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ヴァルオードのお菓子事情

 本日内警備(=街内の巡回業務)のポール殿はすぐ召喚された。

 彼は水浸しの食堂を一瞥するなり回れ右して遁走の気配を見せたが、カノン様がその肩をがっちりつかんで止めた。絶対逃がさないぞ、という気迫と共にカノン様はポール殿に言った。


「手伝って下さい、お願いします」


 上官の『お願い』は部下にとっては実質命令。ポール殿に拒否権はない。彼は赤毛をがしがしかきむしりながら言った。


「相方呼んでもいいですかね」




 すぐにヘイゼル殿が召喚された。伝令役の見習い兵は文句のひとつも言っていいと思う。

 本日非番のヘイゼル殿は普段着っぽい麻の貫頭衣にスラックスというラフな格好で、アッシュグレイのくせ毛も自然に下ろしてあった。お仕事仕様のかっちり制服にオールバックでないと格段に若返るんだなこの人。

 ヘイゼル殿は彼的には馴染みのない場所にいきなり連れて来られて戸惑っている風だった。食堂の惨状を目の当たりにして彼は淡褐色の切れ長の目を見開いてフリーズ。それでも彼は――多分、『聖女様』と『神託の主(オラクル)』の手前、礼儀正しく訊いた。


「何故こんなことになったのかを、お尋ねしても?」


 カノン様が淡々と経緯を説明し、ヘイゼル殿は理想的な聞く姿勢でもって拝聴した。ポール殿はぶすくれて赤毛をがしがしかきむしっている。作業の困難さを察してのことだろう。

 対照的なヘイポーコンビのコントラストが面白い。コイツらマジでユニット組んでM-1出場目指して欲しい。結成15年以内ならプロアマ問わず出られるし。見てるだけでおもろいってそれだけで才能。貴重なコンビだと思う。


 事情を理解したヘイポーコンビの動きは迅速だった。彼らは命じられなくても各々の役目を理解していた。ヘイゼル殿は風魔法を行使し水をかき出し、ポール殿は火魔法で水を蒸発させた。カノン様の光魔法は使い方によっては熱源となることを知った。ブルドーザーよろしく風が水をかき出して、光と火が蒸発させる。魔法って本当に便利だなー。

 なんて言うと、いかにも魔法オンリーで易々と片付いたように聞こえるが、実際には本日食事当番のヨロイー’s達が夕食の仕込みに取りかかる時間までにすべて終わらせることはできなかった。何たって膝下まで浸かる水たまりだ。

 食事当番のヨロイー’sはサウナ状態の食堂に思うことはあっただろうが、誰ひとり何も訊いてこなかった。彼らは何も問わずに足首まで浸かって黙々と水をかき出した。もちろん私も作業に従事した……猫の手程の働きでしかなかっただろうが。

 食事当番連中が加わると作業効率は目に見えて上がった。こういう作業は有能な魔法使いが3人いるより、単純な人海戦術の方が捗るということを学んだ。戦いは数だよ兄貴。

 作業に参加したヘイポー+ヨロイー’sには、カノン様から金一封が送られた。これでお菓子でも、というお言葉がいかにもカノン様らしかった。




 そういうわけで、夕食後のテーブルには謎のフルーツがどっさりと。

 騎士団宿舎の食堂は、いつもの風景を取り戻している。


 私はてっきり、お菓子と言うからにはクッキーだのチョコだのを思い浮かべて、おっしゃヴァルオード初お菓子これで私も異世界お菓子デビューやわ、とワクワクしていたのだが、その期待は無残に散った。ヴァルオードでは一般的に菓子とは果物のことを指すらしい。解せぬ。

 夜の食堂は暇なヨロイー’sのたまり場になりがちで、今日もその例に漏れなかった。今夜はそこに竜騎兵隊所属のヘイゼル殿も混ざっているが、事情を知ったヨロイー’sは流石にヨソモノだからと追い出しはしなかった。風魔法所持者のヘイゼル殿は本日の功労賞だ。彼にはこの謎の物体を食す権利がある。ついでに、本来ならご褒美にありつけないはずの鎧騎士も大量に混ざっているが、そのあたりも深くは追及しない。なんたってテーブルいっぱいにどっさりのお菓子(?)だ。皆の者たらふく食うがよかろうぞってなモンだ。

 皆が皆、騎士は食うのも仕事のうちだと言わんばかりの旺盛な食欲を見せている。さっき食べた夕食はどこ行った? スイーツは別腹とかいう詭弁はここヴァルオードでも健在なのか?


「ミオちゃんは、水菓子は嫌い?」


 毒々しい紫色の物体に腰が引けて、さくらんぼに似た赤い果実ばかりを幾つかつまんだきりの私にヘイゼル殿が訊いた。この赤い果実、見た目は縦長のさくらんぼでほのかな甘みはあるのだが、同時に渋くてかなり酸っぱい。私の知ってるお菓子と違う……とは、もちろん言わない。郷に入りては郷に従え。私は内心で、こちらに来てから何度も繰り返している格言を唱えていた。

 ヘイゼル殿はわざわざ私の為に紫色の物体を割ってくれた。毒々しい皮に反して果肉は白っぽく、口に入れるとまったりとした甘さが広がる。こちらは酸味などはなく、ただただ甘い。食感はゼリーに似ているか。


「見た目で敬遠したら駄目ですね。美味しいですね、これ」


「だろ!?」


 高級品だぞ味わって食えよ、とポール殿がドヤ顔をキメる……ってアンタが買ったんやないやろと。スポンサーはカノン様やで。


「カノン様も来ればいいのにね」


 私はぽつりと呟いた。

 これでお菓子でもお買いなさい、と、どこのお母さんだよ的な台詞と共に金一封を差し出したカノン様は、夕食もそこそこに自室に引きこもっている。いつも忙しい人で不在がちだから、この場の誰も彼がいないのを気にしていない。暇だからってつるむタイプではないだろうが、たまには一緒にデザートってのも悪くないんじゃないのかな、と、私は思うのだが。


「我々に気を使っておられるのではないか? 上官がいるとくつろげなかろうと」


 本日の敢闘賞アレン殿が毒々しい紫色の物体を爆食いしながら言った。彼の前には既に紫の皮がてんこもりになっている。見た目は明らかに職業軍人といった感じの人なのだが、こんなナリしてフルーツ大好きらしい。私は自分の分も、どうぞと彼に差し出した。水害現場(?)での彼の働きはまったくもって見事だった。有能な魔法使い3人分に匹敵する獅子奮迅の大活躍だ。小官は純然たるソードファイターで魔法は以下略と謙遜するが、アレン殿はもっと評価されてもいいと思う。


「あー、あの人そういう気の使い方するよな。でも、それ差し引いても、おかしくねぇか?」


 ポール殿はさくらんぼに似た赤い果実の柄を外し、種を抜いては実だけを木製の茶碗に放り込み、という作業を繰り返しながら、


「昼メシまでのあの様子だと今夜はさぞかしうるせぇーんだろうな、って覚悟はしてたんだが」


「そうかな?」


 ヘイゼル殿は紫色の皮を麻袋に回収しながら首をかしげる。この皮、こんな毒々しい色してるのに食べられるんだそうな。コレ捨てるなんてヴァルハラ民はもったいないことする、なんてお小言も忘れない。ユタという街の素朴な食卓事情がそこはかとなく察せられる感がある。


評価ブクマ等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。


水害現場(?)の原状回復作業。

ヘイポー頑張った。ヨロイー'sも頑張った。


この世界での素朴な食糧事情は所々でぽつぽつと出てきておりますが、大体こんな感じです。

果物は貴重な甘味です。

チョコもクッキーもありません。

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