなど、実にやることが多い。
まあ、はっきり言えば現世に転生した私は料理することが楽しくなっちゃったわけで……人生変われば変わるものである。
ただ、甘いものと料理どっちが好きか? と聞かれたら私は確実にスイーツ! と即答するくらいには甘いものを愛している。そして一度甘いものを食べたいという欲求が生まれると、なかなか意識を戻すことが難しい……だって私今は一七歳の女子高生なんだもん。
「あかりん、ケーキは太るからほどほどにしないと……」
ミカちゃんが手を伸ばして私の脇腹のあたりをさすり……くっ……と悔しがる。私の脇腹をグイッと両手で掴んで……ミカちゃんは私の顔をじっと見つめて恨み言を口にする。ちょっとまた近いんですけど、ミカちゃん……。
「太ってねぇ……あかりんホント鍛えてるよねえ」
「ミカちゃんに借りた雑誌にも書いてあったけど、腹筋はちゃんと鍛えろって書いてあったから毎晩頑張ってるんだよ」
私は腰に手を当ててふふん、とミカちゃんに笑う。
まあ、雑誌には一〇回程度でいいですよって書いてあったんだけど、私の筋力を考えるとそれでは足りないので数百回やって、それから一通り自重トレーニングを行ってからプロテイン飲んでスイーツ食べて……とまあ夜のルーティンはそんなところだ。
ミカちゃんが寂しそうな表情で自分の脇腹をちょいちょい突いた後、少しだけ不機嫌そうな顔で私の胸に両手を置いた。
「ちょ、ちょっとミカちゃん……教室だよ」
「くそー、こんな破壊力満点なものを持っているのに……」
ミカちゃんが顔を赤くした私の胸をむにむにと軽く揉むと、手を離して自分の胸を見つめる。
いくらミカちゃんでも教室で揉むのはちょっととは思うが、私の体が成長していった時にどうしたらいいのかとミカちゃんに相談したことがあって、自宅などで会うときはミカちゃんは私の胸や体を触るのが大好きだったりもする。
「神様はずるいわ〜、私があかりんくらいあったら自信つくんだけどなあ」
「ミカちゃんも十分あると思うよ……?」
彼女はあまり意識していないようだが、昔ミカちゃんと一緒にお風呂に入った時に私は彼女の裸体を見て、少しだけ興奮してしまったことがある……いや、娘のような年頃の娘と一緒にお風呂に入るという体験は、正直前世の記憶が男性である私には刺激が強すぎた。
というか着替えの時とかもミカちゃんは私に対しては全くガードが緩いんだよなあ。
『あかりん……なんで私の体を舐め回すように見ているの……? 昔一緒にお風呂入った親戚の叔父さんみたいだよ?』
思わずまじまじと見てしまった私に困ったような表情を浮かべた彼女の目が忘れられない……本当に申し訳ないことをしてしまったのだと、今では反省している。
ちゃんと出るところは出ていて、それでいて細身……実にバランスの取れたプロポーションをした彼女は、可愛らしい外見からは想像もつかないくらい素晴らしい身体の持ち主なのだ。
ところでそのエロい叔父さんとやらは、鉄拳制裁しにいった方がいいですかね? 私のミカちゃんを視線で汚すなど万死に値する。
私の身体は正直チートと言われても仕方のないところなのだが、ミカちゃんも十分チートなお体をお持ちなのだ。だから男子生徒諸君、実はミカちゃんは超優良物件なのだぞお前ら本当にそれをわかっているのか?
でもお前らには渡さんぞ小童ども……ミカちゃんはこの私のものなのだ! 彼女がお付き合いする男性は私よりも強くて、賢くて尚且つイケメンでないと、彼女が許したとしても私は許さんのだ。フーハッハッハ!
心の中で邪悪な魔王のような高笑いをした私は、そこで周囲の男子生徒からの遠慮のないエロい視線を感じ取って内心舌打ちをする。
私たちの戯れに下心満載の視線を向けていた男子生徒を見回すように私が軽く睨みつけると、皆萎縮したかのように下を向いて弁当をもそもそと食べ始める……全く男ってやつは。
「でも私ミカちゃんに色々教えてもらわないとダメだからなあ……頼りにしてますよぉ先生」
私はミカちゃんと目を合わせて……お互いくすくす笑うと、すぐにお弁当を片付けることにする。お昼時間にケーキは無理でも購買部でお菓子くらいは食べたいからだ。
「任せてよ、あかりんと一緒にいる時が私一番楽しいからさ……これからも一緒にいようね、あかりん」
ミカちゃんの屈託のない笑顔に、私は心の底から笑顔を浮かべて笑う。
「絶対一緒にいてよ? ミカちゃんがいなくなったら私生きていけないかもしれないしね」
_(:3 」∠)_ 書いておいてなんですけど、弁当にケーキ詰めるとか狂気の沙汰ですなw
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