第一〇三話 星幽迷宮(アストラルメイズ) 一二
「フハハハハハッ! どうした小娘! 手も足も出ないではないか!」
ラルフはその太い爪と、獣人らしいしなやかな身のこなしで次々と連続攻撃を仕掛けてくる。私は爪の攻撃を鞘に入れたままの日本刀を使って防御し、後退しながら相手の動きをじっくりと観察している。
一撃は非常に重い……でも攻撃は普通に見える範囲で収まっている、動きも非常にしなやかである意味美しさすら感じるレベルであり、彼が狼獣人としても相当にレベルの高い個体なのだろうと感じる。
私は横凪の爪の一撃を大きく後方に飛んで躱すと、少し腰を落として閃光の構えをとる。
「かかってきなさい……犬っころが」
「む……」
私から放たれる殺気を感じたのか、ラルフはいきなり飛びかかってくることはせずに少し身構えたまま周りをゆっくりと回り始めた。
迂闊に近寄れない、ということを感じているのかラルフはそれまでの積極的な攻めの姿勢ではなく、かなり慎重な表情を浮かべている。迂闊に飛びかかると一撃で仕留められる、という感触はあるのだろう。
だが、ラルフは少し口元を歪めると大きく息を吸い込む……ん? 何をする気だ?
「剣士との戦い方……接近戦よりもこっちの方が良いだろうな。くらえっ! 貫通!」
ラルフは少し離れた位置から私に向かって咆哮する。あ……まさか……志狼さんも使っていた咆哮か! 私に向かって不可視の衝撃波が地面を割って迫ってくる。
しかしこの咆哮については私はこれまでの戦いで何度も受けているので……到達する前に身を翻して衝撃波から距離をとる。
しかし今の一連の攻撃で少し距離が空いてしまった……ならば……私は閃光の構えをとくと片手で日本刀を引き抜き、少し腰を落とした構えをとって一気に前へと駆け出す。
その動きを見たラルフが再び咆哮を放つべく、大きく息を吸い込む。やらせない! 私は一気に加速して距離を詰めるが……ラルフが放ってきた次の一手は私の予想を超えていた。
「かかったな……呪縛」
「……かはっ……」
大きくラルフが咆哮するとまるで私の体が凍りついたかのように動かなくなり、私は前のめりに転んで地面へと倒れ込む。
息が、息ができない……攻撃の咆哮じゃなかった?! それでもなんとか前進しようと力を込めてもがくが、まるで糸の切れた操り人形のように私の全身に全く力が入らず……崩れ落ちそうになる。
「呪縛の効力を知らなかったようだな……咆哮は何も貫通だけではないのだ」
「ぐはっ……」
ラルフは動けない私にゆっくりと近寄ると、手足を震わせる私の腹部に全力の蹴りを入れ、私は痛みと共に大きく飛ばされるとそのまま地面へと叩きつけられる。
そ、そうか……獣人の持っている特殊能力咆哮はいくつかの効果を載せることができるのだった。最近この能力を使うものは貫通を中心に組み立てをしてくるのですっかり忘れていたが、呪縛や戦慄など複数の効果が発揮できる。
『僕は三種類しか使えないんだ……アマラとの戦いで見せた貫通はKoRJには申告してなかったんだけどね。昔見た個体ではもう少し複雑な効果を出せるのも見たことあるよ。この効果をいかに隠せるか? で強さが決まると思うんだよね……』
志狼さんの困ったような顔が脳裏に浮かぶ……ラルフは今二種類の効果を発揮させた……あと何種類の効果を咆哮に乗せられるのだろうか。
足の震えが止まり、私は呪縛の効果が薄れたことを自覚する……ゆっくりと立ち上がる私を見て、口角を歪めるラルフ。
さてどーしたものか……志狼さんがいうには咆哮はそう何発も放てるものではないと言っていたけど……そんな私の前で、ラルフは口を開けて懐から取り出したスプレータイプの喉薬を使って声の調節をしている。ず、ずるいなあ……でも何度も使えるほどの数はないはずだ。
「あー、あ゛ーあ゛あ゛あ゛。この世界にあった薬は便利だな……何もないよりは多くの回数を放てる」
「はっ……現代医学に頼る降魔なんてお笑いだわ……」
私は一気に距離を詰めるように突進する……喉薬使ってもすぐに回復するわけじゃない、できるだけ連発される前にたたみ込まなければ。
距離を詰めた私が振るう日本刀を、その太く鋭い爪で丁寧に防御していくラルフ……戦闘慣れしている。ラルフの反撃をギリギリで避けながら私は吠える前の準備動作である息を吸い込む間を与えないように連続で攻撃を仕掛けていく。格闘戦に持ち込めば……日本刀を奮って距離を取らせなければそう簡単に……。
ラルフは日本刀による攻撃を防ぎながらニヤリと笑う。
「ほぉ……やるな……小娘」
「始まったねえ……」
エツィオは新居 灯が狼獣人と交戦状態に入ったところを横目で見つつ、目の前に立っている熊獣人を見る。
彼の記憶にある熊獣人の知識を考えていく……彼らは基本的に恐ろしく強力な腕力を使った攻撃が得意だ……そしてその代わりに咆哮の能力が高くない、というか大きく吠えることが必要な咆哮が得意ではないのだ。
しかし生命力や防御力は狼獣人の比ではなく……まさに小型の要塞と言っても過言ではない。そして魔法使いであるエツィオとリヒターにとってはかなり相性の悪い相手であるとも言える。
「お前は魔法使いだろ? なら僕との相性は悪いだろう……そんな余裕を見せていていいのか?」
大きく腕を振るって、轟音と共にエツィオに向かって恐ろしく太い腕を振り下ろすフィリップ……その攻撃は床に直撃するが床面に使用されているパネルが大きく凹み、ガラガラと音をたて崩れるが一瞬の間を置いてその破壊されたパネルを補完するように新しい床面が復活していく。
「……炎の槍」
まるで瞬間移動したかのように少し離れた場所へと姿を現したエツィオの背後に、間髪入れずに燃え盛る炎の槍が出現する。
彼が腕を振るうと同時にフィリップへと炎の軌跡を描いて炎の槍が迫る……フィリップは両手で咄嗟に防御体制をとるが炎の槍が着弾と当時に爆発を起こし、熊獣人の体を炎で包み込む。
この魔法は前世ではあまり多用していなかったが、雷撃の槍などと同じ系統に属する攻撃魔法だ。目標に衝突すると爆発する火球に似た特性を持っているが、飛翔速度が段違いに速く避けにくいという特徴がある。
「ま、腕力があっても当たらなければどうということは……」
「うふふ……随分余裕だねえ魔法使い……」
炎が収まっていくが、全く無傷のフィリップが姿を現したことでエツィオは顔を顰める……どういうことだ? 直撃したのに無傷だと? 口の端を吊り上げて、笑うフィリップ。エツィオは少し目を凝らして相手を観察する……何かおかしな気配がする。
「なんだ……? 僕の魔法を受けても無傷ってことは、別に能力を持っているな?」
「うふふふ……わかるかなあ……? まあわかる前に殺すけどね」
フィリップは一気に距離を詰めると、非常に無造作な動作でエツィオへと攻撃を繰り出していく……その攻撃を瞬間移動で交わしていくエツィオ。
合間に火球で反撃していくが、何度も表面で魔法が爆発しているが傷をつけている様子が見えない……。魔法に対する防御能力、でも間違い無いよな……エツィオはその様子を見ながらもなんとか瞬間移動で距離をとり次の手を考える。
確かに魔法使いの魔法が効果がない、ということであればピンチなのだが……まだ焦るような状況ではないな。
「まあ、わからなくてもさ……僕には圧倒的な魔力があるからね……火炎の嵐」
「無駄だよ! 何度やったって魔法で僕を倒すことはできないよ」
エツィオの詠唱と同時にフィリップを凄まじい火力の炎が包み込む。観察者を一撃で焼き尽くした魔法の嵐だ。しかしその圧倒的火力をものともせずにフィリップは無傷のまま歩みを進める。
エツィオは少しだけプライドが傷ついた気分になって、少し心が泡立つのを感じる……前世も魔法使いだった彼にとって魔法という拠り所はプライドを支える重要なファクターなのだ。
新居 灯というミカガミ流剣士と戦うことがあったとしても自らの魔力、魔法という能力があれば負ける気すらしない、いや完封してみせる自信がある。
その魔法が今現在目の前の敵には通用していないという現実が、実は腹立たしいのだ。
「くっ……僕の魔法を安っぽい能力で……」
一瞬の集中力の途切れから、急接近するフィリップへの対処が遅れるエツィオ……咄嗟に攻撃を防御結界を貼って受け止めるも、その威力の大きさから受け止めきれないと判断して後方へと大きく跳躍して威力を減衰させる。
フィリップは仕留め損ったことを理解したが、エツィオの魔法が自らには効果がないことを改めて確信して咲う。
「僕の防御能力はそう簡単に突破できない……君はイケメンだから……ちょっとムカつくんだよねえ……あの少女の前でお前をズタズタに切り裂いて、絶望のどん底に叩き落としてから、ゆっくり食らってやるよ……」
全く……私は中身が女性だというのに……新居 灯はちょっと扱い違うってのにこういうのは不公平だわ……。心で散々ミカガミ流の女剣士の文句を吐き捨てると、エツィオはこの状況を打破できそうな幾つかの魔法を記憶から掘り出して……薄く笑みを浮かべる。
「そう、なら僕の魔法が本当に通用しないか、試してやるよ……泣いて謝ってももう遅いぜ?」
_(:3 」∠)_ 新キャラの名前つけるの大変……
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