第一〇四話 星幽迷宮(アストラルメイズ) 一三
「魔法が通用しないか試すぅ? 馬鹿かイケメン……さっきから通用してないだろ?」
フィリップがエツィオの宣言を聞いて心底馬鹿にしたような表情を浮かべる……だが、相対するエツィオは笑顔を崩そうとしない。
なんでこんなに余裕なんだ……? フィリップは目の前の男性がみせる余裕の表情を見て、少しだけ不安を感じる。ふとフィリップは自分の能力を再度確認し直すことにした。
フィリップとフランシスはそれぞれ別の能力を保有している。
一卵性双生児でありながら全く違う能力を授かったことで、獣人の仲間からは忌避されていた……双子は凶兆、それは彼らが生まれた場所の迷信だったが、彼らは幸運にも生き延びることができた。
テオーデリヒがたまたま生まれ故郷にやってきた際に、彼らのことを見出し……そして仲間へと迎え入れた。
フィリップの能力は魔法に対する耐性……攻撃的な魔法、防御魔法、治癒魔法全てに対する耐性だ。原理はよくわからないが、ララインサルからは『呪い』にちかいものだと教えられている。
魔法による攻撃は基本的に魔素を含んでおり、爆発などの衝撃や熱は感じるものの熱や炎は彼の身を焦がすことはない……氷魔法を受けた時は冷たいとは感じるが、ダメージを受けることはない。
毛皮は焦げたり凍ったりするが、その程度であれば自己治癒力の優れた獣人にとっては怪我の範囲に入らない。
魔法攻撃の大半は、この原理からは逃れられないため……結果的にフィリップは魔法に対する絶対耐性を得ているといっても過言ではないのだ。
デメリットとして治癒魔法すら効果を発揮しない、ということで命の危険があったとしても彼は致命傷の治療が受けられないため……対魔法使いの戦闘以外ではかなり慎重な戦い方を余儀なくされている。
物理攻撃は効果を発揮してしまうため、苦戦が予想されるからだ……それ故にフィリップは魔法使いを狩ることを専門にしてきた。
今回テオーデリヒが配置した戦力として……事前の打ち合わせどおり、魔法使いであるエツィオ・ビアンキに相対した。
『僕の能力であるなら……この目の前の魔法使いは僕を倒すことができない……戦闘とは有効な駒をぶつけるチェスゲームだ。相手の攻撃魔法が無効化できるのであれば……彼は僕に傷をつけることすらできないだろう』
もう一度自らの優位性を確信して内心ほくそ笑むフィリップ。
だがエツィオは構えをとって、何かの準備に入る……何をする気だ? フィリップは油断なく身構えると筋肉に力を込める……。エツィオはそんなフィリップを見ると、薄く笑い……口を開く。
「もう一度いう……今泣いて謝るなら許してやるぞ? 僕は心が広いんだ」
「何を馬鹿なことを……有利なのは僕の方だ。お前がひざまづいて謝るといい」
フィリップは大きく手を広げて身構える……楽しみだ、あの少女の前でこのいけ好かないイケメンを血まみれにして端から食いちぎっていったら、あの少女は怯えて涙を流すだろう。
女の怯える姿は……快感を伴う……あれだけ美しい少女が泣き喚く姿を僕は見たいのだ。
「そっか……なら君は魔法の真髄を味わって……そのままあの世へGO、だ。恨むなよ?」
エツィオは両手を交差させて……ドス黒い球体のような魔力を集中させていく。
フィリップの知識にない魔法……エツィオもあまり好んで使う魔法ではないが、空間の狭間にいるこの状況であればこそ、使っても周りに影響を与えることはほとんどない、と判断した。
するりとエツィオが伸ばした掌から、黒い小さな球体がフィリップに向かってふわふわと飛んでいく。
「では……さよならだ。重力撃」
「舐めているのか? なんだこの小さな球体は……」
フィリップは念の為防御姿勢をとるとその小さな浮遊する球体を弾き返すことにした……なんだこのどうでもいい攻撃は。この攻撃を弾いたらすぐに捕まえて足をへし折ってやる!
黒い球体がフィリップの近くまで辿り着いた瞬間、突然フィリップの体が大きくした方向へと押しつぶされるような感覚に見舞われる。
なんだこれは……体が、いや空間ごと下に押しつぶされそうな……凄まじい重さを感じる……その様子を見てエツィオが薄く笑う。
「物理学の知識、はないようだな……あまり使い手がいない魔法だし、知らなかったとしても君のせいじゃない」
重力撃……エツィオの前世で研究された重力……地面へと落ちていく力を魔素により再現した魔法だ。
通常地球上では物が地面に向かって落ちていく力のことを重力と呼んでおり、物体が他の物体へと引き寄せられることなども差している。
この魔法の特徴は、直接的な打撃能力に乏しく見た目もそれほど派手ではない……黒い球体を中心とした半径数メートルの空間を下へと押しつぶすといえば聞こえは良いが、爆発や火炎、電撃、氷結など派手な見た目ではないということもあり、使い手が極端に少ない魔法でもあった。
だが……エツィオ・ビアンキは前世の記憶が覚醒するまでは現代の人間である。基礎的な科学、物理知識などは現代人のレベルで、そして魔法については前世の記憶からどう使えばその魔法が最も有効なのか? という思考のレベルが前世の異世界に住む人間とは段違いに高いレベルを有している。
そして……今現在エツィオとフィリップの相対している空間、それは空間の狭間に設置されている広間……特に床は先ほどの攻撃で破壊されてしまうくらい強すぎる攻撃に対しては脆いものだ。
フィリップが下へと押しつぶされている魔法は、攻撃力は大したことがない……しかし床面のパネルはその超重力に耐えられずに大きくヒビが入っていく。
「ま、派手な魔法をぶっ放すだけが魔法戦闘じゃないんだよ。君のいた世界ではそれが主流かもしれないけど……僕はそういうの好きじゃないんだ」
「ば、バカなぁぁぁ」
フィリップの立っている空間の床面が砕けて、超重力が無理矢理空間の狭間へとフィリップと砕けた床パネルごと高速で落下していく。
空間の狭間へと落下した存在がどうなるのか? それは生きているものには想像しようもない……永遠に空間と空間の間に落ち続けるのか、それとも……少しだけ寒くなった気がしてエツィオは首を振る。
大きく床面に欠損した場所が生まれているが、すぐに砕けた場所を塞いでいくように新しい床面が再生され、何もなかったかのように塞がっていく。
ふうっと大きく息を吐くと、エツィオは軽く体についた埃を払うような動作をして……リヒターとフランシスの戦闘を確認することにした。
「ま、君のもう一人の兄弟も、すぐにあの世ってやつに送ってやるさ」
「フィリップが……馬鹿な!」
リヒターと格闘戦を繰り広げていたフランシスが床面へと沈んでいったフィリップを見て流石に動揺する。フィリップは対魔法使い戦闘に特化した特殊な個体だぞ……その彼が魔法使いとの戦闘で敗北するだと?
動揺からリヒターから思わず目を離してしまい、フランシスの体に強い衝撃が走る……リヒターが召喚した冬の狼が彼の肩口へと強く噛み付いたからだ。
「目を離すなど……余裕だな」
リヒターは赤い眼を輝かせて、どこからか取り出した連接棍を振るい、フランシスの体に一撃を叩き込む。強い衝撃がリヒターの手にも伝わり……かなりの手応えがあったことを感じる。
が、フランシスはその攻撃をものともせずに、大きく腕を振るってリヒターに距離を取らせると肩へと噛み付いている冬の狼の口をその凄まじい力で引き剥がすとそのまま引きちぎる。
「嘘だ……フィリップがやられるなんて……」
フランシスはボロボロと目から涙を流しながら……冬の狼の残骸を放り投げる。リヒターは次なる召喚に備えて魔素を集中していくが、フランシスは一度大きく吠えると一気に突進を始めた。
やぶれかぶれだろうか? いや……先程からリヒターの繰り出す攻撃に対して耐性を持っているのか、思うような効果が出ていないように思える。
リヒターは接近戦がそれほど得意な方ではない……正確にいうのであれば、戦士ほどの能力は出せず、どちらかというと中距離から遠距離での撃ち合いが得意だと考えている。
召喚魔術を駆使した攻撃……がリヒターの真骨頂だ。先ほどのように不死の王としての基本的な能力の高さを生かした殴り合いもできなくはないが。
「この場合はまずは動きを止めなくてはな……束縛の蔓」
リヒターの召喚魔術に呼応してフランシスの脚に突然沸き上がった不思議な植物の蔓が巻きついて絡め取られていく。
なんとか前に進もうと力を込めるがフランシスの全身を蔓が覆い尽くし、ギリギリと締め上げる……。
「な、なんのこれしき……」
凄まじい怪力で植物の蔓を引きちぎりながら、ジリジリと進もうとするフランシスを見て、リヒターは流石に驚きを隠せない……なんて怪力だ。
束縛の蔓は人間の力ではそう簡単に抜け出せない……リヒターの過去の経験でも飛竜を絡め取って動けなくしたくらいの耐久性を持っているはずなのに。
「驚きだな……お前の能力はその馬鹿みたいなレベルの腕力と、防御力か……」
「そうだ……兄弟……フィリップは魔法に対する完全な耐性、そして僕は兄弟と違って物理攻撃の高さと防御能力を有している……だから、フィリップがあんな優男に負けるわけがないんだ……」
フランシスは無理矢理に束縛の蔓から抜け出すと、その剛腕を振り回してリヒターへと襲い掛かる。こういうのが一番厄介だな。
フランシスの攻撃を避けながら次の手を考えていくリヒター……赤い眼が輝き、次なる一手の準備を始める。
「だからと言ってどうということはない……がな」
_(:3 」∠)_ 魔法戦闘玄人っぽい感じにしたかったw
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