第一四話 強化人間(サイボーグ)
「新居か……久しぶりだな」
KoRJに到着して、着替え終わった私が八王子さんの司令室に入ると私を見て一人の男性がソファから立ち上がる。
黒髪を短く刈り込み、左目に眼帯をした偉丈夫は仕立ての良いスーツを着込んでおり、ビジネスマン風だが……体格や身体の運び方が素人のようには見えず、残った右目に隙のない鋭い視線を湛えているのがわかる。
「お久しぶりです江戸川さん、お元気ですか?」
私は丁寧にお辞儀をすると、そそくさとソファへ腰を下ろした。
嬉しそうな顔を浮かべた彼は目の前のテーブルに置かれた白い陶磁器のポットから私の分の紅茶を注ぐと、何も言わずにカップを私の前に起き、そっと手で飲むように促してくる。
「……いただきます」
私が軽く紅茶を啜ると……芳醇な香りが口内に広がる。
とても良い茶葉を使っているのだろう。少しホッとした気分でいると、江戸川さんが少し笑みを浮かべて私の顔を見ていた。
江戸川 乱坊、KoRの商社部門に所属している職員の一人で、普段は海外の支部を飛び回っている人だ。
年齢は……本人が言うには三〇代だったかな? 商社部門所属のため仕立ての良いスーツを着込んで、ビジネスマン風の外見をしているのはその証左かもしれない。
しかし正体はKoRJの戦闘部隊に所属している強化人間であり、見た目以上に恐ろしいまでの戦闘力を誇る日本支部でも有数の手練れの一人だ。
元々は彼は海外の傭兵部隊で戦っていたらしいが、とある大陸の内戦で傭兵として戦った際に降魔により大怪我を負ってしまい、現役の兵士としての生命を絶たれた。
だが、諦めきれなかった彼はKoRと契約して、自らを実験台として強化人間へと改造させることで現場復帰を果たした……だとか。
一般的に強化人間というと、小説や漫画で出てくる全身を改造したような姿を思い浮かべるが……残念ながら現代技術の強化人間は全身を改造するところまでは至っていない。
江戸川さんも脳神経や視界ユニットなど外見よりも内面を中心に強化しており、恐ろしく大きく不気味な眼帯を除けば、普通の人間と変わりのない姿をしている。
「新居が紅茶の味が分かる娘でよかったよ、悠人なんか飲めればいい、とか言い出すからな」
江戸川さんが紅茶を飲みながら笑う。この人は紅茶の味にうるさいと言われていて……その日ペアを組む人間に自慢の茶葉で淹れた紅茶を飲ませる、という特殊なルーティーンを持っている。
本人曰く荒事の前だからこそ心を落ち着ける時間と、何かが必要なのだ、と言うことらしいけど。
「美味しいですよ、私はあまり紅茶の種類とかは分かりませんけど……今日のは香りがとても良いですね」
カップの紅茶の匂いを軽く嗅いでみても、心地よい匂いが鼻腔に広がる……前世でもこんなに美味しいお茶を飲んだことはない気がする。
ただまあ……江戸川さんには悪いが、前世の私なら『お茶なんか飲めればいい』と言っていた気がするし、実際に飲ませてもらうまではそう思っていたのはここだけの秘密。
「その日の体調や気分に応じて茶葉を選択するんだ、もちろんお湯の温度なども重要だがね」
江戸川さんは自分のカップを軽く嗅いで……満足そうな顔で一口、紅茶を飲む。
こういうところの仕草とかで育ちの良さが分かるのだが、この人は傭兵部隊上がりというには仕草や、行動がとても洗練されている気がするのだよな……まるで前世の貴族のような、そんな違和感。
「……江戸川さんってなんで傭兵部隊にいらしたんですか?」
私は素直な疑問をぶつける……いや、私の記憶の中の傭兵部隊ってとても……なんというか荒くれ者揃いという印象だったので、目の前の人が傭兵と言われても違和感しかないのだ。
江戸川さんは確かに外見は歴戦の兵士風の外見をしているのだけど、私からすると本当に深い教養と知識を兼ね備えたとても優しいおじさんと言う印象で、傭兵をやってました! 兵士です! と言う印象から最も程遠い存在なのだ。
「うーん、なんでと言われてもそれがやりたいことだったから。とはいえ傭兵稼業は長く続けられなかった……本質的な意味で選択肢は間違っていたのだろう」
江戸川さんは紅茶の香りを楽しみつつ、苦笑しながらそう答える。
彼の片目の奥がほんの少し寂しそうな気もするが……じっと見つめる私の視線に気がついた江戸川さんは質問をしてきた。
「新居はまだ高校生だったよな? 高校を卒業したらやりたいことはあるのか?」
その問いに私は強い戸惑いを感じてしまい、それまで飲んでいた紅茶のカップに視線を落とす。
どう答えたらいいのだろうか? 私がやりたいこと……やりたいことって一体なんだろうか? 今までは女性として前世とは違う新しい人生を苦労も多いが、それなりに楽しんできた……。
でも、この先ずっと私が女子高生として生活を続けられるわけではない、私も女性として社会に出る時が来る。
ずっとミカちゃんと一緒にいることはできるだろうか? ミカちゃんも一人の女性だ、いつか私ではなく愛する人と一緒の人生を歩み始めるのだろう。
前世の私、ノエルも最後は愛する人と共に生きようとしており、そしてそれを叶えることなく逝った。
では私はどうするのだ? 男性と一緒に……いやいや、それはとてもではないが許容できそうにない。でも世間体として今世の私は女性……江戸川さんがおそらく何気なく発した問い、それが私の心に重くのしかかってしまった。
『私は果たしてこの先どうやって生きていけばいいのだろう?』
問いに対して急にフリーズしたように、紅茶のカップを見つめて考え込み始めた私を見て、江戸川さんが戸惑った顔をしている。
何か悪いことを聞いてしまったのか? と彼が私を不安そうに見ている……あ、これは何か口を開かないと彼にも悪い流れだな。
私はなんとか混乱する思考の中で言い訳じみた答えを絞り出す。
「い、いえ……すいません、そういえば何も考えていなかったなって……ハハ……」
「そ、そうか……まあ高校生のうちから将来を決めているやつは少ないからな……じっくり考えるといいぞ」
少しの間気まずそうな空気が流れてしまい、お互い何も喋らないまま時間が過ぎていく。江戸川さんは女性に立ち入ったことを聞いてしまったかもしれない、という自己嫌悪から。
私は将来の不安という自分自身への問いに押しつぶされそうになり、口を開く気になれなかった。
重い空気の中、慌てたように八王子さんが部屋へと入ってくる。そしてカップをこねくり回しながら苦い顔をしている私たちを見て、少したじろいだ。
「すまない待たせてしま……ど、どうした? 暗い雰囲気だな……」
「ということで今回はシンバシに向かう。そこに……今回の対象降魔がいる」
モニターに写真が映し出される。そこに写っているのは……鷲獅子……それと妖鳥?
三級降魔鷲獅子は鷲の頭に獅子の胴体を持ち、巨大な翼を持つ魔物だ。巨体で、前世では牛や馬を捕食することが多く、討伐なども散々やった。強烈な強さはないが……空を飛ぶのでちょっと面倒なんだよなあ。
そして四級降魔妖鳥。美しい女性の顔を持ち体が鳥の魔物で、知能はそれほど高くないが、集団で襲いかかってくるのと、非常にけたたましい声で鳴くのが特徴だ。
KoRJでの等級は低いが集団で行動することによって、等級以上の脅威となることがある。
「現在皇居を含めた該当地域周辺には報道管制、退去が進められている。謎の犯行グループによる爆弾テロ予告が出ていることになっているので、民間人の避難は終了しているはずだ」
八王子さんの操作でモニターが切り替わると、シンバシ付近のビル屋上に鷲獅子と複数の妖鳥が巣を作っているのが映し出される。
どうしてこの別々の降魔が同じ場所にいるのか? と言う疑問はあるのだけど、今はそれを知る術はない。
「妖鳥はビルの屋上に巣を作って……その周りを群として飛行しているようだ」
やっぱりな……奴等の生態としてはそんな感じだろう。
しかし……空を飛んでるというとなあ……接近戦を得意としている私の出番はないかもしれない。
「鷲獅子……こちらは屋上から動いていない。妖鳥が空を飛行して対象を守るかの如く、警戒を続けている。そこで江戸川くんが輸送ヘリからの援護を、灯くんは鷲獅子に接近して、飛行前にこれを処理する」
江戸川さんの能力は脳神経と視界ユニット、そして傭兵部隊所属時の経験を生かした狙撃能力、軍事衛星とリンクして超長距離精密射撃すら可能にする天眼が彼の能力だ。
輸送ヘリからの射撃でも一〇〇パーセント命中させることができるに違いない。
現代科学の結晶とも言える……強化人間の性能は、能力者として十分に活動できるレベルにあると言われている。
「私はヘリから動くことはないので構いませんが……新居はどこから対象へと接近するのでしょうか?」
「そうですね……最も簡単なのはヘリから目的地周辺のビルへと降下して、そこから平行移動でしょうか」
こともなげに話す私を見て江戸川さんがマジかよ?! という顔をしている。
そう、私の身体能力であれば……雑作もないことなのだ。幸い巣を作っているのは多少低めのビルなので……他のビルから走ってジャンプしていけば平行移動できるのではないだろうか?
「新居くんの能力であれば、そういう奇襲攻撃が可能だろう。では、屋上にヘリを待たせている」
八王子さんの号令で、私たちはすぐに屋上へと上がっていく。
そこにはKoRが運用している軍用の汎用ヘリコプターが用意されているが、かなり前に一度このヘリコプターに乗せてもらったことがあるが、軍用ということもあってそれはまあお世辞にも良い乗り心地のものではなかった。
表向きは在日米軍が所有しているはずの最新型の輸送ヘリ……この1機だけはKoRJが自由に扱えることになっているらしい。
こういった特別な措置などを考えてみても、KoRJひいてはKoR自体が国際的な超法規的活動を古くから続けてきた証でもあるのだが、私がやっていることは何やら大変なバイトなのだな……とは思ってしまう。
私たちが乗り込むと、表向きは在日米軍所属扱いの専属パイロットの男性の手によって、爆音と共にKoRJ東京支部のあるビルの屋上から都心方面に向けて飛び立つ。
「音が大きいから、何かあったらインカムに話しかけてください」
空を自由に飛んでいける、というのはかなり面白い体験だ、と思う。
そして眼下に広がる夜景……いつまでも明るさの絶えない不夜城、という言葉がしっくりくる。私は眼下に広がる街を見ながら呟いた。
「不夜城というけれど……本当に美しい光景ですね……ここを守る、というのはやりたいことかもしれない……」
_(:3 」∠)_ 最近ルイボスティーにハマってます。
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