第一〇一話 星幽迷宮(アストラルメイズ) 一〇
「虎の子の竜まで倒されたか……なかなか厄介だな」
「……そんなこと思ってないでしょ? テオーデリヒの顔は楽しそうだよ?」
テオーデリヒはニヤニヤ笑うララインサルの顔を見て、少しだけこの闇妖精族のことを疎ましく思っている……。
元々この闇妖精族は悪戯者の印象が強すぎる……戦士であるテオーデリヒとは相性が悪い。どことなく、不気味で信用が置けない性格をしていると思っている。
ただ……彼にできないことをきちんと仕事としてこなしているのだ……目的が一致している間は少なくとも争うこともないだろう……。
「確かにあの連中は強い……あの少女もとても強いが、あの武器ではな興醒めだ」
「この世界の武器としてはかなり上質だけどねえ……君と戦ったら折れちゃいそうだよね」
日本刀、と呼ばれるこの世界……この国に伝わる接近戦用の剣。近年は美術目的であるものの、美術館などに展示されている武器は素晴らしく美しく、そして美しさの中に血の匂いを漂わせていた。古いものほど素晴らしいものが多く……そして漂う怨念のようなものを感じさせた。
「どこかで見たものと似ているがな……全然別物だ。本物はもっと美しかった。不思議な魅力を持っていてな……」
テオーデリヒはこの国の文化を残そうという意識については感心している……彼がいた世界では武器は武器として扱われ、そして使い捨てられておりよほどのものではない限り継承されていくことは少なかった。
魔剣や聖剣と呼ばれたものは残っていくことも多いが……この国はどうでもいいものでもきちんと残しているのだから。その手間を楽しんでいるのか、尊ぶべきものだと考えているのか……日本人とは面白い人間だとさえ思っていた。
そしてその歴史や伝統を大事にする姿勢は嫌いではない……滅ぼす対象としては少し惜しい気もしているのだが……命令である以上仕方ないのだ。
「美しい……ねえ……武器の良し悪しはよくわからないよ。でも……この国の神話とかには色々な面白いものがあるよね。僕らの世界とあまり変わらないよ」
ララインサルが最近着手し始めた、神話の復活……アンブロシオからも優先的にその仕事を行えと命じられている。そのため星幽迷宮のマスターを移管したのがその手始め。
荒野の魔女という協力者を失ったアンブロシオもかなり自らの足で動き回っている……休んでいるのかどうかすらもわからない。
先日欧州の伝承にあった小さな魔物を復活させた……怪猫と言ったか、目を離した際にどこかへ行ってしまったが、成長して人を食っていたようだがKoRJのメンバー……あの少女と金髪の男性に殺された。
戦闘能力は高く評価されていたが、どうも一度目の死の際に何か人間に吹き込まれていたのか……あの少女のために命を差し出した。
流石に伝承の詳しい死に様や思考までは制御できるわけではないから……そういうこともあるのだろう。それ以外にもこの国に伝わる伝承や神話に登場している魔物を復活させることには成功している。
早めに新しい仲間を増やしていくのは優先事項の高い仕事の一つだ……だが、KoRJという組織、そしてあの女剣士は倒さねばならない。
復活させるのにも手間がかかるのに、片っ端から殺されてしまっては労力に見合わないからだ。
『あれは揺らぎ……放置するのは危なすぎる存在だ。優先的に殺さねばならない……直感的で悪いが、私はそう思っている』
『そんな危険なものですか? 私には単なる少女にしか見えませんが……』
『あれは見た目以上に何かを隠し持っている……私の中に流れる血がそう言っている、あれは殺さなければ目的は成就できないと』
『では……私めが必ずやあの少女を……殺します』
『よろしい、期待しているぞテオーデリヒ……ミカガミ流を必ず滅ぼすのだ』
アンブロシオとの会話を思い出して、少しだけ身震いする。前に見た時はそうでもなかったのに、今回は仲間と一緒とはいえ、途中まであの武器で竜を圧倒していたのだから。
成長している……放置すればするだけ彼女は成長していく……伝説に刻まれたミカガミ流という恐るべき剣術の使い手へと変貌していっている。
剣術を操る剣士は二つに分類される、ただの役立たずか、それとも英雄か。
ミカガミ流……異世界でもほぼ使い手のいなくなった古流剣術。この世界で使い手が残っているということに彼らは驚いたものだ。
「剣聖の伝説か……」
テオーデリヒの伝え聴いているミカガミ流の神話……何世代目かの魔王を倒すために立ち上がった勇者を支え、幾多の魔物を切り伏せそして最後には仲間のために命を落としていく最後の剣聖。
ただその意志は受け継がれ、世代を超えても剣聖には及ばずとも、その超絶技法による戦闘能力は魔物を恐怖に陥れる。
何度も大きな戦争が起こり、次第に剣士の数は減っていき……いつしか新しい剣術に取って代わられ、ミカガミ流の剣士はいなくなっていった。それでも人の中に神話は残っている、ミカガミ流という剣術の圧倒的な輝きを。
テオーデリヒはモニターを見つめてボソリと呟くと、不気味すぎるくらいの殺気を放ち、部屋が軽く振動していく。
「伝説は滅びるためにあるのだ、伝説のままであるためにな……」
「ま、また通路ですね……」
私たちが扉を開くと、再び恐ろしく長い通路が伸びているのが見えて私は少しだけ、げっそりした気分になる。どこまで続くんだこれは……ただ先程の休憩で少しだけ気力も体力も回復してきているのは実感できている。
リヒターはこれを計算して行っていたのか、サポートが必要だと理解していたのか……私の視線に気がついたリヒターはカタカタと笑う。
「少し休んで正解だったろ? 新居は特に顔が疲れていたからな……」
そんなに疲れた顔をしていたのだろうか……でも確かに初戦の食人鬼との戦いの後に寝てしまうくらい精神的に疲労したし、竜との戦いの後も体が恐ろしく重かったのは確かだ。
今はかなり体が軽い……もしかしたらリヒターはちゃんと私たちのことを気遣ってくれていたのかもな……。ありがたいことだけど死者である彼にケアされる生者ってのもな……ちょっと複雑なものを感じる。
私たち三人は通路を進み始めるが……やはり壁や天井は生きているかのように動いていく。なんだか慣れてきてしまっているけど、リヒターたちのいう通り異空間にいるのだという気分にさせられる。
目が疲れる……壁や床面、天井が生きているかのように動くという体験は普通の人間をやってきた身には少し違和感が強い。目を抑えて擦る私を見て、エツィオさんが心配そうに肩に手を置く。
「大丈夫か? 辛いなら僕が運ぶぞ?」
「だ、大丈夫です……歩けますから……」
僕が運ぶ……というのは彼と密着してしまうことになるので……それは流石に恥ずかしいと思うからだ。うっかり寝てしまって彼にお姫様抱っこされてしまった件、彼が冗談だと言ってたけどお互いが合っているんじゃないか? と話した件もあって私は、少しだけ彼のことを意識してしまっているのを認識している。
「そうか……ならいいけど、無理するなよ?」
うう……ちょっと今の言葉で心臓が少しだけ高鳴ってしまった……ちょっと前まで志狼さんで、その次は先輩と一緒にいて……今はエツィオさんってチョロすぎるだろ私……!
いや、今は体も弱っているし疲れてるからだ……前世でもそういうことがあったじゃないか、人間なんだからある程度弱った時や恐怖を感じたりする時に異性に対して偽りの恋愛感情を抱きやすい……つまりは吊り橋効果ってやつだよ、絶対。
「なんだか自分の気持ちがわからなくなってきた……」
「どうした、随分顔が赤いぞ」
リヒターが私の肩にポンと手を当てて目を輝かせる……大丈夫ですと伝えて、私は自分の感情の揺れ動きに少しだけ頭が痛い気分になって来ている。
本当にここ最近なのだ……志狼さんに強烈に惹かれてからというもの、自分が否応なく女性の体であることと、その体に引きずられているのか心まで女性として意識が強くなって来ている気がする。
ちょっと前まで『私魂男性だし〜、男興味ないわ〜』と言い続けていたのが嘘のようだ。周りにあまりに魅力的な男性が揃いすぎているというのもあるのだけどね。
『あかりんは本当にめちゃくちゃ美人なんだから、もっと自信持っていいと思うよ? というか自信持って、私が自信なくなるし……』
ミカちゃんによく言われる言葉がこれだ……とはいえなあ……心で否定をしたくなるのはもう仕方のないことなんだよな。前世と同じく男性に生まれ変わりたかった、ほんと。
ため息をついている私を見て、リヒターが少し何に悩んでるんだ? と言いたげな表情をしているが、えへへ……と苦笑いでごまかす。
この任務が終わったら、本当にどうするか悩まないとな……自分がどうしたいのかも考えなきゃいけないし。先輩のことが心配で焦ってしまったけど、先輩に今のままの状況を続けさせるのは本当に良くない。
もしかしたらミカちゃんと一緒になってもらう方が彼には幸せかもしれないからだ……そう考えて心が少しだけチクリと痛む……できればそういうことは考えたくない。……胸が痛むから。
私は誰にも聞こえないように、胸に手を当ててつぶやく。
「弱った……本当に私どうしたらいいのかわからない……」
_(:3 」∠)_ なかなかに目標とする話数で章をまとめるの難しいw
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