第一四四話 泣き女(バンシー)
「今日のお仕事は……不可思議な霊の対処……ってなんでそんなに距離を取るんだ」
「え、だってケダモノがいるんですもの……」
私はエツィオさんから少し距離をとった位置で警戒するように彼を見ている。エツィオさんは荒く苛立ったように息を吐いてから頭をガリガリと掻く。
今私とエツィオさんは都下に有る山奥にある祠へと向かうため、その山の入り口にあたる駐車場にいる。エツィオさんは明らかに距離を取ろうとする私を見て不満そうな顔をしている。
「ケ、ケダモノって……なんのことだよ」
「……知っていますよ、益山さんのこと……」
ポツリとつぶやいた私の言葉に反応して、エツィオさんがびくりと体を震わせる。お、これもしかして私は超強力な武器を手に入れたのではないか?
でもまあ、エツィオさんが大人の恋愛する人だと言うのは知っているので、益山さんとそう言うことになったとしてもそれはそれで仕方ないのではないか? と思うのだ。
KoRJ受付嬢の桐沢さんと益山さんはKoRJ職員にもすごく人気のある二人だ……細身で愛想の良い桐沢さんと、制服で隠れているが出るところがちゃんと出てる益山さんは隠れファンも多いと聞いている。エツィオさんは少し腕を組んで考えるような仕草をした後……改めて笑顔を浮かべて私へと話しかける。
「仕方ないじゃないか、男と女が同じ場所にいたらやることは一つしかないし、それと彼女との間にも愛はあるぞ、愛は」
「……マジで獣ですね……引くわ……」
呆れ顔の私に何を言っても無駄だと思ったのか、エツィオさんは愛用の刺突剣を腰に下げ直すと、地図を広げて目的の場所を確認し始める。
私もそろりそろりと彼の近くへ移動すると、少し警戒をしながら彼がリムジンのトランクに広げている地図を覗き込む。
今回のお仕事は、山奥にある祠……先日の九頭龍神社と似たような感じで管理している人がいなくなって放置された場所らしいが、その周りで不可思議な現象が起きているのだと聞いている。
元々亡くなった豪族の娘を祀った祠で、古くはその場所へとお供物を捧げにいくと言うのが地元に伝わる儀式だったようだ。だが近年その風習というのが廃れ、継続して祠を管理していた人たちが亡くなると祠は放置された。
最近になってこの山へと山菜取りに出かけた人たちが、山の中をうろつく不気味な女性の姿を見て通報してきたのが最初だという。
「ま、考えられるとしたらその娘の魂が変化して泣き女になったとかかな」
エツィオさんが不鮮明な写真……山菜取りの人が逃げながらも撮影した写真を地図の上に載せる……その写真にはまるでこの世の全てを恨み、憎んでいるかのような凄まじい怒りの表を浮かべ、燻んだ赤い着物を羽織った不気味な女性らしい姿が記録されている。
「どう見ても泣き女ですね、これ……」
泣き女はこの世界では死を予告する不気味な叫び声をあげる妖精の一種で、欧州などでは叫び声を聞いた家では人死が出ると伝えられており、基本的には無害な存在とされている。
前世の泣き女は全然それとは違っていて、基本的にはしくしく泣き声を上げているだけなのだが、その顔を覗き込んだりすると、不気味な悲鳴をあげながら襲いかかってくるとても怖い死霊だった。
戦闘能力は非常に高く、声には獣人のような複数の効果を載せることもできるし、動きは早いし……厄介な存在だったな。
「ま、僕と君なら問題ないでしょ……って何で急に離れるんだ」
エツィオさんが笑顔のまま私の肩に手を置こうとしたのを察知して、私は少し距離をとる。うう、益山さんとエツィオさんがあんなことやこんなことを! と考えると少し距離をとりたくなる。
だって私そんなことまだしていないもの! 益山さんが彼に近づいたと言うのは本当に驚きなんだが、多分エツィオさんが熱心に口説いたんじゃないかなあと思う。
「そんな距離感だと、益山さんに怒られますよ?」
「君は分かっていないな……僕にとって女性は愛でるもの、全人口の半分が僕の愛を受け取る資格があるんだ」
真顔でご高説を垂れるエツィオさんの顔を見て、正直こいつやべえな……と思ってしまう。その理論でいくと私も対象に入ってるってことじゃねえか。中身は女性のくせにきちんと機能するってのを証明したばかりなのに、なんて、なんてケダモノなんだ、恐ろしいぞエツィオ・ビアンキ……。
私は呆れて物が言えなくなり、ため息をついて山の入り口へ向かって親指で指し示す。
「……エツィオさんがケダモノだってのはよーくわかりました。もういいですから、さっさと片付けましょ」
山道は破壊されているのか、ところどころ掘り返されたり、砕けた木材が打ち捨てられた細い道を私とエツィオさんは歩いている。
おそらくだけど、その祠へと移動すること自体が何らかの修行や、訓練などにも使われていたのではないか? と思うくらいの急な坂道を登ったり、時には急斜面に申し訳程度に作られている細い道を歩きながら私たちは山の奥へと進んでいる。
耳には私たちが踏折る枝の音や、虫が蠢く音や動物たちがこちらに気がついて顰める息しか聞こえないが、まとわりつくような不気味な雰囲気が漂っていることで、私はこの場所がある意味汚染されていると感じる。
「神聖な場所だったはずなのに、かなり汚れていますね……空気が重くてまとわりついてくるようです……」
「都下とはいえ、山の中でこんなに重い空気は異様だな……」
エツィオさんも同じ感想だったらしく、私の意見に同意をしたように頷く。強力な不死者が支配する空間なども似たような空気になることがあり、前世の仲間であったアナ・コレーアはこういった空気のある場所を『汚れた空間』と呼んでいた。
今から考えると実に的確な言葉だな……ふと、私の聴覚に何かが啜り泣くような声が聞こえた。
「——っ! エツィオさん……」
「……分かっている、近いぞ」
エツィオさんは分かっていると言うふうに手をひらひらと動かすと、周りの警戒を始める。パキッ、パキッと枝を踏折る音と、啜り泣くような不気味な声が次第に近づいてくる。
私は刀の柄に手を当てていつでも引き抜けるように構えながら辺りを確認していくが……姿は見えない。
『口惜しや……口惜しや……あの武士どもに……妾の……』
この世のものとは思えない不気味な声が辺りに響く……どこだ? 背筋がぞわぞわする。強力すぎる不死者は強力すぎる故に瘴気や呪いを発することすらある。今までそんな別次元にまで昇華した不死者は見ていないけど……私の感覚というか、魂がこれは危険だと告げている。
『あゝ……ここに刀を帯びるものがおるではないか……口惜しや……命をよこせえええッ!』
次の瞬間、いきなり私とエツィオさんは空中に投げ出される……いきなり足場が消えた?! 空中には足元に怒りで歪み切った顔で私たちを睨みつけ、目からはボロボロと血のような赤い涙を流すしわくちゃの女性がいる……泣き女のくせに奇襲してくるのか? 何だこの不死者は。
これはまずい……足場がいきなり消えたことで私とエツィオさんは身動きが取れないままだ……泣き女は間髪を容れずに大きく口を開いて叫び声をあげる。
『胎内の中で……ゆっくりと朽ち果てよ!』
全身に凄まじいくらいの激痛と衝撃を感じた後、私とエツィオさんが押し込まれるように眼下に広がる渦巻くような闇の中へと吸い込まれていく。視界が暗闇へと閉ざされ、私の意識が次第に薄れていく……エツィオさんが私に向かって何かを叫んだ後、空中で近づいてきたところで私の意識は完全に闇へと落ちた。
「ったく……奇襲攻撃とはやってくれるよ。灯ちゃんは……気を失ったままか」
僕……エツィオ・ビアンキは暗闇の中で抱き抱えていた気を失っている新居 灯を床へと下ろすと、はるか上の空間を見るが……そこも暗闇に染まったまま空すら見えない状況だ。
闇の中……おそらくだけど泣き女が展開した異空間の中に閉じ込められている状態のようだ……次元拘束と原理は似ているが、もっと原始的な力に満ちていると感じる。
落下の際に彼女を抱き抱えて速度減退で落下速度を落とせたのは幸運だった、そのまま叩きつけられていたら即死していた可能性すらあるのだから。
「……う……ん」
足元で気を失ったままの彼女を見て、生きてるなと安心する。泣き女の放った叫び声は衝撃波だったようで、彼女は全身でその攻撃を受けてしまっている。
強烈な一撃だがそれ単体で死ぬことは考えられない……確か衝撃波は意識を刈り取ることを目的とした攻撃手段で、生命に支障のあるものではない。気絶した獲物を持ち帰り、その生き血と魂を生きたまま貪るための技だからだ。
軽く彼女の頬に手を当ててみるが温かい、ちゃんと生きている。ホッとした気分で辺りをみるがどこまでも黒く陰鬱な空間が広がっている。
『……今なら、手に入れられるわ、この娘を……猛々しい魂の持ち主を』
ズキリと頭が強く痛んだ気がした……いやいや、教え子でもある女子高校生になんて……自然に自分の手が意志とは別に彼女の首筋をそっと撫でるが、その動きに合わせて新居 灯がほんの少しだけ身を震わせる。
僕は我慢できずにそのまま首筋へと唇を落として舌を這わせる……その動きに合わせて彼女の体がピクピクと震え、口から吐息が漏れる。
滑らかな手触り、そして舌で触れてわかるが甘い、とても甘い気がする……僕の、いや私の前世はこんな感じだったのだろうか? 再び首筋から唇を離して彼女の顔を見つめる……魂に刻み込まれた記憶とは似ても似つかない、日本人女性としては格別に美しい顔。
『無防備よ、今なら貴方の欲望を叩きつけても、この娘なら喜んで受け入れるわ……』
ゆっくりと彼女の制服を模して作られた戦闘服のブレザーのボタンを外す……そうだ、心臓の鼓動を確認するだけなんだから、何もやましいことなんてしていない。
ブレザーをそっと脱がせると、彼女が下に着ている白いスクールシャツとその年代の女性としては立派な膨らみが現れる……息が荒い……これは僕の息か、まるで初めてのように興奮しているのか? 僕は。
ゆっくりと彼女のその膨らみを隠しているスクールシャツのボタンに手を掛ける……ああ、なんてまだるっこしいんだ。破ってしまいたい……触れたらどんなに心地よいだろうか?
「ううっ……う……」
彼女が身じろぎをしたことで、僕は慌てて飛び退る……な、何をしようとしていたんだ僕は。灯ちゃんのことは妹のような存在に思っていたじゃないか!
ふと彼女の姿を見ると……少し短めのスカートがはだけて、白い太ももと彼女が仕事中に履いている黒いスパッツ……これも戦闘服なので強化素材なのだが、が見えている。
ゴクリ、と喉を鳴らしてしまう……女子高校生には見えない色気が彼女からは感じられるのだ。
『手に入れてしまっても……いいのではないか? 僕が初めての男なら……許してくれるのではないか?』
そんな考えに至った自分に気がつくと、歯がカチカチと鳴る……恐怖と自分への嫌悪で身が震える……この子を汚したら、僕は一生後悔するだろう。
僕は少しはだけたスカートをもとに戻すと、先ほど脱がしたブレザーをかけ、少し離れた場所へと座り込んで、膝の間に顔を埋めて震える。
僕が啜り泣く声が黒い空間に響く……溢れ出る涙を抑えきれずに僕は一人声を殺して泣き続けた。
「どうして……どうしてこんな……もう僕を……私を壊さないで、お願いだから普通に生きさせて……」
_(:3 」∠)_ エツィオさんの欲望を持て余す
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