第一五〇話 剣戟(スワッシュバックラー)
「はっ……やれるもんならやってみなさいよ」
私は鼻で笑うと、全て破壊するものを構え直す。だがしかし……目の前の深きものはこちらの想定よりも遥かに強力な個体のように思える。
先ほど放った竜巻の一撃はコンパクトにまとめた横斬撃だったが、それをあの一瞬で防御するのは相当に動体視力が良いのだろう。それと魚のような頭をしていることもあって、視野が広そうだ。
「お前は接近戦が得意そうだな」
言うが早いか、深きものは首筋に開く鰓を大きく膨らませるような動作を行う。これは……私は咄嗟に距離を潰そうと走り出すが、怪物の口から凄まじい勢いで何かが吐き出されたのを見て私は前傾姿勢で走りながら全て破壊するものを前面に構える。
「!? 灯ちゃん!」
先輩の悲鳴にも似た声が響き、私は腕ごと後ろへと持っていかれそうな凄まじい衝撃を刀で受けて、ダッシュの勢いを殺された上バランスを崩してその場で尻餅をついてしまう。
いたた……完全に受けたと思ったが刀で受けきれない衝撃で体が浮いたのか。全て破壊するものを見るとそこに纏わりついているのは水だった。
立ち上がる私を見ながらも、余裕の表情で深きものは湖のほとりに立っている。
『体内に蓄積した水を高速で弾のように打ち出せるようだな、出処は見えているか?』
一応噴射した瞬間は見たけど、飛んでくる弾は切り裂くことができないから受けるので精一杯かも……私の動体視力であれば飛んでくる銃弾を切り落とすことも可能なのだけど、威力はそれよりも高く速度も遜色ない。
こう言う場合は……避けてしまった方が良いのだけど、ある程度距離をとって対峙しているところを見ると、隠し球はまだまだありそうだ。
「先輩、あの弾当たると死にますよ、防御に専念してください」
私の言葉に唾を飲み込んで頷く先輩……先ほどの攻防を見て彼自身も下手に手を出すと危ないと悟ったのだろう、電柱を地面へと落下させると念動盾の展開を始める。うん、素直だな、そう言うところが可愛くて好きなんだけどさ。
さて、こう言う場合はノエルはどうしていただろうか? 記憶の中から防御に長けた相手との戦闘方法を思い出していくが……答えとしては相手の攻撃発射速度よりも早くかき回して一気に接近して叩き切る、が鉄則だ。
『朧月の足捌きを使って掻き乱す……相手の隠し球は見るまでわからんな』
そうね……何があるかわからないのが怖いところだけども、ここで引き下がるわけにはいかない。あの射撃は私の空蝉と同じで発射までに少しラグがある。
技を出す間に手数で一気に叩き潰してしまった方がいいだろう。私は何度か足で軽く地面を踏み直すと一気に深きものへと駆け出し、蓮撃を繰り出していく。
深きものはあまりに人間離れした速度で位置を変えながら迫る新居 灯に驚きつつも、その動きを広い視界で確認しながら刀による攻撃を防御していく。
が、急に腕や足に重さを感じて防御が間に合わない……新居 灯の後方にいる若者、青梅 涼生がこちらに向かって何かを掴むように腕を伸ばしている。
「僕の念動力さ、拘束って名付けているよ」
青梅は念動力を使った技をいくつか開発しており、物を引っ張ったり投げつける力を別に応用できないか? と訓練を続けていた。
大阪出張の際に接近戦のスペシャリストである高槻 天人との模擬戦なども繰り返していった際に思いついたアイデアを実行したのだ。
「思いつきだけど……うまくいくね」
相手の腕や脚を念動力によって束縛し、速度を一気に減少させる。
振り解こうともがく間にも、新居 灯の連続攻撃が容赦無く深きものへと降り注ぐ……その攻撃は重く、鋭い……油断すると簡単に腕ごと持っていかれそうなくらいの純粋な力の塊。速度低下によって受けきれない攻撃が彼の鱗を傷つけ、青白い血を吹き出させる。
剣聖とはかくあるべきか、深きものの住む世界でも語り継がれる人類最強の存在、魔を滅ぼす存在である勇者と、相手を切り伏せるだけの究極の存在である剣聖。
海に暮らす眷属でも知っている伝説上の存在だ……ここまで若いとは思わなかったが。
「ふ、ふははっ! こいつは驚きだ、人間如きがここまでの力を発揮するとは……この世界は驚きに満ちているなッ!」
「うらあああああっ! ミカガミ流……紫雲英ッ!」
私は相手の周囲を回転するように移動しながら紫雲英による連撃を深きものへと叩き込む……相手の防御能力は高いものの、それはあの腕についている鰭の硬度によるものだろう……刀の攻撃が肉体、いや鱗を弾き飛ばして食い込むのを見ると、防御さえ突破してしまえばなんとかなるのではないか? と私は判断した。
ふと、一瞬深きものの黄金の眼が、ぎろりと私を見た気がして胸が騒ついた。なんだ? 純粋な殺気を感じて私は咄嗟に技を繰り出すのを止めて、腕を十字にクロスさせて後ろへと飛ぶ。
次の瞬間腕の隙間から深きものの全身から鋭い棘のような器官が全方位へ放出されるのが見え、次にその棘が私の全身を襲うが戦闘服にぶち当たると、貫通ができなかったようで表面で弾け飛んでいく。だが、ガードしきれない耳や頬に棘が掠めて赤い筋を作っていく。
「灯ちゃん!」
凌いだか!? と思う間も無く焼けるような熱さと、一瞬遅れて凄まじい激痛を腿に感じて……私は着地すらままならずにそのまま地面へと転がりながら落下する。
先輩の心配する声が響く……慌てて彼は私の元へと駆け寄るが、私は突き刺さった棘とそこから流れ出す血で足が震える。大丈夫だ、重要な血管に傷は入っていない。
あのまま攻撃を繰り出していたら防御できそうにない頭、いや目や脳にまで達する攻撃を食らったかもしれないが……軽く背筋が冷えるのを感じる。
先輩に支えてもらいながら私は立ち上がるが、その動作だけでも食い込んだ棘がズキズキと腿に耐え難い痛みを与えていく……肉に食い込んで抜けにくくなっているな、銛や鏃と同じ構造だ。棘には返しがついていて、引き抜こうとすると肉を抉るようになっているのだ。
先輩は心配そうに私の腿に刺さった棘を抜こうとするが、引っ張られた瞬間に凄まじい激痛を感じて私は軽く悲鳴をあげてしまう。
「……ひぃっ!」
「す、すまない……痛いだろうけど……」
「だ、大丈夫で……ぬ、抜い……くだ……いっ、ぎぃッ!」
彼は私の顔を見て覚悟ができていると悟ったのか、一瞬の逡巡の後に無理やり棘を引き抜いた。棘は私の腿の肉を軽く裂き、血が軽く舞う……肉を引き裂かれた痛みで私は大きく悲鳴をあげてしまう。
目の端に涙が浮かび頬を伝う……この痛みは慣れないな。私は荒い息を吐きながらだが、自分の足で立って深きものへと刀を突きつける。
スカートで闘ってるから仕方ないけど……私の柔肌に傷をつけやがって……お風呂入ってる時に『女子高生の腿ってすべすべですげーな』って撫でるの楽しいんだぞ!
「……お前は絶対殺す……」
「ぐふふ……剣聖とはいえ血は赤いな」
深きものは歪んだ笑みを浮かべると、大きく咆哮すると一気に距離を詰めてくる……まるで格闘戦の武術でも披露しているかのようにコンパクトな拳打が私へと襲い掛かる。
全て破壊するものを使ってその豪打を受け流すが、受けるたびに手が痺れる……脚もズキズキと強い痛みを発しており、足に軽く流れ出した血が温かい感触を伝えてくる。
受けきれない拳打が私の肩へと叩きつけられる……だが、耐えられない痛みではない、私は衝撃をものともせずに深きものへと刀を振るって斬撃を叩き込む。
私の赤い血と、深きものの青白い血があたりに軽く舞うが……お互いの手数は増えていく。激しい苦痛と疲労で私の意識が所々途切れかけるが、なんとか意識を保って必死に刀を振るい続ける。
「ぐっ……私は負けないっ! 絶対に……お前を倒すわ!」
「……今のところ互角か……剣聖故に戦えるのか、それとも……」
月明かりに照らされて、サガミ湖で行われている戦闘の遥か上空に滞空している影がいる……黒髪を靡かせて、漆黒の瞳を持つ妖艶なる肢体を持つ絶世の美女、女淫魔のオレーシャだ。
背中には蝙蝠のような翼を羽ばたかせながら戦闘の様子を眺めている……今彼女の役目は深きものが父なる魚神への進化をしないようにすること。
「父なる魚神が復活したら、この世界の海という海が深きもので埋め尽くされるわね……」
大阪から帰還する青梅に、魔王様が密かに養殖していた深きもののことを伝えたら、自分一人でいくと言い出してしまい困った彼女は剣聖を巻き込むことを思いついた。
わざわざ変装して、街中で彼女に接触して忠告をすれば、青梅一人でこの戦いに臨むことはないだろうと踏んだが、それは正しかったようだ。
「深きもの……残念だけど、彼をあなたに殺されるのは困っちゃうのよ。だからより強い駒を当てたけど、今回は正解だったようね」
オレーシャはぐにゃりと歪んだ笑みを浮かべながら、愛する男性が剣聖を援護しているのを見ている……ああ、彼も強くなりつつある。
あの時彼を介抱していてそれに気がついた、彼が目覚めた後にお礼を伝えられて暖かさを感じた……彼の獰猛な部分を全身で受け入れたことで、私は変わった……愛していると言っても良い。
それと、私たちの目的のために彼の優しさが必要なのだ、だからこんなところで死んでもらっては困るのだ……人類最強の手駒ならこの局面をも打開するだろう。
「オウメ……強くなって私たちの目的を成就させてほしい。その後は私があなたの心を独占するのよ……」
_(:3 」∠)_ 抜いてください……い……ミギー!(寄○獣)
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