「イイコトしてあげますから、ねっ?」
「貴女とのお話は実りの多いことですが、あまりお引き留めすると明日に障りますね」
カノン様はノートを閉じ、私に返した。ツッコミタイムは終了らしい。結構色々やらかしてたんで、正直ホッとした。
「お忙しいところありがとうございました」
私はぺこりと頭を下げた。
「また、見て下さいます?」
「ええ、勿論です」
カノン様は口元だけで微笑んで、
「貴女の視点は独特で、とても新鮮です。それにしても飲み込みが早い。生粋のヴァルオード人のような綺麗な文字ですよ」
「それはお手本がよかったからですよ」
私は心から言った。
「ヨロイー’s……じゃなくてえっと、騎士団の方達も色々教えてくれますし。本当にありがたいです」
「それだけ書けるのでしたら、もう教本も読めるでしょう。幸い私も体が空きます。そろそろ魔法を学んでみましょうか」
「ホントですか!?」
私は色めき立った。やった、嬉しい!
「私はいつでもOK牧場! 何なら明日からでも!」
ですからそのOKの後の牧場の意味は、と、カノン様はツッコみ、
「そうですね、では明日から」
言ってカノン様はいそいそと机の引き出しから何やらかんやら出してくる。え、ちょっと待って何今からごそごそしとんねん。
「いやあの……今じゃなくて、明日……」
「ですから、明日の準備を」
教材器具その他諸々色々あるでしょう、と、彼比でテンション高くうきうきしているカノン様を、私はおずおずと止めた。
「いやいや明日にしましょうよ、今日はもう寝ましょうよ」
今の今までお疲れぐったり背中まん丸で15も年食ったみたいになってたのにそれはないやろ。
「寝てなどいられませんよ! 貴女のお気持ちが変わらないうちに!」
あーこらアカンもう駄目だ。カノン様、デュフフコポォの一歩手前。この人魔法に関しては見境なくなるもんなぁ。
「私のお気持ちとやらは変わりませんから、ねっ?」
いいから寝て下さいよ。目の下にそんなでっかいクマさん飼ってる人が何言うてますのん。
「ええ、ええわかっておりますよ貴女の本気が本気であるということはしかしながらですね仮に寝台に横になったとてこの高揚を止める術もなくただただ横たわってじりじりと時を殺すよりはまだこうして何かしら動いていた方が気が紛れますし何より時間の有効活用とでも言うべき――」
「じゃかしいわボケ!」
私は思わず一喝した。暴走モードのカノン様がピタリと口をつぐむ程だから、私の方が余程やかましかっただろう。ましてや、ドアは開け放してある。すまん、日勤のヨロイー’s。安眠妨害もいいところよな……。
コホン、と、無駄に咳払いなどして、私は低く言った。
「寝て下さい」
「えぇ、それは勿論……」
「上着脱いで、ベッドに行って」
「?」
「イイコトしてあげますから、ねっ?」
「!?」
問答無用。私はカノン様をベッドに押し倒した。おっ、意外と体幹弱いかな? 私如きに易々と押し倒されて、騎士として大丈夫なのかこの人?
「上着はなー、脱いで欲しかったんだけどなー。でもまぁいいや、ジーンズ着用者でも対応可になったしなー。うん、よし、まずはうつ伏せから始めましょう。大丈夫任せて、天国見せてあげますから♪」
「……っ!! ミオ殿、何を……!?」
イイコトって……天国って……私まだ湯あみもしてませんしっ……等と頬を染めて生娘のようなことを口走るカノン様に、私は思わず笑ってしまった。何かこの人時々ちょっと可愛いな。逃れようとしてじたばたしてるのに全然力入ってない。
「心配しないで、痛くしないから。慣れてないと少し痛く感じるかも知れないけど、大丈夫。基本的には気持ちいいことしかしないから」
「ミミミミオ殿わわわ私はププププリーストですしそそそそそのようなことはですねっ」
「えっ、プリーストってマッサージNGなんですか?」
「まっさーじ???」
きょとん、としてじたばたをやめたカノン様に、はいな、と私は頷いて、
「ここに来るまでの、私の生業です。私、柔整師でも鍼灸師でもないから本来的には按摩もマッサージも厳密にはアレなんですけど、整体師としての施術の腕はそこそこいっぱしだと自負してるんですが」
「せ、せじゅつ……」
「今夜のお礼と、明日からの魔法のお勉強のお礼の、前払い。私お金持ってないから体で払います。
お疲れのお身体、癒して差し上げますわ。……あ、カノン様ひょっとして変なコト考えちゃいました?」
私そういうのしませんよ、と、半ば確信犯でニヤニヤしながら言ってやると、カノン様は食べごろの林檎のように真っ赤になった。
お読みいただきありがとうございます。
思わせぶり聖女様。
大丈夫、痛いことはしませんよ気持ちよくなるだけですよもちろん変なコトはしませんよ、という話。
別名:次回は張り切ってマッスルマッスル!
作中にもありますが、
「按摩」は「あはき」=あんまマッサージ指圧、はり、きゅう
「柔道整復師」=「ほねつぎ」
なので、厳密にはマッサージって言い切っちゃうと実はアレなんですが……
なので、あのな世間には「もみほぐし」という言葉があってだな、というわけです。ハイ。
どのお店に行こうかと迷ったら「マッサージ」という単語があるか否かで選ぶという方法もあります。
「マッサージ」=国家資格所持者が施術してますよ、というひとつの目安になりますので。
逆説的に、「マッサージ」という言葉を気軽に使う所には近づかないのが吉、かも知れません。