第一〇話 凶暴化(バーサーク)
「コードネーム妖精及び、あら……違った、戰乙女行動を開始します」
先輩がインカムに作戦開始のコールを送る……私は行動開始前にあまりやらない行動なのだが、彼は生真面目にきちんとこういったことを遂行できるところが素晴らしい。
先輩の妖精というコードネームは、彼の使う念動力が妖精が悪戯をする様子に似ているから、と職員さんが話していた。
とはいえ彼と一緒に行動した人からすれば、言葉から連想される優しいイメージではないそうで『もっと強そうな名前にしちゃえばいいじゃん』と提案されることが多い、と先輩は苦笑してたっけ。
「新居さん、捜索範囲を広げたい……まずは個別に行動しよう」
先輩がスマホで地図を見せて、私たちの今いる場所を指し示した。私は時計回り、先輩は反時計回りに公園を一周するようなコースだ。
「この公園はランニングコースが併設されていて、それに従って動けば内部を網羅できるね。このコースで回って、最後に反対側にあるレストハウス前で落ち合おう」
私は先輩のスマホを何気なく覗き込む。ほうほう……確かにコースに沿って歩けば網羅できるのだね。
彼のスマホを持つ手が少し震えた気がして、なんでだろう? と思って先輩を見ると、彼と私の顔の距離が思ったよりも近かった。
至近距離で私の目と先輩の目が合い……先輩は少しだけたじろいだような表情を浮かべて頬を赤くしている。
分かり易いくらい動揺し続ける彼が少しだけ可愛いな、と思い先日ミカちゃんが見せてくれた雑誌で『憧れのあの男性を落とすテクニック一〇選』という企画に書かれていたポーズ……ちょっと首を傾げて髪をかき上げながら、彼の目を見つめる。
ふっふっふ、私はイタズラも大好きな小悪魔系女子高生なのだ! これをやっているのが前世が三〇代のおじさまだった私がやっていることに少し悲しさを感じるが……決して前世の姿を思い浮かべないようにしよう。
そんな私を見ながら……先輩は何度も口をパクパクさせたり、何かを言い淀んだりしている。
「あ、うっ……ち、近いっ……なんて良い匂い……はふー、はふー……行動はそれで、い……良いかな?」
何度か先輩は深呼吸をして、ようやく絞り出すように口を開いた。
よしよし、よく言えました……可愛がっている弟子が新しい技を披露できた時の師匠の気持ちのような、褒めてあげたくなる気持ちが芽生えて私は彼に微笑む。
「大丈夫ですよ。気をつけてくださいね、先輩」
顔の赤かった先輩はすぐに気を取り直して、じゃあと手を振って別の方向へと少し小走りに走り出す。私も笑顔のまま先輩に軽く手を振るとのんびりと歩き始めた。
私は公園内をゆっくりと歩いている。
いつでも腰の日本刀を抜けるように柄に手をかけたままだが、意識はどちらかというと周囲の微妙な音や、異変を察知するために感覚を研ぎ澄ましている。
とても細かい……おそらく虫が動いたであろう擦れるような音や、夜風に吹かれて葉から落ちていく水滴が地面にぶつかる音が私の耳には聞こえている。
息遣い……これは猫だろうか? 歩いている私を見て緊張したのか、息を呑む音が聞こえる。
「今のところは……何もない、かな?」
歩きながら牛巨人について少し思案を巡らせることにする。
前世の彼等は優秀かつ勇猛な戦士であるのだが、欠点として凶暴化という特徴を持っていた。敵にすると非常に恐ろしい種族……だけなら良いが、凶暴化状態の牛巨人は敵味方の区別がつかず、動くものを殲滅するまでひたすらに武器を振るい続けるという大変残念な特徴があった。
動かなくなるまで切り刻んで殺すか、鎮静の魔法をかけないとダメだったな。
失敗談になるが牛巨人の傭兵を味方に入れて大規模な戦闘に臨んだところ、彼が凶暴化してしまい、味方陣営にも大きな損害が出るという失態を冒した。
その時は仲間の魔法使いがすぐに鎮静をかけてくれて、牛巨人は大人しくなりその場で昏倒して寝てしまった。
本人は悪気もなくいつものように翌日も明るく挨拶してきたのだが、流石に『次同じことが起きたら大損害じゃないのか?!』と仲間が萎縮してしまい……揉め事になるくらいなら、と最終的には少し多めの賃金を支払って離脱をお願いした、という記憶がある。
ちなみに凶暴化発動のトリガーは自分の血が流れること、だったかな? つまり怪我をしたら一〇〇パーセント暴れ出すのだ。めちゃくちゃ迷惑な生き物である。
「はあ……またあれと戦うことになるのか……」
私は自分の記憶を探っていき、本当に厄介な相手だな、と嘆息する。
牛巨人の中でも上級の戦士は腕力だけでなく、技においても一流だったものが多く、凶暴化するまでは剣聖ノエルと十分に渡り合えるレベルの実力者が存在した。
その時ふとそう遠くはない場所に軽い振動を感じ取り、私はその方向へと顔を向けると、確かに感じる……そして振動が今止まった。これだけの重量物が歩いた気配……目的の場所だろう、と急いで走り出す。
目的の場所はすぐに見つかった……短めの草に覆われている少し広めの広場、その中心に恐ろしく巨大な影が腰を下ろしていた。
巨大な二本の角、赤い目、雄牛の顔。そして三メートル近い筋肉質の肉体。大戦斧の柄の先端に手を置き、その手の上に気だるそうな表情で顎を乗せている。
何かの台の上に腰を下ろしているが、巨体の重さに耐えきれなかったのかそこにあったであろう造形物はひしゃげてしまっている。
「——牛巨人」
私は柄に手をかけたまま歩き、一定の距離をとって対峙する。
サラサラと頬を撫でる心地よい夜風に私の長い黒髪がたなびく。
こちらに気が付いた牛巨人が、私を見て嬉しそうに口元を大きく歪めるのを見て、ああ……これは彼らの笑い方だ。と懐かしさを覚えて私は少しだけ感傷的な気持ちに心を支配されそうになる。
ゆっくりと牛巨人が立ち上がり両手で大戦斧を力強く握りしめ、非常に無駄のないこちらが感心するくらいの構えを見せたことで私は慌てて意識を入れ替える。
腕力を生かして斧を力任せに振るうのかと思ったが、目の光はとても理性的で私の出方を油断なく見つめている。
構えを堂に入ったもので、私から見て何らかの武術を習得しているであろうこいつはできるやつだと思う。
私は日本刀を片手で持ち、少し腰を落としていつでも飛び出せるような体勢をとって相手の出方を伺う。
牛巨人はジリジリと大戦斧を構えたまま間合いを詰める。お互いの間合いを探るべく、私もゆっくりとギリギリの距離を移動していく。
一瞬の後……私と牛巨人がほぼ同時に地面を蹴る。距離を詰め全力で縦切りで振われる大戦斧が視界いっぱいに広がる。その攻撃が当たるか当たらないかギリギリのラインを見極めて私は身を躱し、カウンターで武器を持つ手を狙って刀を薙ぐが、相手の攻撃を避けながらの攻撃は速度が落ちすぎた。
日本刀の軌道から狙いを察知したのか、斧から片手を離し回避する牛巨人……日本刀の先端は空を切り、それと同時に地面へと大戦斧が食い込み、轟音と共に地面に大きな亀裂が走る。
結論として初撃は双方当たらなかった……追撃を恐れてお互いが呼応したように、すぐに後方へと飛び退る。
私は最初からカウンター狙い、牛巨人は腕力を生かした斬撃……お互いの狙いはこんなところか。
お互いの視線がぶつかり、ピリピリとした緊張感が走る。牛巨人の反射神経はこちらの予想外の速度だ……単なる腕力任せではない、というのが理解できる。所謂達人ってやつだ。
彼自身の絶対的な身体能力と、膨大な反復練習による訓練に裏打ちされた戦い方なのだろう、振り下ろす動作に迷いというものを感じられない。
一方で牛巨人も私の剣を警戒している……カウンターの対応速度としては私の方が遥かに早い。
下手に手を出すとカウンターで斬られることが理解できているのか、そう簡単には手を出してこなくなり、ジリジリとお互いの間合いを探るように移動している……よく見ると彼の息も荒く、口元から何度も涎が飛び散っている。
「はぁっ……はぁあっ……!」
私も変わらない……緊張しながらも大きく息を吐き、息を整える。
先程の牛巨人の一撃、少しでも触れてしまったら……とふと恐怖で背筋が冷える。
前世で何度も戦い、何度も勝利し、幾多の敵を打ち破ってきた私とはいえ、確実に死ぬであろう攻撃を間近で見ると流石に怖いのだ。
経験上恐怖を感じない戦士はすぐ死ぬ、怖いから生き残るために必死になるのだ。それは剣聖とまで呼ばれたノエルの記憶からでもよくわかる……前世の剣聖ノエルはそれを知っていた。
再び日本刀を構えて……湧き上がる恐怖を押し殺し、目の前の状況へと集中する。その姿を見て牛巨人が武器を担ぐような半身の構えになる。
ジリジリと感じる牛巨人の殺気、次で確実に仕留めようとする強い意志を感じる。
「ーー次で決めるって顔ね」
次の瞬間相手が先に動き、私はその動きに呼応して一気に距離を詰めていく。
凄まじい裂帛の気合とともに上段から大戦斧を振るう牛巨人……私に向かって振り下ろされる一撃必殺の斬撃。
「ミカガミ流……幻影ッ!」
私は相手の攻撃に対し紙一重で体を回転させて避け切ると、電光石火のカウンターを牛巨人の肩口へと叩き込む……そして牛巨人が放った力任せの一撃は私がそれまでいた地面に武器をめり込ませる。
これぞミカガミ流剣術のカウンター攻撃である幻影……ほぼ完璧なまでに鎧のような筋肉を裂き、食い込んでいく私の攻撃。
追撃を避けるために食い込んだ日本刀を力任せに引き抜くと血飛沫が上がり、痛みに悲鳴をあげて牛巨人が後退する。
牛巨人は片手で流れ出る血を拭い……付着した血を眺めていたが、何かの衝動に襲われるかのように体が大きく震えた。
彼の目から理性の光が消えていき、不気味なまでに煌々とした光へと変わっていく、狂気に満ちた眼光だ。一度大きく吠えるように声を上げると、私を睨みつける。
それまででも大きかった肉体が、怒りと狂気でさらに大きく筋肉の鎧のように盛り上がっていく。
再び大きく吠え声を上げると、凶暴化した牛巨人が地面を震わせながら一気に距離を詰めてきた。
_(:3 」∠)_ イタズラ好きな小悪魔系女子高生 あかりん(前世はおっさん)
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