【適性検査】レアモノはなかったけれど……【基本属性『水』と『風』】
次の箇所、『火』の紋様の上ではペンデュラムはぴたりと止まってしまった。再びの直立不動。
ふむ、と、カノン様は小首をかしげて、
「『水』であれだけ大立ち回りだったのだから順当な結果ではあるが……」
ひとりごとのように呟いた後、彼は私を見つめて口調を変えて、
「ですが、これですとヘルコンドル一斉掃射の説明がつきません。
かまいたちは『風』の潜在魔力が生命の危機により発動したのだと定義付けできますが、あの『火』は一体どういうことなのでしょう」
それを私に訊かれても、というのが正直なところだ。カノン様は尚も解せぬというように、
「元から無いものは発動しようがありません。するとやはりれいきの――」
「いやレイキで火とか吹きませんから」
私は食い気味にツッコんだ。
「つか何で私がやったって前提で話進めてるんですか?」
「だって、貴女以外にいないのですよ」
カノン様は駄々をこねるように言った。「だって」だって。カノン様がポンコツな表情筋はそのまんまで、「だって」。ギャップが面白いや可愛いわ。
「あの時から私は様々な仮説を立ててきました。以前も申し上げた通り、あの時の随行員で火魔法所持者はポールだけ。ですが彼は魔力切れを起こしていました。まさに『無いものは発動しようがない』のです。
よってミオ殿、貴女が実は隠れ火魔法所持者である説を唱えてみましたが、それも今否定されたわけです。ごく稀にいるのですよ、相反する力を同居させて生まれてくる者が」
「いるんですか?」
うーん、想像するだけでキツそうだ。体の中で魔力がケンカしそう。
私が素直に口にするとカノン様はふっと口元を緩め、
「貴女のその感性は非常に優秀です。本当に大事になさって下さいね。
そう、ごく稀にですが、運命の悪戯のように出現することもあります。ですが大抵は水になりますね」
「水になる……?」
「赤子になる前に流れてしまうか、若しくは成長しきれず子供の時分に命を落とすか。
大昔、『アンバランスな勇者様』がおいでになったと文献にありましたが、彼もまた早逝しました。彼の『オラクル』は彼の為に手を打つべきでした。水か火か、どちらかを封印するだけでも少しは違ったでしょうに……」
カノン様は哀しげに呟いて、深刻そうに私を見つめ、言った。
「もしミオ殿が私の仮説通りの『アンバランスな聖女様』であったなら、私は貴女の『火』を封じるつもりでおりました。反発し合う力を同居させるとはすなわち生命を削ると同義です。
それで貴女に恨まれようとも、貴女をみすみす黄泉へ送るよりははるかにマシです」
「でも、仮説破れたり! なんだから、そんな深刻ぶらなくてもいいんじゃないですか? それに私、そんなんでカノン様を恨んだりはしませんよ。これこれこうでこうします、ってちゃんと説明してくれた上で、んじゃ水か火かどっちか封印しましょか、ってコトだったら、ハイよろしゅう頼んます、ってお任せしちゃうと思います」
「ミオ殿……!」
カノン様は感極まったように目を潤ませる。何気にこの人、涙腺弱い?
その後、カノン様が「ミオ殿の慈悲深さ優しさ聡明さ」を大仰に讃え始めたので、私は非常に閉口した。多少の照れもあるが、そんなのフツーだろってコトまで延々と褒め称え出すんで正直身の置き所がなかった。私如きで慈悲深き聖女様呼ばわりされるんだったら、日本人の大多数が仏様レベルの人格者だ。何となくだがうっすらと歴代『オラクル』の受難が察せられる感がある。
デュフフコポォとはまた別ベクトルで単身盛り上がるカノン様を放置し、私は勝手に文字盤の下段にペンデュラムをかざした。光、反応ナシ。雷、同じくピクリともしない。まぁ予想通りの結果か。でもちょっとガッカリした。せっかく『聖女様』なんだからそれらしくレアモノのひとつでもあったらよかったのになー、と。
何の期待もせず『闇』の箇所へ。当然、氷柱状のクリスタルは微動だにしない。まぁそうだよな、でも闇堕ち聖女様とかもオイシイと思うんだけどな、なんてヘラヘラどーでもいいコトを考えていたら――。
「……!?」
突如、目の前が昏くなった。それはすぐに収まった。錯覚のようなものか。
しかしすぐに視界がぐるぐると――ペンデュラムは回ってない、直立不動、動かない。移動させようとしても、氷柱状のクリスタルは『闇』の上で貼りついたように動かない。息苦しい。酸欠に似た症状。頭痛と耳鳴り――キーンっていうのじゃなく、心臓が耳に来たみたいな、ドクン、ドクン、ドクンという――意図せず呼吸が浅くなる。ヤバイこれって過呼吸まっしぐら、腹式呼吸を意識して……駄目だできない気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……!
「ミオ殿!?」
異変に気づいたカノン様がペンデュラムごと私の手を取り、素早く何事か唱えた。意識の中てパチン! と何かが弾けて……いや、強制的に切断された感じか。あれ程の眩暈も頭痛も耳鳴りもピタリと収まった。ちゃんと息ができる。吐き気もない。
世界は元通りになった。
間髪入れずにキラキラが降り注ぐ。カノン様の光魔法。私は余すことなく貪欲に受け取った。これは私の、誰にもあげない。
「大丈夫ですか?」
反射的に魔法を発動させたらしいカノン様が思案げに尋ねた。表情筋は例によってポンコツだが、翡翠の瞳がわかりやすく狼狽えている。私は小さく笑って言った。
「はい、おかげさまで。ありがとうございます」
「申し訳ありません。これは私の誤りです」
カノン様は無表情のままオロオロと、
「貴女が魔法に対する感受性が豊かな方だと判っていたのに……私の『光』を『気持ちいい』と感じる方ならこの結果は推して知るべしだったというのに……貴女を危険な目に遭わせてしまいました。これは完全に私のミスです」
いやいやいやそんな大袈裟な。危険な目って程でもなかったよ。ちょっと苦しかったけど。
「カノン様は何も悪くないですよ、全面的に私が悪い。カノン様の許可なく勝手にやっちゃったんですから」
「ミオ殿はお心が広すぎる……」
カノン様はひとりごとのようにポツリと呟き、文字盤に目をやって、
「この紋章は護符にも使用するのです。このしるしには力が宿っています。本来ならお守り程度の効力しかないはずなのですが……」
私もカノン様に倣って文字盤を見た。
『水』の所に手をかざしてみる。ペンデュラム抜きだと何の変化もない。『風』も『土』も『火』も取り立てて何か感じるということもなく――でも流石にもう一度『闇』に触れてみようという度胸はなかった。
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ミオちゃんの基本属性が確定しました。
水も風も便利そうでいいですね。
そして、ヘルコンドル一斉掃射にこだわりまくりのカノン様。
隠れ火魔法所持者疑惑は解消されましたが、もちろん種も仕掛けもございます。