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カノン・オラクル・ラディウス卿が語るによると

 以下、カノン・オラクル・ラディウス卿が語るによると。



 ここヴァルオード王国は、王国という名の通りヴァルオード王家が統治する国家である。

 交易と、国境の街ユタが擁する竜騎兵隊、そしてヴァルオード王家お抱えの騎士団と――強大な資金力と軍事力により、すべての道はヴァルオードの首都ヴァルハラに続くとまで称される、この世界有数の大国。それがヴァルオード王国だ。

 そして、ヴァルオードを強国たらしめんとする『秘密』こそが、異世界からの訪問者である。

 彼ら彼女らは、ヴァルオード王国が危機に瀕した時、異世界から現れる。

 異世界からの客は、男性であれば『勇者様』、女性なら『聖女様』として、救国の英雄としての役割を果たす――と、文献にはある。

『勇者様』や『聖女様』は、かつて度々、王国の危機を救ってきた。その力を、彼ら彼女らは持っていた。

 だが、連綿と続いた異世界からの英雄は、ある時からふつりと訪れを止めた。

 最後の『勇者様』をお迎えしたのはもうかれこれ100年以上も前になるだろうか――。




「とりあえず、どこからツッコんでいいのかわからない程ツッコミどころしかないんですけど……」


 私は、商談資料を丸暗記して棒読みしているコミュ障営業マン的風情のあるカノン様の言葉尻を捕えて遮った。


「つまり今は、バルオード王国? とやらが100年に1度の大ピーンチ☆ に陥ってる……ってことでOK牧場?」


「バルオードではなくヴァルオード、です」


 カノン様は律儀に訂正を入れ、次いで、OKの後の牧場について大真面目に尋ねてきた。どうやらここではガッツの石松親分はメジャーな存在ではないらしい。

 と、それはともかく。


「そんな未曽有の危機に何かできる程の力を、私は持ち合わせていません。残念ですけど」


 人違いじゃないの? と含めて私が言うと、カノン様は気色ばんで口を開きかけ、一拍置いて例の春の海の凪になり、いいえ、と静かに首を振る。


「何が出来るか、出来ないか。決めるのは貴女ご自身ではありませんよ、ミオ殿。

 貴女がここ――ユタの旧遺跡にお見えになると啓示がありました。私が……『オラクル』が、神託の主として、受けたのです」


「……」


 私はただただ彼を見上げる。

『オラクル』とやらがどんなご職業(?)なのかは謎だが、この人は何故こんなに辛そうに言うのだろう。

 さっきも思った。何やようわからんけど物凄く凄い(日本語として誤った表現、だがそうとしか言い表せないくらいにマーベラス!)魔法で私の不調を癒してくれた時も、若干雰囲気が硬かった。

 今もそう。一見、春の海の凪。だけど、にじみ出るこの哀しそうな、というか、辛そうな雰囲気は何なんだろう。まるで背負わされた十字架を荊で縫い止められて処刑場まで歩かされている殉教者みたい。


「突然のことで、不安に思うことも多々おありでしょう」


 沈黙のまま見上げる私にカノン様はゆったりと言った。


「ですが、ご安心下さい。

『聖女』は国の宝です。国賓として国家が一生涯保証致しますし、日常のこまごまとしたことは私にお申し付け下さい。御身は完全に安全です。魔王と言えども貴女を害することはない――その為の『オラクル』です」


 魔王って……また大きく出たな。

 ともあれ、カノン様のお話でわかったことが幾つかある。


 ここはヴァルオード王国とかいう所で、日本ではないこと。

 私は『聖女様』として国から守られること。過去には私と同様の『異世界からの訪問者』が複数いたらしいこと。

 おそらくはもう私は日本には帰れない――国が一生涯を保証するって、結局そういうことだろう。それはすなわち、国が私を守る代わりに、私は国の為に一生働け、ということと同義だ。


 そして。


 どうやら私が迷い込んだヴァルオード王国とやらは、国難に瀕しているようだ、ということ。



 ……うわーめんどくせーな。

 救国とかどーでもいーわ。私はただ施術がしたいだけ。ツボと筋肉が思う存分押せればそれで充分満足なのよ!

 22年間世の為人の為自分の為に真っ当に生きてきたのに……何て仕打ちだ!!




 しばらく、何とも言えない沈黙が満ちた。

 私の内心にふつふつと湧くこのやるせない感情は何だろう。哀しみ……ではない。悔しさはもちろんある。混沌とした感情の中の大部分を占めるこのやるせなさは、多分怒りだ。


「ひとつだけ、質問させて下さい」


 私はあえて目を合わせずにカノン様に言う。何なりと、とかしこまる彼に私は訊いた。


「私をこの世界に連れてきたのは、あなたですか?」


「いいえ」


 カノン様は即答し、続けた。


「私は『オラクル』、神託の主。神の啓示を受け取るだけの身です。

 ミオ殿、貴女が我々の世界に導かれたのは神の意志、いわば運命です」


「運命、ね……」


 私は嘲笑した。

 悪いが私は神など信じていない。居もしない神とやらを恨んだところでどうしようもない。この恨みがましい、怒りにも似た感情は、どこにもぶつけようがない。

 わかってる、カノン様を責めるのは筋違い。わかってはいるけれど――。


 私は大きく深呼吸した。吐く方を強く意識して、ゆっくり吐き切ってから、腹式呼吸の要領で大きく吸い込む。無理に吸おうとしなくていい、吐けば自然に吸えるから、ってケイ先生が言ってた。


「そっか、じゃあしゃーないね」

 

 やりたいことは、あった。やらなければならないことも、気がかりなことも。

 何ひとつ成し遂げられなかった日本での、佐倉澪としての人生に、未練がないと言ったら大嘘になるけれど。


「私にできることなんてたかが知れてるでしょうけど、できる限りのことをさせていただきます。……テキトーに、ね」


 適当に。そう、あくまで適当に、だ。新卒で勤めたブラック会社の二の舞はゴメンだぞ。

 私のテキトーな宣言に、カノン様は彼比でわかりやすく複雑そうな顔をした。そりゃそうだ、仮にも『救国の聖女』とやらなのなら、もっと決意とやる気に満ち溢れた台詞を聞きたかったに違いない。


お読みいただきありがとうございます。

OK牧場!

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