第一四一話 鴉天狗(クロウ)
『……形勢不利、と言ったところだな……』
九頭龍は目の前の女性と鴉天狗を前にして、復活後にいきなり状況が悪いことに驚いている。この場所に封じられる際、死力を尽くして戦った相手がいた。
名前は知らない……ふらりと九頭龍の住処へと現れた男は、それまで付近の村に対して彼がしていることを糾弾し、九頭龍を殺すと言い出した。
人間はいつだって身勝手だ、元々この土地において共存するためにお互いが交わした制約に従っていた。九頭龍は土地への祝福と、厄災からの守護を請け負い、代わりに収穫の一部を受け取ることを約束として交わした。
なぜか娘を生贄に捧げてくるのには閉口したが……仕方ないので器量の良いものは一定期間身の回りの世話をさせてから、決して口外しないことを条件に別の土地へと逃がしてやることにした。
ただ、それでも制約を守る間は九頭龍は土地に降りかかる厄災や、戦乱、揉め事を律儀に解決していった。ある意味土地に住む人間にとっては自分は良い支配者であったと思う。
それなのにその男は、まるで九頭龍のやってきたことを邪悪の権化のような扱いで刀を振るってきた。言いがかりもいいところだと思う。
だがしかし……男は強かった。不思議な刀を振るい、九頭龍の九本あった首を次々と切り裂いていったのだ。驚くべき技能と武勇……琶蘭とか読んでおったか、神の如き光を讃える刀の前に九頭龍は必死に争った。
男も満身創痍のまま戦い、ほんの少しの差で九頭龍は琶蘭に胴体を貫かれ、この場所へと封じられてしまったのだ。
最後の一撃、その瞬間に男も九頭龍の血を浴びてしまい、全身を焼き尽くされるのが見えた。その後はよくわからないが、自分の倒れた場所に建物を建てて魂を鎮めようとした土地の人間がいたのだろう。
とても長い間……九頭龍は微睡の中にあって、土地を祝福し、可能な限りの守護を続けていたのだが……琶蘭は引き抜かれた。それも矮小な人間によって、眠りを妨害された九頭龍は怒りのままに襲い掛かったのだが……。
『しかし……その人間に再び倒されようとは……因果は回るものだな』
もう一度目の前の人間を見直す……女が三人に鴉天狗が一人、一人は琶蘭を携え九頭龍の眠りを妨げた少女。もう一人は琶蘭よりも遥かに不気味な刀を携える少女、もう一人は不思議な筒を構える少女。そして鴉天狗……こいつはまだ若いのだろう、人間に味方をして自分を倒しにかかっている。
『よかろう、我は九頭龍……龍として最後まで抗おうぞ!』
九頭龍が大きく咆哮したことで私たちは体に凄まじく強い衝撃を感じる……獣人が使う咆哮に近い能力だな。
そして九頭龍は三つの口から時間差をつけて火球を放つ……それまでのものと違い大きく速度も速い、私と立川さんは咄嗟にジャンプして火球をかわすが、社家間さんは避けられないと判断したのか風を起こして眼前で火球を防ぐ……しかし火球は大きく爆発を起こすと彼は後方へと吹き飛ばされてしまった。なんとか翼を羽ばたかせて体勢を整えようとする社家間さん。
「社家間さん!」
「大丈夫だ! それよりも前に出ろ!」
私は立川さんと顔を見合わせて頷くと、一気に九頭龍へと向かって位置を入れ替えながら走り出す。位置を入れ替えながら迫る私たちを見て、少しの間だけ九頭龍が迷ったようで間隙が生まれる。
その瞬間、再生したばかりの頭に再び銃弾が打ち込まれ……再び風船のように膨らんでから破裂し、派手に血を撒き散らしていく。
四條さんが対物狙撃銃の弾倉を抜き、背中に背負っていた別の弾倉へと差し替える。
「……炸裂弾終了。後は通常弾に切り替えます」
「リュンクス流……雷爪ッ!」
立川さんが騎兵刀の剣の腹に軽く手のひらを添えて撫で上げると、まるで魔力が宿ったかのように紫電が走る。
雷を纏った騎兵刀を振るって迫る龍の頭を斬りつけると、硬いはずの鱗を切り裂き、血を噴き出しながら首が地面へと倒れ伏していく。
しかし直後に騎兵刀はそのまま甲高い音を立てて、崩壊していく。刀身が技か、九頭龍の鱗のどちらか、いや両方にたえられなかったのだろう。彼女は怯む様子も見せずに背中に背負っていた刀を抜き放つと大きく跳躍する。
『させるかあっ!』
九頭龍が跳躍した立川さん目がけて大きく口を開いたまま食いちぎろうと迫る……しかし、私はその瞬間を狙って一気に体を沈めて脚に力をこめて技を繰り出した。
私の前から無理矢理に首を回した九頭龍、おそらく一気に距離を詰められないという判断なのだろうけど、私にはその一瞬を飛ばす技がある。
「ミカガミ流……朧月」
私は瞬間的に立川さんに迫る九頭龍の頭部の真横へと出現し、そのまま全て破壊するものを振るう。肉に食い込む手応えと、恐ろしくスムーズに肉を断ち切っていく感触。
目の前で弾ける血液と口を開いたまま地面へと落下していく頭が見える……立川さんはそのまま自由落下で刀を胴体へと突き刺した。
「封印じゃなくて……今度は永遠に眠りなさい!」
私はうねる首を蹴って地面へと着地すると、油断なく刀を構える。もしかしたら立川さんの一撃がとどめにならない可能性もあるから。
しかし胴体へと刀を突き刺した立川さんの一撃は九頭龍の命に届いたのだろう、大きく身を震わせると頭を失った首を激しく動かしながら、九頭龍は地面へと倒れ伏していく。
地面へと滴る血液が何度か火花を発しているが、次第にその勢いが収まり、九頭龍の胴体も大きくみじろぎをするとそのまま動かなくなった。
「お、終わりましたかね?」
「多分な……いてて……」
社家間さんが鴉天狗の姿のまま、軽く腕を押さえて私の横へとやってくる。四條さんも背中に狙撃銃を背負い直すとこちらに向かってきた。
立川さんは肩で大きく息をしながらも汗を拭ってから、ほっと息を吐きこちらに笑顔で向かってきた。
「倒せたわね……まさか私たちまで襲われるとは思わなかったけど……」
「……そもそも封印を解かなければ襲われなかったのでは?」
四條さんの冷静なツッコミにウッ、という顔をして汗をかく立川さん……まあでも二人がいなければ私たちもこの巨大な龍に勝てるとは思えなかったしなあ。
偶然とはいえ、一時的に共闘することで強敵を倒すことができたのは事実だ。少しだけほっとした気分になって私は刀を鞘へと入れる。
立川さんが日本刀を拭い紙で刀身を一度拭き直すと鞘へと入れ直すとほっと息を吐いている。
「ところで、その刀。どうするんですか?」
「……それをあなたにいう必要はある? せっかく抜いたのだし私が使うわ」
立川さんがほんの少しだけ距離を取ろうとする……いやそんな龍を封印してた刀をそのまま渡すわけにいかないだろう。私は刀の柄に手を当てて身構える。
カチャンと音を立てて私の腕に金剛杖の冷たい感触が当たる……社家間さんが人間の姿へと戻っているが、鋭い眼光で私を見ている。
「……なんのつもりですか?」
「その刀はな、藤乃が持っていく予定で……邪魔されると困るんだよな」
いきなり私の腕に置かれた金剛杖が凄まじい重さとなり、私はバランスを崩して地面へと叩きつけられる。な、なんだ? まるで地面に張り付いたかのように私の体は動かない。
四條さんが咄嗟に社家間さんへと拳銃を向けるが、彼はニヤリと笑って地面へと倒れている私を指差す。
「そっちの嬢ちゃんも動くなよ? 手荒な真似をする気はなかったんだけどな、そんなに殺気をばら撒かれると困るんだよ」
「……私は新居さんが死のうが構わないですけどね」
ちょっと! それは流石にないんじゃない?! あまりに無表情で淡々と答える四條さんの顔を見て私は焦るが、全身が強く地面へと張り付いたような状態で全く動くことができない。
『風の魔力だな……お前の全身に風をまとわりつかせて下方向へと押し付けている、ただその魔力が半端ではないな』
全て破壊するものの声が響く……恐ろしく冷静な批評どうも。でも原理がわかればなんとか……体に力を込める。確かに全身に何かがまとわりついているような感覚があるのがわかる。
私は全身の筋肉に力をこめて……ゆっくりと魔力を押し返していく。ジリジリと立ち上がる私を見て、社家間さんが驚いて口元を歪めた。
「おいおい……全速力で走る自動車すら一瞬で止めるレベルの術式だぞ? 化け物かこいつは……やってくれるぜ……」
「ぬ……うがあああああっ!」
私は足を震わせながらも立ち上がる……いや正確にいえば立ち上がるのはなんとかできたけど、この状態で戦闘なんか無理だ。
立川さんは私と四條さんを警戒しつつ、ジリジリと距離をとり始める。四條さんは拳銃を構えたまま動かない。いや正確にいうと動けないのだろうな。
社家間さんの殺気は私にではなく実は四條さんに向けられている……下手に動くとその瞬間攻撃が加えられるという殺気を感じるのだ。
立川さんはある程度の距離を取った段階で、逃げ切れると判断したのか社家間さんに目配せをする。その瞬間彼は一気に鴉天狗の姿へと変化し、ふわりと空へとだが舞い上がる。
体がいきなり軽くなって私はふらつくが、その合間に立川さんは暗闇へと姿を消していった。
「新居さん……共闘できたのは嬉しかったけど……次の戦いは容赦しないわ」
_(:3 」∠)_ レイブンでもよかったけど、中型の鴉と言うことでクロウへ
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