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「元々、ヴァルオードとフォーガルドはひとつの国でした」

「ですので今後は無用な手出しはしますまい。ただ、あちらが求めてきたのなら差し出せる腕は空けておきましょう」


 ユタの為に何くれと心を砕いてきた結果、ユタはカノン様頼りで自分からは何もしなくなってしまった。その反省も含めて言ったカノン様に、私は一も二もなく賛同した。うんうんそれがいいと思いますよ、と。

 ひとりの人間にできることは限られている。その人のキャパがどんなに大きくて有能であっても、腕は2本しかないし身体はひとつきりで替えが効かない。なまじできる人だとあちこちから頼りにされて――言葉を飾らずに言えば搾取されて、挙句はボロ雑巾のように捨てられる。新卒で勤めたブラック会社で、そんな例は嫌と言う程見てきた。

 グレイス・アガリエのような人は、すなわち、ナチュラルに無神経で悪気のなさを装って悪意を振りまくタイプの人は、自分さえよければ他はどうなったっていいぐらいに考えているような人達だ。そんな奴に善意で何かしてやったところで、感謝どころか頼みもしないのにおせっかい、なんて言われるのがオチだ。


「今までカノン様が親切な妖精さんみたいに上手いことやってくれてたからどうにか回ってたようなモンでしょ? いいんじゃないですか、ポール殿の意見に従いはしご外しちゃったって。親切な妖精さんがいなくなった後どうなるか、現実を見せつけてやればいい」


 私は、ブラック会社で直属の上司だったカガさんのことを思い出しながら言った。彼はまさに『親切な妖精さん』そのもののような人だった。同業他社に引き抜かれ、立つ鳥跡を濁さずで綺麗な辞め方をした人だったが(何せあのブラック会社、バックレなんか日常茶飯事だったしな)、それでも残された者は地獄を見た。

 ポール殿の口ぶりだと、カノン様は陰日向なく多方面の面倒を見ていたようだから、多分カノン様亡き後(勝手に殺すなって?)のユタの街はエライことになるだろう。


「貴女もポールに負けず劣らず好戦的……いえお祭り好きな方のようですな。

 公の思惑はさておいて、私個人の感情と致しましては、この地を去る前にポール曰くの『狩りの仕方』を伝授しておきたいのです」


 ユタも今はヴァルオードの一都市なのですからね、と、カノン様は言った。何じゃこのお人好し。うっかり高額な壺とか買わされないでくれよ。


「そうでした。訂正を、もうひとつ」


 カノン様はノートの一箇所を光る指先で示し、


「『ヴァルハラとユタの確執』の、こちらの項。『フォーガルド傘下に入ってようやっと暮らしが安定した』とありますが、八百屋の女将は本当にそうおっしゃっていましたか?」


 私はカノン様が指したところを見た。魔導ランプのほのかな灯りでは心許ないが、魔法の指先のおかげでちゃんとはっきり見える。私は八百屋のおかみさんとの会話を思い出しながら――あのおかみさん、大家のオオヤさんに雰囲気が似てるんだよな――頷いた。


「はい、確かにそんな風に言ってました」


「そうですか……」


 カノン様は落胆したように大きなため息をついた。え、カノン様どーしたの? 一気に5歳ぐらい老け込んだみたいになってるよ? 背中なんかまん丸くなっちゃってどーしたよ?


「まったく……。この国は、ヴァルオード。いいですか、ヴァ・ル・オ・ー・ド、です」


「はぁ……」


 そんな力入れて区切って強調せんでも……。


「そしてミオ殿、貴女がここで、」


と言ってカノン様は『ユタの街について』の項目の『南は敵国(以下略)』という辺りを光の指先でトントン、と叩いて、


「『罰ゲームみたいな立地』と斬新な表現をなさった項にある、この敵国こそが、フォーガルドです」


「あちゃ~~……」


 こらまたエライ間違いやらかしよるなぁオオヤさん似の八百屋のおかみさん。


「それは……エライすんません」


「いいえ、ミオ殿はこちらへ寄せてまだ浅い、仕方のないことでしょう。ですが、ユタがヴァルオードの版図となって、もう10年。まったく、何とも言えない気分になりますな」


「何か似てますもんね、ヴァルオードとフォーガルドって」


 私がフォローのように言うと、カノン様は含むような笑みを口元に浮かべ、


「元々、ヴァルオードとフォーガルドはひとつの国でした。と、いうより、ヴァルオードがこの大陸を統べていたのです。もう数千年も前の話にはなりますがね」


 おぉ~……それはすごい歴史ロマンヒストリアだ。古代ローマ帝国的な感じだったのかな、昔のヴァルオード王朝は。


「まさに、全ての道は首都ヴァルハラに続く、というわけです。

 覚えづらいのでしたら、ヴァルハラが首都の国はヴァルオードと覚えればよろしい。……と、歴史談議は今することではありませんでした。

 私は非常に虚しさを感じています。確かにユタは複雑な土地です。ユタ自治区となる前にはフォーガルドに占領されたこともあります。それこそ数年毎に占領、独立、再占領、奪還と目まぐるしく立ち位置の変わる……それがユタだと言われてしまえばそうなのですが……」


 カノン様は肺の中が空になりそうな大きな息を再びついて、


「10年前、私はできるだけユタの方々に負担をかけぬよう腐心致しました。自治区の首領アガリエを領主アガリエ卿として続投するよう働きかけもしました。それは並々ならぬ苦労でした……いえ、少々愚痴が過ぎましたな。しかし……フォーガルド傘下ときましたか……」


 これはまったく骨の折り甲斐のないことだ、と、さらに10歳は老け込んだ風情のカノン様に、私は慰めるように言った。


「自治区? だかの頃と変わらない、まずまずの暮らしができてて概ね満足、ってコトなんじゃないでしょうかね、それは」


 我ながらめっちゃ気休め臭い。だが私は、一日本国民としての経験があるからおかみさんの事情もよくわかる。


「私がいた国でも首相はころっころ変わりましたもん、党内のパワーゲーム的な感じで。他国の大統領も呆れてたんじゃないでしょうかね。えっ、こないだ○○さんが総理だったやん今△△さんなん? そしたらこないだの会談の約束どないなんねんホンマに守ってくれるんやろうな、みたいな?

 でも、パンピーの一国民にしてみりゃ誰が頭になろうとそう変わらないんですよ。朝起きて仕事して寝る、明日のごはんの為に働かなきゃならないのは同じことなんですからね。私達ができるのは、せいぜい少しでもマシな人に一票入れることぐらい」


「一票……?」


「民主制なんです、我が日本国は」


「みんしゅ……?」


「多分、王制とは逆のやり方だと」


「そのお話、詳しく――」


「時間も遅いですし、またいずれ」


 私は体よく逃げた。正直、そういうのそんな詳しくない。


「んと、とにかくですね、色々あるけどつつがなく、それなりの生活ができてるってコトだと思いますよ。私、庶民のパンピーですからおかみさんの事情はすっごくよくわかります。

 一般市民からしてみたら、言論の自由が認められてて戦争とか疫病とか命の心配しないで済んで、明日のごはんのことだけ考えてればいいなんてメチャクチャありがたいことやと思うんですけどね。

 ヴァルオードって、まぁまぁいいカンジの統治をしてるんじゃないですかね。少なくとも、名前の呼び間違いとかで即処刑されるようなんだったら、庶民ももう少し慎重になるでしょうし?」


「そういう考え方もありますか……」


 新鮮ですな、と、カノン様は私の気休め臭い力説を、どっちつかずの様子で一応認めた。


お読みいただきありがとうございます。


王制と民主制、アナタならどっち?

と、古今東西議論を醸してきた問題を……なんて立派な話でもありませんでした。

歴史ロマンヒストリアも今は匂わす程度です。

ヴァルオードは絶対王政のお土地柄のようです、が改めて強調されたでござるの巻とも言います。

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