深夜のお礼セラピー ~私の最推し梨状筋~
本当にいかがわしいことではないのですね、と、何度も念を押すカノン様に、もちろんですよ当然でしょと返し、やっと施術ができる体勢が整った。
残念なことに、ベッドは壁際ぴったりに設置されていて、二方向は死んでいる。カノン様の部屋も、私の部屋と同様そんなに広くない。書き物用デスクとベッドを置いたらそれでいっぱいって感じのこぢんまりとした部屋。宿舎の部屋なんてそんなものだろう。個室であるだけラッキーだ。
この部屋が私の部屋と趣を異にしているのは、壁際いっぱいに設置された書棚にぎっちりと書物が収納されていることだ。お世辞にも広いと言えない小部屋だからそれだけで圧迫感が凄い。非常に施術のしづらい環境とも言える。物理的に〆の牽引は不可能だ。施術者の動きも制限される。患者様いやカノン様には悪いが、片面ごとに向きを変えてもらうしかないか。幸い自力で動ける方でもあるし――特に鍼灸の患者さんは体位の交換ですら介助の必要な方もいた。それを思えばどうにでもなるだろう。
「うつ伏せ、苦しくないですか?」
当然のことながら鍼灸整骨院仕様の呼吸穴のあるベッドではないから、一応確認の為に訊いてみる。大丈夫とのことなので、早速触診から始めていく。うつ伏せになったカノン様の方から背中、足にかけて手のひら全体で確かめるように触れていく……のだが。
――うわっ、何だコレ!?
私は内心で思わずマダオ風の叫びを上げてしまった。ちなみにマダオとは、まるでダメなオッサンではなくて、まさにダンディーなお父さんの方である。基本、外の人も中の人もグラサンが本体だ。スキンヘッドなら尚善しだ。
さらっと触診した限りでも、カノン様は肩と言わず腰と言わずガッチガチだ。背中なんか鉄板入ってんじゃないかってぐらいだし、足もパンパン。鎧着てませんよね? と訊きたくなってしまう。
――これは……可哀想なお体やなぁ……。
と、思いつつ、
「特にお辛いところ、気になるところはありますか?」
と、型通りの質問。予想では、肩か腰かと思ってた。それならそこをがっちりやろうということで……主訴は徹底的に念入りに、患者様の満足第一がモットーのミオ先生なので。
果たして、カノン様の答えは、
「いえ、特には」
んなワケあるかい、とツッコみそうになるが、実はこの反応はあるあるだったりする。あまりにあちこち凝り固まって酷いのが続くとそれがデフォルトになって慣れてしまうというね。
「そうですか。じゃあ全身くまなくやっていきましょうね」
と、いうわけで型通りにます脊柱起立筋――背骨の際の、溝状にくぼんだトコね――を狙おうとしたが。
――クッソ固っ! 拇指が入らん!!
起立筋で拇指が立たんってどーゆーことだ。どんだけ放置されてたんだこの体は。もうこれは1回こっきりじゃなく継続してケアしてかにゃならんヤツやな。とりあえずほぐそう、話はそれからだ。
方針変更、拇指は後。手根で時計回りにぐりぐりと、肩部、背部、腰部と、起立筋を意識してほぐしていく。ぐりぐりぐり、ぐりぐらぐり。カッチカチやで~と、鉄板ギャグなぞ頭の中で再現しつつ、ぐりぐりぐり。
私は基本、極力肘は使わないよ使うとしたらケツだけだよ派なのだが(ケツなんてお下品な表現と言わないで、脳筋小猿じゃねぇや院長の原文ママってヤツよ)宗旨替えしてガチで肘入れたくなった。そのくらいに凝り固まった、しんどそうなお体だ。
重ね手根でひたすらぐりぐりぐらぐりしていたら、カノン様の体から徐々にいい具合に力が抜けていく。緊張もあったのだろう。
「気持ちいいです……」
患者様の安堵の吐息は私の喜びだ。それを聞けたところで改めて、脊柱起立筋@拇指にチャレンジだ。
「強さ大丈夫ですか?」
大丈夫なぐらいの圧しかかけてはいないが、確認の為に訊いた。
「強すぎたり、物足りなかったりしたらすぐおっしゃって下さいね。強さは変えられますからね」
「はい……丁度いいです……」
ほわん、とした感じの返事が返ってくる。強さは大体合ってるみたいだ。背骨に沿って、上から下へ。腰部まで来て、カノン様の体がぴくん、と跳ねた。
「痛かったですか?」
「少しだけ……」
いけね、あんまり固いからついがっつり圧しちゃったけど強かったか。
だが基本的に人間の体は頭に近い方が敏感であるとされている。脊柱起立筋を、上から徐々に力を加えて圧して行って、肩から背で丁度良かったのに腰でアウトってことは、この人は腰がそんなにいい状態じゃないんだな。
――ってコトは、だ。
ここまでの状態になっちゃうと腰部に直接アタックは効き目が薄いし、場合によってはかえって傷めることにもなりかねない。ただ強圧しすればいいというものでもないのだ。
中臀筋(お尻の側部)に拇指を入れる。ほんの軽く、小手調べ程度の力だったのに、カノン様は悲鳴を上げ大きく体を跳ねさせた。
――えっ、今ので痛かったの!? こりゃ相当だわ……。
「痛かったらすぐおっしゃって下さい。我慢大会じゃないんですから。我慢していいことなんかひとつもないんですからね。気持ちいい、から、痛気持ちいい、ぐらいがベストで、アダダダダダってなっちゃったらもうそれはアウトです。痛気持ちいいからイタが抜けたら即座に教えて下さいね」
私は、患者さんに対して常に発するメッセージをカノン様に対しても伝えた。
患者さんの中には、痛ければ痛い程効くと思い込んでる人もいるが、それは大いなる勘違いというものだ。痛みはストレスだ。ストレスイクナイ。無用なストレスは体に悪い。そして何より、あまりに強圧しが過ぎると筋細胞を破壊する。場合によってはそれは交通事故に遭ったのと同等のダメージにもなり得る。
強圧し希望の患者さんに、院長はよくそんな話をしていた。大抵の患者さんはそれで納得してくれたが、中にはどーしても! と食い下がる輩もいる。そういう人には遠慮なく肘を入れてやるのだが、そういう輩は悲鳴を上げつつ大喜びするんで、楽しそうでイイデスネーと遠い目になったものだった。
施術者として言えるのはただひとつ、SMごっこは余所でやれ。それだけだ。
梨状筋の辺りも圧してみたが、カノン様は素直に痛がった。可哀想になぁ……。
「ここはいっちょ、とっておきを披露して差し上げましょうかね。カノン様、お膝曲げても大丈夫ですか?」
はい、とのお答えだったので、片足の膝を曲げ、平泳ぎのカエル足状態でロックして、片手手根で大臀筋に圧をかける。ぐっ、ぐっ、ぐっ、と、上から下へ、ぐっ、ぐっ、ぐっ。下から戻って、ぐっ、ぐっ、ぐっ。
「いっ……痛……痛いです……っ」
「そうですねー痛いですねーごめんなさいねー、ちょっと我慢して下さいねー」
「先程はっ……痛かったら、すぐ言え、と……」
「ええ、言いましたねー。でもこの『とっておき』だけはちょっと別なのごめんなさいねー」
ケツいやお尻の筋肉は何層にもなっていて、ざっくり言うと一番上が大臀筋、その下が中臀筋、さらにその下が小臀筋、そして最深部には私の最推し梨状筋がいる。洋梨の形に似てるからってだけでそんなひねりも何もないお名前になってしまった梨状筋。分厚い臀筋’sにがっちりガードされ、通常の状態では触ることもできない深窓のお姫様みたいな梨状筋。普通なら触れることさえ不可能な彼(彼女?)が、鉄壁の臀筋’sを避け露出する唯一のポジションがこのお膝を曲げてのカエル足ロック。
そのポジションをキープして、手根で臀筋ぐっ、ぐっ、ぐっ。からの、臀部中央こころもち下のくぼみ目がけて全力で拇指攻撃。
「う……あぁぁぁぁっ!!!」
「うんうんごめんね痛いよねぇーでも我慢してねぇー♪」
うふふ、決まった。必殺・梨状筋アタック! ……なんてな☆
「痛いって……言ったのに……」
カノン様、息も絶え絶えの涙声。ごめんねぇーこの処置だけはねぇー、耐えてもらわないとねえぇー。まぁとにかく結果をご覧あれ、ってコトで。
改めて、中臀筋に拇指を入れてみる。
「どうですか?」
さっきより若干、圧はかけているが――。
「痛く…………ないです」
答えるカノン様の声は不思議そうに戸惑っていた。
「うん、よし。成功☆」
必殺・梨状筋アタック(勝手に命名)は、膝の状態がよくない人には禁忌だし、ガチで臀部を触るから色んな意味で『人を選ぶ』技なのだ。特に男性施術者×女性患者の組み合わせだと物理的にもヴィジュアル的にも色々気を使う(こともある)。患者さんがスカート着用だったりしちゃうとアレな感じで断念しちゃったりする(こともある)。私は同性の気安さでがっつりやらせていただきますけどね。
でも色々アレな技だけど、その分こうかはばつぐんだ!
「もう少し、イケるかな……?」
中臀筋に当てた拇指にゆーっくりと、じわーっと圧をかけていく。あ、凄いまだイケる。随分いい状態になったみたい。調子に乗ってじわじわ圧かけてたら、ある一点でカノン様の体がぴくっと跳ねた。すみません調子に乗り過ぎました。
「さっき、はじめに中臀筋――ここ押した時よりずっと力入ってるんですよ」
「ええ、わかります……わかりますよ……」
「カノン様、腰部の状態があまりよくなかったみたいだから、特別な処置をさせていただきました。梨状筋……ここね、ここんとこって、腰にも影響してるんです。筋肉は繋がってますからね」
腰部の為の臀筋アタックは決してメジャーじゃないかもだけど、有効なんで私は積極的に活用していた。この手技は、院長が教えてくれたのだ。あの小猿、脳筋だし不倫野郎だし経済DV疑惑まであるクズだったけど、誰にでもいいところはあるもので――本当に、施術の腕だけはよかった。そして、教え惜しみもしなかった。
実の妹にさえ馬鹿呼ばわりされてたクソ野郎だが、この点に関してと、かわいいjazzたんに出逢わせてくれたことだけは素直に感謝する。
ブクマ評価等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。
梨状筋はもっと評価されてもいいと思うの。
という個人の思考がダダ漏れの話です。
作中の「必殺☆梨状筋アタック!」は膝の状態のよくない方には禁忌だし変則技ではありますが、効果は覿面ですよ~。
ただし、滅茶苦茶痛いです。ゴマちゃんばりにきゅーきゅー鳴きますよ~。
でも手は緩めません。ごめんねぇー痛いよねぇーと口では言いつつグイグイいかせていただきます。




