第一二七話 大山猫(リュンクス)
「とまあ……剣士には剣士を、そういうことなんだよね」
「そ、それで……私を、というのは理解しました。で、でも……」
ララインサルは普段の笑顔を浮かべて、目の前にいる女性へと話しかける。少し緊張した面持ちの女性は、椅子に座ってじっと膝の上で手を握ったままララインサルを見ている。
そんな少し不安げな女性を見てララインサルはぐにゃりと歪んだ笑みを女性へと向ける……美しい女性だ。少し茶色がかったショートヘアに、少し薄めの瞳……整った顔立ち、スタイルは細身で何らかの運動をしているのであろう、健康的な容姿をしている。
「ダメですよ、あなたはアンブロシオ様に助けられたのに、その意志は無視できるんですか?」
「そ、それは私の前世が助けられた、というのは理解してますし、今私や家族が困っていることも相談に乗っていただいたのは感謝しています。でもそれが人を殺すことには繋がらないじゃないですか……」
立川 藤乃……都内の女子高校に通う一七歳の女子高生だ。その証拠に彼女は高校の制服に身を包んでいる。
その答えにララインサルは笑みを浮かべたまま、藤乃へと顔を近づける。その不気味すぎる翠玉の瞳を見てしまい、藤乃の体が震える。
この不気味すぎる闇妖精族はどこまで私のことを知っているのだろう……相手の目を見ていると、まるで全てを知られたような気分になって不安を感じる。
「知っているよ、君の本性を。君が夜な夜な見ている夢も……今回も僕らに助けられなかったら今の生活はできるのかな?」
「やめてください……あんなの私じゃない……あんな残酷なのは今の私じゃない……」
藤乃は言葉を拒絶するかのように耳を押さえて俯く。そうだ、あんなの私じゃない……人を斬ってその血の海の上で笑っている……そんな恐ろしい行為を私がしたいわけじゃない。あんな快楽に歪んだ笑みを浮かべる私は絶対に私じゃない……。
怯える藤乃の表情を見てララインサルはほくそ笑む……そうそう、そうやって罪の意識を感じてほしいね、前世とやらで彼女が起こした事件、それが彼女の魂を強く縛る誓約と化している。
そしてこの娘が記憶を蘇らせたことで、この娘は罪悪感と恐怖に悩まされて体調を大きく崩しており、それを見かねた友人に紹介されてララインサルが隠れ蓑にしていた団体に相談しにきた。
まあ、遭遇自体は偶然と言ってもいいが異世界の剣士を味方にするには時間は十分あった。そしてアンブロシオ様が彼女を守ると誓ったことで、彼女は僕らの手中に収まった。
母親が病弱で直後に入院しているのも都合がよかった……偶然とは恐ろしいね。
「大丈夫だよ、僕らと一緒にいれば夢の中のような出来事は起きないさ……立川 藤乃、剣士の魂を継ぐお嬢さん、この女性と戦ってほしいだけなんだよ」
「……それでもう終わるんですか? この悪夢も……この女性を倒せばいいんですね?」
ララインサルはそういうと一枚の写真を彼女へと手渡す……藤乃が受け取った写真には、一人の女性が写っている。とても美しい女性だ、と素直に思う。でもこの女性は一体何をしたのだろうか?
藤乃が何度かその写真を見て、不思議そうな顔をしているが……そんな彼女の顔を見てララインサルが微笑む。彼が発した言葉で、藤乃は思わず驚きで口を抑えた。
「この女性の名は、新居 灯……ミカガミ流の剣聖だ」
「視線を感じる……」
私は下校途中のコンビニで買ったラテを片手に歩いていて、ふとこちらを伺っている視線を感じて立ち止まる。家の近くということもありこの視線を感じたまま家に行ってしまうのはまずい、と感じている。近くに大きめの公園があるから、そこまで行ってやり過ごすか。
私は方向を自然に変えると、公園へと歩き出す……そんな私の行動をじっと見つめる目。なんだろう、手慣れているように見えて、恐ろしくわかりやすい視線だ。
戦闘服着てない状態だからなあ……制服に傷でも入ったら大変なことになってしまいそうだ。
『危なくなったら我を呼ぶと良い……追跡は慣れていないが手練れだぞ、これは』
全て破壊するものの警告が心に響く。心の中で頷くと、ゆっくりと移動しつつ相手の位置を確認していく、人数は一人だけか。それと男性の足音ではないな。
ん? 追跡してきてるのは女性なのか? どういうこと? 公園へと到着した私は少し広めの広場まで移動すると、振り返って相手の出方を見る。
「さすがですね……気がつかれていたようで」
木の影から、一人の女性が姿を現す……茶色がかったショートヘアに、少し薄めの瞳……整った顔立ち、スタイルは細身で、制服がよく似合っていると思う。
なんだろう? たまにあるのだけど、私は他校の女子生徒から『同性でもいいので付き合ってください!』と告白を受けることもあるので……それかな? とも思いつつその女性の制服を見て、私は少し衝撃を受ける……アルカディア国際女子学園高校の制服じゃないか? あれ。
「あの、何か御用ですか?」
「……新居 灯さんですね。恨みはないのですけど、私のために死んでもらいます」
女性は軽く腕を振るうと、まるで魔法のようにその手に美しい騎兵刀がいきなり出現する……なんだこれ、暗殺者か何かか? 私はそれよりも理由が聞きたくなって少し手で制止をしつつ問いかける。
「いきなりなんで殺されなきゃいけないの、それと……あなた何者ですか?」
「……私の名前は立川 藤乃……あなたと同じ異世界の剣士です」
いうが早いか立川さんは凄まじい速度で私の間合いへと侵入すると、咄嗟に回避をした私がそれまでいた位置に凄まじい斬撃を繰り出す……思わず手放してしまったラテの空き容器が真っ二つに切り裂かれて地面へと音を立てて転がる。
軽い舌打ちをすると立川さんは軽く顔の前に騎兵刀を立てて構える。
「リュンクス流……聞き覚えは?」
「ありますよ、昔の記憶ですけど」
私は全て破壊するものを何もない空間から引き抜く……その様子を見て立川さんは少しだけ驚くものの、すぐに身を低く身構えていつでも飛び出せるような姿勢をとる。
リュンクス流の構え……私の攻撃体勢よりも遥かに低い位置をキープしている……恐ろしく体幹が強いのだろう、そして獰猛なネコ科の肉食獣にも通じる威圧感を感じる。その姿を見て、心の中で全て破壊するものが再び警告を発する。
『手練れだな、お前と同様に異世界の剣士ということだが……見た目以上に厄介だぞ彼女は』
リュンクス流……異世界ではメジャーな剣術ではないものの、その見た目のしなやかさと豪快さで一定数以上の門弟を集めていた流派だ。
この世界にもオオヤマネコは存在しているが、異世界のリュンクスは神の従僕として崇められていた存在でもあり、かなり強力な肉食獣の一つだった。
神の使いということで宗教上の理由からも下手に狩ることができず、教団の司祭が宥めにくるまで村人が惨殺され続けた、なんて怖い話もあるくらいだ。
そのリュンクスの動きをモチーフとし、しなやかな剣の運びと縦横無尽な方向からの攻撃、そして必殺の一撃が特徴の実戦向きな剣術だったと記憶している。
前世で戦ったリディヤのような女性の剣士を輩出する流派でもあり、暗殺者などもこの流派をかじる事が多かったと思う。使われる武器は騎兵刀や三日月刀のような刀に分類される軽い剣が多い。
『しかし……異世界の、しかも剣士がなぜお前を狙うのだ? しかも同年代の女性だろうに』
「……わからないけど……、立川さん、理由無く斬られるのは困るの。訳を教えてください」
その言葉に少しだけ彼女の目が泳いだ気がするが……すぐに騎兵刀を構えて私へと躍りかかる……問答無用か……騎兵刀をの斬撃を全て破壊するもので受け止めて、彼女へと話しかける。
「聞いてよ! 訳もわからずに斬られるなんておかしいって言ってるの!」
「……答えられない。リュンクス流……縦爪ッ!」
立川さんは無理矢理全て破壊するものを押し返すと、私の視界からいきなり消える。え? と思う間も無く下からの鋭い下からの斬撃が私へと迫る。
そうか、彼女は両足を大きく広げた股割りのような姿勢で一気に視界から消え、元へと戻る反動を使って騎兵刀を上方向へと振り抜いてきたのだ。
咄嗟に刀を使ってその斬撃を受け止めると、その衝撃を使って私は大きく跳躍し、彼女から距離を取って着地する。
「日本人同士で殺し合うなんて不毛じゃない……もしあなたが異世界の剣士というなら一緒に降魔を倒しませんか?」
「……できない。魔王様との契約があるから……あなたを殺す以外に私に選択肢はない」
契約……するって〜ともしかしてアンブロシオやララインサルの仲間になっている、ということか……なら必要以上に手加減する意味はないな……では。
いきなり殺気を溢れさせた私に驚いたらしく立川さんは少しだけ表情を変えるが、すぐに少しだけ笑みを浮かべる。
「……流石に異邦者を殺しまくってるだけあるわね、優等生の皮を被った怪物め」
「……黙って殺されるわけにはいかないから、覚悟な……」
その時視界の隅に全く知らない人がこちらへと歩いてくるのが見える……私と立川さんはほぼ同時に武器を消すと、少し歩み寄って他の人が見れば立ち話をしているように偽装する。
その歩いていた人はこちらには視線を向けずに、そのまま歩き去るが……子供や家族連れが続々と公園へとやってきている。時間が悪かっただろうけど、少しホッとした。
私と立川さんはそのままお互いを睨みつけるような格好となったまま時間が過ぎる。
「……第一殺される道理がないですよ、いくら剣士って言っても私は人なんか殺して……」
「女性を殺したでしょ? 一人殺したらその時点であなたは殺人者だわ」
う……アマラのことか、でもそれは敵対したから仕方なかったし、アマラは恐ろしく強くて、正直言えば手に負えないレベルの魔法使いだったから。でもその後の志狼さんの涙を思い出してしまい、私は言いようのない悲しさを感じて少しだけ目が潤む。あんなに悲しそうな志狼さんの顔を思い出すと今でも心がキュッと締め付けられたような気分になるのだ。
突然悲しそうな顔をした私を見て、立川さんは少しギョッとした顔をしたが、すぐに私に指を突きつけて宣言する。
「今日だけは……見逃してあげる、後日正々堂々剣士として決着をつけましょう」
_(:3 」∠)_ 藤乃ちゃんは今後も結構出したい感
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