【魔法】凍ってしまえ、ナイアガラ!【実践編】
ナイアガラ、通常の3倍モードで絶賛大放出中。手のひらからの滝が止まらない。
「うーむ、これは困りました。止まりませんか」
「止まりませんわ……」
困りました、と口では言いながらもカノン様の目は言葉を裏切っている。何でそんな楽しそうなんやこの人。
「いっそ魔力切れを待ちますか」
魔力が空になれば自ずと止まりますし、と、のほほんとのたまうカノン様。外扉を開け払ったことでとりあえずの排水の目途が立ち一安心、といったところなのだろうか。
私は何度もナイアガラを停止させたり干上がらせたり枯渇させたり、挙句、頭の中のナイアガラそのものを消し去ってみたりしたが、結果全敗した。水はもう膝下まで来ている。
カノン様は目を閉じ、低く何事かを唱え、顔色を変えた。
「ミオ殿、魔力切れより我々が溺死する方が先かも知れません」
「え」
「今、貴女の総魔力量を調べさせていただきました。現状でほぼ満タンです。魔力量も豊富な方だろうと予想はしておりましたが、よもやこれ程とは……」
通常、これ程の一斉大放出ですと既に魔力切れを起こしているはずですよ、とカノン様は弾んだ口調で言う。
「溺れ死ぬかもって時に何だってそんな嬉しそうなんですか!」
私は半泣きで叫んだ。溺れて死ぬのは苦しい、死にたくねぇよぉぉぉ!
「大丈夫です、貴女を死なせはしません。いよいよになったら封じて差し上げます」
なに、そう怯えることはありません、一晩も経てば効力は消滅します、と微笑むカノン様はマッドサイエンティストみがある。怖いよ。
「じゃあ今封じて下さいよ!」
「ギリギリまで頑張りましょう。魔力をコントロールすることは魔法の基本のきです。こんなにスムーズに具現化できたのです、止めることだって可能ですよ」
「うぅ……」
こんのスパルタ鬼畜教官め!
「ところでミオ殿、この『水』は何の具現化ですか」
のんびりした口調で訊かれたので、私は毒気を抜かれてしまった。
「ナイアガラです」
「ないあがら……?」
「滝です」
「滝ですか」
道理で、とカノン様は苦笑した。
「水道の蛇口をひねるようにはいきませんね。けれど、貴女のイマジネーションは大したものですよ。ないあがらはきっと大きな滝なのでしょうね。
あぁ、もう膝まで水が来てしまいました。食卓机の文字盤が台無しになる前に止まるとよろしいのですがね……」
何この新手のSMごっこ。カノン様こんな人だったっけ? ……いや、割とこんな人だったかも。
「我ながら力作だったのですよ、この文字盤は。えぇ、渾身の作です。これをまた一から作成し直すのは大変です。ことに最後のひとつの紋章を描くのは遠慮申し上げたいところです」
んふふ、と含み笑ってカノン様は言う。くっそぅコイツ今夜絶対泣かしたる。必殺☆梨状筋アタック! かましてアンアン言わしたるけぇ見とれや。
止めりゃええんやろ止めりゃ。でも、日干しにもならん、枯れもせん、超絶怒濤のナイアガラ、しかも通常の3倍モード……止まることなんてあるんか? あぁぁ何だって滝なんか呼び出してもうたんや。ナイアガラがアカンかった? せめて華厳の滝ぐらいにしとけばよかった?? 通常の3倍が取り返しのつかない過ちだった??? それか、唯一ナマで見たことのある袋田の――。
「……あ!」
袋田の滝、止まってた。私達が行った時はシーズンじゃなかったし、最近は温暖化の影響でなかなかないっていうけど、ヤツは氷瀑するんじゃなかったか?
――滝だって、制止する。
降って湧いた天啓に、私は従った。
――凍ってしまえ、ナイアガラ!
頭の中で強く強く、氷瀑をイメージする。氷点下で凍りつく滝。
この時私ははじめて手応えらしきものを感じた、と思った。手のひらから放出され続けるナイアガラは瞬時に凍った。つらら状の氷柱は重力に引かれ素直に水上に落下した。
「止まった……」
私はじっと手を見た。水はもう出ていない。ただ、氷瀑の欠片が指先に少しぶら下がっていてちょっと冷たい。でもそれも軽くぶんぶんとシェイクすれば足元の水にポチャポチャ落下する程度のものだ。
私は喉元に手を当てた。手っ取り早く手を温めるにはこれがいいのだ。足裏は患者さんのお肌に直で触れるから、施術者の手が冷たいと患者さんを驚かせてしまう。手はすぐに温かくなった。代わりに首がずーんと冷たくなったけど。
「ふ、ふふふふ……」
すぐ脇で得体の知れない笑い声――って、発する人なんてひとりしかいない。私はおそるおそるカノン様をうかがった。翡翠の瞳が爛々としている。
「ふふふふ……ははは……あはははは!!!」
やべぇカノン様が発狂した! 私は反射的に距離を取った。膝下までひたひたの水がざぶん、と波打つ。カノン様はしばらく発作のように笑い続けた後、狂気のテンションで、
「ミオ殿貴女は凄まじい! 恐るべき才の持ち主です!!
私の目に狂いは無かった……水の氷化など術師が一生を懸けて成し遂げる一大事業ですよそれをたった1日でいや魔法自体まるで初めてまさに今日の今日で具現化させるとはまったく貴女は素晴らしく飲み込みの早い方だそして何より滝を凍らせて止めようなどという無茶苦茶ないえ柔軟な発想は一体全体貴女の頭の中はどうなっているのか是非ともその頭を解剖して見てみたいものですな嗚呼神よ感謝致しますこの溢れんばかりの才能を私の元に導いて下さったことそしてこの類稀なる存在にお仕え出来ることは我が人生の誉れです……!」
アカン、また始まったよデュフフコポォ……私はげんなりと肩を落とした。何かちょっと不穏なワードが挟み込まれてた気がするけど聞かなかったことにしておくわ。せいぜいドタマかち割られないように自衛しよう。
彼はひとしきり神と運命を狂気のテンションで讃えた後、ふと我に返ったようにぴたりと口をつぐむ。すぐにキラキラの光魔法が発動し、私の凍えた手指がしっかり解凍された。
「気づかずに、すみません」
「いいえ、ありがとうございます」
何だかんだ言ってこの人、こういうトコは細やかなんだよな。ただちょっと指先がしびれてただけ、凍傷になる程酷かったわけでもないのにな。
カノン様はいきなり現実に立ち戻ったように静かに辺りを見回した。私もつられて何となく同じようにする。食堂は水浸しだ。外へ続く扉は開け放してあるものの、元々排水の為のものではないので水はけなどたかが知れている。廊下へ続く内扉を全開にしたら大変なことになるだろう。膝まで浸った水には氷の欠片が浮いている。あんよが冷たい。あまり冷えると足つっちゃう。冷えるのイクナイ。
この後始末は大変なことになるだろうな、と私は思った。
カノン様も多分、同じようなことを考えていたのだろう。無の表情で、彼はやがて低く呟いた。
「ポールを呼びましょう」
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出したら止める、此れ自然の摂理。出しっ放しはいけません。
通常の3倍モードこと超絶怒濤のナイアガラはどうにか止まりました。
止め方が変則技でしたがとにかく止まりました。ヨカッタデスネー。
しかし、このオトシマエをつけるのは大変でしょう。
次回:副官その1頑張って下さい(超丸投げ)




