深夜のお礼セラピー ~湧泉=体力回復!?~
足裏はよく人体に例えられる。
ざっくり言うと足の親指を頭と見立て、土踏まずは胃、そして踵が腰、というように。
セオリー通りに左足から始めていく。結論から言うと、カノン様は足裏を甘く見ていた。それどころか舐めくさっていた。彼は身をもってそれを知ることになった。
親指――頭の反射区でカノン様は絶叫した。頭痛持ちとのことなので、これは予想通りの反応だ。
「うーん、やっぱカノン様、頭良くないんだなー」
「いたたたたっ……ミオ殿、言い方……!」
人差し指と中指は目の反射区。そこも顕著な反応があった。書類仕事も多いって言ってたから、これも想像の範疇。薬指、小指は耳。ここで少し落ち着いたが、それでも「少し痛い」とのこと。
親指の付け根は首。軽く撫でる程度の力加減だったのに、カノン様は息を止めた。非常に痛かったらしい。あの頭板状筋じゃあね~仕方ないわな~。
人差し指から薬指の付け根にかけてが、リンパ腺。院では専用のクリームを足裏全体に塗り込んで、流すように滑らせていく箇所だが、今回はそれがない。痛い痛いとカノン様は訴えるが、摩擦の痛みも多少はあるかもわからんな。
小指の付け根からその周辺は、肩の反射区。絶叫。僧帽筋の箇所で既に泣きが入っていた。これからが本番だってのに、先が思いやられる。
誓って言うが、わざと痛めつけるようなやり方はしていない。バラエティーとかでよくある芸人さんが足裏押されて悶絶してる画は、テレビ的にわざと痛くしてるのだ。やろうと思えばがっつり全力で拇指入れて幾らだって痛くできる。だが――大事なことだから何度でも言うが、痛いイコール効いているではない。痛ければ痛い程いいなんてのは幻想だ。
もっとも、院での手技でがっつり系じゃなかったのは、チキンな院長の方針に従ったという側面もあった。整骨院で痛みによる絶叫なんかが響いた日には他の患者さんが怯える、というのが奴の主張だ。確かにそれも一理ある。
私は足裏反射区大好きっ子だがツボ信者でもあるので、ケイ先生オススメのツボも独自で押さえることにしている。リフレの人達があまり重要視してなさげな湧泉も、がっつり押す。
湧泉は足の裏を屈曲させるとできるくぼみの中央部。位置取りとしては、人差し指と中指の間×足底真ん中より少し上、って感じの位置なのだが、反射区的には気管なの? 腎臓でも胃でもないよね? というビミョーな位置にある。何者でもないような、でも何かではあるような、しかし押されると絶妙にイタキモな箇所。合谷と並ぶツボ界のメジャーネームを遠慮なく、ガチで、押させていただく――すると。
「……んぁっ!?」
カノン様が妙な声を上げた。痛みによる絶叫とはまた違う、妙に力の抜けた声。
「痛かったですか? 大丈夫ですか?」
これまでの反応とはちょっと違う。私は声をかけた。
ベッドに仰向けになっていたカノン様が、がばり、と跳ね起きた。オイコラ大人しゅうせぇや施術中やで、と言うより早く、カノン様が興奮気味に告げた。
「体力、回復しましたよ!」
……。
…………。
……………………。
「え?」
「ですから、体力が、」
「お、おぅ……?」
私はもう一度、湧泉を押してみた。合谷と同じく連打は意味がないらしい。
合谷の時もそうだったが、私には魔力が回復するとかいう感覚がわからない。当然、体力が以下略という感覚も厳密には判らない、ということになる。施術後に肩が軽くなったとか、レイキ後に何となくだけど具合よくなった気がするとか、そんなぼんやりとしたのでいいのなら「わかる」と言うことができるのだが、きっとそれとは違う感覚なのだろう。
「素晴らしい! これは至極画期的なことですよ! 魔力回復のゴウコクに次ぐ大発見! ミオ殿貴女はまさしく神が遣わした聖女! 嗚呼神よ感謝致します――」
「いやあのえっと」
とりあえず続けていいかな。施術途中なんですが。もっかい落ち着いて寝てくんないかな。
という意味合いのことを、セラピスト的表現に翻訳して言ってみると、カノン様は、失礼致しました、と詫び、素直に仰向けになった。
「んじゃ、続けます」
流れが途切れるのはまぁよくあることだ。学校の友人連中からは、いやそんなにはないだろ、とツッコまれたものだが、院に愛人が来てからはあの女のフォローでしょっちゅう受付に呼びつけられてたからなー。施術者に電話取らせる受付スタッフっている意味なくね? と言い放った金髪チャラ男氏、キミの言い分は正論だ。でもね、院長とツーツーの愛人だったからね、何でもアリだったのよ最晩年のフクムラ鍼灸整骨院は。
心臓の反射区は左足のみにある。そんなに痛がってなくてホッとした。院の患者さんとかでココ押して痛がる人がいると、とっても心配になる。
腎臓から尿管、膀胱にかけては顕著な反応があった。ケイ先生に病院行きなと強く勧められて膀胱炎が発覚した患者さんを彷彿とさせる反応だ。
「カノン様、トイレ我慢しがちな人ですか?」
ずばり訊いた私にカノン様は痛がりつつも恥じらって、
「……職務柄、どうしても」
「デスヨネー。めっちゃ忙しそうですもんねー」
「けれどそれは私だけの特性ではないのですよ。遠征ともなるとやはりその辺は……イタタタタッ! 私はまだましな方です、鎧を着用する職種ではありませんので……うぐぅぅぅ! そこはっ! 非常にっ! 痛いぃぃぃぃ!」
「ココ、胃です。胃の反射区」
私は土踏まずの辺りをグリグリ押した。院の患者さん達でも大抵の人は痛がる箇所だ。日本人は胃腸が弱い。
小腸から大腸、直腸に至っては、あられもない絶叫。下行結腸のあたりでゴリゴリとした独特な手応えを感じる。
「ここら辺は、腸ね。下痢とか便秘とかの人がすっごく痛がるの。カノン様は便秘系かな?」
「……っ! 何故それを!?」
「だってホラ、コレ。ゴリゴリがありますもん。ふふふっ、ゴーリゴーリゴリ♪ ゴーリゴーリゴリ♪ 老廃物は流しましょー♪」
「イタ……イタタタタ、んぐぅぅぅちょ、痛いですって痛いって!」
こんなんやったら今度は内臓整体もやりましょか、お腹スッキリしますから、とセールストークなぞかましてみたが、果たして彼の耳に入っていたのかどうか。
踵の上側、生殖器ではピタリと大人しくなった。ふむ、ピー(一応伏せます)は元気なんだなヨカッタネー。女性で生理痛酷い人なんかだとアレな箇所なんだがカノン様は男性だしな。
しかし、踵の下側、腰の反射区まできたら絶叫再びで大変なことになった。コレ今は夜勤のヨロイー’sは仕事中で、日勤もしくは非番のヨロイー’sはほぼほぼ食堂に大集合してるからいいようなものの、寝てる人おったら安眠妨害もいいところよな。
「カノン様、声」
私は小声で指摘した。今さら感が漂っているが、カノン様は我に返って、あ……と唇を噛む。
「すみません、私……はしたなくて……」
「……んんっ」
表現! 言い方! とはツッコめない雰囲気だ。カノン様はあくまで真面目、そして本気で謝罪している。
「はしたなくはないですよ。カノン様ぐらいでソレやったら、日本の患者さんはどうなりますの」
カノン様の反応は正常よ、むしろ普通よ、足裏はそういうモンですよ、と私は繰り返す。ヴァルオード初の足裏体験者に苦手意識を植え付けちゃったら困るしな。
日本でも割といた、足裏って凄く痛いんでしょ、って敬遠しがちな人達が。バラエティーの悶絶絶叫はテレビ用だから、と説明しても、やっぱり先入観は抜けないらしい。私の施術はソフトやで、と、にっこり笑って言ってみても、嘘つけ、で終了、みたいな。
恐怖感を覚える人には無理には勧めない。が、ハマる人は熱狂的にハマる。それが足裏だ。カノン様にも是非ともハマっていただきたい。そしていつかあの老廃物ゴリゴリを壊滅させてやりたいわ。溜め込む体質イクナイ。
足の甲には肺の反射区がある。そこではさほどの反応はなかったが、足首リンパに流す段階で、ヒィィィィとなっていた。鎖骨の時にも思ったけれど、やっぱり滞りまくりのリンパなのかも知れないな。今度は腋下にもアタックしたい。
足指を1本1本牽引して、パキッ! と鳴らす。手指の施術と同じヤツ。そして、施術者の手指を患者さんの足指の間に差し込んで、足指を開く仕上げの作業……なのだが。
――ぐっ、開かん!
カノン様の足指は、素直に開いてくれなかった。私が指を差し込んだだけで既に、アイタタタタ……となっている。ヒールをよく履く女性患者さんによくある反応。足指が縮こまっちゃって、固まってるの。
常に軍用ブーツ着用のカノン様のあんよは外反母趾の患者さん達を思い出させる。彼はまだそこまで酷くはないけれど、小指の側面とか親指の付け根とかにタコ状の塊ができている。靴がすれる箇所が固くなる、働く人の尊いあんよだ。えらいね、頑張ってるね。
評価ブクマ等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。
お礼セラピーとタイトルにはありますが、果たしてこれはお礼になっているのかどうか。
絶賛盗聴中の騎士団員は新手のいじめか虐待かと勘違いしていそうです。
お礼はお礼でもお尻に「参り」とつくヤツと誤解されそうな有様ですが、足裏って割とこんなものです(!?)