第一四八話 先祖返り(リヴァージョン)
「こんにちは〜、到着しまし……せ、先輩……」
「や、やあ……あ、あか……灯ちゃん。久しぶりだね……」
凄まじくバツの悪そうな顔をした先輩が、KoRJの部長室のソファーへと座って入口で固まっている私を見つめている。大阪から戻ってきたのか……と思うと同時に、彼の顔を見て複雑な感情が渦巻く。
これはなんだろう? 嫉妬? 不安? 安堵? 胸の中が色々な気持ちで一杯になっている、何を話せばいいんだ? 私と先輩って、いつも何を話してたんだっけ?
「あ、そ、そうですね……」
私はぎこちない動きで彼の隣へと腰を下ろすが、何を話していいのかわからず私は黙ったままスマートフォンを取り出して何をするでもなく画面を見つめる。
そんな私を見て、彼自身もどう話せばいいのかわからないらしくずっと黙っている。視線は感じているが、私は彼の目をまっすぐ見れる気がしなくてずっと画面に目を落としている。
口元が少し震える……だって少し前にオレーシャに言われた言葉が、ずっと胸の中に引っかかっている。
『愛する男が一人で危険な場所へ出るのを避けたいのよ、わかるでしょ? 女のキモチってやつよ』
正直言えば、お前の気持ちなんかわかんねーよ! と叫びたい。でも先輩はあのオレーシャとなんらかの関係を持っている、と言うことなのだろうか。
もしかして、先輩を介抱した時になんかあったのだろうか? オレーシャは女淫魔だし、もしかして体の関係が……いやいや、幾ら何でも考えすぎだろう。
でも今は先輩がじっと私のことを見ているのをどうにかしなきゃいけないか。
「……あの、なんで見てるんですか?」
「……あ、ご、ごめん……その、色々勝手をしてしまって君が怒ってるのかなって」
ああ、もう……私そんな強く言ったつもりは無かったのに、彼には私が拒絶の意思を伝えたように伝わったのかもしれない。普通に話してた時期ってどう話してたんだっけな……。とりあえず最近先輩に聞きたかったことを先に聞くか。
私は先輩に向き直って私としては本当に勇気を出して、口を開く。
「あ……い、いえ……別に怒ってはないんですけど、実はさっき……」
「おお、すまないな、新居くんに青梅くん、待たせてしまったね」
実にタイミング悪く八王子さんと青山さんが部屋に入ってきて、私と先輩はそれ以上の会話を続けることができなくなる。オレーシャと先輩の関係を聞きたかったのに……でも仕方ないから仕事の後にでも聞くことにしよう。
杞憂であれば問題ないわけだし、ミカちゃんの勉強の具合なんかも聞きたかったんだけどな。私はすぐに笑顔を作って八王子さんに答える。
「いえいえ、急な呼び出しってことは降魔関連ですかね?」
「そうだ、サガミ湖で発生している失踪事件……どうやら湖に潜んでいるものがいるようだ」
八王子さんが手元のモニターで情報を表示していく……画面に映し出されているのは少し解像度が荒いものの、湖から出てくる大きめの影、そして特徴的な頭部と大きな背鰭、少し長めの鮫類に似た尻尾を持つ人型の不気味な存在だ。
「情報源から深きもの……そう聞いています」
いきなり先輩が口を開く……深きものと言う存在は実は私の前世では知識はあれど、実際には見たことがない存在だ……前世では半魚人、人魚が存在していたのだけど、彼らは人間に対して恐怖心と敵愾心を抱いていた。
人間は人魚の伝説を鵜呑みにして稚魚などを捕獲して見せ物にしたり、その肉が不老長寿の薬剤になると信じて狩ったりした歴史があり、結果的に信頼関係が大きく崩れていたのだ。
とはいえ彼ら自身は基本的に善良な存在であり、海を中心とした戦いにおいて魔王の軍勢に対しては敵対をしてくれたりもしている。
ただ半魚人にも複数の種類が存在しており、その中でも特に深海や混沌に近い場所に住むものを深きものと呼んでいる。
現世ではホラー小説などでも出てくる架空の種族だが、前世の深きものは魔王を崇拝している集団であり、歴史の端端で人間とも敵対をしていた存在だ……まあ半魚人からすると傍迷惑な連中で、彼らのせいで半魚人が信用されていないと言うのもあったりする。
まず見た目が非常に似ている……半分魚類の人種なので見分けがつきにくいのだ、正直ノエルですらぱっと見では区別がつかないと思っていたらしい。細かく見てると半魚人の方が目つきなどは鋭くないのだけど。
とまあこれが前世の記憶をほじくり返した内容だ……私の懸念点は先輩の口から深きものと言う言葉が出てきたことだ。
先輩はやはりなんらかの形でオレーシャもしくは魔王側と接触をしているのではないか? と言う疑問点。
「あの、先輩はどこからその情報を……」
「……知り合いから聞いたよ」
先輩は私の顔を見ずに答える……その反応で私は彼が何かを隠している、と感じた。昔の先輩だったら正直に答えてくれたはずなのだから。
どうする? 先輩が契約者になっているのだとすれば……今ここで斬ってしまう方がいいのか? 私は判断に迷うが、八王子さんをチラリとみると彼は特に気にせずに先輩に話しかけている。
「ふむ……その他の情報は聞いているか?」
「いいえ、それがなんであるかだけ……詳しいことまでは聞けませんでした」
先輩は淡々と答える……八王子さんも青山さんも過去の情報から深きものを引っ張り出そうとして端末を操作しているが、その情報源について説明求めなくていいのかよ!
『それどころではないからではないか? 実際に青梅がその女淫魔と繋がっているとしても、情報は貴重だからなあ……』
全て破壊するものが冷静に批評をしているが……それであっても、情報源が正確かどうかの問題もあるじゃないか。でもまあ、オレーシャの発言通り深きものであることは間違いなさそうだけどさ。
ふと先輩が私の顔を見ていることに気がついて、私が顔を上げ、彼とそのまま目が合う……なんだろう? 彼は何も言わずにじっと私を見ている。
「……先輩?」
「後で話をしたいんだけどいいかな?」
先輩は黙って私の目を見たままだが、まあ話をしたいと言うなら個別で何かしら問いただすこともできるだろうし……私は断ることもないだろうと黙って頷く。
その仕草に急に笑顔になって、安心したような表情を浮かべる先輩……う、その笑顔は私にとっては反則だよ……、気恥ずかしくなって思わず顔を伏せてしまう。
「は、はい……仕事の後にでも」
「……やはり情報自体はあるな、これは見落としていた。深きもの……直近の記録ではないが、港町を制圧して怪しげな儀式などを行なっていたという記録が存在していたぞ」
八王子さんの声で私と先輩はモニターへと視線を移す。そこには古い港町に住み着いた深きものが住民を支配して、凄惨な儀式を行なっていたと言う情報が記載されている。
前世の魔王崇拝者とあんまりやってることは変わらないな……結局のところ召喚の儀式などでは代償として生贄を用意するのが一般的だったし。
「今回は単体なんですかね?」
「それなのですが、記録では複数体が行動しているケースが多いと書かれていましたが、今回は判別は難しいものの単体で行動しているようです、それと海にいないことも気になります」
青山さんも少し困ったような顔を浮かべながら補足を述べている。正直深きもの単体の戦闘能力はそれほど高くない、淡水の湖に出現するような種族ではないのだ。
サガミ湖は淡水のダム湖であり水深もそれなりに深いから隠れる場所は多いだろうけど、いざという時に海洋という発見が難しくなる場所に逃げ込めないからだ。
つまり、それだけ戦闘が得意な個体か、なんらかの意図があってここに留まっているか? だ。
「もしかして誰かが養殖するために連れてきた、ってことですかね?」
「実際にここ半年程度の海辺における行方不明事件は例年よりも多少増えている……しかも場所が多方に及んでいて、関連性がないと思われていたが……全てが同じ目的で行われていたのであれば、合点はいく」
私の疑問に八王子さんが頷く、確かにそれはあり得るな。しかし人間を襲わせて、まあ食べさせたとしてそれが深きものになんの影響を与えるんだ?
『……そうか……失念していた。父なる魚神への先祖返り……灯、もしアンブロシオの目的が深きものの神格、父なる魚神の顕現だとしたら厄介だぞ』
何それ? いきなり焦ったような全て破壊するものの声が響き、私の頭に一気にとんでもない量の情報が流れ込んでくる。
ちょっと?! 頭痛い、痛いってバカ! 情報の羅列とその流入がいきなり脳への負荷となって激しい頭痛となり、私はこめかみを抑えて俯く。
いきなり頭を抑えた私を見て先輩が心配そうに肩に手を置くが、私はそれどころではなくキリキリと頭を貫く痛みと戦いながらも全て破壊するものの送り込んできた情報を整理していく。
全ての深きものには祖先となる神がいる、それは父なる魚神と母なる蛇神という半神半魚の神格として崇められた存在。
邪神ではないものの海を舞台に暴れ回っていた存在で、とある神との戦いで敗れその二人の半神半魚は死んだが、その死体から深きものが生まれ落ちたと伝えられている。
つまり深きものの血脈を辿っていくとそれは父なる魚神と母なる蛇神という二つの神へと行き着く。
そしてこの二人の神を殺したとある神というのが、人類の祖先となる神だと異世界では伝えられているそうだ。
『神格を取り戻すために、その神格を滅ぼした敵を取り込むことで先祖返りを果たそうとしている、と我は判断している』
つまり……深きものに人を食べさせまくったら父なる魚神と母なる蛇神に近づくってことか、はっはっは……またまたご冗談を。
だってその人類の祖先の神ってこの世界の神と関係ないじゃん……だってこの世界では人類は猿から進化したってことになってるんだぞ。
『お前な……アンブロシオもお前の魂も異世界からこっちにきてるだろうが……世界同士の繋がりを甘くみるな。いくらこの世界では猿から進化した、と言われていても、世界線の繋がりではどういう関連があるのかわからんのだぞ』
うう……それはそうか、異世界の人間も構造的には今の世界の人と全く変わらないしな。今どの程度まで神格を取り戻しているかわからないが、もしかしたら私たちでも対処できなくなる可能性もあり得るな。まだ少し痛む頭を抑えながらも私は軽く伝えられる情報を口にすることにする。
「……神格の復活、これ以上犠牲が出ると対処ができなくなるかもしれないみたいです、早めに片付けましょう」
いきなりそんなことを口にした私を不思議そうにみると、八王子さんは咳払いをしてから軽く私たちに頭を下げる。先輩も黙ったまま八王子さんの言葉に頷き、ソファーから身を起こした。私も同じようにスカートを軽く叩くとソファーから立ち上がって軽く体を伸ばす。
先輩と一緒か……降魔への対応に彼と一緒になるのは久しぶりだな。
「……どちらにせよ今回サガミ湖には新居くんと青梅くんの二人で行ってもらう、よろしく頼むぞ」
_(:3 」∠)_ 先輩とドキドキ共闘作戦開始〜
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