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何さらすんじゃぁぁワレ風邪引くじゃろがぁぁぁ!!!

「では、ミオ様。私は貴女が今抱いてらっしゃる疑問の幾つかを解消して差し上げられると存じます。質問がおありなら、何なりと」


 カノン様がマントを脱いで地面に敷いてそこに座るよう手振りで示したので私はブチ切れた。


「何さらすんじゃぁぁワレ風邪引くじゃろがぁぁぁ!!!」


 カノン様がぎょっとしたように目を見開いて私を凝視している……おっといけね、素が出ちまったze!

 コホン、と咳払いなどして、私は仕切り直しを試みた。


「着て下さい。私はあなたが風邪を引いてしまわないかと心配しているんですよ、カノン様。

 人様のお衣装に座るくらいなら、立ち話の方がマシです」


「しかし……」


「早く着て、そして髪を拭いて。それが済むまで私、質問とか一切しませんし、あなたからも受け付けません」


 ここまで言っても動きのないカノン様に焦れて、私はマントに付いた土を払って彼に突き返した。受け取る気配もないので、うんしょ、と背伸びして半ば無理矢理着せかける。

 そして、背負ってたナイロンバッグをごそごそ漁って目的のブツを見つけた。学校用の白衣とセットで持っていたフェイスタオル。


「ホラ、拭いて」


 差し出しても、相手は固まるばかり……ったく、世話の焼ける。いるんだよねーこういう遠慮しいな人。

 私は彼を無理矢理屈ませた。この体勢はハムストリングがヤバそうか。ちゃっちゃと拭いちまおう。

 鍼灸の患者さんは高齢者が多い。彼ら彼女らが受付から施術場に行くまでにふらついたり転倒したりしないよう見守り手を貸して、場合によっては施術着に着替えるのを手伝うことも、私の仕事のひとつだった。

 もちろん、1から10まで全部やってあげちゃうのは本当の意味での親切ではない。でも患者さんの状態如何では自力ではどうしてもクリアできないこともある。そういう時は素直に人の手を借りるのがいいはずなのだが『遠慮しいな患者さん』は、自分の為に誰かの手を煩わせるのを申し訳なく思うのか、なかなか私の手を受け容れてくれない。

 そういう人は、特に女性の高齢者が多い。彼女達はこれまでの人生で散々他者の面倒を見てきた人達だ。幼い時はきょうだいの、結婚したらダンナや子供の、そして、さらに長じて親の介護……と。

 逆に、男性患者は割とすんなり世話されてくれる。そんな事象から私はついつい、日本におけるジェンダー論とかに想いを馳せてしまうのだがそれはさておき。


 多分このカノン・オラクル・ラディウスなる青年も『遠慮しいな患者さん』的なメンタルの持ち主なのかも知れない。私に対しては怪我はないか寒くはないかと過剰に気を使うくせに、自分の髪から雨雫がぽたぽたしてるのは放置。

 こういう人には多少強引にいった方がいいのだ、遠慮する隙もないくらいに。

 私は彼の髪をわしゃわしゃと拭いた。直毛の、しっかりとした質の金髪だが、見た目から想像したよりずっと柔らかい。


 彼の髪を拭きながら私は、院長夫妻の飼い猫を思い出していた。

 今の場所に夫婦で開業してすぐの頃、当時小学生だった彼らの息子が保護したその猫には片目が無かった。日本史オタクの息子氏はその猫に、まさむねと名付けた。独眼竜だから、まさむね、と。

 まさむねは賢い猫だった。患者さんからも、まーくんまーくんと愛されていた。私が院に患者として通っていたのも、まーくんに逢いたいからという理由が大きかった。

 愛人がデカイ顔をするようになるまでは、まさむねは院のマスコットキャットだったのだ。

 愛人が院長とデキてから、愛人はまさむねの院への出入りを禁じた。愛人は猫嫌いだったから。


「何かこの手触り、まーくんを思い出すわー…まーくん元気かなー逢いたいなー…」


「マーク……?」


「いえ、こっちのことです」


 まさむねは猫のくせに水が好きな猫で、水道水を蛇口から直で飲みたがった。

 果敢に蛇口に挑んでは憶測を誤ってよく頭から水をかぶってたっけな……そして、そんなまーくんをわしゃわしゃ拭いてやるのが私の癒しタイムでもあった――。


 私はわしゃわしゃして乱れたカノン様の髪を手櫛でざっと整えた。真っすぐで良質な金髪はそれだけで素直に整った。羨ましくなる程扱い易い髪だ。何もしないとすぐうねったりボサったりするこの猫っ毛と取り替えて欲しい。


「よし、おっけーキレイになった♪ …んで、何でしたっけ?」


「……」


 カノン様は仏頂面で私を睨んだ。いけね、猫扱いが筒抜けだったか?




 多分、私が質問とやらをしてもしっちゃかめっちゃかになるだけだろうな、というのはおぼろげにわかってる。

 唯一、明確に「してもいい」とするならそれは、「ここはどこですか」という質問だけだろう。その他は…何がわからないのかすらわからない。質問する域にすら達していない。

 それが私の現時点での結論だ。


 まだ少し濡れてはいるが水も滴るいい男レベルのずぶ濡れではなくなったカノン様に、私は率直にそう告げた。

 すると彼は口元に弧を刷いて、


「そうですか。ミオ様は歴代の聖女様勇者様のなかでもとりわけ冷静なお方のようですな」


「そのミオ様ってのもやめません? 様とか呼ばれ慣れてなくて何だか背中がムズムズします」


「では、ミオ殿?」


「……」


 余計悪いわ。殿って何だよ時代劇かよ。


「やはり、聖女様、と――」


「いやそれ以外にして下さい」



 もういいや、何と呼ばれようが死ぬわけじゃない。

 サクラミオのフルネーム呼びやら仰々しい聖女様やらと比べれば、ミオ殿の方がナンボかマシだ。


お読みいただきありがとうございます。

ねこ大好きです。

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