プロローグ ひと仕事終えたコーヒーは美味い。
「もう少し…もう少し…。」
カタカタカタカタカタカタ…
カタカタカタカタ…
「ここでこれを…。」
カタカタカタ…
カタカタ…
「これで…!」
タァン!
「終わったああああ!!」
「うるさいっすよ、先輩。」
勢いよくエンターキーを押す俺にツッコミ入れてくるあたり流石遠慮なしの
切れ味抜群でな後輩の塚本くんだこと。
まあ一緒に残業してくれたし、今の俺は機嫌がいいから特別に許してやろう。
「そういうなよ〜。塚本くんよ…!ようやくプロジェクト企画の原本
出来たんだぞ。」
「まだ原本じゃないですか。上の許可貰うまで今から修正の繰り返しが
始まるんですよ。」
「止めて…!そんな先の話は聞きたくない…。うう…。」
「大の大人がそんなことで泣かないで下さい。」
「とりあえず原本が出来た俺は素晴らしい!
今はそれでいいじゃないか〜!」
はいはいと軽くあしらう塚本くんと先を考えて泣きそうになる俺…。
最早どっちが年上なんだろう…。俺だよな!うん!
そんなことを考えていると突然黒いものが横に現れた。
「うお…!」
「何ぼうっとしてるんですか、先輩。ひとまず…お疲れ様です。」
そう言ってブラック缶コーヒーを渡して来る
塚本くんは最早俺より年上だとしみじみ感じながら俺はお礼を言って
コーヒーを飲み込んだ。
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「先輩は何かしたいこととかあるんですか?」
缶コーヒーを飲み終わった後に一緒に会社を出た塚本くんから
突然将来の話が出てきた。
「何を急に言い出すかと思えば突然どうした?」
「別に普通の世間話じゃないですか。特に話題が無くなったんで言って
みたんですけど。」
確かに俺、高槻康介30歳。
今の会社に入社してあれやあれやと数年経つけど10年20年後の未来のこと
なんて考えたことないな…。
「そういう塚本くんはどうなの?」
「俺ですか?俺は取り敢えず金貯めて世界一周してみたいですね。」
「ええ〜!塚本くん意外に夢とかあるんだね!」
「さらっと失礼なこと言いましたよ、先輩。
まあ今の会社でそんなお金貯められるかって話ですけど。」
「まあそうかもだけど夢ある若者は強いよ、塚本くん。」
「それはどうも。で、先輩は?」
「俺は…」
特に考えてないって言おうとしたらふと思い出したのは、
昨日見たドラマのワンシーン。
老夫婦が一緒に農家やって自分たちの作った野菜使って
娘夫婦と一緒にご飯囲むところ。
ありきたりなワンシーンがこの時頭に浮かんで気づけば言葉にしていた。
「嫁さん貰って田舎でゆっくり過ごしたい。」
「……。」
「……。」
あれ…?俺、今何て言った…?
嫁さん貰って田舎で〜とか俺は昔のジジイか!
てか沈黙が痛いよ!塚本くん…!何か言って…!?
何か言ってくれないと俺の顔が完熟トマトになろうとするよ…!?
「先輩…。」
「あ…!いや…!今のは…!」
「先輩もいい夢あるじゃないですか。いつかお互い最高な嫁来たら
いいですね、ほんとに。」
「お…おお…。そう……だな…。うん…。」
塚本くんほんと俺より大人じゃないか…。
言った俺が変に恥ずかしいとか思ったのがバカだなこれは…。
まあ特にしたいこともないし、塚本くんもそう肯定してくれるなら、
そんな素朴な未来のビジョンを1つくらい持っていてもいいかもしれない…。
でもこんな話後輩とやっぱり照れ臭いな…うん…。
そんな気持ちから逃げるように早歩きで塚本くんの先を歩いて振り返り
「おう!一緒に最高な嫁貰おうな!!」
と開き直ってデカく宣言した俺は次の瞬間世界が暗転した。