第一二二話 傷心(ハートブレイク)
「それでね、青梅先輩毎日あかりんのこと聞いてくるんだよぉ、距離を取っても愛されてますなあ」
「悪いんだけど、先輩の話しないでくれる? 私男性は信じないって決めたんだ」
ミカちゃんが笑顔で約束通り、勉強を教えてくれている先輩のことを口にしているが、もう私は彼とどう会っていいのかわからないので、勉強会には参加してない。
もう三週間か……それまではミカちゃんと一緒に先輩のお部屋で勉強をしていたのが本当に懐かしく感じるくらい、私と先輩は距離をとり始めている。
だって、彼から距離を置こうって言われたんだから、今回私は先輩に半分フラれたようなモノだと思っている……だってミカちゃんには言えないけど、私に並び立つってどう考えたって無理だからね!?
先輩は純粋に追いつきたいと思っていたのかもしれないけど……そりゃ無理ってもんですよ、現実的に彼がどこを目指してその話をしたのか、あまりに見えなくて私は正直困っている。
あの話をされてから一週間くらいは正直夜もずっとメッセージアプリで何度もメッセージを送りつけたんだけど、既読がついても返信がないので……私は志狼さんの時と同じ絶望感を感じて毎晩ベッドの上でバタバタ暴れている。
「青梅先輩は別にあかりんをフッたわけじゃないんだよ? あかりんに見合う自分になるまで待ってて欲しいって言ってるだけで……信じて待ってあげようよ」
ミカちゃんがとても困った顔で私に話しかけるが、私はへっ……と薄く笑って首を振る。
よく考えたら私は前世男性だし、別に男いなくても問題なくね?! という結論に達しているので、正直いえば今の状況は無駄に心を掻き乱されることがないので安心感があったりするのだ。
「おはよう日本の子猫ちゃん達……今日も美しいですね」
「おはようございます、先生……事案になるんでやめてもらえますか?」
めちゃくちゃ軽薄そうな声がかけられて私は声の方向へと無表情で声の主に返事を返す。
エツィオ・ビアンキ……KoRイタリア支部から転属して、KoRJの戦闘員として活動もしている我が校の臨時講師である。
なお、あまりのイケメンぶりに他の女子生徒からの人気は高く……彼が微笑むだけで黄色い声が上がるくらい人気の男性だ、そして男子生徒からは全力で嫌われている男性でもある。
「なんだ、随分ととげとげしいなあ……新居さんと違って昭島さんは今日も愛らしいですね」
「せんせー、それフォローになってませんよぉ?」
ミカちゃんがにへら、と笑いながらエツィオさんに微笑む……エツィオさんはニコニコ笑いながら、ミカちゃんの頭をヨシヨシしてるが……それ本当に事案になるんでやめてもらえますか?! ミカちゃんはエツィオさんにヨシヨシされてなんか満更でもない顔してるけど、ダメだよ!? エツィオさん中身男性じゃないからね?!
くそっ……このイケメンは中身が女性で、性の不一致に苦しむとても可哀想なイケメンなのだ、それを声を大にして言いたい。
「ごめんよ昭島さん……でも僕は日本の女性の魅力にメロメロなんだ……もちろん昭島さんはとても可愛いよ」
「せんせー、あかりんが言うように事案になっちゃいますよぉ」
うわー……心にもないこと言ってるし。私はめちゃくちゃドン引きした顔で彼らを見ているが……視線に気がついたエツィオさんがウインクをしてくるのを見て、私は頭痛がひどくなった気分になった。
ミカちゃんとエツィオさんは普通に話してるけど……私は先輩の件もあってエツィオさんとも少しギクシャクした関係になってしまっているのだ。
「ああ、新居さん。放課後話をする時間が欲しいのだけど、大丈夫かな?」
「ええ!? 先生あかりんと密室で一緒になっちゃうんですか?!」
「そうだよぉ……でも、何もしないから安心だよぉ」
「あかりん! エツィオ先生に迫られたら困っちゃうよね! いいなあ……私も先生と密室にいたーい」
「ダメだよ、お嬢さん……先生に惚れちゃいけないよ」
「あーん! 先生ずるいー、あかりんだけじゃなくて私も一緒にいーたーい」
「はぁ……ウッザ……放課後、どこいけばいーんですか?」
あー、興味ねえわ……愛想のない私の対応にエツィオさんとミカちゃんはお互い困った顔をしながら……苦笑いをしている。最近この人たちは妙に仲良いんだよなあ。めちゃくちゃ困った顔のエツィオさんが口を開く。
「あー、うん……生徒指導室あるからそこで……」
「じゃあそこ行けばいいんですね、それでいいですよね? もういいですか?」
私はポカンとした顔のエツィオさんとミカちゃんを置いてさっさと教室へと歩いていく。
取り残された形のエツィオとミカちゃんはお互い顔を見合わせて、さっさと歩いていく新居 灯を見送りながらやれやれという顔をしていた。
「あかりん……傷ついちゃったんですかねえ……」
「みたいだねえ……」
「……失礼します」
扉を軽くノックしてから生徒指導室へと入室する。私は一応優等生の部類なのでこの部屋へと呼ばれたことがなく、そういえば入るのは初めてだったなと思い返す。
生徒指導室は少し小さめの応接室のようになっており、ソファーが対面で置かれていてエツィオさんがソファーに座っていた。
「ソファーへどうぞ、お嬢さん」
「で、今日はなんですか?」
私がソファーに座ると、用意していたポットから紅茶をカップへと注いでエツィオさんは私の前に静かにカップを置く……なんでこの人紅茶入れるの上手くなってるんだろう。
私がカップから紅茶を飲み始めたのを見て、エツィオさんが少し微笑むと脇に置いていた封筒から書類の束を出して机の上に置く。
「KoRJから先日の藤井 はるみの件について追加資料がきているんだ。なので君にも目を通してもらおうと思って」
「追加資料ですか? でもそれならKoRJで見せればいいんじゃないですか?」
とは言うものの興味はあるのでカップを置いてから書類の束を手に取ると、その様子を見ていたエツィオさんが少しホッとした顔になって自分のカップから軽く紅茶を啜り始める。何か言いたそうな顔をしているが、私はあくまでも無表情で書類に集中していく。
「僕がこの学校の臨時講師をしているのは、君への連絡係も兼ねているからさ……ま、読んでよ」
藤井 はるみ、年齢は二〇代中盤、地方出身で就職と共に上京し事務員として働く。社会人としての勤務態度は真面目、ただしあまり目立つ人間ではなく家と職場を往復するような生活だったらしい。
同僚との接触もそれほど多くなく、友人は極めて少ない。収入の一部を生活の苦しい両親へと仕送りしており、貯金を一生懸命に行っていた。飲み会などにも参加せず、浮いた噂の一つもない……。
「……とてもじゃないけど吸血鬼化するような方ではないですね」
「続きがあるよ、全部読んだほうがいい」
ある日、彼女が泣きながら会社へとやってきたのを見て、上司が面談したところ『詐欺師に騙されてしまった』と涙ながらに訴えた。それまで溜め込んでいた貯金を男性に騙されて奪われたという……傷心の彼女は会社を退職し、田舎へと帰ると話して辞表を提出し、それから連絡が付きにくくなった。
心配になった上司が藤井の家へと向かったが、そこにはまるで別人になったかのように派手な外見とまるで死人のような青白い顔をした藤井が現れたが、彼女は病気なのでとだけ話すと家に引っ込んでしまいそれ以来連絡が全く取れなくなった、と書かれている。
写真が添えつけられていたが、確かに黒髪に大きめの眼鏡をかけた地味な印象の女性の写真で……先日の彼女の印象とは全く異なるものだった。
「……この間に彼女が吸血鬼へと堕ちたと言うことですかね?」
「そうなるな……KoRJでの調査で彼女が警察に相談した後、怪しげな弁護士事務所へと何度か出入りしている姿を目撃されていて、その事務所がとても怪しいと思う」
エツィオさんがカップに追加の紅茶を注ぐと、ずいとお菓子の皿を私の方へと押してくる。
わあ、私の大好きな甘いものだー、と少しだけ表情を緩ませて皿からチョコレートやクッキーをとり食べ始めるが……ふとエツィオさんの視線に気がつき私はすぐに表情を引き締めてお菓子をつまむ。
「……こんなもので、んむ……餌付けされるような……もぐ、私じゃ、ぱく……ないんですよ、もぐもぐ」
「食べながら言うなよ、説得力ないぞ。まあなので任務だよ、この後一緒にKoRJに寄ってその事務所へと向かう」
もそもそとお菓子を食べる私を見ながら苦笑いを浮かべているエツィオさんだが、スマホを取り出すとオペレーターへと迎えを寄越すようにお願いをしている。
え? もしかして今回エツィオさんと一緒の任務なんですか?! 私があからさまに嫌そうな顔をしているのを見て、彼は少し困った顔になる。
「大丈夫だよ、僕の中身のことを知っているだろう? それに君は調査系の任務がそれほど得意ではないから、僕が付き添いってことになってるんだ」
「……わかりました。でも前みたいなことしたら速攻で訴えますからね」
前みたいなこと……つまり次元拘束をかけて、通信途絶をしてから色々なことを……ああ穢らわしいッ! あの後私は誤解を解くのにどれだけ苦労をしたことか……エツィオさんも特にフォローをしてくれず、むしろ誤解を生むような言い回しをしていたこともあって、私はKoRJの女性陣からなんか腫れ物みたいな扱いを受けたりもしたのだから……。
「ああ、大丈夫……君が青梅と色々あったのは知ってるけど、僕には全然関係ないから……」
その言葉に私は思わず手に持ったカップをエツィオさんに投げつけてしまうが、彼の前には防御障壁がありカップと紅茶は障壁にぶつかって彼には衝突しない。
軽い音を立ててカップが地面へと落下し、割れてしまったのを見てエツィオさんはあーあ、という表情で布巾を使って床にこぼれた紅茶を吹き始める。
「全く……青梅のこと気にしまくりじゃないか。任務に支障が出ちゃ困る。それと不躾な言い方だったね、すまない」
私は思わずカッとなってしまった自分の行動に内心驚きながらも、そっぽをむいて拗ねる……だって今それを蒸し返してきたのはエツィオさんじゃない!
しかし……彼が言う通り、先輩が返事をちゃんと返してくれなかったり、距離を取られていることが不安で仕方がないのは事実だ。
割れたカップを片付けるエツィオさんを見ながら、私は出来るだけ感情を抑えて呟く。
「先輩とのこと……エツィオさんには関係ないじゃないですか。なんで余計なこと言うんですか……」
_(:3 」∠)_ 繊細な少女の心(前世はおっさん
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