深夜のお礼セラピー ~頭板状筋は不感症!?~
お好きになさって、とのお許しが出たので本当に好きにさせてもらった。
カノン様の可哀想な僧帽筋に始まって、三角筋に多裂筋、大菱形筋、小菱形筋に至るまで、肩部に関わる筋肉を、拇指で思いっ切りいじめてあげた。ん~どやどや気持ちええやろ~、ん? 痛いって? そうかじゃあもっとだ! ……みたいな?
えぇ、本当に好きにさしてもらいましたわ。大満足ですわ。うーんマッスルマッスル。
カノン様はと言うと、荒い息をつきうつ伏せで顔を伏せている。大丈夫ですか少し休みますか、と尋ねると、うつ伏せのまま顔だけ横に向けて、
「いえ……続けて下さい。痛いけど……クセになりそうです……」
いやあのだからその台詞はだな、ハァハァしながら涙目で言うヤツじゃなくてだな……って何のプレイやねん。
もちろん私はおかしな気など起こしませんよ、施術者ですから。えぇ決して起こしませんとも、セラピストですから!
「首、触っても大丈夫ですか?」
頸部は急所だ。こんだけ肩がイッちゃってる人だから、是非とも首からもアプローチを、と思わないでもないけれど、何せ相手は騎士様だ。好き好んで自分から院にやって来て、施術して下さーいっていう日本の患者さんとは根本的に違う。敵に(……って、敵?)急所を曝すのは抵抗があるだろう。
否と言われれば他の方法を考える。その程度の気持ちで訊いたのだが。
「えぇ、勿論です。私の体の何処なりとも……ミオ殿、総て貴女に、委ねます」
おぉぅ……委ねられちゃったよ。
あのな、だからそういう言い方はだな、と、自分より5つは年上だろう男の人に再度言うのは憚られた。
「んーと、コホン。では頸部……首、失礼しますね」
触診まがいの軽い優しい振れ方で、私はカノン様の頭板状筋に拇指を這わせた。一般的な表現をするといわゆる首筋と呼ばれる箇所だ。彼の華奢な印象をことさら強める細く長い綺麗な首筋を、おかっぱ風の金髪をそっとかき分け上手いこと避けながら――繰り返すが、頸部は急所。強圧し厳禁。
繊細に、優しく……でもあのイカれた肩の状態なら絶対何がしかの反応があるだろう力加減でもって、軽く指圧していく。
が。
「……痛くありませんか?」
「いえ、特には」
えっ、と私は内心で驚いた。言葉のチョイスがよくなかったかな。私は訊き方を変えた。
「圧迫感とか、息苦しかったりとか……頭の方向に向かって鈍い痛みが走るとかは?」
「いいえ、何も」
――アッーーーーー! これアカンやつ!! めっちゃヤバイやつやんか!!!
私の中で、花火になる前の無数の火薬がドカンドカン爆発した。
今私は、カノン様の頭板状筋の起始部あたりを拇指で、頭方向に向かう感じの圧で軽く押している。肩部の状態を鑑みて、少し痛いかなっていうくらいでの強さでだ。
試しに圧の方向をこころもち横にしても、そして――これは本当は禁じ手にも近いのだろうけれど――垂直圧にしても、結果は同じだった。
「特に、何も」
カノン様のお答えは変わらない。私は青ざめた。
――これは……冗談抜きで、本当にマズイやつ。
「触れられているのは、判りますよ」
無言になってしまった私に、カノン様は無邪気に言う。この人、自分の身体の状態がどんだけヤバイかわかってないな。
「あのね、カノン様」
私は努めて優しく、動揺を表さないよう気をつけながら言った。
「さっき肩甲骨の時でも思ったんだけど、人の体ってあまりに凝り固まっちゃうと、痛覚が鈍ってくるのよね。
私はさっき、カノン様の頭板状筋……えっと、頭を支える首の筋肉を、頭方向に向かう力で軽く圧しました。今は、頸椎に向かう横方向ね。違いは、わかりますか?」
「いいえ、まったく」
首筋に触れられているのは勿論判りますよ、と、力説するカノン様に、私は目まいがした。
「カノン様……」
私は心からの同情と共に言った。
「頭痛持ちなんじゃありません?」
「ミオ殿には何でもお見通しなのですね」
カノン様は彼比で嬉しそうに(理解者の存在に喜んでいるのだろう、この反応は患者さんあるあるだ)、
「頭痛とは長い付き合いです。あまり酷い時は魔法で対処していたのですが、慢性化してしまったのか魔法もめっきり効果が薄くなりまして。書類仕事が多い時等は特に頻繁に起きますね」
でしょうね、としか言えなかった。
「肩こり首こりの人って、頭痛持ち多いですもんね。かく言う私もそうでした」
「過去形ですか」
「えぇ、過去形です」
思えば、ブラック会社勤務の頃のあのバッドステータスてんこもり状態からよくぞここまで健康になったもんだ。えらいぞ私。
ブクマ評価等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。
肩こり首こりは頭痛の誘発原因です、というお話です。
肩部や頸部の状態がよくなるにつれ頭痛の頻度が減りました、というのもあるあるです。
細くて華奢ないわゆる「綺麗な首筋」な方に首こりが多いというイメージがあります。(統計取ったワケじゃありません、あくまで個人の感想です)
人体最大級の重さの頭を支えてるんですからね、そりゃあこりますよね。首さんがんばー。
カノン様の頸部はシャレにならない状態を演出しましたが、似たような方は過去ひとりだけ遭遇いたしました。固さに慄きました。
当たり前ですが頸部に電気は流せないので(干渉波は首の付け根ギリギリを狙って付けます)、施術者の腕の見せ所、といったところでしょうか。