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異世界なんて言ったって夢々しい楽園なんかじゃなくて

「まじか……噂以上にヤベェじゃねぇかよ。カノン様が詳しく話したがらなかったワケだ」


「これだもん社交界なんか出させられないよな……」


 ポール殿とヘイゼル殿は妙に深刻そうだ。

 え? え?? 何がまずかった???

 うろたえる私に、ポール殿が解説してくれた。


「まず、『ホビット』。コレ、一発アウトな」


「?」


 私はそれを言われた時、かの有名な英国ファンタジーを思い出したものだった。あの大長編に勢い込んで挑んだものの、丸々1冊延々と続くホビットの説明にげんなりして辛くも敗北した黒歴史と共に。


「ヴァルオードには亜人種はいないが、お隣サンのフォーガルド王国にはエルフやドワーフの集落がある。ホビットってのは本来、亜人の一人種を指すだけの単語だったんだけどな、」


 ポール殿は、出来の悪い生徒に教えを説く教師の口調で続ける。


「大昔にはエライ勢いでバトってたエルフとドワーフの仲介役みたいなポジションだったこともあったらしいが、今となっちゃ絶滅危惧種だ。こう言っちゃ何だがホビットは、エルフやドワーフみたいな突出した能力はない。転じて、『チビ』『無力』『みそっかす』的な侮蔑を含む単語になった。

 あのお嬢、いやグレイス・アガリエは、事もあろうに聖女様に面と向かって『無能な小人』と罵倒したコトになる」


「それも、公衆の面前でね。5歳の幼児じゃあるまいし」


 ヘイゼル殿が芝居がかった仕草で首を振った。ポール殿はヘイゼル殿にかぶせるように、


「今時幼児だって言わねぇよ」


 いつもチャラチャラヘラヘラしてるポール殿がガチ切れしてる。怖いよ。

 とりあえず、グレイス嬢がどんな類の言葉を口走ったかはうっすら理解した。多分、ニガーとかジューイッシュとか、そういう系のアカンやつな。Fワードでこそなかったが……いや、考えようによってはFワードよりマズイわ。


「ユタはユルイんだよ。仮にもヴァルオード貴族が以下略なんざ隣国に知れてみろ、即座に戦争起きるぜ?」


「自分だけイイコになろうとするな」


 ヘイゼル殿がムッとしたように、


「人種差別問題が根深いお隣の国と地続きなんだ、そのあたりの機微は中央貴族の連中が国際社会の本音と建前でのらくらやってる以上に肌で感じてるさ。俺達だってほんの半世紀前までは『竜人族の野蛮人』なんて差別されてた側なんだからな」


「まぁ今はそこんトコは置いとこうぜ」


「君がふったんじゃないか」


 都合が悪くなるとすぐ逃げるよな中央の奴らは、と、ヘイゼル殿は小声でボソッと呟く。

 うん、何か……キラキラ異世界ファンタジー☆ 的な世界でも色々あるってことだぁね……異世界なんて言ったって夢々しい楽園なんかじゃないってことか。現実は厳しい。


「ミオ様、他にもあのお嬢に何か言われなかったですかね?」


 ポール殿は鋭く私を見、訊いた。雰囲気が事情聴取のケーサツ屋さんだ。怖い怖い。


「っていうか、何だってグレイス様と直接対決する羽目になったの?」


 ヘイゼル殿の言い草だと、まるで私が好き好んでグレイス様と戦ったみたいに聞こえるな。違うのに。


「えーっと、ランス隊長に駐屯地から竜で送ってもらって――」


「えっ!」「マジか」


 ヘイゼル殿とポール殿の驚きがハモった。コイツらホント仲良いな。

 ポール殿はまじまじと私を見て、


「ミオ様、女性ですよね……?」


「はいな」


 何なら脱いで見せまひょか、とおどけると、じゃあ今夜ベッドの上で、とポール殿はカッコつけた胡散臭い笑顔で返してきた。アホか、と私がツッコむ前に、ヘイゼル殿の手刀がいい具合にキマってポール殿は悶絶。百会にクリーンヒットだ。流石本職。


「オイ本気でやるなよ下手すりゃ死ぬぞ」


「ラディウス卿に許可もらってるからね」


「ひでぇなカノン様……」


「これに懲りたらその女癖の悪さを以下略」


 私はポール殿の頭が心配になった。今の一撃で果たしてどれだけの脳細胞がお亡くなりになられただろう。頭部への打撃は頸部にも悪影響だ。頸椎捻挫の治療なら何度かやったことあるけど、脳細胞まではなー……。


「ノワールはランス隊長以外の人間を乗せたがらないんだ。一部の例外があって、それがラディウス卿と、領主様。緊急時は竜笛で命じて何とかするけど、それでも女性は絶対乗せないね」


 おぉぅ、ノワールめっちゃ硬派やな逆ポール殿やな。私がそう口走ると、ヘイゼル殿は声を上げて笑った。


「ははは、逆ポールはよかったね! ……ノワールは気性が激しくて気難しくて、乗せた人間を振り落とすのが趣味みたいな竜でね。だからポテンシャルは高いのに長いことずっと独り身だったんだ。そんなノワールに相棒と認めさせたんだから、ランス隊長は凄いよ」


と、得々と語るヘイゼル殿のテンションも凄いよ。何だかんだ言ってヘイゼル殿、ランス隊長のこと慕ってるんだな……尊い。


「竜の奴ら、俺らが近づくと威嚇するよな。いじめねーのに」


「竜は鉄のにおいが嫌いなんだ、君達が嫌いなんじゃない。ガッチリ着込んだその鎧を脱げば――」


「いや、アイツら非番で鎧着てなくても塩対応だぜ? それこそ人種差別じゃねーか」


 差別ねぇ……。単にいつもお世話してる人とそうでない人の差なんじゃないのかな。片目のお猫様ことまーくんだって、やっぱりいちばんは拾ってくれて面倒見てくれてるミコトくんで、にばんめがケイ先生。私は……さんばんめくらいに入れてくれるかな? って感じだったし。人種はあんまり関係ないんじゃないのかなぁ……?

 でも確かにそれとは別に、騎士団の人達とユタの人達とで人種が異なるのかな、とは思ってた。例えばヨロイー’sは肌の色は白く、髪や目の色も淡い。カノン様は金髪翠瞳、ポール殿は赤い髪で、瞳はアイスブルー。彼らは総じて彫りの深い、はっきりとした顔立ちだ。

 対してユタの人達は、瞳の色は様々だが髪色は圧倒的に褐色系が多い。ランス隊長の頭髪の色は定かではないが(何せ潔いスキンヘッドなので)目は空の蒼。一口に青と言ってもポール殿の淡色系とはニュアンスが違う。ヘイゼル殿はアッシュグレイの髪に、瞳は名は体を表しまくりの淡褐色(まさにヘイゼルの瞳、ってヤツだ)。ユタ民は全体的な印象として、切れ長の目のシュッとした美形が多いかな、という感じ(以上、あくまで個人の感想です)。


評価ブクマ等ありがとうございます。とても嬉しく励みになっております。


この世界での人種説明をざっくりと。

「ホビット」は差別用語どころか強烈な侮蔑のニュアンスすらあるらしい、というお話です。

あくまで「この世界では」のことであり、著者自身にはエルフドワーフホビットその他の皆様に含むところは何らございません。

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