魔導具疑惑のチャッカマン
謎肉スープで栄養チャージ、そして軽い休息。
私はカノン様と共にテントを出た。雨は殆んどやんでいた。
「あ、カノン様!」
先程の赤毛のポール殿が叫び、呼び止めた。
「火打ち石、お持ちじゃないですか? さっきの突風で火が消えちまって――」
ポール殿はキャンプファイアーを思わせるたき火の後を指差した。鎧姿の何人かが火を復活させようとあれこれ頑張っている。
「貴方の魔法があるでしょう」
「いやぁ…実は使い切っちまいまして」
てへ、とポール殿は頭をかいた。ふぅ…とカノン様は嘆息し、
「貴方の悪い癖ですよ、ポール殿。ペース配分を考えなさい、と……私は何度言いましたかね」
口ではそう言いつつも、カノン様がポール殿を見上げる目は優しい。親子? 兄弟? 不肖の弟子を見守る師匠? ……うん、何かそんな感じ。
「火打ち石でしたら予備があります。こんなこともあろうかと思いましてね。少々お待ちを、取って参りましょう」
言い置いて、カノン様はテントに戻って行った。
「火を起こしたいの?」
私はポール殿に訊く。何だろうこの人にはしゃちほこばって無理に敬語謙譲語とか頑張らなくていい気がするわ……。
あぁ、と、鷹揚に頷いたポール殿に私はにぱーっと笑って秘蔵の品をひけらかした。
「てれれてってれ~♪ チャッカマン登場~☆」
「ちゃっか……?」
説明しよう! チャッカマンとは言わずと知れた多目的ライターだ! 職場ではお灸に火を点けるのに必要不可欠! このアウトドアライフ絶賛満喫中の現状においても多大な力を発揮するに違いない!
……で、何でこんなモンをポーチに入れて後生大事に持ち歩いてたかってーとね、職場にも当然それ用のチャッカマンは備品として常備されてはいるんですけどね、それ愛人がぜーんぶ水に漬けてオシャカにしちゃったからなのよね!!
お灸のガラ捨てる時に誤って~とかそんな言い訳知るもんか。愛人アンタお灸の処理なんかネイルが傷つくからーとか言っちゃって全っ然! 手伝ってくんなかったじゃんよ!!
十中八九、いや100%嫌がらせだからそれって! 「誤って」ってーなら予備の分まで全部ダメになってたとかはありえないから! いざお灸置いて、さぁ点火しましょって段階になって院のチャッカマン全滅って……あの時の絶望感ったらなかったわ。
あーもーホントあの愛人の陰険なやり口は、思い出すだけでもヘッドカムカム=頭来る!!!(ル-語)
院のチャッカマン全滅事件からその後、私は自前のチャッカマンをこうして常備するようになった。それがこんなトコで役に立つとは……世の中ってわからない。
「はーいごめんなさーいちょっと通して下さいねー」
私は鎧姿の筋肉マン(見た目で判断、贅肉マンもいるかも知れない)達をかき分け現場に行くと、
「three、two、one……fire!」
別にこの際必要でも何でもないかけ声と共に点火した。
カチッ、と小気味良い音がして、無事着火。天候のせいで湿気気味の燃料がしばらく燻り、鎧軍団が寄ってたかってバサバサあおいで空気を送ったりしたものの、じきにちゃんとした炎になった。
「さすが聖女様! いやはやお見それしました! 火魔法つながりで仲良くしましょう!」
ポール殿がここぞとばかりに私の手を握りぶんぶんシェイクした。握力云々ってよりも金属製の篭手をつけたままで握手とかフツーに痛いからやめて。
と、苦情を申し出るよりも先に、
「あだっ!!」
ポール殿が頭を抱えて転がった。振り返ると、メイス片手に息を整えるカノン様がいた。
「カノン様ーメイスはナシですよー……あーイテ、コブができてら」
「そのくらいで済んで僥倖と言うべきでは?」
またつまらぬものを沈めてしまった……とばかりにカノン様はうずくまるポール殿に無表情に淡々と告げた。
「次は氷漬けです」
武器まで持ち出したこの修羅場(?)に私は恐々としたが、周囲の鎧集団はまたかよこいつらは飽きもせず、という風情。むしろ彼らは私のチャッカマンに夢中で、かわりばんこにカチカチ言わせては、おぉ火が出た! 次俺に貸せ! なんてやっている。
カノン様は復活した火を見てポール殿にキラキラの魔法をかけつつ、
「魔力、残ってたんですね」
「いや、それはミオ様が」
「ミオ殿が?」
カノン様は素直な驚きをその綺麗な翡翠の瞳に乗せて、
「ミオ殿が、火を…? まさか……」
何だろうこの天変地異の前触れみたいなリアクション。
もしや『聖女様』が火を使うと災いが……なんて言い伝えでもあるのかしら、とまで思わせる驚愕ぶりだ。
「いえ、正確には私が、ではなくチャッカマンが、ですけど」
「ちゃっかまん……?」
「今、皆様がカチャカチャ遊んでる、それです」
私は、じゅんぐりにチャッカマンをカチカチ言わせて喜んでいる鎧集団を手振りで示した。おぉ火が出たぞ! なんてコドモみたいにはしゃぐガタイのいい鎧男達はなかなかの見物だ。
「見せていただくことは可能ですか?」
「もちろん」
私はカノン様に即答した。
この集団の指揮官らしいラディウス卿のそれは実質命令だったようで、着火した俺も今日からマジシャンだ♪ と、七五調で浮かれてた髭面のむくつけき鎧男はおそるおそるという風にカノン様にチャッカマンを献上した。
カノン様はチャッカマン(ミニ)をためつすがめつし、
「これは……武器ですか?」
「いいえ」
いやいやいや何でそんな発想になる? ポーチに入るくらいにちっちゃいチャッカマンでどーやって戦うの。
カノン様が点火スイッチに手をかける……が、火は出ない。うんうん、結構力がいるんだよねーチャッカマン。昔はちょっと指かけるだけでよかったってケイ先生は言ってたけど。
前にライターかなんかでお子ちゃまが火事起こした的な不幸な事故があってから、着火道具の仕様が変更されたってちらっと聞いてる。
「魔導具? ……いや、魔力は感じないが。しかしそれなら私が使用出来ないのは道理だ……私には火魔法の適性が無いから……」
難しい顔で眉間にしわまで寄せてブツブツ呟くカノン様に私は言った。
「魔法とか関係ないです。誰でも使える道具です。もう少し力を入れて、強く押せば点きますよ」
「誰でも……?」
疑わしげに、でもカノン様は私の言う通りにした。
チャッカマンが火を噴いた。カノン様は無表情のまま慌ててチャッカマンを取り落とす。
私は――悪いけど、弾けるように笑ってしまった。どっかの○兵さんばりのリアクション芸人っぷりだよカノン様。
「失礼。取り乱しました」
カノン様は無表情のまま一礼し、チャッカマンを拾うと私に返却した。私はそれをポーチにしまいながら、いいえ、と笑う。
「火打ち石よりも便利ですね。野営の際など重宝しそうです」
カノン様は取り乱した自身を恥じるかのように話題を変えて――何かこの人、ちょっと可愛いかも。
「そうでしょう? お灸に火を点けるのにも使います。私の商売道具です」
「オキュウ?」
首をかしげるカノン様に私は思う。どうやらヴァルオード王国とやらでは、鍼灸はメジャーな存在ではないようだ、と。
お読みいただきありがとうございます。
慣れない頃はチャッカマンで拇指が死にかけてたっけなーなんて懐かしく思い出しました。
アレ意外と力がいるんですよねー。