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お嬢様はアレな人だけど、街の人達は皆親切です

 ちょっと毒吐き過ぎただろうか。それともブラック会社仕込みの「丁寧な、きちんとした標準語」が吹っ飛んだせいだろうか。ヘイポーコンビはぎょっとしたように固まった。硬い沈黙が1秒、2秒――。

 その後の両者の反応は対照的だった。数秒の沈黙の後、まずポーの方がブフォッ! と吹き出した。


「あはははは! 聖女様サイコー!! いいぞもっとやれ!!!」


 そのままケタケタと発作のように笑い転げるポール殿。楽しそうでイイデスネー。

 ヘイポーのヘイの方は、それでやっと石化が解かれたようだ。彼は、ふぅ、と芝居がかったため息をついて、


「驚いたな。ミオちゃんもしかしてそれが素?」


「はいな」


 私はにっこり笑って頷いた。

 君、相当でっかい猫をかぶってたね、と、のたまうヘイゼル殿に、そりゃあ年季入ってますから、と返しておく。

 ポール殿は笑い涙まで流しながら、


「俺は気づいてたぜ、コイツはかなりな食わせモノだってな」


「ポール」


 ヘイゼル殿は相方を諫めたが、ポール殿はどこ吹く風だ。


「ミオ様、無駄だろーけど一応言っとくが、我が上官は『聖女様』に多大な夢を見てらっしゃる。カノン様はアンタのこと、吹けば飛びそうな楚々としたお嬢さんみたいに思ってるぜ?」


「ポール、『英雄殿』に対して『アンタ』はないだろ『アンタ』は」


「お前に言われたかねぇな」


 ミオちゃん呼ばわりよりはマシだろ、と、ポール殿はぬけぬけと言い放つ。


「カノン様ヴィジョンでは『聖女様』は、お付きの兵にも何くれと心を砕いて下さる優しく繊細な娘さんなんだ。アンタの素ポロリは俺らにゃいい娯楽だが、あまりあの方の夢を壊してくれるなよ」


「知らんがな。ってかそれ多分もう手遅れ……」


 私は力なく呟いた。


「私、グレイス様にエラソーに言霊云々言っちゃったけど、私も人のこと言えないわ」


 そんなつもりはなかったが、結果的にはグレイス様を脅迫する形になってしまった。カノン様はその現場を直で見ている。『繊細で、心優しい聖女様』の幻想なんかとっくに壊れてるから安心したまえ。


「…………ことだま?」


 常の芝居っ気を忘れ、切れ長の目を丸くしたヘイゼル殿に、私はケイ先生の教えをざっくり説いた。日本では、ことのはにも魂が宿るという言い伝えがあってだな、と。

 ヘイゼル殿は一切の表情を消した沈黙でもって頷きもせず、ただ聞いている。芝居がかった王子様風キラリン☆ を排除すると、元々がシュッとした顔つきなので鋭利な印象が強くなる。これがこの人の素なのだろう。

 一通り情報を咀嚼したヘイゼル殿は、とってつけたような苦笑を浮かべた。無理矢理笑おうとして失敗したみたいな表情だ。


「ミオちゃん、それ本当にグレイス様に言ったの?」


「えぇ、言いました」


 私は素直に肯定した。ヘイゼル殿は否定して欲しそうだったが、嘘はつけない。


「まいったな……」


 嘆息と共に顎に手をやり、考え込むポーズで深刻そうに目を伏せたヘイゼル殿に、ポール殿がケケッと笑って言った。


「ユタは終わったな」


「いやいやいや」


 私は慌ててツッコんだ。


「言霊なんてあくまで概念の話、戒めとしてのストッパーってだけですよ。呪いとか、そういう大袈裟なモンじゃないです。大体私、そんな大それた力なんか持ってませんし」


 たかがお嬢様ひとりの失言でユタの街を終わらせるようなチート能力は持ち合わせていない。何たって私はグレイス様曰くの『ホビット』そのものなのだから。


「そもそもそんな力があったとしたって、私はそんなことはしません。グレイス様は確かにちょっとアレな感じですけど、私が知ってる街の人達は皆、いい方ばかりで」


 そこら辺は分けて考えなくちゃ、と私は言った。

 食材の買い出しに、調理当番のヨロイー’s達と街の商店などに行く度に思う。あぁユタの人達って何やかんや言って皆親切やなぁ、と。

 私は昔から「おっちゃんまけて」と言うのがめっちゃ得意な子供だった。人生のごく初期にネグレクトクソババアいや父方の祖母に言わされてただけとも言うが、原爆ドームのある街から主要産業お笑い芸人の都市に移ってからもその癖は健在で――いやますます磨かれて、しかし上京してからはその技は自ら封じて、今に至る。関東民に値切りの文化はない。

 ユタの商店街は、私の生まれ育った街々の趣が色濃く残る場所であり、私は自ら封じた技を再び解放した。それはすなわちポール殿のひそみに倣って「お姐さんえらい別嬪さんやなぁ」からの「姐さんもうちょい勉強してやー」的な技である。八百屋のおかみさんはまんざらでもなさそうに、アタシに首吊れって言うのかい、なんてのたまいつつも、得体の知れない果物をふたつみっつ持たせてくれる。お肉屋の若旦那は、ヘルコンドルのいいの入ったよ、なんて言って、解体前の怪鳥をわざわざ騎士団宿舎まで一緒に運んでくれたりもした。ちなみにそのヘルコンドルは調理当番の騎士団員によって解体作業を終えた後、半量をお隣さん(=竜騎兵隊寮暮らしの兵達)にもおすそ分けした。

 別にモノをくれるからいい人ってワケじゃなく、ユタの人達は――まぁ商売人だからってことが大きいのだろうが――暖かく、気持ちのいい人達ばかりだ。


「八百屋のおかみさんもお肉屋の若夫婦も、商店街の他のお客さん達も、皆私によくしてくれます。グレイスお嬢様は、黒い目の『英雄』なんて役立たずの能無しなんてほざくけどウチらは皆ミオちゃんの味方だからね応援してるよ、って言って下さいます。

 アレな感じなのはグレイス様だけ、他の人達は違う。私はそれで充分嬉しいし、ありがたいことだと思ってますわ」


 にっこり笑って私が言うと、ヘイポーコンビはぎょっとしたように再び固まった。ヘイの方の狼狽っぷりが特に酷かった。私は人の顔面から血の気が引く瞬間を初めて見た。人種的に浅黒い肌(対照:ヨロイー’s=ヴァルハラ民)の彼の顔が真っ白になっている。

 ヘイゼル殿は漂白されたように真っ白な顔色のまま顎に手をやり小首をかしげ、深刻そうにしばし黙考していたが、やがて、すまん用事を思い出した、とだけ言って、そそくさと宿舎の食堂から出て行った。


評価ブクマ等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。


職務上(?)ではありますが街の人達ともそこそこ交流しています、という話です。

またの名を、値切りスキルA所持者の聖女様の話とも言います。

三つ子の魂百までとはよく言ったものです。ケチとシブチンは違います。ミオちゃんはドケチです。

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